大手機関投資家の「生の声」から読み解くCGコード改訂を踏まえた企業への期待
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
邑並 直人
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
フェロー
圭室 俊雄
■ サマリー
現在、2026年6月を目途にコーポレートガバナンス・コード改訂(以下、CGコード改訂)の議論が進められている。HRガバナンス・リーダーズ(以下、HRGL)は、スチュワードシップ・コード署名機関として、機関投資家がスチュワードシップ責任を果たすための後押し¹を行っている。こうした背景から、今回のCGコード改訂を踏まえ影響力の大きい国内外の機関投資家とHRGLとの間で対話を実施し、機関投資家の期待と課題認識を確認した。
今回の対話では、コーポレートガバナンスに関する当社独自の調査・分析結果を共有するとともに、機関投資家の「生の声」を把握することで、投資家と企業の認識ギャップを顕在化し、情報発信等によりその解消に努めることを目的としている。
今回の対話を通じ、機関投資家の期待はCGコードの精神(守りのガバナンスだけではなく、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を焦点とすること)と一致しており、そのうえで「成長ストーリーを裏付けるための現預金使途」、「社外取締役の機能発揮」、「コーポレートセクレタリー機能の強化」、「従業員向け株式報酬」、「株主・投資家とのエンゲージメント」の5つのテーマに高い関心を有していること、これらについて詳細且つ合理的な説明を企業に期待していることが分かった。
特に、「持続的な成長ストーリーを資本市場へ提示するうえで、裏付けとして現預金使途を十分に明示できているか」といった問いは、グローバル成長を目指す企業が機関投資家の理解を得るうえで欠かせない視点となることも明らかとなった。(詳細は3章(機関投資家の期待と当社見解)を参照)
また、企業と機関投資家の対話を客観的な観点から検証するため、複数の大手日系グローバル企業からも上記テーマに対する実態と見解を伺った。(詳細は4章(企業サイドの見解)を参照)
最後に企業と機関投資家は企業価値向上という目的を共有するパートナーであること、そのためには、双方が協力して互いの立場を理解し、共通点を見出す「対話」の実現が企業価値向上への第一歩となることを改めて確認した。
目次
1.はじめに
2015年のコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の適用開始以降、日本企業のコーポレートガバナンス改革には一定の進捗が見られる。一方で、一部の機関投資家からは、「形式的な対応に留まる企業も多く、依然として改善の余地が残る」との指摘もある。このような背景から、金融庁および東京証券取引所は、コーポレートガバナンス・コード改訂案を公表しパブリックコメントを募集した。
こうした中、HRガバナンス・リーダーズ(以下、HRGL)は、資本市場において機関投資家が今回のCGコード改訂の方向性をどのように認識し、それらを踏まえ、各企業にどのような取組みを期待するのかについて「生の声」を把握することを目的に、影響力の大きい国内外の大手機関投資家との対話を実施した。さらに、今回は、企業と機関投資家の対話を客観的な観点から検証するため、複数の大手日系グローバル企業とも意見交換を行い、見解を伺った。
図表1
HRGLと機関投資家との対話の実施概要

なお、今回の取組みは、広範な統計的分析を目的としたものではなく、主要な機関投資家や企業絞った定性的な実態把握を主眼としていることに留意されたい。
2.機関投資家の課題認識
はじめに、2015年のCGコードの適用開始以降の日本企業全体の取組みについて、今回対話したほぼ全ての機関投資家から、「ROE・資本効率を意識した経営、社外取締役の選任状況(取締役会の1/3以上や過半数を構成)、情報開示の取組み、それらを踏まえた建設的対話の充実度は10年前と比較して大きく前進している」とポジティブな意見が得られた。また、「多くの日本企業は、コーポレートガバナンス改革が企業価値の向上に繋がると捉え、意欲的に取り組んでいる印象だ。特に規制当局による影響力は大きいと感じる」といった前向きな姿勢を評価する声が聞かれた。
一方で、個々の取組みに焦点を当てると「コーポレートガバナンス改革に対する日本企業の意識は、海外企業と比べると、守りの姿勢に偏っている」との指摘もなされている。今回のCGコード改訂の論点の一つに、現預金使途の説明責任が取り上げられているが、機関投資家の中には、「今回のCGコード改訂を契機に、大胆な成長ストーリーを投資家との対話の中で提示し実現していく「攻めの姿勢」(大胆なM&Aや投資)へのシフトを期待している」といった声もあり、所謂、形式から実質への移行に大きな期待が寄せられていることが明らかとなった。
今回、一連のコーポレートガバナンス改革の中で、特に機関投資家が関心を寄せている個別テーマについて確認したところ、図表2の5つの個別テーマ(下図の赤太字)に関心が集中していることが判明した。
図表2
機関投資家の主な関心事項

このうち、3テーマ(成長ストーリーを裏付けるための現預金使途、社外取締役の機能発揮、コーポレートセクレタリー機能の強化)については、現在のCGコード改訂において主要な議論として取り上げられているものと重複している点にも注目したい。
3.機関投資家の期待と当社見解
前章で述べた通り、特に関心の高いテーマとして、機関投資家が指摘した5つのテーマについて、機関投資家の期待、およびそれらに対する当社の見解の双方向から整理した。
3-1 成長ストーリーを裏付けるための現預金使途
【機関投資家の期待】
・ 機関投資家は、企業から、その企業の考える最適な現預金水準と資本構成について聞きたい。信じがたい事例だが「リーマンショックが10回起きても耐えられる現預金保有水準だ」と胸を張って語る経営者もいた。これは本来投資すべき機会へ投資できていないことで、(稼いだキャッシュを再投資できていないという観点で)機会損失が発生していると認識すべきである。資本構成についても同様で、現状維持ではなく、常に最適な資本構成が何かを議論すべきと考えている。
・ 失われた30年の後遺症が残る日本企業に対して、米国企業はインフレ下での、過剰な現預金保有がリスクであることをよく理解している。この経営者の認識の差は、企業価値最大化を目指すうえで、大きなハンディキャップだ。機関投資家は過度な現預金保有をリスクと見なすことを理解してほしい。
・ ROEを目標に掲げる企業も増えているが、併せてサステイナブル成長率²との整合性にも留意すべき。中期経営計画等で理論上のサステナイナブル成長率を大きく下回る成長目標を提示することは、本来可能な成長を実現する意思がないと見なされ、実質的な「企業価値の棄損」と捉えられるリスクも孕んでいる。キャッシュアロケーションの細部検討に入る前に、先ずは目指すべき成長率が真に企業価値向上に資するものか、点検してほしい。
・ 中長期の成長の方向性を明確に示すとともに、政策保有株式の解消に向けた具体的な方針やM&Aを見据えた具体的な資金調達計画と進捗について、継続的に開示している企業もある。その後の進捗についても責任をもって継続的に開示し、市場と対話を重ねるこうした企業の姿勢は、機関投資家が納得感を持ってエクイティストーリー(企業の成長ストーリー)を理解するための鍵となる。
【HRGLの見解】
このように、多くの機関投資家は、企業に対して定量的な目標やキャッシュ活用の筋道を開示するよう求めていることが浮き彫りとなった。HRGLとしては、本論点を「現預金使途の妥当性検証・開示の是非」と矮小化して捉えるのではなく、「企業が持続的な成長ストーリーを資本市場へ提示するうえで、裏付けとして現預金使途を十分に明示できているか」の観点で捉えることがポイントと考える。キャッシュの具体的な活用先を明示できない成長ストーリーは「絵に描いた餅」であり、逆に具体的な成長ストーリーを伴わないキャッシュの流出は「羅針盤のない航海」である。いずれも機関投資家の理解を得ることは難しい。
今回のCGコード改訂の議論の中で、有識者会議委員から諸外国に比べて日本企業の現預金比率が高い点が指摘されており、一見するとキャッシュアロケーション、キャピタルアロケーションの開示対応のみが求められているように感じるが、今回の機関投資家の期待を踏まえると、企業にとって適切な現預金水準を見極め、余分な現預金については将来的な成長ストーリーの中でどのように活用し企業価値の最大化を図るかについて、具体的に説明することが期待されていると理解できる。この点は、「成長投資の促進に向けたコーポレートガバナンスの改訂について(案)」³の中において、「成長の実現に向けて成長投資(設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資等)や事業ポートフォリオの見直し等の経営資源の配分に関し具体的に何を実行するのかを説明すべきこと。例えば、キャピタルアロケーション開示により資本配分についての説明を行うことが考えられるが、ヒト・モノ・カネ等の経営資源の配分について、原則の趣旨・精神及び自らの置かれた状況を踏まえた説明がなされることが重要である。」との言及もあり、自社の状況に鑑みた合理的な説明を求められていることを、改めて指摘したい。
さらに機関投資家は、成長ストーリーの提示だけでなく、その進捗状況を継続的に開示し、市場と対話を重ねる姿勢を重視している。進捗が思わしくない状況であっても、その時点での自社の考え方や対応策を誠実に資本市場に向けて発信することが欠かせない。このような姿勢を通じて、中長期的な企業価値向上をともに目的とする機関投資家との信頼関係を深め、成長ストーリーの理解促進に繋げていくことは、一時的な株価への影響以上にはるかに重要と考える。
3‐2 従業員向け株式報酬
【機関投資家の期待】
・従業員への株式報酬を通じて、事業に活気を与え、企業価値を高めたいという意向は十分理解できる。しかし、現状ではインセンティブとしての仕組みが不明瞭なまま、「他社が導入しているから」という理由で制度を取り入れただけのケースも多い印象がある。従業員向け株式報酬を導入する場合は、その目的と手段が一致しているか等、丁寧に説明してほしい。
・経営層への株式報酬が企業価値向上に直結するといったロジックは理解できる。一方で、従業員の場合、自らの業務と株価や企業価値との距離が遠く、報酬としての実感が湧きにくいのではないか。インセンティブ報酬として根付かせるためには、意義付けなど何らかの工夫が必要ではないか。
【HRGLの見解】
機関投資家は、従業員への株式報酬付与と帰属意識や企業価値との因果関係に着目している。従業員向け株式報酬は企業価値を向上させるための重要な構成要素の一つであるため、今後導入を検討される企業は、どのようにこのメッセージを組み立て、発信するかについても、考慮が必要である。同時に、社内の対象者に向けても、ワークショップなどの取組みを交えながら、背景や目的、株価向上ストーリーを共有していくことも欠かせない。
HRGLでは、企業のカルチャーに根ざした経営陣によるメッセージ発信こそが制度設計の根幹であると考えている。国際競争下において、日本企業が、より一層グローバルな人材獲得競争で優位に立つためには、グローバル基準を意識した制度構築が望ましい。HRGLでは「人的資本経営においては、従業員が株式を保有することで、経営者と従業員が一体となって企業価値向上を目指すことの重要性」⁴を指摘している。詳細は注4のHRGL Sustainability Opinionを参照されたい。
3‐3 社外取締役の機能発揮
【機関投資家の期待】
・社外取締役の現状は玉石混交と言わざるを得ない。我々が社外取締役に期待していることは、独立した立場から経営を監督すること。そのための指名・報酬・監査を担って欲しい。その意味で、しっかり監督できている本当に素晴らしい社外取締役もいる。一方、執行サイドに寄りすぎていたり、株主の利益の代弁ができない社外取締役も多い。社外取締役の適性というものをしっかり考えなければならないと思う。
・取締役会は仲良しサークルではない。知人関係の中で社外取締役をお互いに紹介し合うような選任形式はやめてほしい。ガバナンスと資本市場を分かっているプロが社外取締役を紹介するというスキームがあれば有益だ。
・年々、社外取締役と直接対話させていただく機会は増えている。特に、有事の際、社外取締役が機関投資家の懸念を汲み取り、経営陣に橋渡しする重要な役割を果たしている点は、機関投資家として好意的に捉えている。一方、平時でも、業界によって偏りもあるが、会社主導のスモールミーティング(企業が十分準備や管理をしている環境)で社外取締役が同席するケースも増えている。但し、この場合の対話はお互い手探りで進めている状況だ。社外取締役本人の経験をふまえた自由な意見を聞きたい。
・社外取締役の資質として、CFO経験者との対話は有益だ。金融・会計・財務に明るく、企業価値を定量的に資本市場に対して語ることのできる実務家は貴重だからである。ここで留意すべきは、スキルマトリックスの金融・財務・会計に「〇」がついていることと、CFOの実務経験は「同義ではない」という点だ。機関投資家との対話に精通したCFO経験者が取締役会議長を務め、企業価値向上の議論をけん引している企業は、攻めのガバナンスが機能している好例と言える。
・社外取締役だけに限った話ではないが、現状の開示では、個々の取締役の貢献度合いが見えない・測れないことも大きな課題である。貢献度合いが可視化されない限り、社外取締役の再任・不再任も本質的には機能しない。各取締役の役割や貢献度合いについて、対話を通じて確認したい。
【HRGLの見解】
今回の意見交換を通じて、機関投資家は、社外取締役の機能発揮について、①社外取締役は玉石混交であり、その客観的な評価が難しいこと、②社外取締役を限られたネットワークで探索するプロセスに強い懸念を抱いていること、③「有事の盾」として社外取締役が経営陣と機関投資家の間に立ち円滑なコミュニケーションと適切なガバナンス確保を主導する役割に期待していること、④CFO経験者など、企業価値の観点から資本市場と対話できる社外取締役がいることを期待していること、⑤個々の取締役の貢献度合いの可視化が必要と認識していることが分かった。これらのコメントから、機関投資家の共通した課題認識は「企業価値向上の観点から、社外取締役は期待役割を最大限発揮できているか?」との問いに収斂されることと理解できる。
この問いに答えるためには、ひとつ、社外取締役(本来は、社外取締役に限らずすべての取締役に求められる)の役割発揮についての説明が有効と考える。例えば、三井物産⁵やアサヒグループHD⁶のように、取締役会実効性評価結果を定量的・体系的に開示することや、三井化学⁷のように社外取締役から直接機関投資家に説明するなど、客観的な社外取締役を巻き込んだIR対応も有効である。また、社外取締役には少なくとも1名の「経営者としての経験を有した人財」が含まれていることも重要でる。これは、取締役会において伝家の宝刀である社長の解任を実行できるかどうかにも寄与する。詳細は注8のHRGL Sustainability Opinion⁸を参照されたい。また、HRGLでは社外取締役の候補者数や探索ルートが限られている社会課題も踏まえて、「取締役会の役割の明確化、人財の戦略的選定、メンテナンス、リフレッシュメントと併せ独自の社外取締役の候補者プールを構築し、早期に候補者探索を進めること」⁹を推奨している。詳細は注9のHRGL Sustainability Opinionを参照されたい。
3‐4 コーポレートセクレタリー機能強化
【機関投資家の期待】
・取締役会の役割・重要性が増し、各種委員会との密な連携も求められる昨今、コーポレートセクレタリーのあり方にも注目している。取締役会事務局は公平・中立性の担保が欠かせない。そのため、社外取締役の直下に事務局を位置付けるなど、執行サイドから独立した体制を確保することもありえるのではないか。
・社外取締役は即戦力というものの、実際はその企業のことを十分に知らない方も多い。そのため、トレーニングや研修等のオンボーディングについて、取締役会事務局が責任をもって実施し、早期のパフォーマンス創出を支えてもらうことが理想的と考える。
【HRGLの見解】
コーポレートセクレタリーについては取締役会の機能強化の観点から関心は高まっている。CGコードの改訂案(2026/4/10公表)にも「取締役会を支える部署であるいわゆる取締役会事務局(コーポレートセクレタリー等)の機能強化等の取組みを推進することも重要である」¹⁰と記載されている。
HRGLでは「今後、企業がコーポレートガバナンスの高度化に向けた取組みを更に進め、『稼ぐ力』の強化、ひいては『持続的な成長と中長期的な企業価値の向上』に結び付けていくためには取締役会事務局がその機能を適切に発揮していくことが必要となる」¹¹と指摘している。詳細は注10のHRGL Sustainability Opinionを参照されたい。
3‐5 株主・機関投資家とのエンゲージメント
【機関投資家の期待】
・毎年、エンゲージメントを実施している中で、企業と機関投資家との間に大きなギャップがあると感じる。機関投資家も、自分たちのポリシーをどう伝えるかしか考えていないことに反省と改善が必要である。一方、企業も自分たちの回答できることしか言及しないように感じる。これは、双方が「鎧」を着た状態で話し合っているようなもので、建設的な対話からは程遠い。根底には、真にお互いを理解し合おうとするモチベーションがないのではないか。このギャップを埋めていくのは極めて難しい。CGコード改訂を契機に、改めて、お互い(企業も機関投資家も)このギャップを埋める方法について模索していく必要がある。
・企業と機関投資家の対話には、双方入念な準備が必要と認識している。例えば、機関投資家が、業界構造や競争優位性、ビジネスモデルへの理解が不十分なまま質問すれば、企業には「自社への理解が浅い相手には、踏み込んだことは言いたくない」といった感情が生じるのも当然だろう。逆もまたしかりだ。経験上、お互い入念な準備をして臨む対話は、建設的且つオープンなものになることが多い。対話力・理解力を高め合うには、お互いの姿勢を改めて見直すことが重要である。
【HRGLの見解】
機関投資家とのエンゲージメントのあり方は、今回のCGコード改訂において第1章へ統合される方向で議論が進められている最重要テーマの一つである。一方で、機関投資家は「真の建設的対話」の実現に向けて、依然として根深い課題認識を有している。企業価値の向上という共通の目的がありながら、立場の違いから、必ずしも建設的な対話に至っていない現状がある。この点、一度「対話」とは何か、定義に立ち戻る必要がある。
対話の原点は古代ギリシャのソクラテスまで遡るが、その目的は「お互いを知ること」である。図表3の通り、「対話」は、「議論」、「討論」とは異なり、「異なる立場の人間が協力して互いの立場を理解し、共通点を見出すこと」にその本質がある。機関投資家と企業の対話は、企業価値の向上を目的とした共創的なコミュニケーションと位置付けることが重要である。
図表3
対話・議論・討論の定義についての比較

https://depts.washington.edu/fammed/wp-content/uploads/2018/06/3d-HANDOUT.pdf
一部の企業経営者はアクティビストも含め機関投資家との対話を経営に生かしていると報道されている¹²。例えば、経営者は、信頼できる機関投資家を「自社の経営に貴重なアドバイスをもらえる存在」と位置付け、対話を実施することも効果的と考えられる。そのためには法定開示項目に捉われず、信頼関係の構築という観点から何を開示していくか、これから企業が注力すべきポイントである。
企業と機関投資家にとって重要なことは、対話の場が「質問し回答する」という機械的な一方向のコミュニケーションに陥っていないかを点検することだ。そして、対話を実現するためには、企業も機関投資家もお互いを「多忙なのに会わなければならない厄介な存在」としてではなく、「同じ目標に向かって進むパートナー」と再認識することが、本題に入る前の大切な第一歩である。機関投資家も企業も、自分たちが参加しているミーティングは対話になっているのかを点検することは信頼関係構築の第一歩になると考える。
4.企業サイドの見解
資本市場における企業と機関投資家の対話を客観的な観点から検証するためには、企業サイドの現状認識についての理解も欠かせない。そこで、今回は企業サイドの見解を把握するため、国内外の投資家と数多くの対話を継続している複数の大手日系グローバル企業に対しても「成長ストーリーを裏付けるための現預金使途」、「社外取締役の機能発揮」、「株主・機関投資家とのエンゲージメント」について機関投資家の期待を紹介し、見解を伺った。
「成長ストーリーを裏付けるための現預金使途」については、「資金提供者である機関投資家が、その企業の資本効率性や将来の成長性を見極めるため、ROIC、ROEや財務・非財務含めた資本アロケーションに注目するのは当然だと思う」など、納得感をもって受け止めていることが分かった。さらに、「資本効率の指標としてROEでは不十分。当社は資本コストを上回るリターンの創出・最大化が最重要の経営課題と認識し、ROICとWACCスプレッドで説明できるようにしている」といった声も聞かれた。
次に「社外取締役の機能発揮」については、「取締役会の同質化はイノベーションの停滞や変化に対する適応力の低下、更には不祥事にも繋がると考えている。一方向に傾斜した際、戻す力が働かないことは大きなリスクであり、状況に適した多様性が肝要である」、「社外取締役の知見が最大限に活かされるボードメンバーの構築は、成長戦略議論の観点からも欠かせない」など、同意する声が多かった。また、「当社の取締役会も、かつてはプロパー出身の日本人男性のみだった。紆余曲折もあったが、時間と労力をかけて変革を進めてきた結果、多様な視点から将来の成長戦略(事業ポートフォリオマネジメントやクロスボーダーM&Aなど)を活発に議論できるように変わった。振り返ると、変革を断行するという経営トップの強い決意があってこそのことだった」など、経営トップのコミットメントの重要性と取組みの継続性が「社外取締役の機能発揮」も含めた一連のCG改革に欠かせないことも伺える。なお、今回の大手日系グローバル企業は、いずれも10年以上の年月をかけて取締役会の実効性を高める改革を継続し、現在も更なる高みを目指し取組みを続けていることに留意したい。
最後に「投資家とのエンゲージメント」については、機関投資家からの「依然として、双方が鎧を着た状態で話し合っているような本音の対話に至らないケースも多い」といった指摘を受け止めつつも、企業側から見た機関投資家に対する見解についても共有がなされた。例えば、国内と海外の機関投資家では求めるコミュニケーションに違いがあるとの指摘だ。具体的には、国内機関投資家は概してCEOが語るナラティブな成長ストーリーを重視し、熱量や人間らしさが伝わるコミュニケーションを好む傾向がある一方、海外機関投資家は客観的な事実を重視し、データに基づくドライなコミュニケーションを好む傾向があるとのことだ。さらに、「投資家とのエンゲージメント」のあるべき姿については、「エンゲージメントは単なる説明責任の場ではなく、お互いによる価値共創の場と捉えている。これには機関投資家サイドの共通理解も重要」といった指摘もあった。この点については、前章の機関投資家の指摘「双方入念な準備が必要」「真にお互いを理解し合おうとするモチベーション(が不可欠)」とも合致している。これらを踏まえると、企業においては、今一度、「どのような機関投資家をパートナーとして、共に価値を創り上げたいか」の問いに立ち戻るとともに、改めて機関投資家の性質に合わせた能動的なコミュニケーション戦略を構築することが欠かせない。価値共創を共通のゴールに据え、お互いの関係性をいかに深め続けられるか。その「姿勢」そのものが問われている。
5.最後に
今回取り上げた機関投資家の期待はCGコード改訂の方向性と本質的にアラインしていること、企業へのヒアリングからこれら機関投資家の目線や期待の背景についても一定程度、理解を有していることをそれぞれ確認した。企業には、こうした機関投資家目線を踏まえ、企業価値の向上に向けた大胆な成長ストーリーを作り上げることが望まれる。
そして、その実現には、社外取締役も含む取締役会が経営陣に対して、適切なサポート・モニタリングを行いながら、大胆なM&Aや成長投資といった攻めのアクションを主導する必要がある。同時に、企業と機関投資家は企業価値向上という共通の目標を有するパートナーであることを踏まえ、機関投資家との真の対話を通じて、戦略を不断にブラッシュアップし続けることも不可欠である。CGコード改訂を契機に、この一連の有機的サイクルが十分に機能しているか改めて総点検することは、有意義な取組みといえるだろう。
参考文献
- 1.HRガバナンス・リーダーズ(2025年12月29日)「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫の受入れについてhttps://www.hrgl.jp/company/initiatives/stewardshipcode/
- 2.石川博之「証券アナリストジャーナル」第58巻第9号(2020年)「サステイナブル成長率を考える」「財務諸表の全ての項目の相互関係(比率)を維持したまま、もっぱら利益の内部留保による投資だけで長期持続的に達成可能な成長率」と定義。https://www.saa.or.jp/journal/titlepdf/371/37193.pdf
- 3.金融庁・東京証券取引所(2026年)「成長投資の促進に向けたコーポレートガバナンス・コードの改訂について(案)」https://www.fsa.go.jp/singi/revision_corporategovernance/siryo/20260403/03.pdf
- 4.HRガバナンス・リーダーズ(2024年9月27日)「従業員向け株式報酬導入の意義と活用方法」https://www.hrgl.jp/sus-opinion/sus-opinion-11438/
- 5.三井物産(2025年)「実効性評価(コーポレート・ガバナンス報告書抜粋)」2025年3月期開示資料https://www.mitsui.com/jp/ja/company/outline/governance/status/pdf/j_eoe_202503.pdf
- 6.アサヒグループホールディングス(2025年)「2024年度取締役会実効性評価結果」2025年3月期開示資料https://www.asahigroup-holdings.com/pdf/company/governance/policy/250326_board_of_directors_result.pdf
- 7.日本経済新聞(2025年11月27日)「三井化学、社外取がIR対応強化 石化立て直し成長目指す姿を発信」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG048AF0U5A101C2000000/ - 8.HRガバナンス・リーダーズ(2025年2月6日)「独立社外取締役の取締役会議長選任の潮流と求められる役割」https://www.hrgl.jp/sus-opinion/sus-opinion-12069/
- 9.HRガバナンス・リーダーズ(2025年4月30日)「候補者プール構築を通した社外取締役の持続的な確保」https://www.hrgl.jp/sus-opinion/sus-opinion-12229/
- 10.金融庁(2026年)「コーポレートガバナンス・コード改訂案(2026年4月10日公表)」https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20260410/02.pdf
- 11.HRガバナンス・リーダーズ(2025年10月15日)「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートセクレタリー・取締役会事務局の在り方」https://www.hrgl.jp/sus-opinion/sus-opinion-13522/
- 12.日本経済新聞(2026年2月24日)「塩野義製薬・手代木功社長『アクティビストは上手に使え』」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB022D40S6A200C2000000/
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
邑並 直人 Naoto Muranami
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
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圭室 俊雄 Toshio Tamamuro