HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

タフアサインメント経験により育成する能力・資質の考察

~CEOサクセッションプランの実効性強化(1)~

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HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアマネージャー

古川 拓馬

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

砂原 健一

■ サマリー

本メルマガでは、2025年4月30日に公表された「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンスの検討ポイントにもある「CEOの後継者計画」でのタフアサインメントにより育成する能力・資質を考察する。なお、「CEOサクセッションプランの実効性強化」に関するメルマガは全3回を予定しており、次回は「あるべき社長・CEO像(仮)」をテーマにリリース予定。

CEOサクセッションプランは、中長期的な企業価値向上を実現する上で極めて重要な事項として具体的な計画の検討・策定が行われており、後継者は現CEOが決めるという暗黙の取り決めから脱却し、一定程度の透明性と客観性を持ちつつある。

タフアサインメントにおいて、不採算事業の整理や新規事業の立ち上げなどを経験させる背景には、OJTの機会提供だけでなく、先の見えない中で試行錯誤しながら、結果を創出する経験をさせる必要性を経営者が感じていることが想定される。

CEOサクセッションプランの候補者育成におけるタフアサインメントは各企業で導入が進んでいるが、実態としては具体的に「どのようなポジション」にアサインし、「どのような能力を育成するのか」が明確になっていないことが多い。

タフアサインメントを設計するうえでは、候補者ごとにミッションや目標を明確にし、付加する責任や役割の重み、成果の見極め基準の設定などの個別計画の策定が求められる。策定した計画に沿った候補者の育成状況や成長スピードを確認しつつ、次期CEO候補者としての妥当性を可能な限り判断できる情報を収集することが重要である。

タフアサインメント経験では、困難な局面でラストマンとして決断を続け、決断力を研ぎ澄ましていくことで次期CEOに求められる能力・資質が向上することが考えられる。その結果として、変革やタフアサインメントの成果が可視化されて候補者の能力の見極めにもつながる。

目次

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1.タフアサインメント実施の背景と現状

1-1 タフアサインメントとは

 2018年のコーポレートガバナンスコードの改訂における主要な変更点として、CEOのサクセッションプランが強く要請されるようになったことを契機に、多くの企業において本格的にCEOサクセッションプランが検討されるようになってきました。中長期的な企業価値向上を実現する上で極めて重要な事項として具体的な計画の検討・策定が行われており、これまでのCEOの後継者は現CEOが決めるという暗黙の取り決めから脱却し、一定程度の透明性と客観性を持ちつつあります。
 このサクセッションプランの策定ステップとして、ロードマップの立案、あるべきCEO像(人材要件)の策定、育成計画の策定・実施、候補者の評価・絞込み、入替えなど7つのステップに分類することができます(詳細は図表3参照)。本稿では特に、最も重要なステップの一つとされる育成計画の策定・実施におけるタフアサインメントについて解説していきます。
 CEO育成において重要なことは、あるべきCEO像を明確にした上で、その人材要件に基づいて候補者の能力をアセスメントし、不足部分を育成施策で能力開発していくことです。この育成施策として一般的によく言われるのが、アメリカのロミンガー社が提唱するロミンガー(70:20:10)の法則です。リーダーシップを発揮する人材に「どのような出来事がリーダーシップを発揮するのに有益だったか」をまとめたもので、仕事上の経験に関することが70%、上司や周囲の関係者から学んだことが20%、研修で業務上の問題解決について学んだことが10%となっています。この考え方はCEO育成の中でもスキル・能力の座学研修だけでなく、業務上の経験を通じたOJTとして位置づけられ、「修羅場の経験」つまり「タフアサインメント」として多くの企業で既に導入されています。
 このタフアサインメントの代表的なものとして、グループ会社や海外子会社、赤字事業等への社長としてアサインし、従前の事業や部門のマネジメントや本社ではない傍流での経営経験をすることで将来のCEOとして会社経営の舵取りをするための貴重な経験となるのです。

1-2 タフアサインメントが重要視される背景

 CEO候補者の育成は仕事上の経験(OJT)が最も有益であると考えることは感覚的にも誰もが納得すると思いますが、そもそも日本において、従前のメンバーシップ型雇用の中でもOJTを重視した育成の考え方が基本でした。つまり、新卒で入社し複数年間のタームで定期的にジョブローテーションを行い、営業、企画、管理といった様々な職種を経験することで事業運営に必要なスキルを長期間かけて体系的に開発していく仕組みです。この仕組み自体は、外部環境が大きく変化せず右肩上がりの経済成長をしていくことを前提にした場合は、非常に優れた仕組みで、過去の日本においては極めて有効に機能してきたといえます。
 しかし、現在はよくVUCAと呼ばれるように将来の経済環境が非常に不安定で、先の見通しを予測することが困難な時代になっています。そのため、企業のCEOに求められることは、既存の事業をいかに維持・拡大していくかに加えて、将来の企業の成長ビジョンを描き、それを実現するために事業ポートフォリオの変革を行っていくことが極めて重要なことといえます。つまり、これまでのような将来をある程度予測できる環境下で既存事業を1→10に拡大するために具体的な目標数値を事前に設定し、その目標を達成するための方法・アプローチを逆算して明らかにしていく「目標設定型」のアプローチから、目標を定めずに手持ちの手段から出発し、現実的に採り得る方法からゴールを見出していくことも求められています。要するに、「目標から考える」という因果論ではなく、「走りながら考える」という実効論を重視したアプローチです。この考え方は、起業家に特徴的な意思決定行動として「エフェクチュエーション」と呼ばれ、経営学者のサラス・サラスバシーが提唱した理論1ですが、単に起業家に必要なアプローチというだけでなく、VUCAの時代において解像度の高い目標設定自体が難しく、0→1を生み出す新規事業や既存事業の抜本的な構造転換を行う時にも極めて重要な視点です。
 タフアサインメントにおいて不採算事業の整理や新規事業の立ち上げといった経験をさせる背景には、仕事上の経験を通じた育成というOJTの機会提供だけなく、先の見えない中で走りながら、そして試行錯誤しながら結果を創出していく極めてプラグマティックな方法を経験させる必要があると経営者が直感的に感じていることが想定されます。「修羅場の経験」と言われることを言語化すると「エフェクチュエーション」による創造活動の経験ということです。

図表1

エフェクチュエーションとコ―ゼーションのアプローチ方法の違い
出典:HRGL作成

1-3 CEOサクセッションにおけるタフアサインメントの現状

 CEOサクセッションプランの候補者育成においてタフアサインメントは一般的になり、各企業で導入が進んできていますが、具体的に「どのようなポジション」にアサインし、当該ポジションで「どのような能力を育成するのか」が明確になっていないことが実態として見受けられます。経済産業省が2017年に取りまとめた「企業価値向上に向けた経営リーダー人材の戦略的育成についてのガイドライン」(図表2)でも、経営人材への育成内容として「経営戦略・事業戦略」、「リーダーシップ」、「自社の経営課題解決」などのいわゆる「経営経験」が上位として挙がっていますが、その経験を通して何を育成していくのか、ポジション別の要件が明確になっていないことが多くあります。
 タフアサインメントをより機能させ、実効性を向上させるには、改めてタフアサインメントの目的や位置づけを明確にした上で、アサインメント先のポジションで育成する能力を明確にすることが必要になります。そのため、第2章ではCEO候補者に対して適切なタイミングでタフアサインメントを実施し、計画的に成長の機会を提供するためのポイントについて説明していきます。

図表2

タフアサインメント先での育成要件
出典:経済産業省 (2017)「企業価値向上に向けた経営リーダー人材の戦略的育成についてガイドライン」guidelinekeieizinzai.pdfを参考に作成

2.CEOサクセッションにおけるタフアサインメント設計のポイント

2-1 タフアサインメントの目的と位置づけ

 CEOのサクセッションプランでは、図表3のステップ4「育成計画の策定・実施」、ステップ5「後継者候補の評価、絞込み、入替え」において、CEO候補者の育成、見極めや選定にタフアサインメントが活用されています。候補者に付与するタフアサインメントでは、経営チームに求められるミッションやあるべきCEO像、将来期待する成果など、次期CEOに求める能力や資質などを明確にし、これらの能力を育成するための業務経験や目標を設定します。そのうえで、候補者が達成した成果などを確認し、候補者を見極め・選定するプロセスを進めていきます。
 タフアサインメントの設計にあたっては、CEOに求める能力・資質を設定することが前提となりますが、候補者のこれまでの経験や強み・弱みなどを加味し、個別の育成計画の策定が求められます。また、人材版伊藤レポート2.0では、海外企業と比較した日本企業のタフアサインメント設計の課題について、「経営人材候補に課されるストレッチアサインメントを見ても、そこで課される責任は相対的に軽いものであったり曖昧であったりする傾向」「候補者のアサインメント先でのミッションは、当該候補者が高く評価されている能力をより高度に発揮させる内容や当該候補者が抱える課題の克服に役立つ内容に、計画的に設定」することに言及しています。そのため、タフアサインメントを設計するうえでは、候補者ごとにミッションや目標を明確にし、付加する責任や役割の重み、成果の見極め基準の設定などの個別計画の策定が求められます。そして、策定した計画に沿った候補者の育成状況や成長スピードを確認しつつ、次期CEO候補者としての妥当性を可能な限り判断できる情報を収集することが重要です。

図表3

後継者計画の策定・運用に取り組む際の7つの基本ステップ
出典:経済産業省「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会 取りまとめ(2025年4月30日公表)
「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス(「稼ぐ力」のCGガイダンス)39ページ 20250430_3.pdf 、経済産業省「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針-コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)別冊-CGSガイドライン」(2022年7月19日)separate_guideline2022.pdfを参考に作成

2-2 タフアサインメントにより育成する能力・資質

 次に、タフアサインメントの具体的な内容をもとに、候補者に求められる能力や資質について考察します。「企業価値向上に向けた経営リーダー人材の戦略的育成についてのガイドライン」では、タフアサインメントとして配置するポジションの具体例として、『不採算事業の整理』『海外子会社のトップ』があげられています。また、当社が支援するクライアント企業では『新規事業の立ち上げ』などのケースもあるため、この3つのタフアサインメント経験で、求められる能力・資質を図表4に整理しました。なお、タフアサインメントとして付与する内容や求められる能力・資質は、各企業に応じて異なるため、すべての企業で必ずしもあてはまるものではないことを補足しておきます。

図表4

3つのタフアサインメント事例で求められる能力・資質
出典:HRGL作成

 図表5では、それぞれのタフアサインメント経験で育成される能力・資質を分類しています。なお、上記で言及したタフアサインメントの内容に加えて、「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針-コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)別冊-」では、次期CEOを育成するためのタフアサインメントとして、グループ会社などの経営経験、本社経験なども例示されているため、社内での重要ポジションに関するタフアサインメントとして『子会社社長』『経営者の右腕』『全社の経営戦略策定』も追加して考察します。
 例えば、『不採算事業の整理』について、事業の抜本的な改善にあたっては収益構造や組織変革を強力に推進していく力が求められます。また、人材・資金が限られた条件で負のサイクルが回っている状況を打開する必要があり、その状況下で組織を統率していく能力が育成され、最終的にはリスクに向き合いながらも自らの決断が会社や事業の将来を左右することになるため、精神的なタフさが醸成されていきます。『海外子会社のトップ』は、海外市場を見据えたうえで、海外子会社でM&Aを推進するなどのハードな交渉経験や不採算事業の改革、多様な価値観や社会的背景が異なる人材の人心掌握や、これまでとは異なる組織マネジメント能力の育成につながることが考えられます。『新規事業の立ち上げ』では、経営層から求められたミッション達成のため、市場の動向や新たな消費者ニーズを探索し、失敗するリスクも勘案しながら、事業を立ち上げていくことが求められます。組織を統率するうえでは、ゴールが見えない中で所属員を動機づけながら成功確率を高めていく姿勢が必要です。これまで誰も取り組んだことがない事業であり、かつ新規性が問われる場面があるため、ときには誰にも相談せずに一人で考え抜くことが必要で、リーダーとしての孤独を感じながら精神的な強さが育成されていきます。

図表5

タフアサインメント内容と育成される主な能力・資質の分類
出典:HRGL作成 ※上記図表の◎は育成面で特に重要な能力・資質、〇は育成される主な能力・資質のイメージを示しています。

 社内での重要ポジションや役割に関するタフアサインメントについて、『子会社社長』はラストマンとして自社を取り巻く環境や時勢を読みながら、自社の進むべき方向性を明確にする決断力が求められます。また、経営者に必要な倫理観の醸成、関係するステークホルダーに対して誠実・真摯に対応する力が醸成されることが想定されます。加えて、自らが想い描く企業経営のビジョンの実現に向けて自らが組織を統率すること、そして従業員とともに企業を成長させていく気概や企業文化を創発する力が育成されていきます。最後に、『経営者の右腕』『全社の経営戦略策定』に共通する内容として、現社長など経営者の考え方や想いを身近に感じながら、変革推進を主導することや、社内外のステークホルダーに対して自社が目指すべきビジョンや構想の策定・発信する能力・資質が育成されていきます。
 これまでの考察内容をふまえると、タフアサインメント経験では、困難な局面でラストマンとして決断を続け、決断力を研ぎ澄ましていくことで次期CEOに求められる能力や資質が向上することが考えられます。その結果として、変革やタフアサインメントの成果が可視化され、候補者の能力・資質の見極めにもつながっていきます。変革推進や成果創出の過程では、組織や人材を目指す方向性に導くための組織統率力や人心掌握、企業が目指す姿を実現するためのビジョン・構想の策定やグローバル思考、経営者に求められる倫理観や精神的なタフさなどが醸成され、次期CEOに求められる能力・資質が育成されることが想定されます。
 また、第1章で示したエフェクチュエーションの概念も加味してタフアサインメントを概観すると、先の見えない中で試行錯誤しながら、自身が置かれた状況や人材・資金などが限られた所与の条件下において、その瞬間に訪れる難題に対して圧倒的な当事者意識を持って決断を続け、変革推進や成果創出にこだわり続けることといえます。その過程の中で、候補者が進めた変革プロセスや周囲への影響力なども候補者のタフアサインメント結果として収集できる情報であり、次期CEOを選定するために現CEOや指名委員会が確認すべき重要な情報になることが考えられます(図表6)。

図表6

タフアサインメント付与時の見極め内容
出典:HRGL作成

3.おわりに

 本メルマガでは、タフアサインメントで育成する能力について、主に次期CEO候補者に求められる能力や資質に焦点をあてて考察しました。なお、能力や資質以外にもCEOに求められる要素として取締役会のスキルマトリックスで開示されている専門性もあります。スキルや専門性はCFOやCHROなどのCxOが保有する専門性や知見も活かしながら経営チームを組成し、経営チーム全般で捉えていくことが重要です。
 CEOの役割としては、経営チームに求められるミッションの実現に向けて、人と組織を開発して企業文化を創造することにあり、専門的な知見が必要な場面では経営チームメンバーへの権限委譲を進めながら、経営チームを率いていくことが求められます。その中で発揮する能力・資質として、組織統率、ビジョン・構想策定、経営者としての倫理観など、タフアサインメントで育成される能力・資質ともつながっています。また、CEOの最大のミッションは次期CEOの育成・成長支援にも関与することであり、CEOサクセッションの実効性を強化するためには、CEOに求められる能力や資質などの人材要件を明確にしたうえで、タフアサインメント内容の設定や見極めにつなげていくことが重要と言えるでしょう。

参考文献

  • 1 サラス・サラスバシーが『エフェクチュエーション-市場創造の実効理論-』(2015)碩学叢書 の中で、成功を収めてきた起業家に見られる思考プロセスや行動パターンを体系化した意思決定理論のこと

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアマネージャー

Takuma Furukawa

法政大学大学院政策創造研究科修了。国内独立系人事コンサルティング会社を経て現職。現在は人的資本経営推進、後継者計画の策定、人事制度設計等のプロジェクトを中心に従事。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

Kenichi Sunahara

東京都立大学大学院 経営学研究科修了。鉄道会社に 入社後、事業企画部門、経理部門、事業戦略部門などに従事。その後、持株会社の人財戦略部門において人的資本経営推進、人財戦略策定に取り組む。現在は人的資本経営推進、後継者計画の策定、指名委員会運営支援等に従事。