経済産業省「『稼ぐ力』の強化に向けた
コーポレートガバナンス研究会」を開始
形式面の改革から競争戦略の軸としての改革へ
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
小沢 潤子
■ サマリー
2024年9月、経済産業省は「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」を立ち上げた。コーポレートガバナンス改革が開始し10年、社外取締役の選任や指名委員会・報酬委員会の設置など主に形式面での一定の評価が得られている一方で、日本企業のROE・PER・PBRは未だ欧米企業と比べ低く、必ずしも「稼ぐ力」には結びついていない。
本研究会での主要な検討項目は大きく分けて2つ。1つ目は日本企業のコーポレートガバナンス改革の進め方について、「稼ぐ力」を強化するために、どのようなことを行う必要があるかについてである。
2つ目は会社法の改正についてである。2023年2月以降、商事法務研究会において「会社法制に関する研究会」が開催されているが、本研究会ではコーポレートガバナンス改革の実質化や企業価値向上の観点から、会社法の改正として取り上げるべき検討事項を議論する。主な検討事項としては、従業員・子会社役職員に対する株式の無償発行や実質株主の情報開示制度、株式対価M&Aの拡大、指名委員会等設置会社の権限の見直しなどが挙げられる。
研究会は2024年12月目途に会社法の改正に向けた検討事項に関する報告書、来年3月目途にコーポレートガバナンス改革の在り方に関する取りまとめを行うことを予定している。攻めのガバナンスに対し、今後どのような議論が進められていくか注目である。
目次
1.経済産業省コーポレートガバナンスの新研究会を開始
1-1 「稼ぐ力」の強化に結び付けるための更なる取組みの検討
2024年9月に経済産業省において「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」が立ち上げられました。
日本のコーポレートガバナンス(以下、「CG」という)改革の始まりは、「日本再興戦略」改訂2014において、「稼ぐ力」、すなわち中長期的な収益性・生産性を高める施策の一つとして、「コーポレートガバナンスの強化」が掲げられたことが挙げられます。そこから、この10年間で、CGコードの策定と2回の改訂、加えて、経済産業省からCGコードを実施するための実務指針として、コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGCガイドライン)等の各種ガイドラインが公表されています。これら日本企業のCG改革は社外取締役の選任や指名委員会・報酬委員会の設置など主に形式面での一定の評価が得られている一方で、日本企業のROE(株主資本利益率)・PER(株価収益率)・PBR(株価純資産倍率)は未だ欧米企業と比べ低く、必ずしも「稼ぐ力」には結びついていないのが現状です。
同時に、2023年2月から商事法務研究会において「会社法制に関する研究会」が開催されており、企業活動の基盤である会社法の改正に向けた議論がされています。
このような背景により、新たな研究会では、日本企業の「稼ぐ力」の強化に向けたCG改革の進め方や会社法の改正の方向性等の検討のため、座長の神田秀樹東京大学名誉教授をはじめ、学者・弁護士・投資家・経済団体等から16名の委員が任命されました。弊社代表取締役CEOの内ヶ﨑も委員として、本研究会に参画しています。
1-2 コーポレートガバナンス改革の成果と課題
第1回研究会は9月18日に開催されましたが、この10年間のCG改革の成果と課題について、経済産業省からまとめられています(図表1)。
成果としては、独立社外取締役比率の増加や指名委員会・報酬委員会の設置などの体制整備が第一に挙げられると思います。また、経営者報酬は、業績連動報酬比率が上昇しており、売上高等1兆円以上の企業では、基本報酬、年次インセンティブ(STI)、長期インセンティブ(LTI)がおおよそ1対1対1の欧州諸国の報酬プラクティスに近づいたと言えます。
他方で、コーポレートガバナンスの形式面の着実な進化に対し、日本企業の投資・事業動向をみると、いまだ企業の設備投資・無形資産投資は横ばいであり、低収益セグメント事業の割合は欧米に比べ突出して高い状況です。そして、未だに日本企業のROE・PER・PBRは欧米に比べ低水準であります。
図表1
CG改革の成果と課題

2.研究会での主要な検討事項
2-1 日本企業のコーポレートガバナンス改革の進め方
本研究会での検討事項は大きく分けて2つになります。1つ目として、前述の成果と課題を踏まえて、より日本企業が「稼ぐ力」を強化するために、どのようなCG改革が必要かを議論します。
経済産業省は課題を踏まえて、これまでのCG改革が「稼ぐ力」に結びついていない理由、結びつけるために必要なことに関する仮説・方向性を挙げています(図表2)。まず、CGコードのコンプライが目的化しており、形式的な体制整備に留まっているのではないか、という点です。コンプライの目的化については、2023年3月に東京証券取引所が、企業に対し、CGコードの本来の趣旨に立ち返り、エクスプレインも含めて投資家との対話に資する開示の充実を要請しました 1。しかし、弊社が2023年12月時点で日経225構成企業を中心に調査した結果、全原則コンプライの企業割合76%と高い水準であり、エクスプレイン件数も減少傾向のままです2 。コンプライ・オア・エクスプレインの本来の趣旨は、すべての企業が画一的にコンプライするのではなく、各企業が自社の個別事情により適した対応を行うことを可能にすることにあります。この趣旨に鑑みると、今後はコンプライだけではなく、積極的なエクスプレインの活用を通して投資家との対話を深める道も模索していくべきです。
CGコンプライの目的化という問題から、経済産業省は、さらに、企業それぞれが自社のCGはどうあるべきかについて十分に議論が必要ではないか、そのためには、経営トップがCG改革を企業の競争戦略の軸の一つとして捉え、改革を推し進めることが求められるのではないかと問題提起しています。
議論のスコープについては、狭義のガバナンスである取締役会に加え、経営陣・執行側や、それらを支える事務局(カンパニーセクレタリー)についても議論を行うこととしています。2022年7月に改訂されたCGSガイドラインでも、執行側と監督側の双方の機能強化を行い、相乗的な取組み推進が打ち出されていますが、それに加え、カンパニーセクレタリーについても議論の範囲として広げています。英国・米国ではコーポレートセクレタリーという役職を担う人物が取締役会の運営に責任を持つケースが多いですが 3、日本企業の取締役会等を支える事務局の役割・責任は明確になっておらず、現状は企業それぞれで対応されていると考えられます。
また、検討会の議論で念頭に置く企業群については、第1回研究会での議論のテーマの一つでありましたが、経済産業省からは、資本市場との関係の観点と競合会社の観点の2つの軸から、一例として、プライム市場上場会社のうち、特に海外企業を競合とする企業を対象にしてはどうかと挙げられていました。高度なCGが求められる企業群が先行的に取り組むことで、それ以外の企業に対しても参考になると考えています。
図表2
研究会の方向性

2-2 会社法の改正
検討事項の2つ目は会社法の改正についてです。2023年2月から、商事法務研究会の「会社法制に関する研究会」が開催されています。今後、法務省の法制審議会に諮問されることを念頭に、CG改革の実質化や企業価値向上の観点からも本研究会において、会社法の改正として取り上げるべき検討事項を議論し、報告書として取りまとめることを想定しています。
第1回研究会では会社法改正に向けての検討事項・論点案が示されています(図表3)。従業員に対する株式の無償発行については、経営者だけでなく、従業員が株式を保有することで、経営者と従業員が一体となって企業価値向上を目指すことに繋がり、人的資本経営の議論とも相まって、注目される検討事項になります 4。現時点で1000社以上の企業で実務的に導入されており 5、会社法上にどのように規定されるかが論点になります。その他、実質株主の情報開示制度やバーチャルオンリー株主総会などの株主との関係や、機関設計の話のうち指名委員会等設置会社の権限の見直しなどが挙げられています。
図表3
研究会での会社法改正に向けての検討事項・論点案

3.今後の予定
本稿でご紹介した内容は、研究会第1回で挙げられていた論点案などに基づいています。今後、様々なバックグラウンドの委員16名による議論を経て、本年12月目途に会社法の改正に向けた検討事項に関する報告書、来年3月目途にCG改革の在り方に関する取りまとめを行うことが予定されています。
CGには守りのガバナンスと攻めのガバナンスの両面があります。守りのガバナンスをしっかり進めながら、企業価値向上という攻めのガバナンスに対して、CG改革で何が必要かについて、弊社としても、企業様との対話を通じて、検討を深めてまいります。
参考文献
- 1 東京証券取引所「建設的な対話に資する『エクスプレイン』のポイント・事例について」(2023年3月31日)
- 2 日経225社のCG報告書における「エクスプレイン」の状況 | HRGL Sustainability Opinion | HRガバナンス・リーダーズ株式会社(2024年3月21日)
- 3 コーポレートガバナンス 7.0 が描く理想像とコーポレートセクレタリー機能の強化に向けて | HRGL Sustainability Opinion | HRガバナンス・リーダーズ株式会社(2023年10月24日)
- 4 従業員向け株式報酬導入の意義と活用方法 | HRGL Sustainability Opinion | HRガバナンス・リーダーズ株式会社(2024年9月27日)
- 5 日本経済新聞「従業員向け株式報酬拡大 1176社、経営参加意識づけ」(2024年9月9日)
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
小沢 潤子 Junko Ozawa
