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コラム

コーポレートガバナンス・コード改訂 悩みとその先にある覚悟

シニアマネージャー 戦略リスクガバナンス部
柏櫓 洋之(かしやぐら ひろゆき)

ある取締役の一言から

 「やるべきことが明確になったような気もするけど、どう対応すべきか分からないことも増えたな…。ただ、コーポレートガバナンス改革に対する経営陣の覚悟がより求められる状況になったと理解している」。去る6月11日、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGC)の改訂版が公表された直後、とある企業のコーポレートガバナンス担当取締役の一言である。

 同改訂においてはこれまでのコード内で明言されていなかった点を明記し、より踏み込んだ規定も見受けられる。例えば、プライム市場上場企業における独立社外取締役の3分の1以上選任やスキル・マトリックスの作成・公表が明記され、取締役会によるサステナビリティ課題への積極的な取組み等について詳細な規定が追加された。
 こういった改訂内容からすると、上場企業にとってはコーポレートガバナンス対応の基準が明確にもなったように見え、今回の改訂には社会や市場、そして消費者や従業員の上場企業に対する強い期待が反映されているものと考えられる。

 今回改訂の「形式から実質へ」というキャッチフレーズに表現されているように、CGCの形式的なコンプライ対応に捉われない上場企業のコーポレートガバナンス改革のスピードは目を見張るばかりである。例えば、コーポレートガバナンス・コードが策定されて6年あまりで東証上場企業の9割超が2人以上の独立社外取締役を登用し、また、指名・報酬に加えてサステナビリティやコーポレートガバナンスに関して徹底的に議論する場(任意の委員会)を設置する企業も増えている。

 ただ、その裏側では上場企業の「悩み」や取組みに向けた並々ならぬ「覚悟」があることを我々HRガバナンス・リーダーズ(以下、HRGL)は上場企業に対するコーポレートガバナンス改革支援を通じて強く感じている。

 本コラムでは、上場企業が「直面している悩み」とその先にある「取組みに向けた覚悟」について皆さんに共有したいと思う。

 

悩みの先にある覚悟

 今回のCGC改訂の特定の論点に関する悩みと取組みに向けた覚悟に関して、上場企業におけるコーポレートガバナンス担当取締役・社外取締役・取締役会事務局から以下のような声が聞かれた。

  • 補充原則3-1③ 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に基づく開示について
    上場企業A:
    「TCFDへの取組みについては、対応部署の選定や今ある気候変動への取組みとの関係性整理に加え、開示のあり方・媒体等、検討事項が多くて一筋縄ではいかない時間がかかる取組みですね。ただ、カーボン・オフセット/ニュートラルの急激な流れは環境負荷を伴う商品を扱う当社として避けて通れない問題だと思っています。まずは足元の取組みとして、業界基準や当社なりの枠組みを検討した上で、気候変動対応について、株主・消費者・地域社会といった外部ステークホルダーへ説明できるように取り組んでいきます。」
  • 補充原則4-2② 取締役会によるサステナビリティ基本方針の策定について
    上場企業B:
    「当社はこれまでサステナビリティ経営の仕組み導入(委員会やワークショップ等)や取組み(エンゲージメント活動)を現場主導で進めてきましたが、今後はサステナビリティに関する方針や指針について定めることを取締役会の重要な役割と認識していますので、当社の重要課題/マテリアリティと絡めて独立社外取締役主導で徹底的に議論します。」
  • 補充原則4-2② 経営資源配分・事業ポートフォリオ戦略実行に対する監督について
    上場企業C:
    「取締役会において全社的な資源配分に関してどのように議論すべきか、議論のアジェンダや取締役間の目線合わせについてまだまだ課題がありますが、着実に課題を潰していきたいと考えています。まずは中計の切り替わるタイミングを好機として、資源配分や事業ポートフォリオ戦略に対する取締役会の役割・監督のあり方を明確に定義し、アジェンダの明確化や議論の視点を定めていきます。」
  • 補充原則4-11① スキル・マトリックスの開示について
    上場企業D:
    「スキル・マトリックスの開示まで求められるその趣旨・意図は何か?当社でも議論となっています。当社としては、巷に溢れている開示だけを目的としたスキル・マトリックスでは当社の考える取締役会のあり方を社内外のステークホルダーに説明できないと考えています。まずは取締役会のあり方・役割を議論・定義した上で、スキル・マトリックスに反映させ、生きたツールとして活用したいと考えています。特に、スキル・マトリックスから次期経営幹部候補の人財要件や経営者としての資質をうまく導いて育成の指標にします。」

着実な歩み

 それぞれの企業の市場・業界動向といった外部環境、経営上の重要課題/マテリアリティやコーポレートガバナンスの成熟度等の内部環境の違いから、直面する悩みと取組みに向けた覚悟もまた企業ごとに多様である。ただ、その多様な悩みや覚悟からは、経営思想やオリジナリティの動きが見て取れたのではないか。つまり、CGCへの形式的なコンプライ対応から脱却し、自社の立ち位置や外部環境を踏まえ覚悟を持ってコーポレートガバナンス改革に取り組むという、「形式から実質へ」というコーポレートガバナンスの次のステージに向けて動き始めている。

 「CGCのコンプライ・オア・エクスプレインはそれ自体が目的ではなく、あくまでも企業が成長するための手段である。」これはフォローアップ会議の座長の神田秀樹東大名誉教授が、弊社主催のウェブセミナー(6月18日配信)において強調されていた言葉である。実際、今回のCGC改訂を好機としつつもコンプライ・オア・エクスプレインを目的化せず、持続的な成長に向けてコンプライ・オア・エクスプレインを上手く活用している上場企業が増えてきていると、HRGLは上場企業のコーポレートガバナンス改革支援の中で実感している。
これからも、日本の上場企業が真摯かつ着実に歩む姿があることを継続的に伝えていきたい。

kashiyagura

シニアマネージャー 戦略リスクガバナンス部
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