CGコード改訂の本質は「意思決定の質」
~FRCガイダンスから読み解く取締役会の進化~
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コーポレート
ガバナンス Corporate
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HRガバナンス・リーダーズ
CGコンサルティング部 シニアマネジャー
水谷 晶
■ サマリー
本年4月に公表された日本のコーポレートガバナンス・コード改訂案は、補充原則の廃止および解釈指針の導入を通じて、従来の形式的なガバナンスの整備から、実質的なガバナンスの発揮を重視する方向へと大きく転換する内容となっている。すなわち、各社の状況に応じた最適な取締役会のあり方を主体的に設計し、その妥当性を説明していくことが求められる。一方で、実務においては、取締役会の実効性とは何か、社外取締役の関与をどのように評価するのか、また意思決定に資する情報の質をどのように担保するかといった点が新たな論点として浮かび上がる。
こうした課題に対し、有効な示唆を与えるのが英国FRCによる「Corporate Governance Code Guidance(2024)」である。同ガイダンスはチェックリストではなく、取締役会の思考および意思決定の質に着目している点に特徴があり、議長による議題設計や議論の管理、最高経営責任者および業務執行取締役による戦略実行と統制の一体的運用、非業務執行取締役による独立した視点からの建設的関与、さらには取締役会事務局による情報および議論の基盤の整備といった役割を具体的に提示している。これらは、ガバナンスを「体制整備」から「意思決定の質の向上」へと転換するための実務的な視点であり、日本企業が今後のガバナンス高度化を検討するうえでも示唆に富むものである。本稿では、同ガイダンスを踏まえ、CGコード改訂後に求められる取締役会のあり方について考察するとともに、形式的な制度対応にとどまらず、自社の経営環境や企業文化に即した「オリジナルガバナンス」の構築に向けた視点についても考察する。
目次
1.はじめに
本年4月、日本のコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」)の改訂案が公表された¹。前号² でも触れたとおり、今回の改訂案は、コード全体のスリム化・プリンシプル化、成長投資およびキャピタルアロケーションの重視、さらには取締役会および取締役会事務局の機能強化を柱としている。とりわけ、補充原則を廃止し、「解釈指針」の形で位置付け直した点は象徴的である。この見直しは単なる制度の簡素化ではなく、企業自らが原則の趣旨を踏まえ、自社にとって最適なガバナンスを設計し、その内容を説明することを前提とする枠組みへの転換を意味している。したがって、今回の改訂は、形式的なガバナンスの整備を前提とするフェーズから、自律的に考え、機能させるガバナンスへの移行と捉えるのが適切である。
もっとも、このような方向性は理念としては理解しやすい一方で、実務の場面においては具体化の難しさを伴う。例えば、取締役会が実効的に機能しているとはどのような状態を指すのか、社外取締役の関与が実質的であるというのは何によって判断されるのか、あるいは提供される情報の質はどのように評価されるべきなのかといった点については、一律の明確な基準が示されているわけではない。このため、今後のガバナンス対応においては、各項目に形式的に対応しているかを確認することではなく、自社の取締役会がどのように機能しているかを踏まえ、そのあり方を自ら設計していく視点が不可欠となる。言い換えれば、ガバナンスは整備の対象から運用と機能の対象へと移行しており、各企業の判断に基づく対応がより強く求められる段階に入っている。
2.「実質化」における最も重要な論点
2-1 FRCガイダンスの位置づけと活用
こうした中で参考となるのが、英国FRC(財務報告評議会)が公表した「Corporate Governance Code Guidance(2024)」(以下「FRCガイダンス」)である³。FRCガイダンスは、英国のコーポレートガバナンス・コードの適用をサポートする文書であるが、単なる規定の解説にとどまらず、取締役会がどのように思考すべきか、どのような議論が望ましいか、さらにはガバナンスの実効性をどのように高めるかといった点について、具体的な視点を提示していることに特徴がある。
特に重要なのは、FRCガイダンスがチェックリストとして用いるべきではないと明示していることである。すなわち、ガバナンスは形式的な遵守ではなく、企業ごとの状況に応じた判断と対話のプロセスによって成立するものであるとの前提が置かれている。この点は日本のCGコード改訂案における解釈指針の考え方とも共通しており、FRCガイダンスは、抽象的な原則をどのように実務へと落とし込むかを考えるうえで、大変有益である。
2-2 議長の役割
FRCガイダンスの中でも特に重視されているのが議長(Chair)の役割である(図表1)。日本企業においては、議長は会議の進行役として理解されることが多いが、FRCガイダンスにおいて、議長には、取締役会における意思決定の質を確保する観点から、より能動的な役割が期待されている。具体的には、議長は、取締役会において企業戦略、企業文化、リスクといった重要テーマが適切に議題として設定されるよう関与することに加え、個々の議題について質の高い議論が行われるよう管理することが求められている。また、議論が一部の構成員に偏ることや、特定の前提に依拠した意思決定に陥ることを防ぎ、多様な視点からの検討がなされる環境を整備することも重要な役割とされている。
さらに、議長は単に議論を引き出すだけでなく、提供される情報の質やタイミングにも目配りを行い、意思決定に資する水準を確保することが求められている。これは、取締役会資料が十分に整理されているか、論点が明確であるか、意思決定に必要な比較検討材料が揃っているかといった点に関わる。
このように、議長の役割は会議の進行にとどまらず、議題設定から情報提供、議論の進行、意思決定に至るプロセス全体を通じて、取締役会の実効性を担保する機能を有する点に特徴がある。なお、意思決定にあたっては、株主や従業員をはじめとするステークホルダーの視点が適切に考慮されるよう配慮することも、議長の重要な役割の一つと位置づけられている。
図表1
議長(Chair)の役割―議論と意思決定の質の担保―

2‐3 最高経営責任者と業務執行取締役の役割
次に、最高経営責任者(Chief Executive⁴)および業務執行取締役(Executive Director)について、FRCガイダンスでは単なる業務執行の担い手としてではなく、戦略実行と統制の両方を担う主体としての役割が明確に整理されている(図表2)。
まず、最高経営責任者の役割としては、会社の戦略を策定し取締役会へ提案するとともに、取締役会で承認された戦略の実行に責任を負う点が重要である。また、従業員との対話を通じて企業文化や現場課題を把握し、望ましい企業文化や行動規範を組織全体へ浸透させることも求められる。さらに、多様な視点やステークホルダーの意見を意思決定へ反映するとともに、リスク管理および内部統制の運用と有効性の確保に責任を負う。
一方、業務執行取締役は、それぞれの担当領域における業務執行を担うだけでなく、取締役として会社全体の長期的な成功に責任を負う立場にある。そのため、自らの担当領域に閉じることなく、企業全体を俯瞰する視点を持ちながら、ガバナンス、企業文化および内部統制が組織全体に浸透するよう支援することが期待されている。また、従業員や現場、経営陣との対話を通じて得られた情報を取締役会へ適切に共有するとともに、非業務執行取締役による建設的なチャレンジを歓迎し、取締役会における議論の質の向上に貢献することも重要な役割とされている。さらに、他社役員経験などを通じてガバナンスに関する知見を高め、経営に活かしていくことも推奨されている。
このように、最高経営責任者が戦略の策定と実行、企業文化の形成およびリスク管理を主導する存在であるのに対し、業務執行取締役はそれぞれの担当領域においてこれらを具体的に実装し、取締役会と組織現場をつなぐ役割を担っている。両者はともに企業文化、リスク管理および内部統制を通じてガバナンスを実装する主体である点に特徴がある。
図表2
最高経営責任者と業務執行取締役の役割―実行責任と統制責任の具体化―

2‐4 非業務執行取締役の役割
また、非業務執行取締役(Non-Executive Directors)の役割について、FRCガイダンスでは実務的な観点から具体化されている(図表3)。まず、取締役としての責任を果たすために十分な時間を確保し、事業理解やステークホルダーとの対話に主体的に関与することが求められている。これには、単に取締役会に出席するだけでなく、企業の事業内容やリスク、外部環境について継続的に理解を深めることが含まれる。
さらに、非業務執行取締役は、取締役会において提供される情報の質を担保する役割も担う。具体的には、取締役会前に十分かつ明確な情報が提供されているかを確認し、不十分である場合には経営陣に説明や追加情報を求めることが期待されている。ここでは、情報の正確性や網羅性、最新性といった観点からの検証も含まれる。
そのうえで、非業務執行取締役の中核的機能は、建設的な意見提示と独立した視点による議論への貢献にある。提示された戦略や経営判断について、単なる承認にとどまらず、前提やリスク、代替案といった観点から検討を加えることで、意思決定の質向上に寄与することが求められる。また、株主や顧客、従業員といった主要なステークホルダーとの関係を理解し、その視点を取締役会の議論に反映することも重要な役割とされている。これにより、意思決定が企業内部の論理に閉じることなく、外部環境や社会的要請を踏まえたものとなることが期待されている。このように、非業務執行取締役は単なる監督者ではなく、情報の質を確保し、独立した観点から意思決定の質を高める役割を担う点に特徴がある。
図表3
非業務執行取締役の役割―独立性と建設的関与の具体化―

2‐5 取締役会事務局の役割
最後に、取締役会事務局(Company Secretary等)の役割についても、FRCガイダンスでは具体的に示されている。取締役会事務局はまず、取締役会および各委員会のコンプライアンス遵守状況を確認するとともに、これらの会議体が効率的かつ適切に運営されるよう支援する役割を担う。これは、議事運営に関する基本的な機能であるが、それにとどまらない広がりを持つ。具体的には、取締役会事務局は、取締役会におけるコーポレートガバナンス上の論点について議長や取締役会を支援し、必要に応じて問題点を指摘する機能を有する。また、各委員会がその役割を適切に果たすために必要な情報やリソースを提供することもその重要な役割とされている。また、FRCガイダンスでは、取締役会事務局が取締役会と執行サイド、また非業務執行取締役との間の情報連携を確保するハブ機能を担う点が強調されている。これには、取締役が必要に応じて独立した専門家の助言を得られるようにすることや、取締役の能力向上のためのリソースを整備することも含まれる。
さらに、取締役会事務局は、議長と連携しながら、取締役会の方針やプロセスの整備、さらには取締役会実効性評価の設計・運用の支援にも関与する。評価プロセスの妥当性を定期的に見直し、必要な改善につなげることも、その重要な役割とされている。このように、取締役会事務局は、単なる事務処理機能ではなく、情報の流れ、議論の質、ガバナンス体制の運営全体を支える基盤を担う存在として位置づけられている。
図表4
取締役会事務局の役割―実効性を支える運営基盤としての機能―

3.おわりに
以上のFRCガイダンスから読み取れるガバナンス実務における重要なポイントは、形式が整備されているかではなく、意思決定が実質的に機能しているかどうかである。そのため、議題が適切に設計されているか、情報が意思決定に十分かつ適時に提供されているか、議論が多様な視点を反映したものとなっているか、さらには取締役会事務局がこうしたプロセスを支える機能を果たしているかといった点を総合的に見直していく必要がある。
一方、今回のCGコード改訂も、制度面の変更にとどまらず、ガバナンスに対する考え方そのものの変化を伴うものである。日本企業には、これまでの形式整備を中心としたガバナンスから、実質的に機能するガバナンスへの移行が求められている。FRCガイダンスは、その具体的な方向性を検討するうえで大変参考になる。今後は、CGコードへの形式的な対応にとどまることなく、自社にとって最適な取締役会のあり方にまで踏み込んで主体的に検討し、「オリジナルガバナンス」を構築していくことが、より重要になると考えられる。
参考資料
1.金融庁・東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード改訂案の公表について」を参照(現在パブコメ結果の公表まち)。
2.前号のメールマガジン「コーポレートガバナンス・コード改訂案のポイント~スリム化と成長投資の促進に向けた実質化~」を参照。
3.Financial Reporting Council「Corporate Governance Code Guidance」を参照。
4.Chief Executiveは、通常CEO(Chief Executive Officer)を指す。
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
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水谷 晶 Akira Mizutani