HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

連載小説ドクターHRGL第一回(前編)

―大企業病の真因と処方箋―

  • Corporate
    Governance
  • Nomination/HR
  • Compensation
  • Sustainability

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

阿部 倫美

■ サマリー

本メールマガジンは、多くの日本企業が抱えがちなコーポレートガバナンスに関する課題の提起と、我々HRガバナンス・リーダーズが提唱するコーポレートガバナンス7.0の必要性を幅広い層に分かりやすく伝えることを目的とした、ガバナンス入門書ともいえる連載小説です

ガバナンスに関するコンサルティングを専門に取り扱うコンサルティング会社Hを舞台に、そのクライアントである日本の大企業が、様々な苦難に直面しつつも、企業価値向上を目指すサクセスストーリーとなっています

記念すべき第一話は、老舗メーカーのA社を舞台に、同社の経営陣を長年支えてきた秘書室長が、コンサルティング会社HのコンサルタントSと共に、社内を動かす形で進めていくガバナンス改革がテーマです。今回は前編として問題提起編、次回は後編として解決編になっています

本メールマガジンの最後に、皆様へのアンケートを掲載しておりますので、ご多用のところ恐れ入りますが、ご協力いただければ幸いです

なお、この話はフィクションであり、実在の人物や団体などとは関係ございません

目次

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1.プロローグ

 ガバナンスコンサルティング会社Hは、大企業病に苦しむ日本企業やその予備軍の治療と予防を担うかかりつけ医として、日夜、日本企業のガバナンス向上に勤しんでいる。そんなH社で10年以上働くベテランコンサルタントのS氏の下には、日々、クライアント企業からの相談が舞い込んでくる。
 今回も1本の電話から始まった。相手は東証プライムに上場する製造業A社の秘書室長。秘書室では一番の古株であり、15年以上にわたってA社の経営層を支えてきたベテランである。押しに弱い面も多少あるが、その愛社精神の高さはS氏も驚くほどであった。そんなA社は、3年前に品質不正の不祥事が発覚し、役員を一新したうえで、新社長の下で業績のV字回復を目指していた。そんなことを思い出しつつ、S氏は相手の話に耳を傾けると、業績回復に向けた取組みの一環としてせっかく導入した株式報酬制度が、経営陣にとってのインセンティブとしてうまく機能していない気がする、との指摘が社長からあったものの、自分だけでは具体的な原因や改善策がわからず、S氏の力を貸してほしいという依頼であった。
 この話を聞いたS氏は、状況をより深く理解すべく、A社を訪問し、秘書室長からこれまでの経緯をヒアリング。すると、もっと大きな病理が隠されていたのである…。

<A社の基本情報>

• 業種:製造業
• 上場市場:東証プライム
• 機関設計:監査役会設置会社
• 取締役会構成:取締役9名。うち社外取締役3名(企業経験者・弁護士・大学教授)
• その他:任意の指名・報酬諮問委員会を設置(社外取締役3名(うち1名は委員長)、社長、副社長)
• 報酬構成:基本報酬・賞与・株式報酬(退職慰労金廃止時に導入した1円ストックオプション)

2.A社におけるこれまでの経緯

2-1 不祥事を契機とした一連のガバナンス改革

 ここでいったん、S氏が公表情報や秘書室長からのヒアリングで得たA社の状況をまとめておこう。
 A社は、CGコード策定を機に、社外取締役の員数を2名から3名に増員。また、任意の指名・報酬委員会を設置するなど、ガバナンス体制を整備してきた。
 しかし、3年前、品質不正の不祥事が発覚し、業績が悪化。そこで、トップの営業成績をあげていた支店の支店長を新社長に抜擢。社長を中心に、副社長・常務2名を加えた計4名の社内取締役による特別チームを組成し、当該チーム主導のもと、業績回復とガバナンス体制の見直しを図ることを決定。
 特別チームはまず、業績のV字回復を目指すべく、トップラインの強化を中心に、同社の強みである省エネ技術に力を入れることを目的とした3か年の第一期中期経営計画を策定。財務KPIには売上高と営業利益を、非財務KPIには省エネ技術と関係の深いE(環境)関連のCo2排出量の削減実績を掲げた。
 さらに、経済産業省や大企業を中心に、コーポレート・ガバナンス・システムの改善を通じて「稼ぐ力」を強化する動きが広まっているとニュースで知った社長は、株主目線との一致を図ると共に、中計達成のインセンティブとするため、これら売上高と営業利益、Co2排出削減実績をKPIとする業績連動型の株式報酬制度を役員向けに導入することを決定。部門毎の責任をより明確にするため、各KPIの達成度は部門別の数値にて評価することにした。
 しかし、事務局として取締役会に参加していた秘書室長によると、実は一連の中計策定プロセスの中で、特別チームに属さない取締役より「外部環境の見通しが甘い」等の意見が出されていたが、これまでの現場経験の豊富さを理由とした特別チームのメンバーによる主張に社外取締役も含め押し切られる形となったとのこと。
 また、新たに導入した業績連動型の株式報酬制度についても、一部の生産拠点を管轄する取締役からは、売上高に関係する生産量とCo2排出削減量の双方を両立させることは難しいため、評価方法について考慮してほしいという要望があった。しかし、公平を欠くという理由で却下されたようだった。

2-2 ガバナンス改革後の状況

 こうして、業績のV字回復を目指し業績連動型の株式報酬制度も導入したが、蓋を開けてみると、一部の取締役より指摘されたように事業環境の見通しの甘さが露呈し、当初からトップラインは伸び悩んだ。しかし、いずれ挽回するだろうと考えていた特別チームは対策を講じることはなかった。また、社外取締役を含む他の取締役も事業環境の見通しに自信がなく特別チームに進言することができなかったため、結局、第一期中期経営計画最終年度である現在まで、状況は放置され続けているとのこと。
 当然、第一期中期経営計画の目標は大幅未達の見込みであり、業績連動株式報酬における財務KPI(売上、営業利益)の評価も芳しくなく、非財務KPI(Co2排出削減実績)についても生産拠点間の足並みがそろわなかったため、十分な達成状況とはいえない。
 結局、「現実的でない目標が設定された財務KPI」と「特別チームの一存だけで決めた非財務KPI」に基づく報酬制度は、経営陣にとって十分なインセンティブにならず、特別チームとその他の取締役との足並みがバラバラとなった結果、業績低迷からは抜け出せなかったのである。
 なお、現在策定中の第二期中期経営計画も、当初の甘い見通しがベースとなっているため、秘書室長の目からみても実現可能性に乏しい内容になりそうとのことだった。

3.S氏による問診と診断

3-1 A社が抱える症状とは

 A社の状況を整理したS氏は、A社が抱える病理は報酬制度だけではなく、もっと奥深いところにあると判断。つい眉間にしわが寄ってしまったS氏の様子をみた秘書室長は不安そうな顔になった。その様子に気づいたS氏は慌てて笑顔を取り戻し、「大丈夫ですよ、我々がかかりつけ医として御社をしっかり治療します!」と力強く秘書室長に伝え、現状の診立てと今後の治療方針を説明した。
 「今回、報酬制度についてご相談いただきましたが、その原因は、経営の執行と監督、つまりCEOとその経営執行チーム、それを監督する取締役会というガバナンスの根幹が、うまく機能していないことにあります。なので、この部分を根治する必要がありますね」
 S氏の言葉を聞き、プライム上場企業として、CGコード策定以降、ガバナンスを強化してきたと信じていた秘書室長は驚きを隠せない様子だった。そんな秘書室長の様子を見て、S氏は言葉をつづけた。
 「貴社に限らず、報酬、指名、サステナビリティなど個別の領域についての課題が見えている場合、実は根っこの部分である「取締役会の在り方」に原因があることは非常に多いです。なので、今の時点で気が付けて良かった。治療は決して簡単ではありませんが、不可能ではありません」
 少し安堵の表情を見せた秘書室長は、おずおずとS氏に尋ねた。「それで……我が社が抱える問題とは何でしょうか」
 「まず、大きく3つの症状が見られます。1つ目は、取締役会において特別チーム以外の取締役の意見についてきちんと議論しないまま、説き伏せてしまったこと。2つ目は、中計の進捗状況が芳しくないことが分かっていたのに、何も措置を講じなかったこと。3つ目は、いずれの場面においても社外取締役がその役割を十分に果たしていないことです。本来、社外取締役は、取締役会における議論不足や、期中の中計見直しの必要性を感じたら、それを執行側に訴えていくべきでした」
 「でも、うちの社外取締役は日本有数のメーカーである〇△社の元役員で…ほかにも著名な大学教授も……」
 秘書室長の言葉にS氏はかぶりを振った。「どんなに優秀な方でも、環境次第ではその本領を発揮できないこともありますし、特に今回は、社長をはじめ特別チームの力が強すぎたのかもしれません。何はともあれ、まずはそれぞれの症状の原因を探っていきましょう」

S氏は力説するあまり、すっかりぬるくなってしまったコーヒーを一口で飲み干した。

3-2 症状の原因

 「社外取締役に問題があることはわかりましたが、執行側……社長をはじめとする特別チームにも、やはり原因があるのでしょうか?」秘書室長はひどく不安そうだが、それも当然だろう。社長人事は一介の社員である秘書室長だけでは荷が重すぎる。しかしS氏の返答は意外なものだった。
 「それも一つの要因ですが、そもそもの原因を突き止める必要があります。まずは、今回の状況について、“取締役会”を中心にして考えてみましょう。貴社に限らず、ガバナンス体制の問題を分析するときのコツは、主語を“取締役会”にすることです
そう言うと、おもむろに紙とペンを取り出し、“取締役会”と書いた。
 「我々が提唱する理想のガバナンスの在り方――コーポレートガバナンス7.0では、取締役会の役割が非常に重要となります。強靭な取締役会が骨太の成長ストーリーを示したうえで、CEOをはじめとする経営陣に執行の権限を大幅に委譲し、経営陣に大胆な経営判断を促します。その結果、価値創造経営が実現するわけですが、これがうまく機能するには、取締役会が執行側を適切に監督する仕組みづくりが重要なんです」
 紙に書かれた「取締役会」という単語をペンでトントンと指しながらS氏は続けた。
 「まずは、取締役会が、中期経営計画を達成するために、モニタリングする重要項目――我々は“アジェンダ”と呼んでいますが――このアジェンダを設定し、それを経営陣から報告・説明させるという仕組みを設けることです。また、報告して終わりではなく、報告・説明を受けた内容が、取締役会で決めた成長ストーリーに沿っているかどうか、審議・検証する必要がありますので、そのための体制づくりが重要です。たとえば、取締役会のメンバーのスキルセットとかですね。審議する内容とスキルセットがミスマッチだと適切なモニタリングができません」

出典:HRGL作成

 「今は経営において偏りがないように、バランスを考えてスキル・マトリックスを策定し、人財の確保に勤しんでますが……」
 「もちろん、貴社の現行のスキル・マトリックスがダメというわけではないです。ただ、中長期の経営戦略や事業・人財戦略などのアジェンダを取締役会でしっかり議論できるようなメンバーを集めるには、自社のパーパスと、その達成に向けた自社の重要課題をハッキリさせた上で、それに基づくスキル・マトリックスを作らないといけません。この点、海外では『社長・CEO経験』や『取締役経験』など、具体的な経営の執行や監督の経験を取締役に求めるケースが多い一方、日本企業では『企業経営』といった抽象的なスキル名が目立つことにも関係していると思います1
 「確かに我が社も、『企業経営』をスキル・マトリックスで掲げていますが、企業トップ等の経験を有することは条件としていません」
 「そうそう。抽象度の高いスキルを設定するのも日本企業の特徴なんです。その結果、会社の経営戦略に沿った取締役会メンバーが揃わず、取締役会の力が弱まった結果、社内の意見に耳を傾けないCEOを選んでしまう、ということもあると思います」
 S氏の言葉を受け、秘書室長は苦笑いを浮かべた。
 「また、スキルセットを整えても、社外取締役が本来の役割を発揮できなければ、あまり意味がありません。そのためには、どれだけ社外取締役がいるかもポイントとなります」
 「社外取締役の数というと、我が社では取締役9名中3名が社外取締役ですが、それ以上、たとえば取締役会における社外取締役の数を過半数にする、ということですか……? CGコード対応で社外取締役を増やすときも非常に苦労したのに、さらに増やすとなると……」秘書室長は頭を抱えた。
 S氏は優しく、しかし力強い声でかぶせるように言った
 「あくまで理想論です。実際に過半数の独立社外取締役を選任している企業はここ数年で急増しているものの、プライム市場で約2割、JPX日経400でも3割弱2とまだまだですから、それほど気にする必要はないですよ。ただ、御社でも経営に関するモニタリング体制が整備されていれば、今回のように中計の進捗状況が芳しくないと分かった時点で、原因分析を行い、解決の糸口が見つけられたかもしれません」
 「おっしゃる通りです。それに、報酬制度についても、KPIにした売上高と営業利益の数値目標が、もっと現実的なものだったら、インセンティブ性も確保できたんでしょうね」
 「報酬制度については、非財務KPI―—―我々は将来財務KPIと呼んでいますが―—―これについても、問題があったかと思います」
 「えっ……?」
 本日、何度目になるであろうか、驚きの声を秘書室長は上げた。
 「将来財務KPIは、財務KPIよりも分かりにくい分、その特徴や性質について会社としての共通認識がないと、絵に描いた餅で終わってしまいます。その共通認識を作るためにも、サステナビリティに関する経営判断が、会社の方針と整合するかどうかを監督する仕組み、つまり取締役会の働きが重要になるんです」
 「いずれの問題も、我が社の取締役会を改革しない限りは、根本的な解決にならないということですね……」
 一連の説明を聞いた秘書室長は、自社ガバナンスを蝕む病理の根深さに、大きくため息をついた。
 そんな秘書室長を気遣うように、S氏は言葉をつづけた。「大丈夫ですよ、さっきも言いましたが、取締役会改革は決して簡単ではないものの、不可能ではありません。コーポレートガバナンスの根幹をきちんと治療すれば、再発も防ぐことができます。一緒に頑張りましょう!」
 秘書室長は、頭を支配する不安を打ち消すように、両手をぐっと握りしめ、S氏を信じてA社を今度こそ改革していこうという決意を固めたようだった。

~次回予告~
 S氏と秘書室長を待ち受ける困難の数々…百戦錬磨のコンサルタントS氏はA社を無事に治療できるのでしょうか?
 次回の後編は、解決編となります。よろしくお願いいたします。

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参考文献

  • 1 米国は「CEO経験」「リーダーシップ」を重視、 日本は「企業経営」など抽象度の高いスキル項目が目立つ ~日米欧スキル・マトリックス調査 結果公表~ | HRガバナンス・リーダーズ(株)(2024年6月公表)
  • 2 東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況 | (株)東京証券取引所(2024年7月公表)

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

Tomomi Abe

慶応義塾大学法学部政治学科卒。財務省にて、日本国債の発行業務に従事。その後、大手証券会社にて、機関投資家を中心とした株主対応コンサルティング業務や譲渡制限付株式報酬制度の普及・促進を中心とした報酬コンサルティング業務に従事。現在は、株式報酬制度の導入支援のみならず、クライアントの報酬・HRガバナンスの更なる向上を目的とした、より包括的なHRガバナンス分野のコンサルティング業務に従事