HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

生物多様性 COP16 における主な決定とビジネスセクターへの影響

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HR ガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

邑並 直人

HR ガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

石丸 萌

■ サマリー

本年10月21日から11月2日にかけて、国連生物多様性条約第16回締約国会議(CBD-COP16)がコロンビアのカリで開催された。開会の場で、グテーレス国連事務総長は「人類が繁栄するためには、自然が繁栄しなければならない。しかし、私たちは順調に進んではいない。このCOP16でのあなた達のミッションは、言葉を行動に変えることだ」と述べる1など、強い危機感を示した。会合では、重要アジェンダのうち「先住民・地域社会が生物多様性保全への参画を強化するための作業部会常設」や「DSI(遺伝資源のデジタル配列情報)の使用に係る利益配分の方向性」等で合意に至った。他方、当初の予定から1日延期し早朝まで議論が続けられたものの、一部アジェンダは成果文書の採択まで至らず、改めて協議・合意形成が必要となった2

ビジネスセクターへの影響が見込まれる「DSI(遺伝資源のデジタル配列情報)の使用に係る利益配分」と「モニタリング指標」のアジェンダで議論に進展があった。DSIについては、それらから利益を得る企業が利益などの一部を「カリ基金」に自主的に拠出することを各国政府が促すことが決定され、同時にその企業規模・業界や拠出率の目安も示された。また、2030年までの世界目標である昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の達成状況を測るモニタリング指標とレビュー方法についてほぼ合意に至った。

国際交渉の傍らでは関係者によるサイドイベントが開催された。自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が「自然移行計画を策定・開示するためのガイダンスの草案」を新たに公表したほか、環境省が、情報開示の促進などを目的に、今後2年間にわたりTNFDへ資金拠出することを発表した。さらに、機関投資家が主導するイニシアティブNature Action 100 は、自然と生物多様性の損失を回復させる上で重要となるエンゲージメント対象企業100社の取組み状況についての評価結果を発表した。この結果によると、多くの企業がいまだ取組みの初期段階にあることが指摘された。

次回のCOP17(2026年アルメニアにて開催予定)では、GBF目標に対する進捗把握が行われる予定である。ビジネスセクターにおいては、生物多様性・自然資本への取組みと情報開示を企業に求める各国の政策強化や投資家等のステークホルダーが企業に対応を求める動きが加速することも予想される。グローバルサプライチェーンを有する多くの日本企業にとって、事業活動と自然との関わりを正確に把握することは容易ではないが、情報開示フレームワークやガイドライン、分析・可視化ツール等を活用し、小規模な検討から着手することは可能だ。そして、それらの分析結果を踏まえ、投資家らに対して、中長期にわたりどのように自然資本を活用し、持続可能な事業活動と企業価値向上を実現していくかを示すことが、まさに今、企業に求められている。

目次

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1.生物多様性 COP(生物多様性条約締約国会議)とは

1-1 生物多様性 COP の概要

 今年で 16 回目を迎える生物多様性の締約国会議(以下、COP)は、1992 年にブラジル・
リオで開催された地球サミット(国連環境開発会議)で採択された国連生物多様性条約
(Convention on Biological Diversity:CBD)に基づいて、2 年に 1 度開催される国際会
議である。COP では、CBD の 3 つの目的(①生物多様性の保全、②生物多様性の構成要
素の持続可能な利用、③遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分)の達成に
向けて、締約国が共通して目指すべき世界目標の決定や、条約実施を促すための履行状況
の確認や課題解決に向けた国際的な協議などが行われ、その決定事項は今日まで各国の環
境政策に大きな影響を与えている。
 なお、1992 年の地球サミットでは、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)も採択されてお
り、国連生物多様性条約(以下、CBD)と同時期に誕生したことや 2 つのテーマが密接に
連関し互いに影響し合う関係性にあることなどから「双子の条約」とも呼ばれている。

1-2 前回 COP15 の振り返りと情報開示の機運の高まり

 2022 年、カナダ・モントリオールで開催された前回の生物多様性 COP15 では、2030 年
までに生物多様性の損失を止め、反転させること(≒ネイチャーポジティブ)をミッショ
ンとする世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組(以下、GBF)」が合意された。
GBF では、2030 年までに達成すべき 23 の目標が掲げられ、その中には企業が直接影響を
受ける目標 15(企業の情報開示)も含まれる。GBF 目標 15 は「生物多様性にかかるリス
クと依存・影響を定期的にモニタリング・評価し、透明性をもって開示することを、政府
が全ての大企業や金融機関に働きかける」としている。
 そして、COP 等の政府間交渉だけでなく、民間ベースの取組みも加速し、自然関連の情
報開示を巡る機運は高まりつつある。COP15 と同時期に検討が進められてきた「自然関連
財務情報開示タスクフォース(以下、TNFD)」が 2023 年秋にフレームワークを公開する
と、その後、TNFD に沿った形で情報開示を行うことを宣言する日本企業の数が 130 社を
超えた3。また、2024 年 4 月に ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が次期研究テー
マの 1 つに生物多様性・自然を取り上げることを発表するなど、レポーティング基準の統
一に向けた動きも進んでいる。

2.ビジネスセクターへの影響が見込まれるCOP16決定事項

 本稿ではビジネスセクターへの影響の観点から「DSI の使用に係る多国間メカニズム」
と「モニタリング指標とレビューメカニズム」について解説する。

2-1 DSI の使用に係る多国間メカニズム

 前回の COP15 では、遺伝資源のデジタル配列情報(Digital Sequence Information:
DSI)から得た利益を公正に配分すること、そのための多国間メカニズム(枠組み)を設置
することまでが合意されており、今回の COP16 では、具体的な議論の進展に大きな注目が
集まった。DSI を利用する企業の対象や支払う対価、その活用方法等について連日議論が
行われた結果、DSI から利益を得る業界の DSI 使用者が、その企業規模に応じて、利益な
どの一部を「カリ基金」に自主的に拠出することが求められること等が決定した4。また、
一定規模以上の企業については、具体的な拠出率の目安が示された。但し、拠出の具体的
な運用やその他詳細については、COP17 までの期間に引き続き議論される予定のため、引
き続き注視したい。
 【遺伝資源のデジタル配列情報(DSI)とは】
 DSI は、生物等を DNA 解析することによって得られる遺伝子データ(デジタル化され
た塩基配列情報)を指す。現在、世界中の研究者が収集した DSI は、公共データベースに
掲載され自由にアクセスできる状態にあり、アカデミックな研究活動等に活用されると同
時に、ビジネスにおける医薬品や化学品等の研究開発・商品開発にも広く活用されている。

図表1

DSI から利益を得る業界、企業規模と拠出率の目安
出典:Digital sequence information on genetic resources よりHRGL作成

2-2 モニタリング指標とレビューメカニズム

 前回の COP15 で採択された 2030 年までの世界目標である GBF の目標達成状況を測る
ための指標やレビュー方法についても議論が行われた。結果的に定足数を満たさず成果文
書の採択には至らなかったが、GBF の 4 つのゴールと 23 の目標を測るヘッドライン指標
については、締約国間での共通理解が得られた。企業の情報開示を定めた GBF 目標 15 に
ついては、「情報開示された企業数」と「企業に生物多様性の配慮を奨励する政府政策の有
無」によってモニタリングされる予定だ5
 この結果、情報開示を行っていない大企業等は、GBF や政府政策の意向に沿っていない
と見なされる可能性も生じ、場合によっては株主・機関投資家から説明が求められるケー
スも想定される。

図表2

GBFのモニタリング基準(抜粋)
Monitoring framework for the Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework より HRGL 作成

3.サイドイベントにおける注目ポイント

3-1 TNFD 自然移行計画に関するガイダンスの草案を公表

 TNFD は、生物多様性保全に積極的に取組む企業に資金が流れていく仕組みの構築を目
指し 2023 年 TNFD 提言を公表していたが、今回、新たに、「自然移行計画を策定・開示す
るためのガイダンスの草案」を公表した。本ガイダンスは、気候変動の分野で、GFANZ(グ
ラスゴー金融同盟)や TPT(気候変動タスクフォース)がとりまとめた低炭素・脱炭素社
会への移行計画を参考に作成されたもので、自然喪失と気候変動の間で発生するシナジー
やトレードオフの関係性を考慮したとされている6。なお、2025 年 2 月 1 日までフィードバ
ックを受け付けており、2025 年に最終版を公表する予定としている。

図表3

自然移行計画の概要
出典:Discussion paper on Nature transition plans より HRGL 作成

3-2 環境省が TNFD に対する拠出を表明

 環境省は、今回新たに、TNFD に対して 2 年間にわたり約 50 万ドル相当の拠出をする
ことを発表した7。資金拠出を通じて、TNFD との共同研究や TNFD データファシリティ
(※)の立ち上げを支援していくこととしている。
 ※:自然への依存・影響の特定、開示においては信頼性の高いデータが不可欠との指摘
を受けて、データの質、適時性、アクセシビリティ等の向上を目的とした取組み8

3-3 Nature Action 100 がベンチマーク評価結果を発表

 自然・生物多様性の損失に対処することを目的とした投資家主導のエンゲージメントイ
ニシアチブ「Nature Action 100」は、今回、エンゲージメント対象企業 100 社の開示状況
に関する最初の評価結果を発表した。評価軸として使用された6つのベンチマーク指標に
おける開示状況と要点は以下の通り。全 6 領域で包括的な開示をしている企業がないこと
や、多数の企業では、投資家が求める水準の自然への依存・影響把握やリスク・機会管理
がなされていない可能性を指摘している9

図表4

Nature Action 100 ベンチマーク評価結果の概要
出典:Nature Action 100 Company Benchmark Key Findings 2024 より HRGL 作成

4.企業に求められる生物多様性・自然資本分野への対応

 次回の COP17(2026 年アルメニアにて開催予定)では、GBF 目標の進捗状況を把握する
ため、今回決定したヘッドライン指標を活用しグローバルストックテイク(中間評価)が行
われる予定だ。GBF の目標期限である 2030 年まで約 5 年を残すのみとなった。生物多様
性・自然資本の複雑性や対象の広大さ(森林、土壌、水、大気、生物資源など)を考慮する
と、未着手の企業は今すぐにでも取組みが求められる状況だ。グローバルサプライチェーン
を有する多くの日本企業にとって、事業活動と自然との関わりを正確に把握することは容易
ではないが、情報開示フレームワークやガイドライン、分析・可視化ツール等を活用し、小
規模な検討から着手することは可能だ。そして、それらの分析結果を踏まえ、中長期にわた
りどのように自然資本を活用し、持続可能な事業活動と企業価値向上を実現していくかを投
資家やその他ステークホルダーに対して示すことが、まさに今、企業に求められている。

参考文献

Opinion Leader

HR ガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

Naoto Muranami

新会社立ち上げや新規事業開発、業務提携等の業務に従事。
2022 年からの経団連自然保護協議会への出向を経て、現職。

HR ガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Moe Ishimaru

慶應義塾大学総合政策学部卒。前職は外資 IT 企業にて
DX やデータ・AI活用を支援。
当社では主にサステナビリティ領域のリサーチを担当。