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SSBJ「サステナビリティ開示基準」公開草案公表

~日本企業のサステナビリティ情報開示のあり方~

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    Governance

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

朝田 悠人

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
アナリスト

池田葵

■ サマリー

2024年3月29日、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は日本版IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」およびIFRS S2号「気候関連開示」を公表した。東京証券取引所(東証)のプライム市場上場企業またはその一部が対象企業として想定され、3月期決算の企業の場合、2024年度の事業活動の内容を対象に、2025年度から本基準について適用が可能である

SBJの定める基準はわかりやすさの観点から、IFRS S1号における基本的な事項を定めた部分とコア・コンテンツを定めた部分を、サステナビリティ開示ユニバーサル基準およびテーマ別基準という別個の基準として開発されている。また、産業別ガイダンスおよびSASBスタンダードを「参照し、その適用可能性を考慮しなければならない」とされており、一定の経過措置も設けられている

温室効果ガス関連の情報開示に関する、審議の過程で意見が分かれた主な項目は、①温室効果ガス排出量の合計値②地球温暖化対策推進法(温対法)等に基づいた温室効果ガス排出量の報告に関する内容③スコープ2温室効果ガス排出の測定値の開示④スコープ3温室効果ガス排出の絶対総量の開示における重要性の判断の適用である

産業横断的指標等に関する、審議の過程で意見が分かれた主な項目は、①気候関連のリスクおよび機会②気候関連のリスクおよび機会に投下された資本的支出③内部炭素価格である

ISSBの国際的な基準に整合させたサステナビリティ情報の開示が日本企業に要請され、グローバル水準の情報開示の質と量が求められている。社内におけるサステナビリティ関連の情報・データの収集を効率的に行う体制構築がますます重要となるだろう。加えて、企業の長期的な戦略的レジリエンスを確固たるものにするための重要な手段として情報開示を行っていくことを意識する必要があると考える

目次

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1. はじめに

SSBJが日本版S1号・S2号の公開草案を公表

 2024年3月29日、日本におけるサステナビリティ開示基準の開発、国際的なサステナビリティ開示基準の開発への貢献といった役割を担うサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が、日本版IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」およびIFRS S2号「気候関連開示」を公表しています(図表1)。2023年6月、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が公表したIFRS S1号およびIFRS S2号の最終版の内容を受けて、我が国ではSSBJの下で議論が進められていました。また本基準について、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」が2022年12月に公表した報告書には、「個別の告示指定により我が国の『サステナビリティ開示基準』として設定する」と記されています。
 本開示基準の適用が要請される企業の範囲について、当初SSBJは日本版S1号・S2号の適用対象企業を「上場企業全体」として開発されていたものの、公開草案では東京証券取引所(東証)のプライム市場上場企業またはその一部が対象企業として想定されています。そのため、審議の過程で意見の分かれた主な項目については、質問項目および代替案を示した上で、本年7月末まで意見募集を行うという方針となっています。
 また、強制適用時期は定めないものの、2025年3月末を予定している確定基準公表日以降終了する年次報告期間から適用可能とする方向性を示しています。すなわち3月期決算の企業の場合、2024年度の事業活動の内容を対象に、2025年度から本基準について適用が可能であると整理されています。ただし適用する場合、S1号およびS2号の双方を同時に準拠することが求められていることから、一定のハードルが存在すると考えます。また、3月26日に実施された金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」の第1回では、本基準についてプライム市場上場企業のうち、時価総額の大きい企業から順次適用対象を拡大することが、将来的な方向性の選択肢として示されています。

図表1

S1号・S2号に関するISSBおよびSSBJの主な検討スケジュール
出典: ISSB公表資料、SSBJ公表資料よりHRGL作成

2.日本版S1号・S2号の特徴

2-1 全般的な特徴

 今回公表された日本版S1号・S2号にはどのような特徴があるでしょうか。本草案で示されている基準についてISSB基準と比較しながら述べるとともに、審議の過程で意見が分かれた項目では採用されなかった案についてもお示しします。
 特筆すべき事項の1つに、ISSB基準と比較して全体的な構造が異なることがあげられます。SSBJの定める基準はわかりやすさの観点から、IFRS S1号における基本的な事項を定めた部分とコア・コンテンツを定めた部分とを、サステナビリティ開示ユニバーサル基準およびテーマ別基準という別個の基準として開発されています(図表2)。
 また公開草案においては、ISSBと同様、気候関連のリスクおよび機会の識別および開示する産業別の指標の決定におけるガイダンスの情報源のいずれについても、産業別ガイダンスおよびSASBスタンダードを「参照し、その適用可能性を考慮しなければならない」とされています。この背景には、ISSB基準との国際的な比較可能性の確保が求められていことがあげられます。ただし、審議の過程ではこれらを「参照し、その適用可能性を考慮できる」情報源とすべきであるという意見も聞かれています。
 最初の年次報告期間における経過措置について、ISSB基準と同様に比較情報の開示、気候関連以外のサステナビリティ関連のリスクおよび機会に関する開示、GHGプロトコルの適用、スコープ3温室効果ガス排出の開示は要求されていません。IFRS S1号においては関連する財務諸表を公表した後にサステナビリティ関連財務開示を報告することを容認するという経過措置が定められていますが、SSBJの公開草案においては、関連する財務諸表と同時にサステナビリティ関連財務開示を報告しないことができる一定の条件を定めています。例えば、有価証券報告書を通じて財務報告を行った後、統合報告書を発行して非財務情報を開示するケースが考えられます。

図表2

SSBJ基準における ISSB基準との関係性
SSBJ基準における ISSB基準との関係性

2-2 審議の過程で意見が分かれた主な項目(温室効果ガス関連)

 ここでは、S2号における温室効果ガス関連の情報開示に関する公開草案の審議の過程で意見が分かれた主な項目について、主に4点をまとめています(図表3)。
 1点目は、温室効果ガス排出量の合計値です。事業活動のサプライチェーンにおけるGHG排出量の捉え方としては、事業者⾃らによる温室効果ガスの直接排出である「スコープ1」、他社から供給された電気、熱・蒸気の使⽤に伴う間接排出である「スコープ2」、スコープ1、スコープ2以外の間接排出である「スコープ3」に分類する方法が一般的です。本草案ではスコープ1、2、3の温室効果ガス排出の絶対総量の合計値を開示することが求められていることです。IFRS S2号において定めは無いものの、2023年7月にISSBが公表したIFRSサステナビリティ開示タクソノミ(案)において、3つのスコープの温室効果ガス排出の絶対総量の合計値についてタクソノミを設定することが提案されていることもあり、本草案に盛り込まれています。
 2点目は、地球温暖化対策推進法(温対法)等に基づいた温室効果ガス排出量の報告に関する内容です。ISSB基準では、温室効果ガス排出の測定にあたりGHGプロコトルに従うことを要求しているものの、法域の当局または企業が上場する取引所が異なる方法を用いることを要求している場合には、当該方法を用いることを容認しています。日本企業において、温対法等に基づいた報告が要求されるケースについて、サステナビリティ財務開示の報告期間との算定期間が異なる可能性が問題点として指摘されています。本草案では、温室効果ガス排出量の報告期間が当該企業のサステナビリティ関連財務開示の報告期間から1年を超えて乖離している場合には、その旨に加えて、温室効果ガス排出量の報告のための算定期間、乖離している期間の間に重大な事象が発生した、あるいは状況の重大な変化があった場合、その内容および影響を開示することを求めています。たとえば3月決算の企業が7月末までに温対法等による温室効果ガス排出量を報告する場合、報告期間と算定期間の差異は最長15か月と大きく乖離する可能性があるという日本特有の事情に照らして基準案が作成されていることがわかります。
 3点目は、スコープ2温室効果ガス排出の測定値の開示です。一般的にスコープ2を算定する際の方法として、地域、地方または国などの特定された場所におけるエネルギー生成に関する平均的な排出係数を用いる「ロケーション基準」と、電気の購入契約および分離された契約証書の内容を反映する「マーケット基準」があげられます。IFRS S2号においては、市場の成熟度の違いなどにより一律にマーケット基準を要求することは難しいことから、その代替案としてスコープ 2 温室効果ガス排出を理解するうえで必要となる契約証書に関する情報の開示が求められています。他方で、SSBJの示した公開草案では、ロケーション基準による測定値の開示に加え、①契約証書に関する情報1 ②マーケット基準による測定値のいずれかを開示することを要求しています。この背景として、日本企業は温対法等の要請によりマーケット基準による測定が可能である場合が想定されること、ISSBが基準開発にあたり参考にしたと考えられるスコープ2ガイダンスにおいてロケーション基準およびマーケット基準をともに用いることを求めていること、マーケット基準により測定した数値には企業の温室効果ガス排出削減の努力が反映されることなどがあげられます。
 4点目は、スコープ3温室効果ガス排出の絶対総量の開示における重要性の判断の適用です。GHGプロコトルで定められているスコープ3の15カテゴリーのうち、排出量が最も大きいカテゴリーの排出量に対して、定量的な閾値(100分の1等)を下回ることが見込まれるといった重要性に乏しいカテゴリーは、その測定に含めないことができるという内容を設定すべきかどうかが論点となりました。一方で本草案ではISSB基準と同様、特段の定めを置かないと整理されています。この結論に至った背景として、国際的な整合性に対する懸念に加えて、スコープ3の開示は依然として発展途上にあり、開示実務の全体像の把握が不十分であることや、企業の負担が増加する可能性があることがあげられています。

図表3

温室効果ガスに関する公開草案の内容および採用されなかった案
温室効果ガスに関する公開草案の内容および採用されなかった案

2-3 審議の過程で意見が分かれた主な項目(産業横断的指標等関連)

 

 次に、産業横断的指標等に関して審議の過程で意見が分かれた主な項目について、公開草案の内容および採用されなかった案を示します(図表4)。ISSB基準では、気候関連の移行リスク/物理的リスクに関して脆弱な資産または事業活動、機会に関して整合した資産または事業活動について、金額およびパーセンテージ(全体の事業に占める気候関連の移行リスク/物理的リスクに対して脆弱な資産または事業活動の割合あるいは機会と整合した資産または事業活動の割合)を開示することを求めています。他方、本公開草案ではこれらについて、①金額およびパーセンテージ②規模に関する情報のいずれかを開示することを求めており、ISSB基準と比較すると開示内容がやや緩和されています。公開草案においては規模に関する情報について開示の具体例は示されていませんが、企業のどの資産・事業活動に気候関連のリスク及び機会があるのか、その規模に関する定性的な範囲や大小等の程度を示すことが考えられます。この背景にはTCFD提言に基づく開示を行っている企業においても、気候関連のリスクおよび機会に関する産業横断的指標等について、定量的な情報による開示は進んでいないことが指摘されていることがあげられます。
 一方で、気候関連のリスクおよび機会に投下された資本的支出、ファイナンスまたは投資の金額、内部炭素価格を意思決定に用いている場合の適用方法、温室効果ガス排出に係るコストの評価に用いている内部炭素価格については、ISSB基準と同様の開示が求められています。

図表4:

産業横断的指標等関連に関する公開草案の内容および採用されなかった案
出典: SSBJ公表資料よりHRGL作成

3.おわりに

 ISSBの国際的な基準に整合させたサステナビリティ情報の開示が日本企業に要請され、今後ますますグローバル水準の情報開示の質と量が求められることになります。これを契機に詳細な情報を開示することで、サステナビリティ関連情報の透明性担保と信頼性向上へとつなげていくことが可能になると考えます。今般整備されているサステナビリティ開示基準に基づき、投資家を始めとする重要なステークホルダーから必要とされる情報を開示していくためには、社内におけるサステナビリティ関連の情報・データの収集を効率的に行う体制構築が必要不可欠となります。サステナビリティ担当の部門を設置している場合には、担当部門を起点にサステナビリティ関連情報を整理し、社内全体における情報体系を可視化することでより充実した情報開示につながることが期待されます。
 ISSBは2026年以前に新たなトピックの開示基準を定める可能性は低く、現段階では既存の開示基準であるIFRS S1号・S2号に基づく情報開示の実施に重きを置くとしています。まずは既存の基準で求められているサステナビリティ全般および気候関連のリスクと機会に焦点を当てより良い情報開示を行っていくことが企業に求められます。また情報開示は、企業がサステナビリティ全般および気候関連における重要なリスクに対処し、自社にとって重要な機会を捉え、戦略を推進していく上での基礎となります。企業の長期的な戦略的レジリエンスを確固たるものにするためには、本稿で示したような情報開示の重要性を認識することが必要となってきます。サステナビリティ全般および気候関連の情報対応を実施していくにあたって、自社の現在地を捉え、本質的なサステナビリティの取組みを推進していくことが期待されます。
 今般の基準については、これがグローバル投資家との建設的な対話を中心に据えた企業であるプライム上場企業を対象にした基準となり、その適用の義務化については時価総額の大きい企業から徐々に拡大されることが予想されます。しかし今回は適用外となった企業も日本国内の基準をはじめ国際的な動向も抑えつつ、情報開示の充実に向けての準備が必要となってきます。さらにSSBJが開発しているサステナビリティ開示基準にとどまらず、その基となっているISSB開示基準が求める情報開示を推進し、グローバル市場における日本企業の競争力を向上させる上でも、日本企業のサステナビリティ情報開示のさらなる充実が期待されます。

参考文献

  • 1 SSBJの公開草案において、「契約証書」は①エネルギー生成に関する属性と一体となっている電気等の購入契約、②電気等の購入契約から分離されたエネルギー属性のみに着目して締結される契約、のいずれかを満たすものを指すと定義されています。エネルギーの属性とは、発電されたエネルギーの特徴(発電方法やCO2排出量等)や環境面の特性等に関する情報のことを指します。

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Yuto Asada

神戸大学経済学部卒。三菱UFJ信託銀行にて個人富裕層向け資産運用コンサルティング業務に従事した後、出向し現在に至る。現職では、役員報酬をはじめとしたコーポレートガバナンスに係るリサーチ業務に従事する。日本証券アナリスト協会検定会員。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
アナリスト

Aoi Ikeda

Linnaeus University ビジネス経済学部学士課程修了。「Greenwashingに対する消費者の倫理的な認識」に関する研究に取り組む。現職では、サステナビリティ領域に係る国内外動向や非財務情報開示に関する調査や執筆、国内外の役員報酬を始めとするコーポレートガバナンスの複数のリサーチ業務に携わっている。