HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

役員報酬における総会議案の最新潮流と
今後の展望

JPX日経400採用企業の役員報酬における動向を読み解く

  • Corporate
    Governance
  • Nomination/HR
  • Compensation
  • Sustainability

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

西本 優太

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

根岸 純伍

■ サマリー

役員報酬の動向を把握するため、JPX日経400採用企業を対象として、定時株主総会における役員報酬に関する議案の調査を実施した。

役員報酬に関する議案のうち、報酬枠の引き上げに関する議案を付議した企業数は64社。昨年に比べて約3倍に増加した。

金銭報酬枠および株式報酬枠の増加率については、社内取締役の金銭報酬枠は平均37%の増加、社外取締役の金銭報酬枠は平均91%の増加、取締役の株式報酬枠は平均128%の増加となった。

報酬枠変更の理由は、「企業価値向上」の他に「役割や責務の増大」、「他社報酬水準等の事情を含む経済情勢や人材確保」などが見られた。

株式報酬スキームの導入(追加や変更を含む)に関する議案を付議した企業は22社。

報酬ガバナンスの実質化には様々なアプローチが考えられるが、報酬枠を起点とする場合、「ステークホルダーに対して示している中期経営計画等の経営戦略にコミットするための報酬体系となっているか」等を、報酬委員会にて丁寧に議論することが考えられる。このような議論の結果として取締役の報酬水準を引き上げることは、企業価値向上を目指すうえで必要なアプローチの一つであると考える。

報酬委員会にて報酬水準の議論を健全に進めていくことと同時に、「自社の役員報酬制度の基本方針・制度概要」や「インセンティブ報酬の結果(KPIの達成状況)」等について、ステークホルダーに対して十分な説明が行われることは、日本における報酬ガバナンスの進化に繋がる。今後、開示やエンゲージメント(対話)の重要性がさらに高まってくるものと思われる。

目次

目次を閉じる

1.JPX日経400採用企業における定時株主総会議案の全体傾向

 役員報酬における動向を把握するために、JPX日経400採用企業398社(2024年6月末日時点)の調査を実施。具体的には、2023年7月1日~2024年6月30日の定時株主総会の議案(株主提案の議案を除く)を対象に、役員報酬に関する議案の調査分析を行った。議案全体の概要を図表1に示している。役員報酬に関する議案は、①報酬枠の引き上げ、②株式報酬スキームの導入(スキームの追加および変更を含む。以下同じ。)、③株式報酬制度の改定、④役員報酬支給の大きく4つに分類することができる。

 議案の各分類項目を昨年の調査時と比較すると、全ての項目で増加しており、特に①報酬枠の引き上げを行った企業数は昨年の約3倍に増加していることが特徴的である。

図表1

JPX日経400採用企業における役員報酬議案 -議案全体の概要
注: 複数の議案および内容を株主総会に付議している企業は複数カウント(カッコ内は2023年調査時の企業数)
JPX日経400採用企業398社を対象
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

2.取締役の報酬枠引き上げの傾向

2-1 取締役の金銭報酬枠引き上げについて

 JPX日経400採用企業における取締役の金銭報酬枠に関し、どのような傾向が見られるかを調べるため、変更前後の報酬枠および変更までの期間について調査した。なお、株主総会議案として決議される取締役(全体)1 の金銭報酬枠と、社内取締役2 の金銭報酬枠の傾向を調べるために、取締役(全体)から社外取締役の金銭報酬枠を減じた取締役の金銭報酬枠(以下、「社内取締役の金銭報酬枠」という)をそれぞれ分析した。
 まず、取締役(全体)の金銭報酬枠の傾向を見ていく。図表2は取締役(全体)の金銭報酬枠変更に関する議案を集計したものである。JPX日経400採用企業のうち、取締役(全体)の金銭報酬枠を変更した企業数は24社であった。
 取締役(全体)の金銭報酬枠は平均9億9,771万円(中央値6億5,000万円)から平均14億25万円(中央値8億円)への変更となった。これは、平均4億254万円(中央値1億5,000万円)の引き上げであり、金銭報酬枠の引き上げ率は変更前と比べて平均40%増(中央値23%増)であった。金銭報酬枠を引き上げる際、100%以上引き上げる企業は少なく、各企業の状況により必要に応じて段階的に引き上げを行っていることが推察される。
 また、取締役(全体)の金銭報酬枠を取締役の員数で除して算出した、一人当たりの金銭報酬枠では、平均1億66万円(中央値7,222万円)から平均1億4,034万円(中央値8,819万円)への変更となった。こちらは平均すると3,969万円(中央値1,597万円)の引き上げであり、一人当たりの金銭報酬枠の引き上げ率は変更前と比べて平均39%増(中央値22%増)となる。これは、取締役(全体)の金銭報酬枠引き上げ率と同程度であった。
 なお、取締役(全体)における金銭報酬枠の変更前後の員数については、変更前が平均9.3人(中央値9.0人)に対して、変更後では平均9.3人(中央値9.5人)と大きな変更は見られなかった(図表3)。
 そして、前回報酬枠を変更してから今回変更するまでの期間を調査した結果、平均7.0年(中央値4.0年)であった。前回報酬枠の変更から4年以内で変更した企業の割合は過半数の54%である一方、10年以上前に設定した報酬枠を変更した企業の割合も25%見受けられた(図表4)。2015年のコーポレートガバナンス・コード施行後に、金銭報酬枠について初めて見直す企業と定期的に見直す企業に二極化している現状が把握出来た。

図表2

取締役(全体)における金銭報酬枠の変更前と変更後の比較
N=24
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

図表3

取締役(全体)の員数
変更前:平均9.3人(中央値9.0人)
変更後:平均9.3人(中央値9.5人)
取締役(全体)の金銭報酬枠を変更した企業の員数
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

図表4

取締役(全体)の金銭報酬枠変更までの期間
前回変更からの期間は平均7.0年(中央値4.0年)
取締役(全体)の金銭報酬枠を変更した企業における
前回変更からの期間
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

 次に、社内取締役の金銭報酬枠の傾向を見ていく。図表5は社内取締役の金銭報酬枠変更に関する議案を集計したものである。JPX日経400採用企業のうち、社内取締役の金銭報酬枠を変更した企業数は19社であった。
 社内取締役の金銭報酬枠は平均7億7,589万円(中央値5億9,000万円)から平均10億6,111万円(中央値8億円)への変更となった。これは、平均2億8,521万円(中央値2億1,000万円)の引き上げであり、金銭報酬枠の引き上げ率は変更前と比べて平均37%増(中央値36%増)であった。

 また、社内取締役の金銭報酬枠を社内取締役の員数で除して算出した、一人当たり金銭報酬枠では、平均1億3,118万円(中央値1億1,200万円)から平均1億9,834万円(中央値1億6,000万円万円)への変更となった。これは、平均6,715万円(中央値4,800万円)の引き上げであり、一人当たりの金銭報酬枠の引き上げ率は変更前と比べて平均51%増(中央値43%増)と社内取締役の金銭報酬枠引き上げ率よりも約10%程度高かった。
 なお、社内取締役における金銭報酬枠の変更前後の員数については、変更前が平均6.2人(中央値6.0人)に対して、変更後では平均5.4人(中央値5.0人)と平均12%減(中央値17%減)であった。このことから社内取締役の金銭報酬枠を引き上げた企業において、社内取締役の員数を減らしている傾向が見受けられた(図表6)。これは、東証上場会社全体を対象とした「東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2023」の数値から読み解ける「1社当たりの取締役の員数が2016年以降ほぼ横ばい(やや減少)に対して、1社当たりの社外取締役の員数が増加している傾向がある」という内容と整合している。
 さらに、取締役の金銭報酬枠変更の理由について、取締役の金銭報酬枠を引き上げた各社の総会議案の内容を分析した(図表7)。取締役の金銭報酬枠引き上げの理由としては、企業価値向上に言及する企業が最も多く(9社)、次いで昨今の物価上昇、従業員の処遇引き上げおよび他社報酬水準等の事情を含む経済情勢が多かった(8社)。その他には、優秀なグローバル人材および継続的な経営者人材の確保について言及する事例もあった。各社が取締役に求めるスキルや能力を有する人材を将来的に確保するため、報酬枠の見直しを行っていることなどが考えられる。

図表5

社内取締役における金銭報酬枠の変更前と変更後の比較
N=19
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL 作成

図表6

社内取締役の員数
変更前:平均6.2人(中央値6.0人)
変更後:平均5.4人(中央値5.0人)
社内取締役の金銭報酬枠を変更した企業の員数
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

図表7

取締役の金銭報酬枠引き上げ理由
注:複数の理由を議案に記載している企業については複数カウント
金銭報酬枠を変更した24社のうち、金銭報酬枠を引き下げた1社を除く
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

2-2 社外取締役の金銭報酬枠の引き上げについて

 JPX日経400採用企業における社外取締役の金銭報酬枠の引き上げ傾向について前節と同様に確認していく。
 図表8は社外取締役の金銭報酬枠変更に関する議案を集計したものである。JPX日経400採用企業のうち、社外取締役の金銭報酬枠を変更した企業数は23社であった。
 社外取締役の金銭報酬枠は平均7,300万円(中央値6,000万円)から1億3,952万円(中央値1億円)への変更となった。これは、平均6,652万円(中央値4,000万円)の引き上げであり、金銭報酬枠の引き上げ率は変更前と比べて平均91%増(中央値67%増)であった。金銭報酬枠を引き上げる際、100%以上引き上げる企業の割合が過半数(52%)となるなど、2-1で分析した取締役の金銭報酬枠と比較すると高い引き上げ率であった。
 また、社外取締役の金銭報酬枠を社外取締役の員数で除して算出した、一人当たりの金銭報酬枠では、平均2,475万円(中央値2,000万円)から平均3,546万円(中央値2,800万円)への変更となった。これは、平均1,071万円(中央値800万円)の引き上げであり、一人当たりの金銭報酬枠の引き上げ率は平均43%増(中央値40%増)であった。社外取締役における一人当たりの金銭報酬枠の引上げ率は、2-1で分析した取締役における一人当たりの金銭報酬枠の引き上げ率と比較して大きな差異は見られなかった。
 社外取締役における金銭報酬枠の変更前後の員数については、変更前が平均3.3人(中央値3.0人)に対して、変更後では平均4.2人(中央値4.0人)と、社外取締役の員数の増加傾向が確認出来た(図表9)。これは、「東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2023」の数値から読み解ける「1社当たりの社外取締役の員数が増加傾向である」という内容と整合している。
 そして、前回報酬枠を変更してから今回変更するまでの期間を調査した結果、平均4.8年(中央値4.0年)であった。前回報酬枠の変更から4年以内で変更した企業の割合は過半数の57%である一方で、10年より前に設定した報酬枠を変更する企業の割合は4%という結果であった(図表10)。

図表8

社外取締役の金銭報酬枠の変更前と変更後の比較
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成
N=23

図表9

社外取締役の員数
変更前:平均3.3人(中央値3.0人)
変更後:平均4.2人(中央値4.0人)
社外取締役の金銭報酬枠を変更した企業の員数
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

図表10

社外取締役の金銭報酬枠変更までの期間
前回変更からの期間は平均4.8年(中央値4.0年)
社外取締役の金銭報酬枠を変更した企業における前回変更からの期間
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

 さらに、社外取締役の金銭報酬枠を引き上げた各社の総会議案の内容に基づき、社外取締役の金銭報酬枠引き上げの理由について分析した(図表11)。金銭報酬枠引き上げの理由としては、増員に言及する企業が最も多く(9社)、次いでガバナンスの強化、人材確保、役割や責務の増大などが理由として挙げられていた。コーポレートガバナンス・コードの変遷からも読み取れるように、社外取締役に求められる役割や責務が増大し、取締役会の構成に変化が起きていることが背景にあると推察される。また日本においては欧米等と比較すると社外取締役の候補者人材が十分でないといった意見が出ることもある。金銭報酬枠の引き上げは、社外取締役の獲得競争の中で、企業が求めるスキルや能力、豊富な経験等を有する優秀な人材の確保に向けた準備であると考えられる。
 なお、弊社が行った2024年度実施のサーベイ結果(図表12)によると、社外取締役の総報酬水準(中央値)は年々増加傾向であり、社外取締役の獲得や処遇見直しを検討する企業において、今後しばらくは社外取締役の金銭報酬枠を引き上げる傾向が継続すると考えられる。

図表11

社外取締役の金銭報酬枠引き上げ理由
注:複数の理由を議案に記載している企業については複数カウント
社外取締役の金銭報酬枠引き上げの理由について、明示的に記載している企業を対象に集計
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

図表12

時価総額別、社外取締役の総報酬水準(2022~2024年度における中央値)
注: 2022年~2024年調査に参加した全企業の内、3年全てに継続参加し、データが取得可能な企業に限定して集計
出典: コーポレートガバナンス・サーベイ(2024年度)よりHRGL作成

2-3 取締役の株式報酬枠の引き上げについて

 JPX日経400採用企業における取締役の株式報酬枠の引き上げ傾向について2-1と同様に確認していく。
 図表13は今回調査において取締役の株式報酬枠変更に関する議案を集計したものである。JPX日経400採用企業のうち、取締役の株式報酬枠を変更した企業数は22社であった。
 1事業年度当たりの株式報酬枠は平均4億5,497万円(中央値3億500万円)から10億3,539万円(中央値6億8,150万円)への変更となった。これは、平均5億8,042万円(中央値3億7,650万円)の引き上げであり、株式報酬枠の引き上げ率は変更前と比べて平均128%増(中央値123%増)であった。1事業年度あたりの株式報酬枠を引き上げる際、100%以上引き上げる企業が多く(15社)、2-1および2-2で分析した金銭報枠の引き上げと比較して引き上げ率が大幅に高い結果である。
 また、1事業年度当たりの取締役の株式報酬枠を、対象となる取締役の員数で除して算出した一人当たりの株式報酬枠は、平均8,245万円(中央値4,663万円)から平均2億1,810万円(中央値1億3,750万円)への変更であった。これは、平均1億3,565万円(中央値9,088万円)の引き上げであり、一人当たりの株式報酬枠の引き上げ率は、平均165%増(中央値195%増)であった。一人当たりの株式報酬枠の引上げ率についても、2-1および2-2で分析した金銭報酬枠の引き上げ率と比較して大幅に高い結果となった。
 なお、取締役の株式報酬枠の変更前後の員数については、変更前は平均7.5人(中央値6.0人)に対して、変更後では平均6.5人(中央値5.0人)と、株式報酬の対象となる取締役の人員数が約1人減少していた(図表14)。
そして、前回報酬枠の変更(株式報酬の導入を含む)から今回の報酬枠の変更までの期間を分析したところ、前回変更から平均3.8年(中央値4.0年)の間隔であり、5年以内に変更した企業の割合は86%となることが確認できた(図表15)。株式報酬枠は金銭報酬枠と異なり、2015年にコーポレートガバナンス・コードが施行されてから、株式報酬制度が徐々に導入されたという歴史的背景や、導入した後の制度見直しが定期的に発生することが多い実態のみならず、ここ数年は日本市場全体で株価の上昇局面が発生する等、複合的な要素があることから、2-1および2-2で分析した金銭報酬枠の変更までの期間と比較して、平均期間が短い結果となったものと考えられる。

図表13

取締役の株式報酬枠の変更前と変更後の比較
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成
N=22

図表14

取締役の員数
変更前:平均7.5人(中央値6.0人)
変更後:平均6.5人(中央値5.0人)
株式報酬枠を変更した企業の員数
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

図表15

取締役の株式報酬枠変更までの期間
前回変更からの期間は平均3.8年(中央値4.0年)
株式報酬枠を変更した企業における前回設定からの期間
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

 さらに、取締役における株式報酬枠の変更理由について、取締役の株式報酬枠を引き上げた各社の総会議案の内容を分析した(図表16)。株式報酬枠変更の理由としては、企業価値向上に言及する企業が最も多く(17社)、次いで株主との価値共有、業績連動拡大、人材確保などが続いた。総報酬のうち株式報酬の比率を高めることや業績に連動する制度設計にすることを理由の中に盛り込む工夫が見られた印象である。また、株主との利害を共有することに重きを置いた理由を挙げている企業が多い点は、金銭報酬枠の引上げ理由とは異なり特徴的であった。

図表16

取締役の株式報酬枠引き上げ理由
画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: zu_hrgl138-16.png
注:複数の理由を議案に記載している企業については複数カウント
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

3.株式報酬スキームの導入に関する議案の動向

 続いて、株式報酬スキームの導入に関する議案に焦点を当て、その動向を紹介する。
 今回の調査対象のうち株式報酬スキームの導入に関する議案を付議した企業は22社であった。株式報酬スキームの導入に関する議案の内訳は、譲渡制限付株式報酬の導入(12社)が最も多く、次いで信託型株式報酬の導入(6社)であった(図表17)。

図表17

株式報酬スキームの導入に関する議案 -導入されたスキーム別-
注:複数のスキームを導入した企業については重複してカウント
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

 また、株式報酬スキームの導入に関する議案を付議した企業22社のうち、株式報酬を初めて導入した企業と、現行の株式報酬スキームを廃止のうえ新たな株式報酬スキームに切り替えた企業の合計で17社、その他の5社は、現行の株式報酬スキームを維持しつつ、新たに株式報酬スキームを追加する企業であった。
 株式報酬を初めて導入した企業および現行の株式報酬スキームを切り替えた企業の17社について、スキーム変更前後の関係をまとめたものが図表18である。金銭報酬のみ、SO、譲渡制限付株式報酬、パフォーマンス・シェア・ユニット(以下、「PSU」という)、信託型株式報酬の順に、図表左側から右側へと移行していく流れが確認された。なお、昨年度に実施した同調査においても同様の結果であった。

図表18

JPX日経400採用企業 株式報酬スキーム変更のトレンド 
注: 株式報酬スキームを別のスキームに変更(変更前のスキームを廃止しない場合を除く)に関する
総会議案を対象
出典:各社定時株主総会招集通知よりHRGL作成

 譲渡制限付株式報酬は、対象者へ譲渡制限をかけた株式をあらかじめ交付し、早期に株式保有ができる点がメリットであり、株主との利害共有等を目的に、株式報酬を初めて導入する企業において多く採用されているものと考えられる。他方で、譲渡制限付株式報酬は業績連動の設計にはなじみにくいため、経営戦略に対するコミットメントの観点などから、業績連動型の制度設計を検討する段階の企業は選択しにくい側面がある。こういった企業が次のフェーズとして、業績連動型の設計を株式報酬スキームで実現したいと判断した場合には、PSUや信託型株式報酬のスキームの採用へ移行していくものと考えられる。さらに最終フェーズとして、譲渡制限付株式報酬やPSUから信託型株式報酬への移行する企業は、事務負荷を軽減しながら安定的な制度運営を実現したいと判断しているものと推察される。具体的な事務負荷を例示すると、譲渡制限付株式およびPSU・RSU 3は対象者毎の割当契約締結が発生するため、対象者が少人数であれば事務負荷も限定的となるが、対象者が増加すればするほど事務負荷が大きくなるということが挙げられる。そのため、自社の取締役だけでなく、執行役員やグループ企業の取締役も対象者とする企業においては、実務運用を考慮して、こういった事務負荷が発生しないように、対象者毎の契約締結が原則不要な信託型株式報酬を採用することが考えられる。ただし信託型株式報酬においては、信託銀行などに支払う管理報酬等、一定の費用負担が発生することに留意が必要であり、各スキームにおける費用対効果を検証することを推奨する。
 ここまでをまとめると、株式報酬には大きく分類すると、上記のようなスキームがあり、それぞれにメリット・デメリットが存在する。各社で株式報酬スキーム選択をする際には各スキームの特徴を踏まえて、導入目的や自社の状況に応じた適切なスキームを検討していくことが肝要である。

4.おわりに

 今回の総会議案調査により、昨年よりも多くの企業で報酬枠の引き上げが行われたことが確認できた。弊社が毎年行っているサーベイの分析結果および日経225社を対象とした役員報酬調査の分析結果でも、年々、報酬水準の引き上げが行われている傾向があり、報酬枠の引き上げを行っている企業が昨年よりも増加していることと整合しているものと考えられる。
 日本において、コーポレートガバナンス・コードが施行されてから約10年が経過し、コーポレートガバナンスの実質化が特に求められている。報酬ガバナンスの実質化には様々なアプローチが考えられるが、報酬枠を起点とする場合、「社外取締役を含む取締役の役割を改めて見直す必要性はないか」、「ステークホルダーに対して示している中期経営計画等の経営戦略にコミットするための報酬体系となっているか」といった内容を、社外取締役が過半数で構成される報酬委員会にて、丁寧に議論することが重要である。このような議論の結果として取締役の報酬水準を引き上げることは、企業価値向上を目指すうえで、必要なアプローチの一つであると考える。弊社が機関投資家と定期的に面談する中で、機関投資家からは、報酬水準を引き上げることへの抵抗感は少ないが、報酬額を引き上げていくのであれば同時に開示を充実化させるべきといった声が多い印象である。こういった声からも、報酬委員会にて報酬水準の議論を健全に進めていくことと同時に、「自社の役員報酬制度がどういった制度なのか(基本方針や制度概要)」や「インセンティブ報酬がどのように支払われたか(KPIの達成状況)」について、ステークホルダーに対して十分な説明が行われることは、日本における報酬ガバナンスの進化に繋がると考える。そのため、今後、開示やエンゲージメント(対話)の重要性がさらに高まってくるものと思われる。
 また自社の役員報酬枠について、ここ数年見直しを行っていなかった企業においては、自社を取り巻く環境や取締役に求められる役割等を踏まえて、見直しを検討されることも一案である。なお弊社では、2024年10月24日に2024年コーポレートガバナンス・サーベイの分析結果に関する報告会の配信をしており、役員報酬に関する最新情報の一つとしてぜひ参考にしていただきたい。
 そして、株式報酬スキームについても、各スキームにそれぞれ特徴があるため、自社が株式報酬を導入する意義や目的に応じて選択いただくことが重要である。株式報酬の導入を検討している、または、現在導入しているスキーム等に課題を感じている場合には、第三者の立場からアドバイスや情報提供をさせていただくので、弊社コンサルタントまで問合せいただければ幸いである。

脚注

  • 1 取締役の報酬枠について、社外取締役の報酬枠を内数で定められることが一般的であるため、株主総会議案において付議された社外取締役分も含む報酬枠の対象となる取締役(社外取締役を含む)を取締役(全体)として表記する。
  • 2 社外取締役を除く取締役を社内取締役と表記する。
  • 3 譲渡制限付株式ユニットのこと。Restricted Stock Unitsの略。

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

Yuta Nishimoto

三菱UFJ信託銀行で法人融資等や報酬コンサルティングを経験し、当社に入社。現在は役員報酬設計に加え、指名・報酬委員会支援(事務局支援・外部アドバイザーとしての参加等)など大企業を中心に実施。執筆論文に「国内外の最新潮流を踏まえた報酬ガバナンスの進むべき方向性」(旬刊商事法務2316号、共著)や、「日本企業の経営者報酬ガバナンスの現状と進むべき方向性」(月刊資本市場2024年3月号、共著)等がある。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Jungo Negishi

中央大学理工学部経営システム工学科卒。国内系損害保険会社にて、主に自動車交通事故の保険金支払い・被害者との示談交渉、度重なった地震や台風などの大規模自然災害の保険金支払いに従事。その後、当社に入社し現在に至る。現在は、役員報酬制度設計、人的資本経営の一環として従業員株式報酬導入コンサルティングを手掛ける。