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コラム

「知財・無形資産ガバナンス」の実践と普及に向けた取組み
第5回

フェロー
菊地 修(きくち おさむ)

本コラムでは、知財・無形資産経営者フォーラム、知財ガバナンス研究会、戦略法務・ガバナンス研究会創設の狙いについて、8回にわたってご紹介しています。
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2.4 投資や資源配分の戦略の構築
 この戦略構築について、ガイドブックでは、「知財・無形資産の把握・分析から明らかとなった自社の現状の姿(As Is)と目指すべき将来の姿(To Be)を照合し、そのギャップを解消し、知財・無形資産を維持・強化していくための投資や経営資源配分等の戦略を構築し、その進捗を KPI の設定等によって適切に把握する。」ものと解説している。
 企図する因果パスによって、ビジネスモデルの競争優位を確保するために、その知財・無形資産に対して維持・強化や獲得・活用のために投資や資源配分等を行い、これらの活動をその投資等の実行部門や関連部門の事業計画にビルドインして的確に実行させ、その実行結果を経営指標(KPI)に結び付けROIC逆ツリーなどを活用して実行し、事業収益を拡大につなげ、投資家の評価を得て企業価値の向上をもたらすことを提示している。
 このROIC逆ツリーは、既にオムロンで実践されている(*1)。具体的には各事業の構造・課題に応じたROIC(投下資本利益率)改善の各項目(ドライバー)に対して、その強化・改善のアクションとKPI(重要業績評価指標)を設定するものである。このROIC逆ツリーにおける各現場でのアクションに、知財・無形資産による競争力強化やリスク削減などを設定し、その実績をKPIで評価しROICへの貢献度を計測することは、成長戦略の面からも有効と考える。ただ、現在このようなROIC逆ツリーを策定し、知財戦略を各部門でのアクションにまで落とし込んでいる企業はあまり多くはないと考えられるため、まずは事業計画に知財・無形資産に関するアクションアイテムを盛り込むことから始めることをお奨めする。

2.5 戦略の構築・実行体制とガバナンス構築
 持続的成長の源泉である知財・無形資産を創出するために、取締役会の経営方針に則して経営層に研究開発や人的資本等の投資を行うことを求めている。今後上場企業には、このような知財・無形資産創出を実行できるガバナンス体制を構築し、経営層が取締役会の監督を受けながら価値創造プロセスを推進していく必要がある。
 これまで多くの日本企業で知的財産部門は、図4の下部に示すように、知財権の獲得・保護部として、研究開発部門等が開発した技術を特許出願し権利化することや、他社の特許権等を侵害しないようにクリアランス活動を行うことを中核業務とした特許戦略を実践してきた。この活動の目的は、自社の強みとなる技術を特許権で独占的な実施権を獲得し、製品や事業の競争力を獲得することを目的にしていると考えられるが、一方では、特許権を取得することが目的化してしまい、既に成熟し会社の事業ポートフォリオからすると投資対象になっていない事業に対して、多くのコストや労力を費やしている場合もある。もある。このような状況の場合には、事業にとって不良な資産に資金を投下し、人財を非効率に活用していることになるため、投資家からは、極めて投下資本回転率が悪いものと評価されてしまうリスクがある。
 そこで本来、企業が成長するためには、将来の経営ビジョンに向けて、成長させるべき事業に投資を行い、その成長事業の競争力を高めるために、知財部門としても、図4の上方に記載したように成長戦略部として活動する必要がある。
 たとえば、IPランドスケープを駆使して、投資テーマや、オープンイノベーションの対象者を探索したり、今後の事業ビジョンを実現するために、「企図する因果パス」を策定し社内関係部門で実行するように指導すると共に、その実行状況を評価することが期待される。
 特に、これまで知財部が主体的に行ってきた権利化業務や調査業務に関しては、社外の弁理士や弁護士等の専門家に委託することや、今後のAI技術の進展によっては大部分の業務を支援してもらうことが可能になってきている。このため、知財部員は、社員でないと活動できない会社の成長戦略に参画し、そのビジネスモデル構築において競争力の強化や協創によるエコシステム創造を行うように貢献していくことが経営層からも期待されてくると考える。

図4 経営層から知財部門に期待される役割(ミッション)は何か?

2.6 投資・活用戦略の開示・発信と、投資家等との対話を通じた戦略の錬磨
企業は、自社の価値創造ストーリーを統合報告書で説明する際に、「企図する因果パス」を用いて、いかに知財・無形資産の創造や活用を行い、自社のストーリーが競争力や成長性を有しているかを情報開示することが求められている。このことを投資家などに納得してもらうために、その対話において企図する因果パスに基づく今後の成長戦略を説明し、その内容を錬磨していくことも必要になる。
このためには、企業の経営層が、成長戦略を司る部門の支援を受け、市場や顧客・競合他社の状況、現場での取組みや知識をしっかりと把握した上で、それに基づく成長戦略やそれを支える因果パス、その実行状況や成果を把握し、的確に情報開示をすると共に、投資家などとの対話において、それら戦略の実現に向けた具体的な活動や成果を説明して戦略を錬磨し、投資家に自社の成長を確信してもらい、資金調達を得るなどに向けて企業価値を高めることが求められる。
近年では、知財部門の責任者が成長戦略を司る部門の一員として、このような投資家向け説明会や対話の場に同席するケースも出始めているので、単なる自社技術の紹介や特許取得件数の開示だけではなく、経営層と一体となって、会社の価値創造、特に競争力や成長性確保のためにいかに知財・無形資産が貢献しているかをしっかりと説明することが期待されている。

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(*1) オムロン株式会社 統合報告書(2022年):https://www.omron.com/jp/ja/ir/irlib/pdfs/ar22j/OMRON_Integrated_Report_2022_jp_A4.pdf

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