独立社外取締役の取締役会議長選任の潮流と求められる役割
-
コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー
藤井 啓志
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
山口 元基
■ サマリー
コーポレートガバナンスの中核的なテーマである独立社外取締役の活用について、JPX400企業の独立社外取締役の取締役会議長選任の割合は2015年のコーポレートガバナンス・コード策定以降着実に増加しています。中でも、プライム市場の指名委員会等設置会社は、約4割の企業が独立社外取締役を取締役会議長に選任しています。
こうした動きは、執行と監督の分離を通じた取締役会のモニタリングボードへの移行、コーポレートガバナンスの実質化に向けた動きとして捉えられ、今後もモニタリングボードを志向する企業を中心に、独立社外取締役を取締役会の議長に選任する流れが続くものと推測されます。
HRGLは、経営の執行と監督の役割分担を通じた監督機能の実効性向上や、独立社外取締役の幅広い多様な視点を踏まえた透明性の高いコーポレートガバナンス運営実現のため、独立社外取締役の取締役会議長への選任を検討することを推奨しています。
監督機能が強化された取締役会における議長には、「CEOとの協働」「取締役の視点の転換」「議題設定」「ファシリテーション」という4つの重要な役割があります。議長は執行側の本音を確認できるような関係を構築しながら、他取締役ともコミュニケーションを強化し、取締役会で求められるトピック・粒度での議論を行うことを主導していく必要があります。
独立社外取締役が上述の議長の役割を果たすためには、執行側、他取締役、取締役会事務局とのコミュニケーションを通じて必要な情報を収集することに注力し、事務局がそれを支援することが求められます。
他方、議長にどのような人財(能力や経験)が求められるかは、各社の取締役会の位置付け、あるべき姿像によって変わるため、個社毎に検討する必要があります。
目次
1.独立社外取締役の取締役会議長選任の潮流
1-1 取締役会議長の属性
コーポレートガバナンスの中核的なテーマである独立社外取締役選任は、コーポレートガバナンス・コードの改訂等を踏まえ、プライム市場では、独立社外取締役選任比率が3分の1以上の企業の割合が98%、過半数は20%まで拡大が進んでいます1 。
こうした量的な拡大と併せて、足元では、独立社外取締役の取締役会議長の選任による質的な向上に向けた動きが見られます。コーポレートガバナンス白書(2023年度版)によると、JPX400企業の独立社外取締役の取締役会議長選任の割合は、2015年のコーポレートガバナンス・コード策定以降着実に高まっており、2023年には8.5%となっています(図表1)。中でも、執行と監督の分離を通じたモニタリングボードを志向するプライム市場の指名委員会等設置会社は、81社のうち、29社(約4割)の企業において独立社外取締役が取締役会議長に選任されており、議長の属性として最も高い割合となっています2。 (図表2)。
HRGLで調査した結果、上記29社のうち、24社(約9割)の議長は法定委員会を兼務しており、そのうち23社が指名委員会を兼務しています(図表3)。多くの会社において、指名委員会における後継者育成等の議論を認識しながら取締役会運営を行うことが議長の役割として重要であると捉えていると考えられます。
また、独立社外取締役選任直後に取締役会議長に選任されるケースは少なく、多くのケースでは独立社外取締役としての経験を数年経た後に取締役会議長に選任されています。各企業が取締役会議長の選任に際し、候補者が当該企業の取締役としての経験があり事業を相応に理解している点を重視していると考えられます(図表4)。
図表1
JPX400企業の取締役会議長属性

出典:コーポレートガバナンス白書
(CG白書の発行年度のデータを元に作成)
図表2
指名委員会等設置会社の議長属性 (n=81)

(2024年10月24日)
図表3
独立社外取締役議長の委員会兼務状況 (n=24)

出典:日本取締役協会「指名委員会等設置会社リスト」(2024年10月24日)および各社公開情報を元にHRGL作成。複数の委員会を兼務しているケースあり
図表4
独立社外取締役議長の取締役経験 (n=29)

1-2 背景と今後の見通し
HRGLは、独立社外取締役を取締役会議長に選任するこうした動きはコーポレートガバナンス改革の実質化の進展の一側面であると捉えており、今後も同様の動きが続くと考えています。またモニタリングボードを志向する監査等委員会設置会社においても、指名委員会等設置会社に比べて独立社外取締役が取締役会議長に選任される割合は相対的に低いものの、独立社外取締役が既に過半数を占める企業や、取締役会運営における独立社外取締役の与える影響が既に大きな企業を中心に、今後同様の検討が進むのではないかと考えられます。
その背景には、以前よりコーポレートガバナンス・コードにおいて、独立社外取締役の議長選任が議論されてきたという事情があります3 。また、モニタリングボードを志向する企業が会長・社長をはじめとする社内の人財を議長とすることに対するガバナンス上の矛盾・懸念も、背景の一つとして挙げられます。社長(代表取締役・代表執行役)が執行・監督両方の役割を担うことによる「自己監督」の矛盾や、会長が元社長であった場合の会長・社長の(過度に)密接な関係や二重権力構造による独立性の懸念等が一般的に多く指摘されており、該当する企業では、独立社外取締役を取締役会の議長に選任する機運が高まる可能性が高いと考えています。
また、取締役会議長と社長/CEOの役割の分離について、Glass Lewisによる分離することへの推奨意見や、野村アセットマネジメントの分離の提案に対する原則賛成意見など4に加え、S&P、FTSE、MSCI、ISS等のESG評価のガバナンスにおける評価項目5とされているといった点に機関投資家からの見方の特徴が表れており、こうした考えが今後市場のコンセンサスとなる可能性があります。
1-3 HRGLからの提言
独立社外取締役を取締役会議長へ選任することは、1-2で述べたように経営の執行と監督の役割を明確化させ、取締役会の監督機能の強化につながります。また、独立社外取締役が有する中長期で幅広い多様な視点は、昨今実施されることの多い取締役の相互評価(ピアレビュー)や、独立社外取締役の選解任・サクセッションの検討といった局面にプラスに作用すると考えられ、取締役会の実効性を高めるとともに客観性と透明性の高いコーポレートガバナンス運営をもたらすことも期待できます。これらを踏まえHRGLは、モニタリングボードへの移行を目指す企業に対して、コーポレートガバナンス実質化に向けたアクションの一つとして、独立社外取締役を取締役会議長へ選任する検討を行うことを推奨しています。
一方で、独立社外取締役を議長に選任することに対しては様々な論点があるため、以降ではその代表的なものにつき解説していきます。
2.独立社外取締役の取締役会議長選任のポイント
2-1 取締役会議長の役割とは?
独立社外取締役が議長を担うケースを考えるにあたり、まずはそもそも取締役会議長の役割とは何かを確認していきたいと思います。
HRGLでは取締役会における社内外取締役、社長、議長などの各自の役割は、その会社の目指す姿を踏まえた「取締役会の在り方」「取締役の行動規範」から導かれ、互いに整合性が取れたものである必要があると考えています(図表5)。
図表5
取締役の役割の構造

本来であればこれらを先行して検討することが必要となりますが、本稿においてはそれらが整備されていることを前提として、取締役会議長の役割を考察していきます。
「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」では議長の役割に関して複数言及されています。同ガイドライン2.6.1では、アジェンダセッティング、招集、議事の主宰(議事進行)、議事録の作成などが議長の役割として示されています。
HRGLでは、監督機能の強化、取締役会のモニタリングボードへの移行を目指す企業の支援をこれまで多数実施していますが、そうした支援を踏まえ下記の4点が取締役会の執行の監督機能強化、モニタリングボードへの移行を目指す取締役会において、議長に期待される役割であると考えています(図表6)。
図表6
取締役会議長に期待される役割

まず1つ目が「CEOとの協働」です。監督機能を担う議長は、執行機能のトップであるCEO(社長等)と健全な関係を築き、執行側の本音を聴きながら、一方では監督としての視点をCEOに適切に伝えることが求められます。いわば、監督と執行の橋渡しまでが求められています。
2つ目の「取締役の視点の転換」とは、その会社で求められる取締役会の機能に応じた視点を取締役がきちんと意識をして発言するよう、議長が自ら促していくことを指します。仮に執行上の細かな論点を議論するのではなく、経営の大きな方針や重大なリスクを議論することが取締役会の機能であるとその会社で定めているならば、各取締役がそうした意識を持つように議長自らが促していく必要があります。そうした視点は、取締役会の会議中のみならず、事前や事後の取締役とのコミュニケーションを通じ、擦り合わせていくべきです。
3つ目の「議題設定」においても、取締役会で求められる機能に応じて差配していかなければなりません。すでに執行に権限委譲しているテーマについて取締役会が議論に時間を投じる必要はなく、取締役会が議論すべきと定めた内容(中長期的な経営戦略、重要視するリスクに関する議論など)を議長自らが主導的に議題として設定する必要があります。また、そうしたニーズを踏まえながら執行側が案件を取締役会に上程するように働きかけることも求められます。
最後に「ファシリテーション」です。設定された議題の審議を行うに際して、社外取締役の意見を効果的に引き出すこと、執行側が議論すべき細部に入り込まないように議論をコントロールすること、適切なタイムマネジメントを行うことが重要となります。
これらの4つの役割を取締役会議長が果たすことにより、監督機能が強化された強靭な取締役会が実現するとHRGLでは考えています。
2-2 独立社外取締役議長の登用に向けて
上記2-1にて、議長の役割について整理しました。しかし、その会社の執行経験を持たない独立社外取締役がこれらを担うことは決して容易ではありません。その為、独立社外取締役議長の登用に向けて、議長自身や事務局がそれぞれ必要な対応をとる必要があります。
まず議長自身は、執行側(CEO)、他取締役、取締役会事務局とコミュニケーションを十分にとって関係構築を行い、情報収集に努めることが必要です。それらを通じ、執行側の現状把握や本音を理解し、他の取締役に対して自らの期待を伝え役割を全うしてもらうことが可能となります。社内出身の議長(社長経験者等)であれば、執行側や取締役会事務局とは旧知の関係であることが多く、業務執行における現場の状況・実態が把握しやすいのが一般的です。しかし、独立社外取締役にとってそれらは決して簡単なことではありません。その為、取締役会事務局等の部署から適切に情報が共有される必要があります。
事務局は、社内情報や執行側とのネットワークが不足しがちな独立社外取締役議長を支援することが重要となります。その為に、まずは事務局自身が議長と定期的にコミュニケーションをとり信頼関係を構築することが必要です。その上で、事務局は執行側の状況・背景を議長にインプットすること、議長がCEOや各取締役とコミュニケーションをとって関係構築を行う機会を主導的に設定・確保していく必要があります。取締役会の事務局は上記のような機能も追加で担っていくことが求められるため、現状の事務局体制やリソースが限定的で不足がある場合は、それらを強化していくことが必要です。
2-3 議長に求める資質・姿勢
これまで述べた議長の役割を全うするためには、“適切な人財”が議長として選ばれる必要があります。他方、各社によって取締役会の目指すべき姿、フォーカスすべきテーマは異なるため、議長に求める資質・姿勢を含めた人財の具体像はそれぞれ異なります。
一般に、CEOや各取締役との関係を深め、協働していくことは広く求められるため、「傾聴力」や「協働する姿勢」が求められます。他方、議長が自らの意見を「自制・自重」すべきか、「積極的に発信していくべきか」は、その会社が取締役会の目指す姿によって変わってきます。これらはあくまで例示であり、各資質については個社毎に検討していく必要があると考えます。
また対象となる人物がどのような経験を持つべきか、も重要なポイントです。独立社外取締役はその会社における執行経験がないため、2-2において必要な情報をインプットするなどの対応をとるべきだと述べました。一方で、議長自身に「過去に別の会社で経営者としての経験を有しているか」、「対象会社において議長選任前から独立社外取締役として在籍しているか(法定委員会の委員等となり、議長選任前から当社の状況を把握する立場にあるか)」といった経験を要求することで、議長が選任後にスムーズに役割を全うできるケースもあると考えられます。
3.最後に
これまで独立社外取締役の取締役会議長の選任状況や選任のポイントについて述べてきました。最後にいくつか重要な点を補足したいと思います。
まず2-1で記載した通り、取締役会議長は取締役会全体の役割の一部ということです。独立社外取締役議長の役割やそれを担うべき適切な人財について議論するには、そもそも大前提として「取締役会の在り方」「行動規範」や「取締役の共通の期待役割」などが定義されていることが不可欠です。現議長の勇退、新議長の選任を検討するのみならず、強靭なコーポレートガバナンスを実現する取締役会の機能を議論することが抜け落ちてはならない点についてご留意を頂く必要があります。新議長選任は時間的な制約のある中での対応が求められるケースも多くありますが、その場合は、独立社外取締役の議長選任の目途が立ち次第、遡って取締役会の在り方の定義を議論していくことが求められます。
また、これまで述べてきた通り、議長の負荷は決して軽くないことも注意する必要があります。そのため、企業側はその役割を担うことができ、かつ負荷の高いポジションにコミットできる人財を確保する必要がありますが、そうした人財を候補として見つけることがそもそも容易ではありません。候補者がいない場合は外部人財マーケットから見つけることが求められますし、候補者に対して議長選任前に取締役を一定期間経験させるのであれば、議長選任に向けた取組みはより長いスパンで行う必要があるでしょう。昨今多くの企業が独立社外取締役の確保に苦心していますが、結果として既にその会社の取締役経験を有し、法定委員・委員長の経験のある人財が取締役会議長に選任されることが多いのは、そうした事情が背景の1つとしてあると考えられます。
HRGLでは、企業の「取締役会の在り方」を含めたコーポレートガバナンスのグランドデザインの策定、独立社外取締役の候補者の紹介(エグゼクティブサーチ)等により、コーポレートガバナンスの実質化を目指す企業を支援しています。ご相談やご要望がある場合はコンサルタントまでお問合せください 6。
参考文献
- 1 東京証券取引所「東証上場会社における 独立社外取締役の選任状況 及び指名委員会・報酬委員会 の設置状況」(2024年7月24日)
- 2 日本取締役協会「指名委員会等設置会社リスト」(2024年10月24日)を元にHRGL算出
- 3 金融庁「投資家と企業の対話ガイドライン」(2021年6月)3-8. 取締役会全体として適切なスキル等が備えられるよう、必要な資質を有する独立社外取締役が、十分な人数選任されているか。必要に応じて独立社外取締役を取締役会議長に選任することなども含め、取締役会が経営に対する監督の実効性を確保しているか。経済産業省 CGSガイドライン(2022年7月)2-6-1. 取締役会議長は監督を行う立場にある社外取締役などの非業務執行取締役が務め、執行側は業務執行に関する説明を行う役割に徹する方が、取締役会の監督機能の実効性を確保しやすいと考えられる。
- 4 Glass Lewis Japan-Benchmark-Policy-Guidelines 2024 (P22) 野村アセットマネジメント「日本企業に対する議決権行使基準」2024年 (P15, 16)
- 5 S&P Global CSA handbook 2024 (P112) MSCI ESG Ratings Methodology: Board Key Issue (P6,7) FTSE Russell ESG Data Model Methodology RC10 (2023-2024) V1.0.pdf (P113) ISS-esg-corporate-rating-methodology.pdf (P8)
- 6 HRGLは、ボード(取締役)ガバナンスコンサルティングサービス、エグゼクティブサーチサービスを提供しています。サービスの詳細については以下のウェブサイトをご覧ください。
ボード(取締役会)ガバナンスコンサルティング | HRガバナンス・リーダーズ株式会社
社外取締役/監査役紹介サービス ~取締役会の多様性を実現するために~ | HRガバナンス・リーダーズ株式会社
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー
藤井 啓志 Hiroshi Fujii

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
山口 元基 Genki Yamaguchi
