HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

従業員株式報酬の現在とあるべき姿について

弊社 代表取締役社長CEO内ヶ﨑の機関投資家向けオンラインセミナーより

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HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアマネージャー

神山 直樹

■ サマリー

弊社 代表取締役社長CEO内ヶ﨑が、国内大手証券会社主催の機関投資家向けオンラインセミナーで講演をおこなった

日本企業における従業員株式交付の現状と課題について、人的資本経営との関係性から説き起こし解説し、オピニオンを述べた。そもそも人的資本経営とは、経済産業省の定義によれば「人的資本に投資して価値を最大化することで、中長期的な企業価値向上につなげる経営」であり、特に、人的資本を従業員のみならず経営陣も含めて捉えることで、双方の価値を最大化させる必要があると力説する

2022年に改訂されたコーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)では、人的資本への投資やサクセッションの観点から従業員への株式交付が提言された

グローバルでは従業員株式報酬の普及が進んでおり、日本企業が今後さらなる稼ぐ力の向上に向けて人財獲得競争力のある報酬体系を構築する上でも、更なる従業員に対する株式交付の普及が重要となってくる

従業員株式交付の意義として「人財戦略」「資本戦略」「ガバナンス」などその影響範囲は多岐にわたるが、日本においては以下の4点が重要である。①新しい資本市場の実現に向けて資本市場の民主(市民)化に貢献、②グローバル競争に曝されている優秀な人財獲得に貢献、③欧米企業とのトータルリワードの格差を埋め従業員の働きがいに貢献、④政策保有株式の流動化に伴う物言う長期保有株主の確保

【関連Sustainability Opinion】
「従業員向け株式報酬導入の意義と活用方法」
従業員向け株式報酬導入の意義と活用方法 | HRGL Sustainability Opinion | HRガバナンス・リーダーズ株式会社

目次

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1.人的資本経営と報酬制度

 人的資本経営とは経済産業省によると「人的資本に投資して価値を最大化することで、中長期的な企業価値向上につなげる経営」といわれている。「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」いわゆる「人材版伊藤レポート」においても、持続的な企業価値の向上の実現にはビジネスモデル・経営戦略・人財戦略の連動が重要であるが、これらのギャップを埋め、いかに適合させていくかが鍵になるとある。この際に、人的資本を「従業員」と「経営陣・エグゼクティブ」に分けて考えると、従業員の人的資本の最大化という文脈では「経営戦略と人財戦略の統合」や「従業員総活躍」、経営陣の人的資本の最大化という文脈では「エグゼクティブの後継者計画(サクセッション)」などの経営チーム強化という課題が見えてくる。そして、これら課題を改善するためのひとつの手段として、従業員株式報酬というものが浮かび上がってくる。(図表1)

図表1

エグゼクティブおよび従業員に係る人的資本の価値を最大化(人的資本経営)
出典:開示資料を参考にHRGL作成

 2022年のCGSガイドライン改訂では経営陣の報酬制度の在り方として、経営戦略を踏まえてKPIを設定し、その実現のためストーリー性をもって報酬体系を検討することが重要とされた。では、そのような企業価値の向上につながる報酬制度とはどのようなものであるか。ひとつには経営戦略との連動性が重要であることは今触れた通りであるが、もうひとつとして非財務指標(将来財務価値)をも勘案したものであることが重要となってくる。非財務指標を用いる場合には、取締役会や報酬委員会において、経営戦略を踏まえた議論が十分におこなわれていることを前提として、用いる指標や定量目標を明確に定めた上で、当該指標を採用した理由や企業価値との関係性についても透明性の高い説明・開示が必要となってくる。
 このように、経営陣の報酬制度の在り方がしっかりと確立されたうえで人的資本経営を推進して行く際に、その企業内で将来的に経営を担うことが期待される中堅の幹部候補となる人財プールを確保し、意識的に育成していくことが経営のサステナビリティの観点から重要となってくる。これら幹部候補人財に対して、タフアサインメントやトレーニングを通じた育成を図りつつ、業績評価の在り方を検討する必要も出てくる。ここに、従業員株式交付との関係性が出現する。従業員株式交付によって、幹部候補人財には早い段階から企業価値や株価に対する意識を高める効果や、エンゲージメント向上の効果が期待できる。また、これら候補人財に対する動機付けとして有益でもあり、人的資本投資の拡大にも従業員株式交付は資するということができる。(図表2)

図表2

幹部候補人財育成・エンゲージメント
出典:経産省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(7月19日公表)に基づきHRGL作成

2.日本における従業員株式報酬制度の動き

 2022年のCGSガイドライン改訂を踏まえ、2023年に経済産業省「インセンティブプラン導入の手引き」が改訂され、従業員に自社株報酬を交付する場合において、労働基準法における賃金通貨払いの原則に抵触しないかという論点に対して、①一定の要件を満たす場合には、労働基準法第11条の賃金には該当せず、同法第24条の賃金の通貨払いの原則にも抵触しないものと整理でき、②具体的には、a.通貨による賃金等(退職金などの支給が期待されている貨幣賃金を含む。以下同じ)を減額することなく付加的に付与されるものであること、b.労働契約や就業規則において賃金等として支給されるものとされていないこと、c.通貨による賃金等の額を合算した水準と、スキーム導入時点の株価を比較して、労働の対償全体の中で、前者が労働者が受ける利益の主たるものであることの3つを満たす必要がある、とされた。
 また、2024年に内閣府規制改革推進室が実施した第6回スタートアップ・投資ワーキンググループでは、議題として従業員等に対する株式報酬無償交付について取り上げられた。その中の法務省説明では、従業員への無償交付を認めるに当たっては「既存株主の利益の保護」、「無償交付の対象者」、「対象となる株式会社・開示の在り方」といった論点の検討が必要であるとされ、株式無償交付についての規制改革への道が示されたと言っても良いであろう。本ワーキンググループには弊社代表取締役社長CEO内ヶ﨑も参加しており、従業員株式交付のトレンドや導入意義および企業からの声などについて説明するとともに、経営者による自己株式活用の戦略として、従業員への株式投資の重要性についても説明をおこなった。(図表3)

図表3

2024年内閣府スタートアップ・投資ワーキング・グループの動向
出典:第6回2024年内閣府スタートアップ・投資ワーキング・グループ発表資料よりHRGL作成

3.グローバルとの比較(従業員株式報酬の普及率)

 では翻って、グローバルにおける従業員株式報酬の普及状況はどうなっているであろうか。弊社調査(TOPIX100構成企業のうち、2022年4月から2023年3月までに決算を迎えた企業の有価証券報告書を調査。2024年1月末時点)によると、日本企業における従業員株式報酬の普及率は32%であった。このうち、時価総額上位50社における普及率は40%であり、さらに時価総額上位25社における普及率は52%となったことから、時価総額の高い企業での従業員株式報酬の普及率が高まっていることがわかった。(図表4)

図表4

従業員株式報酬の普及状況
出典:2024年1月末時点における各社公表資料を基にHRGL作成

 しかし、海外に目を向けると英国ではFTSE350のうち時価総額上位100社での従業員株式報酬の普及率は98%、ドイツではDAX40とDAX100のうち時価総額上位40社における普及率は85%、米国ではS&P500のうち時価総額上位100社における普及率は96%であった。このように、グローバルでは従業員株式報酬の普及が進んでおり、日本企業がグローバルで人財獲得競争力のある報酬体系を構築するために、従業員向け株式報酬の導入は必要不可欠となってくるものと考えられる。

 このようにグローバルにおいては従業員株式報酬の普及が進んでいる訳であるが、その内容についてみていきたいと思う。企業の発行済み株式のうち1年間に何%を従業員に付与したかを示すバーンレートで比較してみると、GAFAMが毎年従業員にも多くの株式を交付していることがわかる。バーンレートを2019年と2023年とで比較してみると、日本企業がそれぞれ0.07%と0.05%と低いままほとんど変化していないのに対して、Metaでは1.9%から4.4%と大幅に上昇しており、Amazonでも1.3%から2.1%と増加している。Alphabet、Apple、Amazonは2001年頃から株式を従業員に交付しているが、時価総額も上昇しており、従業員とともに企業も成長しているといえるかもしれない。

 これらの事例からもわかるように、結果が目に見えてわかるまで一定程度の時間は要するものの、従業員株式交付が広まり、導入企業における従業員株式交付への投資が適切な規模に拡大していくことは、日本企業においても企業価値(≒時価総額)の向上につながるという示唆とみることもできるかもしれない。(図表5)

図表5

従業員株式報酬 バーンレート
出典:独立行政法人経済産業研究所「わが国からもっとイノベーションを生み出すために~GAFAMに見る「三位一体の経営」~」、各企業の開示資料よりHRGL作成

 実際にMicrosoftの従業員株式報酬制度をみてみよう。Microsoftは4~5年程度の勤続条件付きで株式報酬を全従業員に対して交付しており、優秀な人財の確保やリテンションに活用しているということである。また、この従業員株式報酬制度の運用や従業員のリテンションや採用に関するガバナンス体制として、取締役会と報酬委員会がしっかりとモニタリングを実施している。従業員株式報酬制度の運用につき、取締役が人的資本経営の監督という観点で機能発揮している好事例ともいえる。(図表6)

図表6

従業員株式報酬 事例 Microsoft
出典:Microsoft Form 10-k report等各種関連資料よりHRGL作成

 また、英国の製薬会社AstraZenecaではバイスプレジデントやシニアバイスプレジデントに対しては役員向けと同様のKPIの業績連動型株式報酬PSおよびグローバル譲渡制限付株式ユニットRSUを導入している(図表7の①)。また、幹部従業員に対しては、RSUおよび拡大インセンティブ制度を導入している(図表7の②)。さらに、業務執行取締役を含めた全従業員に株式インセンティブ制度を導入している(図表7の③)。

図表7

従業員株式報酬 事例 AstraZeneca
出典:AstraZeneca Annual Report2020を参考にHRGL作成

4.最後に~日本での従業員株式報酬の普及に向けて~

 本稿では、人的資本経営と報酬制度に焦点を当てつつ、日本においてまだまだ従業員株式交付の普及についての課題があることをみてきた。ここで、従業員株式交付の意義についてまとめておきたい。従業員株式交付が及ぼす効果は、人財戦略・資本戦略・ガバナンスと多岐にわたっている。たとえば人財戦略の観点からは、従業員に対して企業価値の意識を醸成できる点や、会社に対する愛着心や帰属意識の醸成にも資する点、さらには優秀な人財の獲得やリテンションに寄与する点などを挙げることができる。
 欧米企業はトータルリワードという観点で、給与・賞与・株式報酬・福利厚生・年金などをインセンティブプランとしてパッケージで提供しているが、グローバルな人財獲得競争の中においては、日本企業においてもトータルリワードという観点で従業員株式交付を検討していくことが重要となってくる。
 また、資本戦略面でみてみると、従業員に株式を交付することで役職員という長期視点の株主の増加により資本構成が安定する点、自己株式取得や政策保有株式削減で増加した自己株式の新たな活用のオプションとなる点などが挙げられる。(図表8)

図表8

従業員株式報酬の意義

 これまで、従業員株式交付の導入に伴う種々の目的やメリットについて述べてきた。では実際に、従業員株式交付を自社で検討する際の留意点はどうなっているだろうか。最後に従業員株式交付の検討における留意点についてまとめる。
 従業員株式交付を検討する際には、6つの主たる留意点がある。①会計処理、②事務負担、③納税資金対応、④残高管理、⑤非居住者対応、そして⑥従業員意識改革である。
 これらの留意点とそれに関連する主な視点を勘案しつつ、自社に最適な形でいかにして従業員株式交付を導入し整備していくか、そして従業員株式交付を活用しその投資効果を最大化させていくかということが、日本企業がさらなる成長を果たすうえで重要な論点になってくる。(図表9)

図表9

従業員株式報酬の検討における留意点

 日本企業の稼ぐ力をさらに強化していくうえで、イノベーションの源泉となる従業員に対して投資をおこない、エンゲージメントを高めていくことが今後より一層求められるだろう。本稿が、そのひとつの処方箋である従業員株式交付の日本での普及に寄与できれば幸甚である。

Opinion Leader

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シニアマネージャー

Naoki Koyama

京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了、博士(人間・環境学)。製薬会社において、創薬研究、研究企画、経営企画、広報・IRに従事。企業が存在意義を持ち、インベストメントチェーンの中でどのようにして企業価値を高めて行けば良いかということを考えてきた。執筆論文に「先進事例に学ぶサステナビリティ・ガバナンス-独立社外役員の活用」(企業会計2020年9月号、共著)がある。