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コラム

プライム市場か、スタンダード市場か、それが問題だ・・・。

パートナー 戦略リスクガバナンス部
林 拓矢(はやし たくや)

コーポレートガバナンスに関するもう一つのイベント

 2021年にはコーポレートガバナンスに関する節目となるイベントが二つある。一つは言わずもがな、コーポレートガバナンス・コードおよび投資家と企業の対話ガイドラインの改訂である。そしてもう一つのイベントが、東証の市場区分の変更への対応である。すでに7月には、新市場区分の上場維持基準への適合状況の一次判定結果が、東証から各社宛てに通知されている。そして9月から年末にかけて、各社は新市場区分の選択申請を行うこととなる。新市場区分の開始は2022年の4月4日の予定である。

 

プライム市場上場企業に求められる要件

 先日、ある東証一部上場企業の社長から、こんな相談を受けた。
「わが社は東証一部上場なのだから、新市場区分においてはプライム市場を目指すのが当然ということでよいのだろうか。プライム市場上場に大きなメリットがないのであれば、これを機にスタンダード市場も視野に入れてもよいのではないか。」
 現在の東証一部上場企業がすべからくプライム市場に移行するわけではないが、漠然とプライム市場への上場ありきで考えている東証一部上場企業も多いようだ。しかし改めて考えると、プライム市場に上場する企業には、どのようなメリットがあり、どのような経営の姿が求められるのであろうか。
プライム市場もスタンダード市場も、2022年4月4日から取引が開始される市場である。この原稿を書いている2021年8月の時点ではまだ「プライム市場上場企業」自体が世の中に存在しない。あくまで東証から開示されている資料等の限られた情報をもとに、一部に筆者の仮説も交えつつ、プライム市場上場企業の姿を想像してみたいと思う。
 まず、プライム、スタンダードの両市場の主な違いは以下の通りとなっている。

 経営成績や財政状態についてプライム市場の方が求められるハードルが高いことは当然であるが、注目すべきは流通株式の観点である。持ち合い株等を除いた流通株式の比率や流通株式時価総額について、プライム市場の方が高い基準が設定されている。
 実は流通株式の観点は、市場区分変更に合わせて見直されるTOPIXへの銘柄採用ルールにも関係する。当面は市場区分変更前のTOPIX構成銘柄が継続して採用されるものの、流通株式時価総額が100億円未満の銘柄は2025年1月末までの間に構成比率を段階的に低減させることとなっている。(TOPIXの見直しについては、HRGLサステナビリティ・オピニオンNo12 2021.3.8『TOPIX(東証株価指数)等の見直しについて』にて、東証の荒井啓祐・情報サービス部長が詳しく説明されているので、こちらを参照されたい。)
 近年、年金運用・ETF・投資信託によるインデックス投資を中心にTOPIXの運用資産は増加している。TOPIX採用銘柄から外れた場合の自社株価へのマイナスの影響も大きいと予想される。このため各企業にとって自社の株価を維持する上で、流通株式時価総額を100億円以上に維持することは非常に重要となる。
先に見た通り、プライム市場上場企業に求められる流通株式時価総額の基準は100億円以上である。プライム市場上場の条件を満たすことが、TOPIX構成銘柄として採用される条件とも合致しているのである。

 

覚悟をもってプライム市場への挑戦を

 プライム市場の特徴は「グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場」である。またコーポレートガバナンスに関しても、プライム市場上場企業にはより高い水準が求められる。前述の流通株式の観点と併せて考えると、プライム市場上場企業に求められる経営の行動規範は以下のようなものになるのではないか。

  • 持ち合いを解消し機関投資家に広く株式を保有してもらうことで、流通株式比率と流通株式時価総額を高める。(結果としてTOPIX採用の可能性も高まる。)
  • 株主である機関投資家との建設的な対話を通じて、ともに企業価値向上を目指す。
  • そのために、コーポレートガバナンスの実効性と透明性を向上させ、投資家が安心して投資や対話をできるようにする。

 要するに、「多くの投資家に株式を保有してもらうとともに開かれた経営を行うことで、高い評価(株価等)を得ること」を目指すことになる。これは従来の日本企業に見られた「安定株主に株式保有してもらいつつ、経営についてはできるだけ開示も対話もせずに済ますこと」とは全く異なる。
 東証一部上場のメリットは取引や採用などにおける「ブランド」の側面が大きく、東証一部上場そのものを目的とするような向きもあった。一方、プライム市場上場は単なるブランドの獲得ではなく、市場でより高い評価を勝ち取るための挑戦権を得ることであり、強靭なコーポレートガバナンスの原動力となる。プライム市場への上場そのものはゴールではなく、挑戦の始まりであるという覚悟が必要となる。逆に市場での厳しい競争を避け、身の丈に合わない「ガバナンスコスト」が増加することを回避したい会社は、堂々とスタンダード市場上場を選択すればよいと思う。
 プライムか、スタンダードか・・・。まだ見ぬ市場に想いを馳せつつ、各社の経営者にそれぞれの覚悟のほどを伺ってみたいと思っている。

hayashi

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