HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

ジョブ型雇用が人的資本経営にもたらす効果

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HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

砂原 健一

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

小沢 潤子

■ サマリー

2024年8月に政府は「ジョブ型人事指針」を公表した。従業員個人が自らキャリアを選択する時代や企業における経験者採用の拡大など昨今の労働者の働き方の変化が、本指針の公表された背景にある。さらに、ジョブ型雇用の導入は、持続的な賃上げの推進、ひいては日本経済の成長にもつながると言及されている。

ジョブ型雇用とは、「人材マネジメントが『職務ありき』の考え方に基づいて運用され、特定の明示的なポジションに対し、その職務要件を満たす人材を配置すること」が前提となる。これまでの日本企業では、「新卒一括採用、年功序列、OJTを中心に企業内で必要な教育や配置転換を行い、『ヒト』の能力に基づいて処遇や格付」を決定していた。こうした日本型雇用はジョブ型雇用への移行に様々な障壁をもたらしていたが、昨今の専門人材の獲得や外資系企業との間での人材獲得競争の中で、日本企業でもジョブ型雇用を導入せざるを得ない状況にある。

人的資本経営推進の観点からもジョブ型雇用の導入は有効であると考えられる。例えば、企業の経営戦略を実現するうえでは、特に注力する事業や成長事業の人材ポートフォリオを明確にし、対象となる事業や職種における人材確保や育成が重要となる。その際、ジョブ型雇用を活用すると、求められるスキルや業務経験などの専門性を可視化でき、これまでブラックボックスとなっていた求める人材の見える化や、必要なポジションへの人材配置の実現可能性が高まっていくと考えられる。

弊社が2024年に実施したコーポレートガバナンス・サーベイによると、「経営戦略と人材戦略の連動」は前年よりも進んでいる状況であるが、「動的な人材ポートフォリオ」は対応が難しい状況を示している。また、人的資本経営コンソーシアムの調査によると、ジョブ型人材マネジメントの取組みが進んでいる企業ほど、中長期的な人材の質・量の把握ができていることから、今後ジョブ型雇用を導入する企業が増加すれば、人的資本経営への対応との相乗効果が出てくる可能性がある。

目次

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1.「ジョブ型人事指針」公表の目的

 2024年8月28日に、政府は内閣官房・経済産業省・厚生労働省の連名で「ジョブ型人事指針」を公表しました。これまでも政府や経済界においてジョブ型雇用導入に関して議論されてきましたが、昨今の人手不足や雇用の流動化への対応策として、各企業での導入の検討が進むことが考えられます。
 政府が「ジョブ型人事指針」を打ち出した背景として、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」では、昨今の労働者の働き方の変化と関連づけて言及しています。1つ目は、キャリアは会社から与えられるものではなく従業員自らがキャリアを選択する時代になってきた点、2つ目は職務(ジョブ)ごとに要求されるスキルを明らかにすることで労働者が自分の意思でリ・スキリングを行うことができ自ら職務を選択できる点、3つ目は若年層やシニア層など年齢に関わらず、能力を発揮して働ける環境整備につなげる点、4つ目は、内部労働市場と外部労働市場をつなげて、企業における経験者採用の拡大により働き手が自らの意思で企業間を移動できる点です1
 また、大企業におけるジョブ型雇用の導入は、持続的な賃上げの推進、ひいては日本経済の成長にもつながると言及しており、各企業にとって最適な自社独自の制度を検討することを推奨しています。

2.ジョブ型雇用とは

 それでは、ジョブ型雇用の概要について改めて確認していきます。ジョブ型雇用の基本的な考え方について、石黒(2020)2は「すべての人材マネジメントが『職務ありき』の考え方に基づいて運用される。特定の明示的なポジションに対し、その職務要件(当該職務を担うのに必要な知識・能力・経験等)を満たす人材を配置することが前提となる」ことを示しています。これまでの日本企業では、新卒一括採用、年功序列、OJTを中心に企業内で必要な教育や配置転換による人材育成などを行い、その『ヒト』の能力に基づいて処遇や格付を決定するメンバーシップ型雇用を導入してきました。石黒(2020)はジョブ型雇用への移行の障壁として3点をあげ、国内企業のジョブ型雇用へのシフトが困難であったことを指摘しています(図表1)。

図表1

ジョブ型雇用への移行の障壁
出典:石黒(2020)を参考にHRGL作成

 他方で、このような障壁があるものの、最先端の専門人材の獲得や外資系企業との人材獲得競争の中で勝ち抜くためにも、日本企業でもジョブ型雇用を導入せざるを得ない状況にあります。「ジョブ型人事指針」では、こうした背景もあり、従来の各企業の雇用システムの中で、どのようにジョブ型雇用を導入するかの示唆を与えるために、既にジョブ型雇用を導入している企業の事例を紹介しています。
 社会全体でみると、ジョブ型雇用の導入が進んだ場合、職務に応じて賃金が決定するため、これまで等級に応じて横並びとなっていた報酬は、外部の報酬水準をもとにした中途採用者の増加や職務の専門性などに対する対価の支払いにより、賃金上昇につながることが推察されます。

3.人的資本経営推進におけるジョブ型雇用導入の効果

 次に、人的資本経営推進の観点からジョブ型雇用の導入効果を考察していきます。人材版伊藤レポートでは、人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素(3P・5Fモデル)を示していますが、その中でも「経営戦略と人材戦略の連動」「動的な人材ポートフォリオ」とジョブ型雇用との相性の良さが考えられます。
 例えば、企業の経営戦略を実現するうえでは、注力する事業や成長事業の人材ポートフォリオを明確にし、対象となる事業や職種における人材確保や育成が重要となります。その際、ジョブ型雇用を活用すると、求めるスキルや業務経験などの専門性を可視化でき、これまでブラックボックスとなっていた求める人材の見える化や、必要なポジションへの人材配置の実現可能性が高まっていきます。また、従業員にとっても、自身の強みとなるスキルや専門性を当該職務に活用でき、将来目指すキャリアの実現に向けて自己研鑽につながることも考えられます。
 今回、「ジョブ型人事指針」で公表された20社におけるジョブ型雇用の主な導入目的を確認したところ、大きく3点に分類されます(図表2)。導入の目的としては、複数企業において経営戦略と人材戦略との連動に向けた人材ポートフォリオの実現や人事制度改革があげられます。また、経営戦略や事業戦略の実現に向けて必要な自律型人材などの育成、そして専門性を保有する外部人材の惹きつけや獲得を主な目的としています。

図表2

ジョブ型雇用の主な導入目的
出典:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(2024年8月)jobgatajinji.pdf、内閣官房ジョブ型人事推進会議(2024年9月5日)「各社のジョブ型人事の取組について」shiryou.pdfをもとにHRGL作成

4.「経営戦略と人材戦略の連動」、「動的な人材ポートフォリオ」に関する企業の取組み状況

 前章で確認したジョブ型雇用導入の目的にもあげられている「経営戦略と人材戦略の連動」、「動的な人材ポートフォリオ」の各企業の対応状況を確認するため、弊社が2024年に実施したコーポレートガバナンス・サーベイの結果を確認していきます。
 まず、「経営戦略と人材戦略の連動」について、経営戦略を人材戦略に反映できている企業は、2023年の調査実施時から7.9pt増加しており、各企業における人材戦略策定や実践が進んでいることが確認できます(図表3)。しかしながら、「反映に向けて取組み中」や「取組みなし」の企業も6割以上を占めており、経営戦略と人材戦略の連動は道半ばであると言えます。また、「動的な人材ポートフォリオ」への対応についてもこの3年間で取組みは進んでおり、「実施のうえ開示済」「開示に向けて取組み中」と回答した企業の合計は、2023年の調査実施時から12.4pt増加しています。一方、「取組みなし」の企業も35.6%存在しており、「経営戦略と人材戦略の連動」よりも対応が難しい状況を示しています。

図表3

3P5Fの取組み状況(経年比較)
出典:「コーポレートガバナンス・サーベイ」(2024年8月末集計)よりHRGL作成
注:本分析は2022年~2024年指名領域継続参加企業177社が母集団

 また、人的資本経営コンソーシアムは、ジョブ型人事制度導入の有無と「動的な人材ポートフォリオ」の課題について調査し、ジョブ型人材マネジメント導入済の企業と未導入の企業を比較しています。導入済企業における「動的な人材ポートフォリオ」の課題としてあげられている、「中長期的な人材の質・量の把握」、「外部人材の獲得」、「今いる人材の質と量の把握」と回答している割合は、未導入企業と比較すると低く、ジョブ型雇用が目指すべき人材ポートフォリオの実現に向けて効果を発揮している可能性があります(図表4)。
 以上の調査結果より、「経営戦略と人材戦略の連動」は、ここ数年で加速している状況ですが、「動的な人材ポートフォリオ」への対応は難易度が高いことが読み解けます。また、ジョブ型人材マネジメントの取組みが進む企業ほど、中長期的な人材の質・量の把握ができているため、今後ジョブ型雇用を導入する企業が増加すれば、人的資本経営への対応との相乗効果が出てくる可能性があると言えるでしょう。

図表4

ジョブ型人事制度の導入目的
出典:人的資本経営コンソーシアム事務局「人的資本経営に関する調査結果(2024年6月20日)」より抜粋 2ndTerm_Survey_summary_v2.pdf

5.おわりに

 日本社会全体での生産年齢人口の減少、人口減少に伴う昨今の人手不足の潮流も相まって、企業間での人材獲得競争が過熱し、「(自社に合った形で)人材価値をいかに高めていくか」という命題に経営者の方々は直面しています。
 さらに外部環境の変化に適応していくため、企業の長期的な成長も視野に入れる必要が出てきており、「ジョブ」という現在進行形での個別最適の観点のみならず、5~10年先の将来から遡って企業が一段高い成長を実現する「ミッション」を再定義することが求められています。そのため、短期的な業績の実現と5~10年先の変革を両立することこそが、人的資本経営に求められている舵取りと言えるでしょう。
 人的資本経営とは、この「ミッション」を起点とした組織・個人の目標を同期化することにより、「ミッション」を通じた専門性やスキルの向上、成長実感を生み出す好循環を構築していくことに他なりません。そのためには、経営者自身が未来の絵姿を描き、それを実現するための大胆な投資と実行が不可欠となります。経営者・組織・社員が一体となって未来を切り拓いていく原動力こそが日本社会に欠けている大きな要素であり、日本株式会社がグローバリズムの中で、一段高い成長へと変貌していく時代の変わり目に直面していることに多くの企業経営者が気づき始めています。競争社会ではあるものの、従来とは異なる環境の中で乗り越えていくための知恵と力を企業同士で結集し合うことも、今後の大きな課題と言えるのではないでしょうか。

参考文献

  • 1 内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」ap2024.pdf
  • 2 石黒太郎(2020)「ジョブ型雇用に向けたジョブポートフォリオ・マネジメント」『企業競争力を高めるこれからの人事の方向性』労働行政研究所編

Opinion Leader

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マネージャー

Kenichi Sunahara

鉄道会社に入社後、事業企画部門、経理部門、事業戦略部門などに従事。その後、持株会社の人財戦略部門において人的資本経営推進、人財戦略策定に取り組む。現在は、人的資本経営推進、後継者計画の策定、指名委員会運営支援等に従事。東京都立大学大学院 経営学研究科修了

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シニアコンサルタント

Junko Ozawa

内閣府にて少子高齢社会対策や経済財政政策に関する政府指針の策定のほか、統計調査や法改正業務等に従事の後、当社入社。現在は、主に人的資本、指名・人財領域のリサーチを担当。東京工業大学大学院修了(社会工学専攻)