HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

議決権行使基準等の改定動向と注目テーマ

~持続的な企業価値向上に向けた機関投資家からの期待値~

  • Sustainability
  • Nomination
    Compensation/HR
  • Strategy/Risk
  • Corporate
    Governance

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

早坂 勇祐

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアマネージャー

水谷 晶

■ サマリー

議決権行使助言会社であるISSとグラスルイスの助言方針の改定は、企業とのエンゲージメントに加え、多くの運用機関からの意見等も反映されたものとなっており、そこで取り上げられたテーマは運用機関の議決権行使基準の動向を見ていくうえで注目すべき点である。実質的に行使結果への影響が相応にあると考えられるテーマは、①気候変動、②ジェンダーダイバーシティ、③資本効率、④政策保有株式、⑤在任期間の5つである。改定内容をみていくと、これらのテーマ全てが、取締役選任(会社提案)の議決権行使判断の推奨に影響を与えるという意味で、取締役会レベルで監督や説明責任のある課題として認識されている

運用機関でも、議決権行使助言会社同様に、①・②のサステナビリティ課題に関する基準の導入・整備が進んできている。①では、概ね、気候変動リスク等の事業への影響を鑑み、温室効果ガスの排出量や目標を含む開示やスコアなどを踏まえ取組みが不十分であると判断されれば、取締役選任に反対となる。②では、概ね、女性取締役の人数または割合が一定数値(1名または10%)に達しなければ、取締役選任に反対となる

③・④・⑤の基準も、①・②より先んじて多くの運用機関で取締役会レベルの基準が導入されている。③では、資本効率を意識した定量基準(多くが3期連続ROE5%)があり、基準を満たさないと取締役の再任に反対となる。④では、政策保有株式の保有比率に関する定量基準(純資産額の20%等)があり、基準を超えると代表取締役等の取締役選任に反対となる。⑤では、社外役員の独立性基準の一つとして、在任期間に関する定量基準(概ね12年)があり、それ以上になると、当該候補者の再任に反対となる

①~⑤以外のテーマとして、その他サステナビリティ課題をみると、一部の運用機関で取締役会レベルでの基準として導入されている。その内容は、自然資本、人権、サイバーセキュリティ等と多岐にわたり、取組みが不十分と判断されれば、取締役選任に反対となる

以上から、サステナビリティ課題への取組みに対する取締役会の監督や説明責任、資本効率や政策保有株式の取組みに対する取締役会の結果責任等が求められており、さらにコーポレートガバナンス・コードを制定して10年が経過する2025年を見据えると、取締役会等のリフレッシュメントを検討する時期に入ってきたと考えられる。近年、運用機関による議決権行使基準の改定が、将来を見据えた予告型に発展していることを踏まえれば、企業の持続的な企業価値向上に向けた期待値だといえる。エンゲージメントを通じて、その期待値の理解を深めていき、取締役会レベルの取組みとして応えていくことが今後益々求められる。それは持続的に企業価値を機関投資家と共創するコーポレートガバナンスの一つのモデルになる

目次

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1.2024年以降 議決権行使助言会社の助言方針改定

1-1 助言方針改定の全体概要と注目テーマ

 議決権行使助言会社であるISS(Institutional Shareholder Services)とグラスルイスの助言方針は、企業とのエンゲージメントや多くの運用機関の意見等をもとに見直しが進められ、例年2月に改定版として適用される流れとなっています。2024年2月の改定は、ISSとグラスルイスとの間において、昨年みられた気候変動とジェンダーダイバーシティに関するテーマの重複はなく、それぞれが異なるテーマとなっています。具体的には、図表1にある7つのテーマ、資本効率、買収防衛策、気候変動、ジェンダーダイバーシティ、サイバーセキュリティ、政策保有株式、在任期間であり、多くの運用機関の考えも少なからず反映した注目テーマであるともいえます。うち議決権行使判断の推奨への影響が限定的と考えられる買収防衛策(既に原則反対推奨としているため)、サイバーセキュリティ(考え方の明確化のため)を除いた5つの注目テーマを中心に、助言方針の概要と、各運用機関の議決権行使基準概要の動向を確認していきます。

図表1

2024年以降 議決権行使助言会社の助言方針改定の全体概要
出典:各社ウェブサイトの議決権行使助言方針等をもとにHRGL作成(2024年3月21日現在)

1-2 5つの注目テーマに関する助言方針の概要

 5つの注目テーマに関する助言方針の概要は、図表2のとおりとなります。まず、気候変動とジェンダーダイバーシティという主要なサステナビリティ課題からみていくと、ISSでは今回改定はなく、従前どおり、気候変動は、Climate Action 100+選出企業に対し、気候関連リスクの詳細な開示、適切なGHG排出量削減目標の設定がない場合に取締役選任に反対を推奨し、またジェンダーダイバーシティでは、女性取締役が不在の場合に経営トップの取締役選任に反対を推奨します。一方、グラスルイスでは、気候変動は、2024年2月より、従前のClimate Action 100+選出企業等から、企業の温室効果ガス排出が、財務上重要なリスクであるとサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が判断した業種に属する日経225企業等に対象企業を拡大し、気候関連情報と監督責任の開示が著しく欠如している場合に責任ある取締役の選任に反対を推奨し、またジェンダーダイバーシティでは、プライム市場上場企業に対し、取締役会が多様性不足に対処するための十分な理由や計画を提供している場合に反対を推奨しないという例外規定を不適用とし、女性取締役比率10%を満たさない場合には取締役会議長等の取締役選任に反対を推奨します。さらに、2026年以降は、当該比率を20%以上に引き上げる予定です。今回の改定では、グラスルイスがこれらサステナビリティ課題に対してさらに一歩踏み込んだ形となっています。
 次に、資本効率、政策保有株式、在任期間については、ISSでは、資本効率は2024年2月より「5期平均のROEが5%を下回りかつ改善傾向にない場合に経営トップの取締役選任に反対を推奨する」定量基準が復活、また政策保有株式は従前どおり、保有額が純資産の20%以上の場合に経営トップである取締役選任に反対を推奨します。また在任期間については、方針の記載上特に明文化されていません。一方グラスルイスでは、 政策保有株式は従前どおり、連結純資産に対する保有比率が10%以上の場合に反対を推奨しますが、 2025年以降、具体的な期限を設定しROEの閾値5%から引き上げる等により「5年以内に同比率を20%以下にする縮減計画が開示、または同比率が10%以上20%未満の場合に5年度のROE平均値が8%以上、または直近年度のROEが8%以上の場合に反対を控える」例外規定に厳格化します。また在任期間は、2025年2月以降、社外取締役全員または社外監査役全員の在任期間が連続12年以上の場合に取締役会議長等の取締役選任に反対を推奨します。
 以上から、これら5つの注目テーマ全てが、取締役選任(会社提案)の議決権行使判断に影響を与えるという意味で、取締役会レベルで監督や説明責任のある課題として認識されていることが確認できます。

図表2

5つの注目テーマに関する議決権行使助言会社の助言方針概要
出典:各社ウェブサイトの議決権行使助言方針等をもとにHRGL作成(2024年3月21日現在)

2.大手運用機関の議決権行使基準の最新動向

2-1 気候変動・ジェンダーダイバーシティ

 続いて、運用機関の議決権行使基準についても、5つの注目テーマ毎に現状を確認していきます。GPIFからの日本株パッシブ運用受託運用機関7社を含む、大手運用機関を中心とした15社を対象に議決権行使基準を調査しました(以下同様)。まず気候変動については、ほとんどの運用機関で、取締役会レベルでの基準の導入が進んでいることがわかりました。具体的には、アセットマネジメントOneやニッセイアセットマネジメント等でも導入が進んでおり、その内容は概ね、気候変動リスク等の事業への影響を鑑み、温室効果ガスの排出量や目標を含む開示やスコアなどを踏まえ取組みが不十分であると判断されれば、取締役選任に反対となります(図表3参照)。今後は2025年3月までに見込まれている、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)による日本版 S1(サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項) 基準、日本版 S2(気候関連開示) 基準の確定と相まって、対象企業が広がることなどが考えられます。

図表3

気候変動に関する議決権行使基準概要の具体例
出典:各社ウェブサイト議決権行使基準を基にHRGL作成、赤字は改定箇所、外資/日系運用機関名称順(2024年3月21日現在)

 次にジェンダーダイバーシティについては、15社全ての運用機関で取締役会レベルでの基準として導入・整備されていることがわかりました。具体的には、三菱UFJ信託銀行等で導入、また日興アセットマネジメントやニッセイアセットマネジメント等で対象企業の拡大が進み、その内容は概ね、女性取締役の人数または割合が一定数値(1名または10%)に達しなければ、取締役選任に反対となります(図表4参照)。今後は、プライム市場上場企業に対し2030年までに女性役員比率30%以上を目指す女性版骨太の方針に従い、段階的に数値基準等が厳格化されることも考えられます。

図表4

ジェンダーダイバーシティに関する議決権行使基準概要の具体例
出典:各社ウェブサイト議決権行使基準を基にHRGL作成、赤字は改定箇所、外資/日系運用機関名称順(2024年3月21日現在)

2-2 資本効率・政策保有株式・在任期間

 資本効率について、従前より多くの運用機関が、取締役会レベルでの具体的な定量基準を有していることがわかりました。その閾値は多くが3期連続ROE5%となっており、基準を満たさないと取締役の再任に反対となります(図表5参照)。今後は、例えば三菱UFJ信託銀行で将来的にROEを引き上げる方向性が示されているなど、昨年の株価や資本コストを意識した経営に関する東証からの要請を踏まえ、企業の開示や取組みの進捗をみながら、定量基準がROE8%へ厳格化されていくことも考えられます。なお、今期のROE見通しとして、日本経済新聞の最近の調査(『日本経済新聞』2024.3.6朝刊)によれば、昨年来各企業がROE目標を引き上げるなどの取組みもあり、金融除くプライム市場上場企業の2024年3月決算のROE平均の推計値が9.7%と、3期連続で8%を超えて上昇する予想となっており、持続的な資本効率改善が見込まれています。今月、日経平均株価が史上初めて4万円台に乗せた要因の一つである、ROEの今後の動向に益々目が離せなくなるものと考えています。

図表5

資本効率に関する議決権行使基準概要の具体例
出典:各社ウェブサイト議決権行使基準を基にHRGL作成、赤字は改定箇所、外資/日系運用機関名称順(2024年3月21日現在)

 次に政策保有株式について、資本効率同様に、多くの運用機関が取締役会レベルでの具体的な定量基準を導入していることがわかりました。定量基準の閾値は、概ね純資産額の20%としており、基準を超えると代表取締役等の取締役選任に反対となります(図表6参照)。コーポレートガバナンス・コード制定以降、政策保有株式に関する情報開示や縮減が進んできており、今後その進捗をみながら、定量基準や例外規定が厳格化されることも考えられます。

図表6

政策保有株式に関する議決権行使基準概要の具体例
出典:各社ウェブサイト議決権行使基準を基にHRGL作成、赤字は改定箇所、外資/日系運用機関名称順(2024年3月21日現在)

在任期間については、従前から多くの運用機関が、社外役員(社外取締役・社外監査役)の独立性基準の一つとして、取締役会レベルでの具体的な定量基準を有していることがわかりました。定量基準の閾値は概ね12年となっており、それ以上の在任期間の場合は当該候補者の再任に反対となります(図表7参照)。コーポレートガバナンス・コード制定以降、社外役員は増加、CGSガイドラインでも取締役会の実効性向上の鍵とされているなかで、当該定量基準は、今後の取締役会等のリフレッシュメント検討を後押しするトリガーになると考えられます。

図表7

在任期間に関する議決権行使基準概要の具体例
出典:各社ウェブサイト議決権行使基準を基にHRGL作成、外資/日系運用機関名称順(2024年3月21日現在)

2-3 その他サステナビリティ課題

これまでにご紹介した5つの注目テーマからまた少し範囲を広げて、気候変動やジェンダーダイバーシティ以外のその他サステナビリティ課題についても調査を実施しました。その結果、取締役会レベルでの基準として導入されている運用機関は多くはなく、一部にとどまっていることがわかりました。導入されている場合、その他サステナビリティ課題は自然資本、人権、サイバーセキュリティ等と多岐にわたり、取組み等が不十分と判断されれば、取締役選任に反対となります(図表8参照)。今後、サステナビリティ情報開示全般の整備や開示プラクティスが進むにつれ、その他のサステナビリティ課題等への取組みについても取締役会レベルの監督・説明責任が求められ、基準として導入・整備されていくものと考えられます。

図表8

その他サステナビリティ課題に関する議決権行使基準概要の具体例
出典:各社ウェブサイト議決権行使基準を基にHRGL作成、外資/日系運用機関名称順(2024年3月21日現在)

3.おわりに

 今回調査した議決権行使基準等の動向から4つのことがみえてきます。まず、サステナビリティ課題については、気候変動、ジェンダーダイバーシティ中心に基準の導入・整備が年々進んできており、取締役会による監督や説明責任が益々求められている状況にあるといえます。今後は、有価証券報告書等によるサステナビリティ情報開示プラクティスの進展や、日本版S1や日本版S2の基準等と相まって、気候変動やジェンダーダイバーシティに関する基準の厳格化や適用範囲の拡大に加え、自然資本、人権、人的資本等のその他のサステナビリティ課題に関する基準の導入・整備にまで広がることが考えられます。
 次に、資本効率や政策保有株式については、サステナビリティ課題よりも前から、ROEや保有比率の閾値を含め基準の導入・整備が進められており、企業価値向上を意識したそれらの取組みに対する取締役会の説明・監督責任に加え、結果責任も問われる段階にきたといえます。それぞれが企業価値に直接影響を与えうる重要なファクターであるため、今後は、コーポレートガバナンス報告書等の情報開示や、ROEの改善や政策保有株式の縮減の進捗等を踏まえながら定量基準が厳格化されることが考えられます。
 また、社外役員の在任期間については、従前より独立性基準の一つとして、概ね12年を閾値としています。一方、社外役員増加を後押ししたコーポレートガバナンス・コード制定から来年で10年が経過するため、今後在任期間10年以上が見込まれる独立社外役員については、ダイバーシティや独立性を高める観点から、取締役会等のリフレッシュメントを検討する動きがでてくることも考えられます。
 最後に、議決権行使基準の捉え方についてですが、議決権行使基準自体が運用機関をはじめとした機関投資家からの持続的な企業価値向上に向けた期待値になってきたといえます。最近、ISSやグラスルイスの議決権行使助言会社だけでなく、既に事例として取り上げたいくつかの運用機関をとってみても、議決権行使基準に関する改定内容の早期開示、次年度以降の改定予定や検討課題を記載する「事前予告型」に発展するケースが増えてきています。背景として、議決権行使基準の将来の改定内容や検討課題にまで踏み込み、早期開示することにより、企業に取り組んでもらいやすくするという機関投資家の大きな期待があることが考えられます。企業の皆さまが、機関投資家とのエンゲージメントを通じ、年々議決権行使基準の「改定」という形でレベルアップしていく期待値の理解を深めていき、自社のサステナビリティ課題や資本効率等の様々な課題に対して取締役会レベルでの取組みとして応えていくことが、今後益々求められており、それは持続的に企業価値を機関投資家と共創するコーポレートガバナンスの一つのモデルになると考えています。

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Yusuke Hayasaka

三菱UFJ信託銀行に入社し、市場部門において企画業務、新商品開発部署にてR&D業務を経験後、2022年10月よりHRガバナンス・リーダーズに出向。現在はコーポレートガバナンスに係るリサーチ業務に従事。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアマネージャー

Akira Mizutani

慶應義塾大学経済学部卒(環境経済学専攻)。大手IT企業、J-REIT運用会社のSR・コーポレートマネジメント業務、大手資産運用会社のスチュワードシップ・株式リサーチ・運用企画業務、大手信託銀行の企業向けESGコンサルティング業務等に従事。社団法人や財団法人では金融やスポーツ業界のルールメイキング等に係る専門委員会メンバーを歴任。サステナビリティ・ガバナンスに関する論文執筆でも活動。