HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

TOPIX100社のコーポレート・ガバナンス報告書における「エクスプレイン」の状況

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HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

石丸 萌

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
フェロー

圭室 俊雄

■ サマリー

コーポレート・ガバナンス改革の取組みは着実に進展していると評価される一方で、企業の持続的な成長と企業価値の向上を実現するためには、ガバナンスの実効性をさらに高める必要がある。2025年4月30日に経済産業省より公表された「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」では、企業が「稼ぐ力」を強化するために必要な実効的なコーポレートガバナンスの構築には、株主・投資家との対話の活用が重要であることが強調されている。

CGコードは、企業が自社のコーポレートガバナンスのあり方を検討し、株主・投資家との対話を通じて実効性を高めるための重要なツールであり、企業が真摯に検討した結果としての建設的な対話に資するエクスプレインのあり方が、改めて問われている。

日本企業のガバナンス対応の取組み状況を確認するため、HRガバナンス・リーダーズにてTOPIX100の企業を対象に2022年~2024年の各社CG報告書におけるエクスプレインの状況を調査したところ、エクスプレインしている企業数およびエクスプレインの件数はともに減少傾向にあることが明らかになった。

エクスプレインされていた原則は、多い順に、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等における多様性確保(補充原則2-4①)、指名・報酬などの重要事項に係る取締役会の機能の独立性・客観性を担保するための任意の委員会の設置(補充原則4-10①)、資本コストを意識した経営戦略や経営計画の策定・公表(原則5-2)、政策保有株式の適否の検証(原則1-4)であった。

企業は、CGコードを単にコンプライすればよいという義務ではなく、「稼ぐ力」の強化に向けた取組みの一環と捉え、CG7.0を参考にしながら、CGコードの各原則の趣旨に立ち返り、自社にとって最適なプラクティスを真摯に模索し、コンプライとエクスプレインを適切に選択することが、より一層求められる。
注)本オピニオンにおいては、CGコードの各原則について言及する際は、内容を把握しやすいように、説明を加えて表記している。

目次

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1. はじめに

 日本企業におけるコーポレート・ガバナンス改革(以下、「CG改革」)は、コーポレートガバナンス・コード(以下、「CGコード」)の改訂や金融庁「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」等の働きかけを通じて進展してきました。その目的は、「稼ぐ力」の強化、つまり企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上の実現です。プライム市場上場会社を中心に、CGコードを意識した取組みは着実に進展していると評価されています。一方で、企業の持続的な成長と企業価値の向上を実現するために、ガバナンスの実効性をさらに高める必要があるとの指摘もあります1。また経済産業省が公表した「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」(以下、「CGガイダンス」)では、企業に求められる「稼ぐ力」の強化には実効的なコーポレートガバナンスが必要であり、その構築には株主・投資家との対話の活用が重要であることが強調されています2
 CGコードは、企業が自社のコーポレートガバナンスのあり方を検討し、株主・投資家との対話を通じて実効性を高めるための重要なツールです。プリンシプルベース・アプローチ(原則主義)によって企業が自社の状況を踏まえた自律的な対応を図ることが促進され、コンプライ・オア・エクスプレインの仕組みによって、改善すべき点は株主・投資家との対話を通じて修正されることが期待されています。しかしながら、日本企業におけるCGコードのコンプライ・オア・エクスプレインの実態については、コンプライ率の高さから形式的な遵守が目的化している可能性が指摘されています3。それゆえCGコードの趣旨に鑑みたエクスプレインの参考となるポイントや事例が公表されており4、企業が真摯に検討した結果としての建設的な対話に資するエクスプレインのあり方が、改めて問われています。
 HRガバナンス・リーダーズではTOPIX100企業を対象にコーポレート・ガバナンス報告書(以下、「CG報告書」)におけるエクスプレインの状況を2022年より継続して調査してきました。本稿では、TOPIX100の企業を対象に実施した各社CG報告書におけるエクスプレインの状況の最新調査を踏まえ、その結果や経年比較をご紹介するとともに、CG改革を力強く推進していくために肝要となる要素について考察します。

2. TOPIX100社のエクスプレイン状況

2-1 エクスプレインする企業は減少傾向

 2024年調査(2024年12月~2025年1月)ではTOPIX100社のうち、1つ以上の原則をエクスプレインしている企業は20社でした。これらの企業において、エクスプレインしている原則の数は各々1~3件であり、エクスプレイン件数としては全体で31件でした。2022年、2023年それぞれのTOPIX100社のエクスプレイン状況と比較すると、1つ以上の原則をエクスプレインする企業数とエクスプレイン件数はともに減少傾向にあることがわかります。

図表1

エクスプレインしている企業数とエクスプレイン件数の推移
出典:各社CG報告書をもとにHRGL作成
注)2022年の結果は2023年3月時点、2023年の結果は2024年3月時点、2024年の結果は2025年1月時点の最新のCG報告書によるもの。以下、同。

2-2 エクスプレイン件数が多い原則の経年変化

 過去3年のTOPIX100企業においてエクスプレインが多かった原則の経年変化についてもみていきます。図表2で示している各年上位の原則をみると、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等における多様性確保(補充原則2-4①)、指名・報酬などの重要事項に係る取締役会の機能の独立性・客観性を担保するための任意の委員会の設置(補充原則4-10①)、資本コストを意識した経営戦略や経営計画の策定・公表(原則5-2)、政策保有株式の適否の検証(原則1-4)についてエクスプレインが多い傾向にあることがわかります。これら4つの原則については、次章でその内容を定性的に分析します。

図表2

過去3年におけるエクスプレイン件数上位の原則
*は2021年のCGコード改訂により新設あるいは改訂されたもの
出典:各社CG報告書をもとにHRGL作成

3. 上位エクスプレイン内容の傾向

 本章では、2024年に上位であった各エクスプレイン項目の傾向や特徴を明らかにするとともに、建設的な対話に資すると考えられるエクスプレインについて東京証券取引所が公表している以下のポイント5に照らして考察します。また、それらを踏まえ企業がCG改革をさらに進めていくために求められる対応について考察します。
<建設的な対話に資するエクスプレインのポイント>
・実施していない内容を明確に示すこと
・実施していない内容について、その理由を自社の個別事情や採用している代替手段の適切性の観点から説明すること
・今後コードを実施していく方針の場合、その検討状況を体制、手法、スケジュール等の観点から具体的に説明すること

3-1 中核人材の多様性の確保【補充原則2-4①】

 補充原則2-4①では、女性、外国人、中途採用者の管理職への登用等に関する(1)多様性確保についての考え方、(2)自主的かつ測定可能な目標、また(3)多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備の方針を開示することが求められています。
 傾向として、(2)において女性管理職登用については定量目標を設けているものの、中途人材あるいは外国人の管理職への登用に係る測定可能な目標を設けていないことを理由に本補充原則がエクスプレインされるケースが多く見受けられます。中には、特定の属性について目標設定をしていないもののその属性における管理職比率が他の属性と差がないことを開示しており、実績をもって目標設定が不要であることを示している事例があります。
 また、(2)測定可能な目標を設定していない場合において、その理由を説明できていない事例や、ダイバーシティ推進に取り組む旨や一層の人材育成、社内環境の整備に努めることの紹介にとどまる事例等、具体性に欠ける内容が見受けられました。こうした記述は株主等のステークホルダーの理解が十分に得られるものではないと考えられます。株主・投資家との対話に活用する観点からは、コンプライしていない内容の理由を明確に述べるとともに、自社の人材育成方針を掲載しているホームページや有価証券報告書を参照先として記すなど、CG報告書以外の資料も適宜用いながら具体的な取り組みを説明する工夫が必要と考えられます。

3-2 任意の独立した指名・報酬委員会の設置【補充原則4-10①】

 補充原則4-10①では、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するための対応として、(1)任意の委員会の設置状況(2)委員会構成およびその権限・役割 について開示することが求められています。
 傾向としては、(1)について独立社外取締役を半数とする任意の指名委員会、報酬委員会を設置したうえで、それらの意思決定のプロセスを開示することで独立性・客観性を備えた審議・決議が行われていることがエクスプレインされています。CGコードにおいては「プライム市場上場会社では任意の委員会構成員の過半数を独立社外取締役とすること」を基本としていますが、委員長を独立社外取締役とすることで過半数の構成ではないにも拘わらず独立性が担保されているとエクスプレインしている事例があります。
 TOPIX100全体としては任意の委員会の設置が進んでいますが、昨今ではそれらの実効性を高めるための対応が求められています。取締役会の運営と指名・報酬委員会の運営を連携しながら、企業のガバナンス体制のコントロールタワーの役割を担う「コーポレートセクレタリー」の設置が一例であり、当該機能が重要になると考えられています6。企業はこうした任意の委員会の実効性向上に資する取組みを進め、その状況をエクスプレインまたはCG報告書「コードの各原則に基づく開示」において説明することで、投資家との指名・報酬に係る議論を促進し、さらなるCG改革につなげていくことができると考えられます。

3-3 資本コストを意識した経営戦略や経営計画の策定・公表【原則5-2】

 原則5-2では資本コストを意識した経営戦略や経営計画の策定・公表に際して、(1)収益計画や資本政策の基本的な方針を示し、(2)収益力・資本効率等に関する目標を示し、(3)その実現のために具体的に何を実行するのか説明することが求められています。本原則をエクスプレインした企業は2022年から2024年にかけて5社から3社に減少し、2024年の3社は一貫してエクスプレインを継続している企業でした。その中には、(2)について収益力・資本効率等に関する目標を置いていない一方で、株主への利益還元に重要と考える指標を資本政策の方針とともに説明している事例や、自社の事業特性の観点から中期経営計画及び数値目標を置いていないことを説明している事例があります。
 本原則の趣旨は資本コストや資本収益性を意識した経営をどのように行うかを投資者に向けて開示することにあります。本原則の高いコンプライ率からは多くの企業において趣旨に即した開示が進んでいることが伺え、企業は今後もその進捗に関する分析・アップデート行い、その状況をエクスプレインまたはCG報告書「コードの各原則に基づく開示」において説明していくことで、株主・投資家との対話に活用することが重要であると考えられます。

3-4 政策保有に関する方針【原則1-4】

 原則1-4は、政策保有株式として上場株式を保有する場合は、(1)政策保有株式の縮減に関する方針・考え方、(2)保有目的の適否の検証状況、(3)政策保有株式に係る議決権行使の基準の説明が求められます。本原則をエクスプレインしていた企業は2022年には6社、2023年には3社であり、2024年には2023年と同じ3社がエクスプレインしていました。3社は業種の特性上、多岐にわたるサプライヤーを抱えています。本原則に対する姿勢も2022年から変わっていません。
 各社とも、政策保有の考え方として取引先との関係維持・強化やそれが企業価値につながる場合に保有することを説明しています。今回の3社については本原則の(2)(3)についてエクスプレイしているものの、(1)については「縮減」という表現を使用する企業と明示的な表現を避ける企業もあり、本件に対する温度差がうかがえました。

4. おわりに

 以上、TOPIX100企業においてエクスプレインが多かった上位の原則を見てきました。上記エクスプレインの背景にあるものは、会社の伝統的な考え方や会社の置かれた状況であると考えられます。補充原則2-4①(多様性)や原則5-2(資本コストを意識した経営)は、組織文化の変革や戦略の再構築など企業のあり方に踏み込む内容であり、補充原則4-10①(任意の委員会)や原則1-4(政策保有株式)は体制の構築や取引慣行の見直しを伴う内容です。そのため、これらの原則は企業ごとの考え方や事情が反映されやすいといえます。重要なのは、これらのエクスプレインが「建設的な対話に資する」内容となっているかという点です。投資家は説明そのものよりも、説明を通じて企業の戦略や価値観を理解し、対話を深めることを期待します。エクスプレインが「なぜ実施していないか」の説明にとどまり、今後の対応や代替手段の有効性についての具体性が不足しているケースでは、投資家の期待との間にギャップが生じることになります。エクスプレインが本来求められる説明責任の履行ではなく、形式的な免責のように機能している場合、対話の基点としての機能が十分とはいえないでしょう。
 CGコードの目的は、コーポレートガバナンスの機能発揮を通じた会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上、これによる投資家、経済全体の発展とされています。CGガイダンスにおいても、企業が「CGコードにおける原則を形式的にコンプライするのではなく、『稼ぐ力』の強化に向けたCGの取組を行うことを支援すること」をその目的としており、実効的なコーポレートガバナンスの構築にあたってはCGコード本来の趣旨に立ち返り、その活用を再考することが求められてます。
 最後に、自社におけるコーポレートガバナンスのあり方とCGコードの適切な活用をどのように検討していくべきか、CGガイダンスの考え方に基づいて考察します。企業が「稼ぐ力」を強化していくには、自社の価値創造ストーリーを構築し、その実現に向けて業務執行を行い、その状況を評価・検証する、という一連のメカニズムが実効的に機能するコーポレートガバナンスの構築が重要とされています。そのためには価値創造ストーリーの実現を担う経営チームと、それを多面的に支える取締役会がどうあるべきか、自社の事業や状況に応じて整理することが求められます。このCGガイダンスの考え方はHRGLの提唱するCG7.07に呼応するものです。自社のコーポレートガバナンスのあり方を基点として、それを実現するための各論について議論して取組みを推進し、その状況について株主・投資家と対話する際のツールとしてCGコードの各原則に対するコンプライ・オア・エクスプレインをCG報告書において開示することが重要です。
 CGコードは、単に形式的に守るべき義務ではなく、企業が「稼ぐ力」を高めるための価値創造の取り組みの一部と捉えるべきものです。そして企業価値の向上には、経営者と投資家との間での建設的な対話が欠かせません。その対話を深めるには、原則にコンプライしている場合でも、必要に応じてその実践内容や背景をエクスプレインすることもありえます。「稼ぐ力」の強化に資するCGガイダンスが開示された今、企業はCG7.0の視点も参考にしながら、CGコードの各原則の趣旨に立ち返り、自社にとって最適な対応を真摯かつ柔軟に検討し、その内容を丁寧に開示・説明することが、これまで以上に求められています。

参考文献

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Moe Ishimaru

慶應義塾大学総合政策学部卒。前職は外資IT企業にて企業のDXやAI活用を支援。当社では主にサステナビリティ領域のリサーチを担当。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
フェロー

Toshio Tamamuro

製薬会社にてIR、ESG、サステナビリティを通じた価値創出に注力。慶応大学で医療経済学を研究。ボストン大学(MBA)。