HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

今問われる、コーポレートガバナンス改革の実質化 第2弾

指名ガバナンスの再構築

  • Corporate
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  • Sustainability

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアマネージャー

柏櫓 洋之

■ サマリー

「コーポレートガバナンス改革の実質化」を重要なキーワードとして、経済産業省からはこれまで「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」「社外取締役の在り方に関する実務指針 (社外取締役ガイドライン)」が公表され、また、金融庁からは2023年4月に「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」が提示されている。

これらのガイドラインやプログラムを受けて、上場企業の持続的成長・企業価値向上及び資本効率性を意識した経営の実現に向けたコーポレートガバナンス改革の「形式から実質化へ」の流れとして、取締役会を中心にトランスフォーメーションさせようとする動きが着実に拡がっていることが伺える。

CGSガイドライン等において謳われているように、役員指名は持続的な成長・企業価値向上を左右すると言われている一方で、経営トップや実務担当者からは「企業価値と指名の在り方の結びつきを議論したことがなく、ステークホルダーに対してストーリー立てて指名を語るのが難しい」「毎年、外部動向を見ながら新たな指名テーマを総花的に取り組んでいるが、自社としてやるべきこととそうでないことが体系的に整理できていない」といった悩みが聞かれる。こういった悩みからすると、実は役員指名については、依然として各社手探りの状況であることも伺える。

このような状況を踏まえ、HRGLとしては「コーポレートガバナンス改革の『実質化』として、役員指名についても持続的な成長・企業価値向上に向けた取組みとして再構築することを提言し、コーポレートガバナンス改革のプラクティスの最前線から、取締役会改革と連動した指名ガバナンスの定義、ステークホルダーとの対話・実質的な議論に向けた役員指名のグランドルールの必要性に加え、経営チーム像を起点とした指名ポリシーの策定・活用について提言する。

目次

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1.改革の実質化に向けた指名ガバナンスの再構築

1-1 改革の実質化と指名の意義

 2023年4月、金融庁は「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」1 において、独立社外取締役の機能発揮や取締役会、指名委員会・報酬委員会の実効性向上の必要性を提言しています。この提言に先立って、経済産業省からは、「CGSガイドライン」2 および「社外取締役ガイドライン」3 において、上場企業の持続的な成長・企業価値向上に向けたコーポレートガバナンス改革を、「実質」/「内容あるもの」にするべく、取締役会の在り方等に加え、指名報酬の在り方、社外取締役の指名に言及しています(図表1参照)。さらには、CGSガイドラインにおいては、経営トップの交代と後継者の指名は企業価値を大きく左右する重要な意思決定であると位置づけ、社外取締役指名における独立性確保の必要性が謳われています(図表2参照)。こういった指名に関する言及や位置づけからすると、「役員指名」4 こそが上場企業の持続的な成長・企業価値向上に向けたコーポレートガバナンスのアウトプットと考えます。

図表1

経済産業省・金融庁が着目する役員指名に関するテーマ
出典:各社のコーポレートガバナンス報告書などからHRGL作成

図表2

コーポレートガバナンスのアウトプットとしての役員指名
出典:各社のコーポレートガバナンス報告書などからHRGL作成

1-2 役員指名に関する現場の悩み

 コーポレートガバナンス改革における役員指名の現場において、社長/CEOを始めとした経営トップと取締役会事務局等の実務担当者からは、役員指名の在り方とその実運用について2つの大きな悩みが良く聞こえてきます。1つ目は、「企業価値と指名の在り方の結びつきについて、ステークホルダーに対してストーリー立てて語るのが難しい」という悩みです。2つ目として、「指名委員会のアジェンダを設定する際の考え方、議論の進め方がよく分からない」といった声も多く聞かれ、大きな悩みを抱えている様子が伺えます(図表3参照)。

図表3

役員指名に関する経営トップ・実務担当者の悩み
出典: HRGL作成

1-3 指名ガバナンスとその再構築

 上記役員指名に関する現場の悩みからすると、そもそもコーポレートガバナンス改革の実質化における役員指名の在り方とは何か?役員指名に対する取締役会・指名委員会の役割とは何か?すなわち、上場企業における指名ガバナンスの意義が改めて問われている状況が伺えます。
 これらの悩みへの一つの解として、HRGLからは、「指名ガバナンスとは、持続的な成長・企業価値の向上の実現に向けた業務執行長(社長/CEO)・取締役の決定とそのプロセスの合理性・妥当性の確認を意味すること」と定義した上で(図表4参照)、取締役会の在り方を起点とした再構築の必要性・取組みのアプローチについてご紹介します。

図表4

指名ガバナンスとは
出典: HRGL作成

1-4 再構築は取締役会改革から始まる

 指名ガバナンスとは、「持続的な成長・企業価値の向上の実現に向けた業務執行長(社長/CEO)・取締役の決定とそのプロセスの合理性・妥当性の確認を意味すること」だとすると、役員指名の決定は取締役会の役割、役員指名の決定プロセスの合理性・妥当性の確認は指名委員会の役割であると考えられます5
 このような指名ガバナンスにおける取締役会・指名委員会の役割を鑑みると、指名ガバナンスの在り方を自社で検討する場合、まずはコーポレートガバナンス・取締役会の在り方の全体像をグランドデザインとして描いた上で6 、役員指名の共通ルール(グランドルール)を定め、指名ポリシーを策定・活用することを提言します(図表5、6参照)。

図表5

取締役会改革のグランドデザインを起点とした指名ガバナンスの再構築
出典: HRGL作成

図表6

指名ガバナンスの再構築の検討ステップ
出典: HRGL作成

2.役員指名のグランドルールと指名ポリシー

2-1 役員指名のグランドルールとは

 前述で定義した「指名ガバナンス」の持つ意味合いとは、「持続的な成長・企業価値の向上」を目指して株主の資本を託す代理人選定とともに企業の未来に対する対話により、株主からの企業への投資を促す取組みでもあると考えられます。この指名ガバナンスを推進していく上では、経営者と株主との情報の非対称性が大きな障壁となり、適切なプロセスを経て妥当性と客観性を担保していくことが課題となります。そこで、役員指名のグランドルールを定め、そのルールに基づき持続的な成長・企業価値の向上に向けた役員指名に関する実質的な議論を推し進めていくことが必要と考えます(図表7参照)。

図表7

役員指名のグランドルールに基づく実質的な議論と開示
出典: HRGL作成

2-2 指名ポリシーの策定・活用

 次に、役員指名のグランドルールが定まった後、グランドルールで定めた事項を実質的に議論するための土台となって役員指名の透明性と客観性を担保する「指名ポリシー」の策定・活用についてご紹介します。
 「指名ポリシー」の策定には、指名ガバナンスの定義・考え方が前提となります。つまり、指名委員会において取締役会の決定についてプロセスの合理性・妥当性を確認する上で、取締役の構成・人財の資質や要件等についても検討するため、指名委員会で審議すべき事項の多くは「将来の経営チームの在り方やチーム像」を前提として設定されると考えられます。したがって、「指名ポリシー」は、将来の経営チーム像を起点として策定され、将来の経営チーム像を想定した場面(CEOサクセッション、執行役員の任用等)で活用することが重要です(図表8参照)。

図表8

将来の経営チーム像を起点とした指名ポリシーの策定・活用
出典: HRGL作成

3.おわりに

 経産省からの「CGSガイドライン」「社外取締役ガイドライン」、2023年4月に公表された金融庁からの「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」といった国からの指針や、同年3月の東証からの「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応についての要請」といった流れを受け、持続的な成長・企業価値向上に向けたコーポレートガバナンス改革の「形式から実質化」の流れは加速しています。
 この流れを受け、上場企業は、取締役会改革を中心に着実に実質化に向けた取組みを推し進めていることがコーポレートガバナンス改革の最前線から伺えます。
 一方、持続的な成長・企業価値向上に直結すると言われる役員指名について実質化は進んでいるのでしょうか。経営トップや実務担当者からは、「企業価値と指名の在り方の結びつきについて議論したことがなく、ステークホルダーに対してストーリー立てて指名を語るのが難しい」、「毎年、外部動向を見ながら新たな指名テーマを総花的に取り組んでいるが、自社としてやるべきこととそうでないことが体系的に整理できていない」といった悩みが依然として聞かれ、役員指名については各社手探りの状況にあることを、改革の最前線の現場において日々感じています。
 本稿では、HRGLと上場企業との多くの対話を踏まえ、「コーポレートガバナンス改革の『実質化』とは、取締役会から改革を起こすこと」と考えた上で、取締役会改革を起点とした指名ガバナンスの再構築を中心に提言してきました。
 この提言は、あくまでも役員指名をさらに持続的な成長・企業価値向上に結び付けて検討する上での最初のアプローチに過ぎないものの、「自社にとっては高いハードルだ」と感じられる方もおられることは想像に難くありません。
 まずは、本稿でも強調しましたように自社の取締役会の在り方に立ち戻るということから、指名ガバナンス再構築の一歩を踏み出してはいかがでしょうか。その一歩が、役員指名をコーポレートガバナンス改革の実質化に向けた各テーマを結びつけ・連動させる座標軸となり、自社の成長ストーリーの大きな柱になると考えます。

参考文献

  • 1 金融庁, コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム(「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」意見書(6)), 2023年4月26日公表(最終更新同年6月30日), P.4
  • 2 経済産業省, コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン), 2022年7月19日公表, P.4
  • 3 経済産業省, 社外取締役の在り方に関する実務指針 (社外取締役ガイドライン), 2020年7月31日公表, P.5
  • 4 本稿における「役員指名」とは、業務執行長(社長/CEO等)、および同様に業務執行を監督する取締役会の構成員である取締役の指名をいう
  • 5 指名委員会等設置会社の「指名委員会における取締役候補者の決定場面」(会社法404条1項参照)を除く
  • 6 HRGLメルマガNo.114「今問われる、コーポレートガバナンス改革の実質化取締役会からの改革、グランドデザインとボードサクセッション」参照

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアマネージャー

Hiroyuki Kashiyagura

中央大学法科大学院卒。外資系・会計系コンサルティングファームにてコーポレートガバナンス、リスクマネジメント、プライバシーデータガバナンスに関するコンサルティング業務に従事。
現在、取締役会改革に関するデザイン・実装を中心とした上場企業のコーポレートガバナンス改革コンサルティングに従事している。