HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

CGサーベイデータから読み解く日本の従業員株式交付制度の現在地とは

交付規模、導入企業の特徴等をデータから詳説する

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HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

西本 優太

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

朝田 悠人

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

稲橋 孝介

■ サマリー

本稿では各種開示情報に加え、弊社が2024年に実施したコーポレートガバナンス・サーベイ(CGサーベイ)のデータを基に、従業員株式交付制度の現況を調査している。

従業員株式交付制度における対象人数は、全従業員の10%以下とする企業が7割を占めている。また人件費に対する株式報酬総額の割合の中央値は、対象者が全従業員の場合、2.6%、幹部候補の場合、7.3%であった。

交付株式数の増減(対前年)をみると、不変または増加した企業の割合は、採用スキームに依らず約7~8割を占めていた。株式交付規模を検討する際の①「株数ベース」、「金額ベース」のアプローチ、②採用スキームの違いが交付株式数に影響を与えたと考えられる。

指名委員会(任意を含む)において執行役・執行役員クラスの後継者計画を実施している企業や、従業員エンゲージメントに対する取組み状況が進展している企業ほど、従業員株式交付制度を導入、もしくは検討中のフェーズにある。

従業員株式交付制度を導入し、その交付規模が大きい企業ほど、純資産に対する政策保有株式の比率が低い。他方、その導入有無と海外売上高比率に有意な関係性はみられなかった。

制度導入にあたっては、当該施策により企業の主たる構成員である「従業員」が起点となって企業価値向上に貢献するという一連のストーリーを構築した上で、外部へのアカウンタビリティを高めることが重要となるだろう。

目次

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1.はじめに

1-1 近年、従業員向けの株式交付制度に注目が集まっている

 近年、従業員向けの株式交付制度に注目が集まっています。経済産業省が2025年1月に「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」において取りまとめた会社法の改正に関する報告書では、従業員や子会社の役職員に対する自社株式の無償交付を可能とすることが今後の方向性として示されており、実現した場合には導入に向けた大きな後押しになると考えます。その導入の意義や活用方法にかかる詳細な説明は弊社で過去発行したメールマガジンに譲りますが、筆者らも企業のみなさまとの対話の中で、その関心の高まりを日々実感しています。その中で、実際に企業の担当者とお話しさせていただく際に、従業員株式交付制度について「どの程度株式を交付すれば良いか」「どのような目的で導入する企業が多いか」といったご質問を受ける機会が多くあります。本稿では、各種開示情報1に加え、弊社が2024年に実施したコーポレートガバナンス・サーベイ(CGサーベイ)の独自データも活用しながら、従業員株式交付制度にかかる現況を調査しておりますので、その結果をご紹介させていただきます。

2.データからみた制度導入の現在地

2-1 対象者数の割合および対象者の属性別の交付規模

 従業員への株式交付に関して、対象となる人数、規模はどのような傾向があるでしょうか。対象人数について、各社の有価証券報告書および適時開示を調査し、全従業員に占める割合を算出したところ、10%以下の企業が約7割と多数を占めていました(図表1)。各社の人員構成に多少の差異はあることが想定されますが、この結果から、限定した人財を対象として、戦略的に株式を交付している企業が比較的多いことが読み取れます。

 次に、対象者別にみた株式の交付規模について調査しました。福利厚生・処遇改善の観点からは、「どの程度、企業が株式を渡せば、対象者にとって株式保有の実感が湧くか」という点で、株式の貰い手である対象者の目線も重要であると筆者らは考えます。従業員向けに株式交付制度を導入する場合、対象者は一般的に①全従業員もしくは②部長、課長などの幹部候補のいずれかで検討する2パターンに分類されます。人件費に対する株式報酬総額の割合をそれぞれ算出したところ、各中央値は①全従業員の場合2.6%、②幹部候補の場合7.3%でした(図表2)。母数が少なく、かつ幹部候補を対象とした分析では一定の仮定を置いているものの、この結果から、特に幹部候補に対しては、全従業員に株式を交付するよりも手厚く処遇していることが窺えます。

図表1

全従業員に占める株式交付対象者数の割合
出典:各社公表資料よりHRGL作成
注:CGサーベイにおいて「従業員株式報酬交付制度を導入している」と回答した企業のうち、各社公表資料にて対象者数の記載があった21社を分母としている

図表2

人件費に対する株式の交付規模(全従業員/幹部候補別)(中央値)
出典:CGサーベイ回答データ、Quickおよび各社公表資料よりHRGL作成
注:幹部候補の数値は、厚生労働省「令和5年 賃金構造基本統計調査 結果の概況」から、管理職に対する役職無しの社員の賃金倍率および人員構成割合を用いて算出している

2-2 交付規模の増減(対前年)と採用スキームの関係性

 次に2年連続でCGサーベイに参加した企業を対象として、交付株式数の増減の状況と、採用しているスキームとの関係性について分析しました。まず交付株式数の増減の状況をみると、「同一・増加」と回答した企業の割合は、採用スキームに依らず約7~8割を占めていました(図表3)。交付株式数が減少した企業の割合をスキーム別にみると、信託型のスキームと比較して、特定譲渡制限付株式(特定RS)を採用する企業群が+11.1%pt上回っていることが明らかになりました。従業員に交付する株式の規模を経営企画部や人事部にて検討する際には、「株数ベース」、「金額ベース」の2つのアプローチが考えられます。前者は「事前に定めた株式数」を、後者は「事前に定めた金額を一定の株価で除した株式数」を基に株式を交付します。2024年は前年と比較して市場全体の株価が好調であったことから、「金額ベース」でのアプローチがとられやすいスキームである特定譲渡制限付株式について、前年から交付株式数が減少している企業の割合がやや多くなったことが推察されます。
 各スキームの違いを企業会計の観点からお示しします。期間が3~5年間の信託型のスキームを仮定すると、企業会計基準委員会実務対応報告第30号によれば、信託設定時に交付する予定の株式をあらかじめ一括で取得し、信託期間中においては、その費用およびそれに対応する引当金は当初の取得時点の株価で算定されることから、数年先の株式取得費用およびそれに対応する引当金を固定化できることが特徴です。他方、特定譲渡制限付株式のように自己株式を処分し譲渡制限を付けて毎年一定の株数を対象者に交付する場合、毎年の株価に応じた自己株式処分価額が費用計上されます。近年の株式市場における株価上昇・乱高下のトレンドを会計の面から捉えると、交付株式数が同一である場合、信託型のスキームの方が自社のP/Lへの影響は比較的軽微であったことが考えられます。

図表3

スキーム別にみた交付株式数の増減(対前年)
出典:CGサーベイ回答データ、各社公表資料よりHRGL作成

2-3 データからみた導入企業の特徴

 どのような企業が従業員株式交付制度を導入しているでしょうか。本稿では引き続きCGサーベイの結果を用いて、従業員株式交付制度を導入する主な目的として考えられる4つの観点から分析します。
 まず1つは、サクセッションの観点から導入するケースです。近年の官公庁における議論を振り返ると、2022年7月に改訂されたコーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)では、「将来、経営を担うことが期待される中堅の幹部候補人材の育成の重要性」が示されているほか、「そのような人材に自社株報酬を付与することが望ましい」と記されています。
 データをもとにその関係性をみたところ、大きな差はないものの、指名委員会(任意を含む)において執行役・執行役員クラスの後継者計画を実施している企業ほど、従業員株式交付制度を導入済、もしくは検討中のフェーズにあることがわかります(図表4)。中堅の幹部候補人財に対しては株式の保有を通じて、早い段階からの企業価値や株価の意識付けや、優秀な人財のリテンションを図っていることが推察されます。
 もう1つは、従業員エンゲージメントの観点です。従業員エンゲージメントの向上に向けた施策は、「やりがい」と「働きやすさ」の2つのアプローチに分解できると捉えられます。具体的には、前者であればパーパスや経営戦略の明確化と共感を通じた業績向上に向けた取組み、後者であれば処遇・福利厚生の充実などが打ち手として考えられます。従業員株式交付制度の導入は、これらの改善につながることが期待されることから、従業員エンゲージメントと親和性が比較的高い施策であると考えられます。
 CGサーベイ回答データを用いて分析すると、従業員エンゲージメントに対する取組み状況が進展している企業ほど、従業員株式交付制度の導入および検討が進んでいることがわかります(図表5)。このことから、従業員エンゲージメント向上に向けた取組みの深化と、従業員株式交付制度の導入には、一定程度の相関があると解釈できます。

図表4

指名委員会における後継者計画(執行役・執行役員)の議論状況別 従業員株式交付制度の導入状況
出典:CGサーベイ回答データよりHRGL作成
注:指名領域、報酬領域の双方に参加した223社を分母としている

図表5

従業員エンゲージメントへの取組み状況別 従業員株式交付制度の導入状況
出典:CGサーベイ回答データよりHRGL作成
注:指名領域、報酬領域の双方に参加した223社を分母としている

 3つ目は、政策保有株式を巡る観点です。2024年6月に金融庁が公表した「コーポレートガバナンス改革の実践に向けたアクション・プログラム 2024」においても、コーポレートガバナンス・コードに照らした政策保有株式の保有の合理性の検証を尽くすことが改めて期待されており、その保有意義や縮減にかかる関心は依然高いと捉えられます。その売却先の受け皿として、従業員が新たな担い手となることも1つのシナリオとして十分考えられます。
 従業員に対する株式の交付状況と政策保有株式の状況はどのように関係しているでしょうか。従業員株式交付制度を導入している場合、バーンレート(従業員への交付株式数÷発行済株式総数)の割合の大小をもとに2グループに分類し、その傾向を分析しました。結果、従業員株式交付制度を導入している企業ほど、純資産に対する政策保有株式の比率が低いことが明らかになりました(図表6)。加えて、バーンレートが大きいほど、政策保有株式の割合がやや少ないことがわかります。仮説にはなりますが、株式の持ち合いを解消している企業ほど、従業員への株式交付に積極的であり、新たな株主として従業員が台頭している可能性が考えられます。
 4つ目は、海外売上高比率との関係性です。海外企業では従業員への株式交付が比較的浸透している現況を鑑みると、現地の人財の処遇改善・リテンションの観点から、よりグローバルに進出している企業ほど従業員株式交付制度を導入することが強く望まれると考えます。加えて、株式価値の向上という共通の目線を持たせる観点からも、海外の現地法人と人事制度設計の統一感を持たせる重要性が高まっているといえるでしょう。
 他方、本稿の分析結果からは、その導入有無と海外売上高比率に有意な関係性はみられませんでした(図表7)。一般的に、海外赴任に伴い日本から離れ非居住者になった場合、法令上の制限により証券口座の廃止手続きを取る必要があります。海外売上高が高く、グローバルに従業員が活躍する企業は、この制約が障壁となり、従業員への株式交付が進んでいない可能性が考えられます。
 なお、海外子会社の幹部候補に株式を付与していると回答した11社の海外売上高比率の中央値は64.9%と極めて高いことも明らかになっています。事業のグローバル化が大幅に進む企業では海外子会社を含めた制度導入が着実に進んでいることが窺えます。特にグローバル共通の人事制度を志向する企業の場合、現地法制・税制に精通した専門家や、株式交付制度管理プラットフォームの活用を通じて、グローバルでの従業員株式交付制度の導入に真摯に向き合うフェーズに入っていると考えます。事業のグローバル化を進める企業は、自社の現状および将来の展望を睨みつつ、処遇改善・リテンションの観点から、その導入を前向きに検討することが今後さらに期待されます。

図表6

従業員株式交付制度の導入状況別純資産に対する政策保有株式の比率(中央値)
出典:CGサーベイ回答データ、QuickよりHRGL作成
ユニバース:CGサーベイに参加している企業175社(時価総額1,000億円以上(2024年5月末時点)、金融除く)
注:バーンレート:従業員への交付株式数÷発行済株式総数

図表7

従業員株式交付制度の導入状況別海外売上高比率(中央値)
出典: CGサーベイ回答データ、QuickよりHRGL作成
ユニバース:CGサーベイに参加している上場企業278社
注:海外売上高比率は2024年11月末時点での直近本決算の数値を用いている

3.おわりに

 本稿では、従業員株式交付制度を巡る動向を各種データから紐解きました。本分析から明らかになったことは大きく2つあります。
 1つは、従業員に対する株式の交付規模です。特に給与水準の比較的高い幹部候補では人件費の7.3%と一定程度の金額相当を受け取っていることが明らかになりました。他方で、幹部候補以上の執行役員(委任型)の株式報酬の割合に目を向けると、CGサーベイでは15.9%という結果が出ております。先述の全従業員の数値が2.6%という結果と併せると、役職が上がるにつれ株式報酬の割合を高めていることを意味するものであると考えます。執行役・執行役員の報酬設計と整合させ、幹部候補にも一定程度の金額を付与することで、経営層と従業員層という垣根を越えて企業価値向上に向けた意識の醸成が期待できます。人的資本経営の推進といった観点からも、現金による賃上げを通じた処遇改善にとどまらず、従業員への株式交付を前向きに検討すべきであると考えます。
 もう1つは、従業員株式交付制度を導入する企業の特徴です。幹部候補のサクセッション、従業員エンゲージメントの向上への取組みが比較的進んでいる企業ほど、従業員株式交付制度を導入していることが明らかになりました。従業員株式交付制度の導入にあたっては、その目的・コンセプトを明瞭にすることが出発点になると考えます。株式の交付をゴールとせず、当初描いた制度導入の目的の達成状況を適切にモニタリングし、理想像とのギャップを埋めることで、従業員の人的資本価値のさらなる向上に結び付くでしょう。
 最後に、制度導入にあたっては、本施策が企業価値向上に貢献するという一連のストーリーを構築した上で、外部へのアカウンタビリティを高めることが重要であると考えます。従業員に交付される株式は労働基準法上、あくまで賃金に上乗せされるものであることから、その制度導入は自社のコスト増に直結するため、そのコストと引き換えにどのような効果が期待されるのかを検討する必要があります。加えて人的資本ROIを最大化するという観点からは、当該施策を従業員へのコストではなく、人的資本に対する投資として位置づけることも重要でしょう。各社の掲げる目的の達成に向けてデザインされた当該制度の導入が、企業の主たる構成員である「従業員」のエンゲージメント向上等に寄与し、その効果が企業全体に波及することで生産性向上や離職率の低下など企業に良い影響がもたらされ、持続的な企業価値向上に繋がっていくといったストーリーをステークホルダーに明確に示すことが、今後より一層求められると考えます。
 本稿が、我が国における従業員株式交付制度の普及の一助となれば幸いです。               

■コーポレートガバナンス・サーベイ(CG サーベイ)参加受付中(参加申込締切2025年7月25日) 経済産業省は、「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」にて日本企業の「稼ぐ力」の強化に向けた取組みの進め方等の議論を行い、その成果を纏めた「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」等を2025年4月に公表しました。同ガイダンスでは、日本企業が競争力を高めるためには、自社の価値創造ストーリーの構築と実行を支える基盤として、CGを整備することの重要性が示されるとともに、これまでの取組を土台に、「稼ぐ力」の強化に向けてさらに深化することが求められています。
本サーベイにご参加いただくことで、「稼ぐ力のCGガイダンス(取締役会5原則を含む)」の実践状況や、コーポレートガバナンスに関するトレンドを把握することが可能となり、自社の市場における立ち位置をご確認いただけます。
また、HRGLでは、CGガイダンスの普及・実践を後押しするため、「CGフェス」と題し、セミナーやメールマガジンを通じた情報発信を強化しています。詳細は弊社HP内の特設ページにてご確認願います。

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

Yuta Nishimoto

三菱UFJ信託銀行で法人融資等や報酬コンサルティングを経験し、当社に入社。現在は役員報酬設計に加え、指名・報酬委員会支援(事務局支援・外部アドバイザーとしての参加等)など大企業を中心に実施。執筆論文に「国内外の最新潮流を踏まえた報酬ガバナンスの進むべき方向性」(旬刊商事法務2316号、共著)や、「日本企業の経営者報酬ガバナンスの現状と進むべき方向性」(月刊資本市場2024年3月号、共著)、「指名・報酬ガバナンス改革の行方―アニマルスピリット経営の実現に向けて(上)」(月刊監査役/2025年6月号、共著)」等がある。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

Yuto Asada

神戸大学経済学部卒。三菱UFJ信託銀行にて個人富裕層向け資産運用コンサルティング業務に従事した後、出向し現在に至る。日本証券アナリスト協会検定会員。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Kosuke Inahashi

大学卒業後、自動車メーカーに入社し法人営業にて自動車の提案営業、海外営業にて現地法人・販売代理店向けの営業活動やオペレーション支援業務を行う。当社では指名・報酬に係るコンサルティング業務に従事。