HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

CEOサクセッションにおける次期候補者育成の重要性

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HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

中村 彰吾

■ サマリー

次期社長・CEOのサクセッションは、企業の持続的成長と価値向上のために計画的かつ戦略的に行うべき経営の継承プロセスであり、「選定・評価」だけでなく、「育成・ディベロップメント」まで含めた一連のプロセスとして設計・運用する必要がある。

現社長・CEOは次期候補者育成の責任者として、候補者に直接関与し、経営観や企業文化を継承する役割を果たす。取締役会や指名委員会はそれぞれの役割を明文化し、育成・モニタリングに適時適切に関与することが求められる。

候補者の育成は、候補者の資質や経験、企業戦略に応じて、各種アセスメント、現社長・CEOとの1on1、ワークショップ、タフアサインメント、コーチングなど、多様な施策を組み合わせ、実務に直結する育成を行うとともに、環境変化に合わせて臨機応変に軌道修正することが重要である。

候補者本人に対しては、当事者意識を強く持ってもらうことが候補者育成のキーポイントとなる。その上で、次期社長・CEOの育成と合わせて、経営チームとしての育成にもつながるよう全体をデザインすることが求められる。

目次

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1.はじめに

 企業の持続的成長と中長期的な企業価値向上を実現するためには、経営トップである社長・CEOの交代が計画的かつ戦略的に行われることが不可欠です。社長・CEOのサクセッションは、単に各企業で設定された年齢や任期によるポジションの交代ではなく、企業の未来を左右する「経営の継承プロセス」であり、企業経営およびガバナンスにおける最重要課題の一つです。
 サクセッションが不十分な企業では、トップ交代によって意思決定の停滞や組織の迷走が生じ、競争力の低下や企業価値の毀損につながるリスクがあります。一方で、サクセッションを戦略的に設計・運用している企業では、次期社長・CEO候補者が企業のパーパスやビジョンを継承しつつ、自らのリーダーシップと大胆なリスクテイクを発揮することで、変化に強いサステナブルな組織を築くことが可能になります。
 サクセッションプロセスにおいて特に重要なことは、プロセスを「選定」や「評価」のみにフォーカスするのではなく、「育成」や「次期経営チームのディベロップメント」までを含めた一連の価値向上プロセスとして計画・推進することです。
 本稿では、経済産業省の実務指針を踏まえながら、サクセッションプランの戦略的意図と、次期社長・CEO候補者の育成に焦点を当て、実践的な施策と、施策の効果を最大化させるポイントについて解説します。単なる選抜ではなく、候補者が次期社長・CEOとして進化・前進するためのプロセスを、いかにトータルプロデュースすべきかを考察します。

2.サクセッションプランの戦略的意図

2-1 後継者計画の7つの基本ステップ

 サクセッションプランとは、企業の中長期的な成長を支えるために、次期社長・CEOを最適なタイミングで指名するための計画です。経済産業省の「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針」では、サクセッションプランは以下の7ステップで整理されています(図表1)。

図表1

後継者計画の策定・運用に取り組む際の7つの基本ステップ
(出典)経済産業省 「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針」よりHRGL作成

 このプロセスは、単なる評価・選抜だけではなく、企業の未来を担うリーダーを育てる「戦略的育成プロジェクト」として位置づける必要があります。実務では、評価者や評価軸の適正性、選定のプロセスを構築することに注力するあまり、本来重要な「④育成計画の策定・実施」が事前に十分に議論されず、後回しになってしまうことで十分な時間が確保しづらくなることがあります。これは、現社長・CEOや事務局を含む関係者が候補者に対し、これまでの経験や成果を評価しているからこそ候補者になっている、という認識があり、現段階から育成の必要性は薄いのではないか、といった一種のバイアスに依拠するものではないかと推察されます。確かに、次期社長・CEO候補者は、候補者となった時点で十分な育成機会や経験・成果を持つビジネスプロフェッショナルであることは間違いありません。しかし、企業が掲げる社長・CEOの人材要件に照らして、さらなる育成機会を設けることは、その準備期間における成長を促すとともに、社長・CEO登用後のスタートダッシュを円滑に進める上でも重要な取組みといえるでしょう。

2-2 サクセッションプロセスにおける候補者育成の位置付けと具体策

 サクセッションプロセスにおける育成は、単なる研修ではなく、候補者が「あるべき社長・CEO像」に近づくための、個別かつ戦略的なディベロップメントです。
 有時や大きな変革が求められるステージでは、社外からの社長登用も考えられますが、日本企業の場合、平時においては、サクセッションプランとして計画的に社内から候補者を選抜し、社長交代の想定時期を目安に、候補者の育成・モニタリング・見極め・入替えのサイクルを回していきます。
 平時のサクセッションに関して特筆すべきは、「次期社長・CEOの育成は、現社長・CEOが責任をもってリードし、積極的に関与すべき」という点です。現社長・CEOが自らの経験と哲学をもとに、候補者に対してミッションの設定や直接的なフィードバックを行うことが、育成の質を大きく左右します。次期社長・CEO候補者に対して直接的な育成・関与を行うことは、単なる知識伝達を超えた「経営観」の継承であり、これまでに培ってきた企業文化と価値観の接続を可能にします。次期社長・CEOには世の中の環境変化を適切に捉え、新たな企業戦略や大胆な変革を推進することが求められます。そのために、現社長・CEOは、自身の経験を伝授するにとどまらず、育成の責任者として、良きコーチとしての役割を担うことも求められます。
 また、他社での社長・CEO経験を持つ独立社外取締役が次期社長・CEO候補者に関与することで、候補者の視野を広げ、経営者としての成熟を促す貴重な機会を提供することになります。取締役会や指名委員会は十分な時間を確保し、次期後継者に対する直接的な関与を含め、育成計画を策定し、同時に各施策やプロセスをモニタリングしていく役割を担います。

育成施策には具体的には以下のような施策が考えられます。
・資質に関するアセスメント:自己認識が難しいとされる個人の資質の把握
・360度アセスメント:自己認識と他者認識のギャップを把握し、行動改善を検討
・現社長による1on1:経営哲学や意思決定の背景を共有する対話の場
・独立社外取締役との1on1:様々な経営視点を共有する対話の場
・候補者参加型のワークショップ:中期経営計画や経営課題等に対する議論の場
・知識習得の座学研修:経営トップとして最低限必要な知識の習得
・実践型ケーススタディ研修:ケースをもとにした経営シミュレーションの実践
・タフアサインメント:困難な事業課題への挑戦を通じた成長機会の提供
・コーチング/メンタリング:自己認識を向上させ、ありたい姿についての対話の場

 上記施策以外にも、現社長が主宰する「社長塾」や、より高い視座で経営を俯瞰するために他社の社外取締役に就任させるなど、様々な育成施策が考えられます。サクセッションプロセスにおける育成計画では、これらの施策を候補者のスキルセットやこれまでの経験、来るべき次期経営環境や経営戦略への適応などを多面的に考慮し、当該企業独自の育成プログラムを策定していきます。

3.候補者の育成計画策定時に考慮すべき3つの視点

3-1 あるべき社長・CEO像とのギャップ

 サクセッションプロセスにおける育成計画を検討する際に、まず重要となるのが、あるべき社長・CEO像とのギャップを埋めるためにはどういった施策が有効か、という視点です。言い換えると、育成のゴールを明確に定めることです。スポーツに例えると、筋力トレーニングだけ繰り返しても、プレーのパフォーマンスは必ずしも向上しないのと同様に、目的意識が不明確なまま「他社がやっているから」という理由だけで研修メニューを検討することは避けなければなりません。出発点として、前出の「後継者計画の策定・運用に取り組む際の7つのステップ(図表1)」のステップ②で策定した「あるべき社長・CEO像」をもとに360度アセスメント、もしくは社長評価などを実施し、各候補者における育成課題を明確にした上で、育成施策を検討します。
 また、この際、自己認識が難しいとされる個人の資質に関するアセスメントを同時に実施することも考えられます。360度アセスメントや社長評価による「表出された行動面」の課題と、候補者が本来持っている「見えづらい資質」について立体的に考察することで、より効果の高い育成施策を検討することが可能となります(図表2)。
 例えば、資質の一つに「主張性」という項目があった場合、図表2左下の「A」の象限に当てはまる候補者は、資質としての「主張性」を強く持っており、行動面においても周囲から「方針や戦略についてしっかりと伝えている」というような評価が得られていますので、その部分については育成施策として敢えてフォーカスする必要はないと考えられます。一方で、同じ「主張性」でも左上の「C」の象限に当てはまる候補者は、資質としては「主張性」を強く持っている反面、何らかの理由でそれが行動として発揮されていない可能性が考えられます。こういった場合は、なぜ行動発揮に繋がっていないかということについて、インタビューやコーチングで十分に掘り下げた上で、研修やワークショップの中では、敢えて強く主張して頂くような場面を意図的に設定するなど、候補者のポテンシャルを最大限に引き出す取組みを検討します。
 このように、社長・CEOの育成では、多人数を対象とする従業員の育成とは異なり、あるべき社長・CEO像から逆算した、個別具体的なオーダーメイドの育成が求められます。

図表2

行動発揮と資質から育成課題を特定する
(出典)HRGL作成

3-2 未学習分野のインプット

 次に見落としがちなのが、「経営者」として必要最低限の未学習分野はないか、という視点です。各候補者は、候補者として選抜される時点で、社内では社長・CEOに次ぐポジションであったり、重要な業務責任を担う執行役員であったりするケースがほとんどです。従って、この時点で当該企業における十分な経験とスキルを身に着けている可能性が高い一方、実はある分野については全く経験がなかったり、直近の外部環境変化や世の中の潮流については改めてインプットが必要であったり、ということが見受けられます。特にコーポレートガバナンスの領域においては、近年の日本企業を取り巻く環境変化が激しいため、政府および東京証券取引所からの要請や、ガバナンスの潮流なども踏まえた情報のアップデートが必要です。企業独自の価値創造ストーリーに向けて、どのようなガバナンスのグランドデザインを描くべきか、という点について、経営トップとして改めて情報のアップデートを行うとともに、大局的な議論が必要になると思われます。
 また、直近では2025年4月30日に経済産業省から公表された「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」をもとに、監督と執行の役割分担とその仕組み作りについて、候補者が参加するワークショップを開催するなどして、企業価値向上に向けた実践的な学習を実施することも有効な手段として考えられます。

なおHRGLでは以下の研修・ワークショップを開催しています。
・ 「稼ぐ力」の強化に向けた経営チームおよび取締役会の在り方
・ コーポレートガバナンスの基礎知識と企業経営への活用
・ エンゲージメントを高めるための投資家コミュニケーション
・ 人的資本経営とその開示
・ サステナビリティガバナンスの最新動向と企業の実践例
・ 最新の役員報酬制度の設計・開示状況の傾向と分析
・ 企業価値向上のための従業員株式報酬制度の活用

3-3 社長交代後の次期経営チームの姿

 3つ目に重要となるのが、社長・CEO交代後、候補者を中心とする次期経営チームメンバーの関係性をどのように構築するか、という視点です。サクセッションにおいて、次期社長・CEOの選任と同様に重要となるのが、経営チームとしての継続的なパフォーマンスの発揮です。
 通常、ショートリストとして選抜される候補者は2~5名程度のケースが多く、社長に指名される1名を除くその他の候補者は次期経営チームにおける重要な役割を担うことが想定されます。従って、候補者はサクセッションプロセスの中で、お互いの心理的安全性を確立し、現在および将来の価値創造に向けて、「チーム」として機能していくための信頼関係を構築していく必要があります。
 具体的には、例えば、候補者が参加するワークショップ・合宿などで現状の経営課題や成長戦略に関する膝を突き合わせた議論を行うことが挙げられます。普段から経営会議などで真剣な議論を行っているメンバーであっても、さらに少ない人数で、より高い視座からの議論を行うことで、経営トップに向けた育成と経営チームとしての関係性強化を両立することが狙いです。

4.施策の効果を最大化させる3つのポイント

4-1 当事者意識の醸成

 サクセッションにおける候補者育成の施策効果を最大化させる最初のポイントは、候補者の当事者意識の醸成です。育成施策を講じるにあたって、候補者に成長意欲や経営者としてのマインドセットがない限り、どんなに有効と思われる育成施策を実施しても、その効果や変化は限定的なものとなるでしょう。逆に、各候補者が自己認識を高め、企業の価値向上のために自身の成長課題を認識し、行動変容を起こすことができれば、その効果は投資コストをはるかに上回る成果を創出できるものと思われます。ここでよく論点となるのが、「候補者に対して、次期社長・CEOのサクセッサー候補だということを開示すべきか?」という論点です。実務上は、企業の状況や候補者との関係性を踏まえ、メリット・デメリットを検討したうえで判断されますが、一般的には大きな懸念がなければ、ショートリストの候補者には「サクセッサー候補であること」を開示することを選ばれる傾向があります。
 その理由は、アセスメント等のプロセス推進上の実施のしやすさもさることながら、やはり上述の「当事者意識の醸成」を最優先にするためです。候補者に開示し、現社長・CEOから直接、期待を伝えることは極めて重要です。また、仮に候補者が最終的に社長・CEOに指名されなかったとしても、前述の「経営チーム」としての取組みをサクセッションプロセスの中で実施しておけば、その候補者は次期社長を支える強力な経営陣の一人となり、重要な役割を果たすことが期待されるでしょう。「サクセッサー候補であること」を開示することは、候補者自身の成長とともに、組織としてのリーダーシップ基盤の強化にもつながるのです。

4-2 実践的育成

 次に重要なポイントとして挙げられるのは、サクセッションにおける育成プロセスは全て実践的な内容で組み立てるということです。候補者が経営幹部であるということもありますが、架空のケースや実務に直接結びつかない研修では、いざ経営トップになったときの再現性が担保できません。仮にケース演習を実施する場合でも、当該企業の実際のケースや、ケース学習が次の実務につながるようなストーリー性のある研修を展開します。
 また、それぞれの育成課題に即した実践的課題を、タフアサインメントと合わせて設定することも考えられます。例えば、候補者を海外現地法人のトップにアサインし、かつ育成課題として「企業のパーパスやビジョンを自ら構想し、自身の言葉で語ること」である場合、「赴任先の海外現地法人の10年後の姿を描く」ことをテーマに、社長・CEOとの1on1で壁打ちをする、といったことが考えられます。
 さらに、外部研修や他社との合同プログラム、元経営者による講話なども候補者育成の一環となり得ます。ただし、その場合も単なる知識習得にとどめず、参加後に自社の価値創造につながる提案やアクションにつなげることが、実効性を高めるポイントといえるでしょう。

4-3 現社長・取締役会・指名委員会が一体となった取組み

 最後に重要となるのが、現社長、取締役会、及び指名委員会が一体となった候補者育成の取組みです。企業独自のコーポレートガバナンスのグランドデザインをもとに、現社長、取締役会、指名委員会それぞれの役割を明文化し、十分な時間をかけて育成・モニタリングをしていくことが必要です。その際、重要となるのは、フレキシビリティです。育成計画は一度策定すると不変のものと思われがちですが、企業を取り巻く環境は日々変化し、社長・CEOに求められる要件も定期的に見直す必要があります。また、候補者の育成状況や候補者の入替えの状況によっても臨機応変に修正・変更していくことが求められます。そのためには、適時適切に執行側は取締役会・指名委員会に対して候補者の状況について報告する、取締役会・指名委員会はそれぞれの役割に応じた助言を行い、アクションを検討する、といった有機的な連携関係が極めて重要となります。

5.さいごに

 本稿では、サクセッションプロセスの中でも「候補者の育成」に焦点を当てて論じてきました。実務で接する候補者の方々は、その時点でビジネスプロフェショナルであり、当該企業の経営陣としての役割を十分に果たしている方々ばかりです。当該企業の中でも、様々な業務を経験し、Off-JTも相当数、受講されているため、社内の目からは「この人にさらなる育成は必要ないのではないか?」と思われるかもしれません。しかし、社長・CEOに就任すると、ステークホルダーの期待に応えるための覚悟や危機感を持ち、強いリーダーシップを発揮することが求められるため、育成の対象として捉えられる段階を超え、自らを成長させる「自己開発力」が問われるようになります。そうした意味では、サクセッションプロセスにおける育成機会は、候補者にとって、周囲と関わりながらあるべき社長・CEO像に向けた成長を実現する最後のチャンスと位置づけても過言ではありません。
 当該企業の価値創造ストーリーに向かって、大胆なリスクテイクと持続的な企業経営を実現できる社長・CEOの育成・選定に向けて、本稿がその取り組みを考えるうえでの一助となれば幸いです。

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

Shogo Nakamura

一橋大学大学院国際企業戦略研究科修了。大手総合飲料メーカー、経済産業省、エグゼクティブコーチングファーム、公益財団法人を経て、現職。
ICF認定プロフェショナル・サーティファイド・コーチ(PCC)