「稼ぐ力」を最大化する経営執行体制・経営チームの構築
その① 執行強化が求められる背景と課題
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
山口 元基
■ サマリー
コーポレートガバナンス改革が進む中で、監督機能を担う取締役会の強化のみならず、実際に経営戦略の実行を担う経営執行体制・経営チームを強化することの必要性が改めて認識されています。2024年9月に経済産業省において設置された「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」における議論においても、強靭な経営チームが組成されることが企業の価値創造ストーリーの構築・実現に不可欠であると示されています。
他方で、経営執行体制の強化を行うために実際に取組むべきことは非常に多く存在します。また、企業によっては形式的な監督強化にとどまり、執行側への対応まで着手できず、部門・部署の縦割りの体制がゆえに、全社横断的に検討すべき経営執行体制の強化に取組めていないといった事例が散見されます。
HRGLは、経営執行体制の強化について着手し始める点は企業それぞれの事情に応じてさまざまあるとしても、実際にこれらを推進するために旗を振り、声を挙げるべきは第一に「社長・CEOである」と考えています。社長・CEOの力強い推進なくして、経営執行体制の強化は成しえません。
本メールマガジンは「『稼ぐ力』を最大化する経営執行体制・経営チームの構築」というシリーズ企画の初号として、経営執行体制強化の全体像を求められる背景や、現状の課題とともに伝えており、推進するためには社長・CEOの「会社をこうしたい」という想いが重要であることについて焦点をあてています。今後、HRGL コンサルタントによって、順次関連する項目について継続的に発信していく予定です。
目次
1.経営執行体制強化、強い経営チーム組成の潮流
1-1 監督機能の強化との関係
2015年に制定されたコーポレートガバナンス・コードに代表されるように、我が国では日本企業の収益力強化、中長期的な企業価値向上を目的として、コーポレートガバナンス改革が推進されています。特にコーポレートガバナンス・コード原則4―6では、「上場企業は、取締役会による独立かつ客観的な経営の監督の実効性を確保すべく、業務の執行には携わらない、業務の執行と一定の距離を置く取締役の活用について検討すべきである。」とされ、経営の監督と執行の役割分担を明確化し、取締役会は業務執行を経営陣に権限委譲し監督に特化する、いわゆるモニタリングモデルが提示されています。
コーポレートガバナンス改革は、その形式面において一定の進捗を見せていますが、その後も日本企業の稼ぐ力は決して速やかに改善されたわけではありません。CGSガイドラインでは、コーポレートガバナンス改革の進捗はまだ途上であり、「監督だけでなく経営の在り方から変わるための社内の改革には時間がかかる」と指摘しており、その対応の1つとして「社長・CEOら経営陣のリーダーシップ」や「リスクテイクの重要性」について言及しています。つまり、取締役会が価値創造ストーリー(長期ビジョンやビジネスモデルを含む)を構築し、執行側に権限委譲を行ったうえ、監督機能に軸足を置くという役割分担を志向したとしても、実際に価値創造ストーリーを取締役会に提案し、適切なリスクテイクを行いながら都度の意思決定・実行をしていく、ダイナミックケイパビリティを有した強靭な経営執行体制・強い経営チームが機能していなければ、実質的な変革とならないことが強調されたと言えます。
1-2 「稼ぐ力」の強化に向けた経営執行体制・経営チーム
2024年9月に経済産業省により「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」が設置されました。上述した通り、コーポレートガバナンス・コードの制定以降、コーポレートガバナンス改革が、形式面において一定程度進捗した一方、日本企業が「稼ぐ力」をさらに強化するためにどのようなコーポレートガバナンスの在り方が適切か、改革をどのように進めていくかがそこでは議論されてきました。
そして2025年4月30日には、「『稼ぐ力』を強化するための取締役会5原則」や、「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」、「会社法の改正に関する報告書」「CG研究会において問題提起があった事項」が取りまとめられました。研究会での議論では、「適切なリスクテイクを伴う攻めの経営判断を行うことができる社長・CEOが選任」され、「選ばれた社長・CEOが、自身を支える強靭な経営チームを組成して、迅速・果断な意思決定を行い、積極的な成長投資を実行」し、「取締役会は評価・検証プロセスを通じて、このような経営陣の実効性・持続性を高めていく」という全体メカニズムが実効的に機能することが必要であるとの認識が示されており、強靭な経営執行体制・経営チームの重要性に触れられています。(参考:経済産業省「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会(CG研究会)の議論の全体像」)
そして、実際に企業で価値創造ストーリーを実現するためには、社長・CEOとそれを支える経営チームが必要不可欠であること、経営陣は経営環境の変化も踏まえつつ、社内論理に陥ることなく多角的な視点で議論し、意思決定できる仕組みを構築することが必要であるとし、日本企業の経営執行体制・経営チームが抱える課題や必要な対応は何かについて議論されています。そして、「CEOの後継者計画」「権限委譲」「執行役員体制(CxO等)」「経営会議」「幹部候補人材の選抜・育成」といった具体的な項目にまで言及されています。(図表1)
まさに、コーポレートガバナンスを実質的に機能させるために、監督のみならず「執行」の在るべき姿とは何かへの注目度が高まっていると言えるでしょう。
図表1
「稼ぐ力」の強化に向け、強靭な経営チームを組成するための留意点

2.経営執行体制・経営チームの強化がなかなか実現できない理由
2-1 経営執行体制の強化に向けた対応事項
いざ経営執行体制を強化することになったとして、対応すべきことは多岐にわたります。(図表2)
モニタリングモデルにおいては、取締役会が経営の大方針を議論する一方、経営戦略の具体的な議論、企画・検討、推進は執行側に委ねます。その際には、取締役会が監督機能を強化するために、取締役会の限られた議論の時間をどのようなアジェンダの議論に充てるべきかを検討し、それと同時に「執行に大胆に権限委譲を行う必要があるものは何か(何を執行に大胆に任せるか)」といったことを考えることになります。経営執行体制強化に際して必ず検討すべきポイントの1つです。
また経営執行体制・経営チームを実際に強化していく仕組みの検討論点も多くあります。例えば、「経営意思決定(執行側に任された項目をどのように意思決定するのか)」に関する検討が挙げられます。多くの企業においては、社長・CEOが参加する経営会議において執行側が議論すべき経営戦略の具体的な内容が検討されますが、経営会議の人数が多く、報告ばかりとなってしまい有意義な議論ができていないといった事例にしばしば直面します。そのため、各項目について適切に議論し、意思決定できる仕組みとなっているか確認する必要があり、できていなければ経営会議の人数を絞る、適切なスキル・経験を持つメンバーで再構成する、委員会など経営会議の下部会議体にさらに権限委譲を行う、等の対応が求められます。
また経営執行体制を支える経営チームのメンバー(経営陣)や組織の設計も不可欠です。長期戦略や中期経営計画の実現・遂行のために、どのような組織体制を組み、どのようなリーダーを各組織に設置する必要があるのか、それぞれのリーダーはどのような人材が登用され、どの程度まで権限を与え行使させるのが適切なのか等、いわば経営チームをデザインしていくことも重要となります。
経営チームをデザインしていくと、役員人事制度(目標設定や評価等)や、選解任の基準・プロセスの定義、社長・CEOやCxOなどの執行メンバーのサクセッション(候補者の採用・育成)といった、具体的な制度や仕組みも併せて求められます。
そしてこうした経営執行体制を支える指名や報酬に関する委員会、各種事務局が対応すべき支援についても整理しておく必要があるでしょう。これらはごく一部にすぎませんが、非常に多くの対応項目があることがお分かりいただけると思います。
図表2
価値創造ストーリーを実現する経営執行体制・経営チーム組成の検討項目

2-2 経営執行体制強化が進まないのはなぜ?
他方、HRGLが日頃行っているさまざまなクライアント企業との対話からは、経営執行体制強化の必要性を理解しつつも、なかなか取り組むことができない、推進できないと悩む企業も多く存在する実情が浮かび上がってきます。その理由はさまざまです。
例えば、「形式的な監督強化への対応にとどまってしまう」ケースがあります。取締役会の監督機能強化、モニタリング・ボード化の必要性を理解し、取り組む企業は多く存在します。そしてそのために、機関設計の変更(委員会型への機関設計への移行など)を行う企業も増えてきています。それ自体は監督機能の強化のために有効な施策ですが、対応項目として、執行側に大胆な権限委譲を行い、任された執行側が経営の具体的な戦略遂行を担えるような体制整備を行うことが認識されてない、認識はされていても手が回っていないといった例が多く見受けられます。結果として、機関設計変更を行って数年が経過したのちに、ようやく経営執行体制を刷新・強化する、という企業も多数存在しています。
また、「経営執行体制強化の旗振り役がいない」というケースも多く存在しています。監督機能の強化や機関設計変更については、各企業では“取締役会室”、“コーポレート・セクレタリー室”といった部署が主導することが一般的です。一方で、それらの部署は、執行役員等の人事・組織体制の変更を含む「経営執行体制の強化」については所管外であると感じ、なかなか主導することができないようです。反対に、人事・組織を所管するCHROや人事部門は、報酬や評価などの具体的な制度設計について日頃より検討しているものの、経営ビジョンや経営の方向性、監督機能の強化に伴った経営チームの強化といった大きな流れを理解し、人事・組織体制をそれらの文脈と連動して検討することに課題認識がある企業も多く存在している現状があります。
3.HRGLが推奨する経営執行体制強化の進め方
3-1 社長・CEOの声が原動力
これまで、経営執行体制・経営チームの強化の必要性、それらへの注目の高まり、一方でなかなかそれに取組むことができていない現実についてお伝えしてきました。では、実際に経営執行体制強化に取り組むためにはどのようにすればよいのでしょうか。
取組むための切り口はさまざまあり、それらは後段3-2で説明しますが、HRGLがこれまで多くの企業を支援してきた中で認識しているのは、社長・CEOがしっかりと声を挙げ、旗振り役となっていかないと、経営執行体制強化はなかなか進まないということです。
これまで記載した通り、“取締役室”や“人事部門”など、各部署はそれぞれの所管領域に注力しがちですが、経営執行体制強化は全社横断的な取り組みになります。そして、それらの旗振りができるのは社長・CEOをおいて他にはありません。
また、経営執行体制強化は、「社長・CEOがこの会社をどうしたいか、それを実現するために他の経営チームメンバーに何を任せたいか」といった想いが必要となります。社長・CEOも非常に多忙な存在であり、執行に関する全てを検討することは困難です。そのため、社長・CEOが自ら注力しなければいけないことは何か、反対に他のCxOなどに大胆に任せなければいけないことは何か、といったことも併せて検討しなければなりません。例えば、「社長・CEOは今後の成長の基盤となるM&A案件や株主・投資家とのエンゲージメントに注力し、社内への発信・タウンホールといった活動はウェイトを下げ、CHROに任せていく」といったようなことを考え、それができるようなCxOなどの経営チームを組成していく必要があるのです。
これらを踏まえると、経営執行体制強化の原動力は、やはり社長・CEOの声に他ならないのです。
3-2 自社としてのアプローチの確立
経営執行体制の強化の旗振りは社長・CEOから行う必要があると上段で述べたところですが、着手し始めるポイントは企業の状況により異なります。
例えば、「監督側が執行側に対して、権限委譲をしていくために十分な経営執行体制はどのようなものか、方向性を示す」というアプローチがあります。監督と執行の役割や責任を定義した上で、執行側がその責任を果たすためにはどのような体制が必要なのかについて、監督側から方向性を示し、執行側がそれをもとに検討していくという方法になります。この方法では、企業が監督機能を強化し、モニタリング・ボード化を進めるといった目的と整合性をとることができ、場合によっては独立社外取締役などが声を挙げることで、経営執行体制強化をさらに推進することも期待できます。
他にも「執行組織/経営陣の要件」から着手する企業もあります。社長・CEOが担うべきことはなにか、逆にCxOなど経営チームの他メンバーに権限を持たせ任せることは何か、を整理しながら、経営執行体制の組織(CxO制度の導入など)や、必要となる経営メンバーの人物像を定義することも非常に重要です。また、経営会議やその傘下の委員会など、根幹となる会議体を整理し、執行に関する事項を効果的に議論・検討する体制を整備するところから着手する企業もあります。
このように着手ポイントは企業によってさまざまです。社長・CEOがきちんと旗振りをしながらも、各企業の実情に合わせ、着手すべきポイントを定めてから取り組んでいくことが肝要です。
4.最後に
ここまで述べてきた通り、経営執行体制の強化が社会一般に強く要請されている一方で、実際に強化ができている企業、強化に着手できている企業はまだ決して多くありません。そのため、取締役会室、CHRO・人事部門といった様々な機能を担う方々が連携して対応することが重要となりますが、最も重要で不可欠なのは、社長・CEOが経営執行体制強化の必要性を理解し、しっかりと声を挙げ、旗振りを行うことにあります。
そして、いざ実際に経営執行体制強化をいざ検討しはじめると、非常に多くの検討・対応項目に直面することになります。着手し始める点は各企業の状況に応じて異なりますが、一つひとつを着実に対応していく必要があります。
本メールマガジンは「『稼ぐ力』を最大化する経営執行体制・経営チームの構築」と題し、シリーズ企画の初号として、経営執行体制強化の全体像を求められる背景や企業が直面する課題とともにお伝えしてきました。一方で、経営執行体制強化で検討すべきそれぞれの項目も重要です。そのため、下記項目について、今後随時メールマガジンを配信し、より詳細な内容を皆さまにお伝えしていきます。(※下記項目・タイトルはいずれも仮案であり、変更の可能性があります。)
― 「執行強化に向けて監督機能(取締役会や取締役)が要請すべき点」
― 「あるべき執行組織、自社にとって必要なCxOの機能・ミッション」
― 「経営会議の高度化、委員会などの会議体の在り方」
― 「経営戦略と連動とした役員のグレーディング・役員人事制度(評価・報酬)」
― 「経営陣の選解任・サクセッションの考え方」
さらに、本文でも言及した通り、「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会では、このほど「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」や「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」を公表しました。経営執行体制・経営チームの構築に関してのみならず、日本企業の稼ぐ力の強化に向けたコーポレートガバナンスの在り方に関するガイダンスとなっており、日本企業に大きなインパクトを与える内容となっています。HRGLでは、どこよりも先駆けてそれらについて皆さまにお伝えすべく、5月22日(木)にセミナーを実施する予定です。こちらもぜひご視聴いただき、皆さまの企業での議論・検討にお役立てください。
【セミナー 視聴予約(下記リンクよりご確認ください)】 【緊急開催】「稼ぐ力」のCGガイダンス公表! ガイダンス立案者が語る 「稼ぐ力」の強化に向けたCGガイダンスが示す姿 | HRガバナンス・リーダーズ株式会社 |
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山口 元基 Genki Yamaguchi
