グローバル株式報酬制度の運営実務に関する諸論点について
導入企業における現場の意見からわかってきたこと
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー
近藤 沙紀
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
阿部 倫美
■ サマリー
ビジネスのグローバル化に伴い、海外の従業員にも株式報酬制度を導入もしくは導入を検討する日本企業が増えつつあるが、特に実務面においては不透明な部分も多く、二の足を踏んでいる企業も少なくない。
HRGLが実施したアンケートによると、その中でも特に、制度を運営する上での管理体制、国を跨ぐ人事異動等が生じた場合の対応といった運営実務や、制度導入時のタスク、コストに見合った費用対効果についての関心度合いが高かった。
グローバル株式報酬の拡大を成功させるポイントとして、海外現地子会社との綿密なコミュニケーションや運営事務の効率化、適切な対象範囲の選定等が挙げられる。
グローバル株式報酬の拡大に必要となる各国規制(法務・税務)調査や株式交付手続き、付与済ユニット・ポイント数や対象者の異動情報の管理については、外部リソースを活用し、効率的な事務運営体制を構築することが効果的であると考える。
目次
1.はじめに
コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)導入(2015年)を契機に、役員向けの株式報酬制度の導入企業は増加し、今や日経225銘柄採用企業(2024年6月末時点)のうち、8割を超える214社が導入している。
役員向けの株式報酬制度については、制度普及に伴い、その増加幅は徐々に落ち着きつつある一方、2021年のCGコード改訂において、企業の持続的な成長に影響を与える「人的資本」に関する情報開示が追加されたこともあり、2022年6月以降、従業員向けの株式報酬制度を導入する企業が急速に増えている。また、日本企業のグローバル化に伴い、一部の企業では、グローバルでのグループへの帰属意識・一体感の醸成や優秀な人財の確保・リテンション等を目的に、海外の従業員にも株式報酬制度を導入するケースも登場してきた。グローバル株式報酬は、企業の持続的な成長に向けた人的資本経営やグローバル人財戦略の「切り札」になり得る重要な制度である。
しかし、グローバル株式報酬制度については、依然として不透明な部分も多く、導入意向はあるものの、二の足を踏んでいる企業も少なからずあると思われる。特に海外従業員向けの制度だと、実務面の負荷が非常に気になるのではないだろうか。
そこで、今回のメールマガジンでは、日本企業がグローバル株式報酬制度を導入・運営する際の論点、そして、解決に向けた糸口について、お伝えする。
2.事前アンケートから浮かび上がった課題
HRガバナンス・リーダーズ(以下、HRGL)及び三菱UFJ信託銀行(以下、MUTB)では、グローバル株式報酬制度をご導入済、またはご導入予定の会社における実務担当者の方々に対し、グローバル株式報酬制度を運営する上での課題や疑問点に関するアンケートを実施した。以下はその結果である。
図表1
事前アンケート

いずれも一定数の回答を得ているが、特に、制度を運営する上での管理体制、国を跨ぐ人事異動等が生じた場合の対応といったオペレーション上の課題が大きいという結果になった。また、グローバルで統一的な報酬制度を導入する際に生じる多くのタスク(例:現地の法制度調査等)への対応、制度導入及び運営において決して少なくないコストがかかることから、その費用対効果についても関心度合いが高い結果となった。
<<各社の主な関心事項>>
①グローバル株式報酬制度導入までのタスク・進め方
(例)プロジェクト・メンバー体制、現地子会社従業員への説明方法、現地法制の確認
②制度導入後のオペレーション
(例)大規模かつ広範囲な対象者への支給方法、運用体制、異動等発生時の実務対応
③グローバル株式報酬の効果
(例)従業員/会社における導入のメリット
3.グローバル株式報酬制度の拡大を成功させるポイント
HRGLでは、海外従業員への株式報酬の導入や拡大の取組みをご支援するにあたって、お客さまとの対話を実施しているが、その中での上記2.の関心事項に対する取組み内容やご意見について、事例として一部をご紹介する。
① グローバル株式報酬制度の導入時におさえるべきポイント
・ 現地の従業員に対する制度説明や導入手続き、質問対応等については、現地子会社に任せること。ただし、その前に現地子会社の経営層やHR部門のチーフクラスに対しては、導入する制度についての十分な説明を実施し、綿密なコミュニケーションをとることが大切
・ 海外では日本の法務・税務と全く異なるようなケースも想定されるため、各国規制への対応として、現地の法務・税務調査はしっかり行うこと
・ 相応のコストは発生するので、グローバルで優秀な人財をリテインし、会社を成長させるというトップの強い意志を示すこと
② 制度導入後のオペレーションを円滑に回すためのポイント
・ グローバル株式報酬制度は、国内のみ対象とする場合に比べて、対象国だけでなく、対象者も多くなるため、運営事務をなるべくアウトソーシングする等、日本の親会社側の事務手間を出来るだけ軽くすること
・ 対象者の増加に伴い、ヒューマンエラーが生じる頻度も増えがちだが、アウトソーシングによりDX化することで、ヒューマンエラーが生じる頻度を抑えること
③ グローバル株式報酬制度を導入した効果
・ 海外企業の買収や現地採用者の増員等で、グローバルにビジネスや企業規模を拡大した場合、グループとしての一体感が薄れがちになる。しかし親会社株式を報酬として付与することで、現地子会社の従業員が親会社の株価やニュースに関心を向ける等、グループの一体感を高めることができた
・ ただし、対象者をあまりにも「薄く」「広く」した場合、1人あたりの金額が僅少となり、インセンティブ性が十分でなくなる可能性がある。そこでコストパフォーマンスを考えると、会社の戦略に沿って、ある程度、対象者を選択することも考えられる
4.グローバル株式報酬制度の導入・運営において効率化できるポイント
ここで、上記3.の意見内容を踏まえて、導入企業の事務負荷軽減のために、我々MUTB・HRGLがサポートできる範囲についてご紹介する。
まず、上記3.①の現地の法務・税務調査だが、信託型株式報酬のスキーム(以下、信託スキーム)では、各国での信託スキームの導入に際し、どのような論点があるかについての調査を信託の受託者であるMUTB側に委託することになる。信託スキームを理解した専門家が調査を行うため、自社でゼロから株式報酬に関する調査を行うよりも、会社側の負担を軽減させることができる。当該調査を通じて各国での株式報酬を導入するうえで致命的な論点がないかを確認し、後はレポートを現地子会社の関連部署に送付し、現地でも確認してもらうプロセスとなる。
そして上記3.②の運営事務のアウトソーシングについては、特に信託スキームならではのメリットが活かせるだろう。信託スキームでは、事前に定めたルールに従って対象者にポイントを付与し、条件を満たした対象者に対してポイントと引き換えに株式を交付するが、この株式交付手続きにおいて、他の株式報酬制度と大きな違いがある。通常、株式交付には金融商品取引法や会社法の手続きが必要だが、信託スキームにおいては、会社が信託に対して書類(指図書)を提出するだけで、あとは信託が株式を対象者に交付するため、法令上の手続きは不要となる。例えばグローバル、特に米国では、四半期毎に権利確定・株式交付をするプラクティスがあるため、機動的な株式交付を可能とする仕組みの構築は重要である。
更に、MUTBが提供する株式報酬制度の一元管理サービス“MUTB Shareworks¹”(以下、MUTB SW)を利用することで、国内外を問わず、ユニット・ポイントの付与プロセス、付与したユニット・ポイントの管理、株式交付の発生時に信託に提出する書類のペーパーレス化が可能となり、会社側の事務負荷はより軽くなる。MUTB SWと連携できる人事システムを採用・接続できる場合は、対象者の異動情報をリアルタイムで株式報酬制度上のデータにも反映でき、ヒューマンエラーも減らすことができる。実際、グローバル株式報酬制度を導入された企業の実務担当者との対話では、事務手間が大きく軽減されるとの意見があった。
なお、これらMUTB SWのメリットは、グローバル株式報酬制度に限った話ではなく、国内対象者だけの制度でも多くの企業にご利用いただいているが、ことグローバル株式報酬制度においては、非居住者における証券口座の開設がネックとなるが、MUTB SWでは非居住者向けに株式を管理するカストディ口座も提供しており、グローバル株式報酬制度においては必須ともいえよう。
上記3.③の制度導入効果にも、MUTB SWは関係する。MUTB SWのインターフェース機能を使うことで、対象者は自身が保有するポイントの資産価値をその時点の株価に合わせて把握することができるため、株価に対する意識をより一層高めることが期待される。
もちろん、グローバル株式報酬制度の導入や、付随する各種サービスの利用には相応の費用がかかる。よって、対象者におけるエンゲージメント向上はコストパフォーマンスの観点からも重要であろう。
5.まとめ
グローバル企業、特に複数の事業を複数の国や地域で展開する場合、グループとしての一体感が希薄になりがちである。しかし、グローバル株式報酬制度を導入することで、親会社の株価を意識するようになり、グループのまとまりやシナジー効果も生まれてくる。
また、株価が上がれば上がるほど、株式報酬の価値も上がる。特に海外では、優秀な人財ほど株式報酬を求める傾向がある。よって、グローバル株式報酬制度は、人財獲得競争を勝ち抜くための体制を整備しておく点からも重要となろう。
しかし、日本国内の従業員だけを対象にする場合と比べて、各種規制への対応や事務手続き等の負担は急増するため、それを社内の限られたリソースだけでカバーすることは難しい。
よって、グローバル株式報酬を成功させるためには、信託スキームとMUTB SW等の外部リソースを活用²し、効率的な事務運営体制を構築することが効果的であると考えられる。
参考文献
- 1 出典:https://www.tr.mufg.jp/houjin/hr_consulting/stock_consul.html
- 2 株式報酬制度管理サービスは三菱UFJ信託銀行株式会社の商品であり、HRGLはMUTBの信託代理店として取り扱っております。HRGLは信託代理店として媒介(商品のご紹介とお取次ぎ)を行うことから、MUTBがご契約の当事者となります。
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー
近藤 沙紀 Saki Kondo

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
阿部 倫美 Tomomi Abe
