TISFDの発足と今後の社会関連開示の ポイント
バリューチェーン全体の人に関する取組みが求められる
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
アナリスト
前田 祐梨子
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
小沢 潤子
■ サマリー
不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース(TISFD)が、2024年9月に正式に発足した。TISFDは、企業が不平等・社会関連のインパクト、依存関係、リスク、機会を把握し、効果的に対処し、それについて開示するためのフレームワークの開発を進め、2026年末に公表することを目指している
TISFDは、人権の尊重、ウェルビーイングの向上、人的・社会的資本への投資などに関する企業のさまざまな取組みの相互補完性を認識し、不平等・社会関連課題に対する統合的なアプローチを採用している。また、自社の従業員にとどまらずバリューチェーン全体の人々に関連するインパクト、依存関係、リスクおよび機会がスコープに含まれている
社会関連開示基準の動向についてTISFD以外にも目を向けると、すでに欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)が社会関連開示基準を定めているほか、国際サステナビリティ基準委員会(ISSB)が人的資本に関するリサーチプロジェクトの開始を公表している。TISFDは、これらの開示基準と相互運用可能なフレームワークを開発する見込みである。さらに、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の提言も参照しつつ、環境・社会分野の統合的な開示を可能にするようなフレームワークの開発を目指している
TISFDが開発するフレームワークは開示義務のある基準ではないが、TISFDからISSBおよびEFRAGへの働きかけを通じて、将来的にTISFD提言が義務化された開示基準の中に組み込まれる可能性がある
目次
1.はじめに
2024年9月、不平等関連財務情報開示タスクフォース(TIFD)1と社会関連財務情報開示タスクフォース(TSFD)2の2つのタスクフォースの統合により、TISFD(不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース)が発足しました。TISFDは、企業が格差を含む社会関連のインパクト、依存関係、リスクおよび機会について把握し開示することを可能にするためのグローバルな枠組みの策定にあたる予定です。
発足にともない、TISFDは、活動のビジョンやスコープ、組織のガバナンスモデル、今後の作業計画について明記した文書を公表しました3。本稿では、当文書の内容に沿ってTISFDの概要を示すとともに、他の開示枠組みや基準を含めた今後の社会関連開示の動向について概説します。
2.TISFDの概要と今後の作業計画
TISFDの目的
TISFDによる不平等・社会関連の枠組み策定が求められている背景には、現在グローバル社会において不平等・社会関連の問題が山積しており、それが市場参加者にリスクおよび機会をもたらすと想定されていることがあります。具体的な問題としては、世界各国の国内、また国家間での不平等が拡大していること、いまだ多くの人々のベーシックニーズ(人が生きていくために最低限必要な要素)が満たされておらず貧困や強制労働が蔓延していること、ベーシックニーズが満たされていてもストレスや孤独感を抱えて生活する人々が多いことなどがあります。
重要なのは、こうした状況が企業に重大なリスクおよび機会をもたらす見込みがあることです。たとえば、不平等や貧困の拡大などの社会関連問題は、総需要の縮小や人的資本形成の阻害、社会の不安定化などを通して、企業にシステムレベルのリスクをもたらす可能性があります。他方、企業は、より公正な経済・金融システムの構築、人々の能力発揮によるイノベーション促進と生産性向上、人々の経済力の向上による需要拡大などを通して機会を獲得することも想定されます。TISFDは、こうしたリスクや機会を企業が適切に把握し、管理し、報告することを可能にするための枠組みの策定を目指しています。
こうした課題意識のもと、TISFDは、「企業や金融機関が、人々への不平等と社会に関連する課題によるインパクト、依存関係、リスクと機会に効果的に対処することで、より公正で強靭な社会と経済を実現すること」を目指し、開示フレームワークの開発から10年後までを見据えた活動目標を打ち出しています(図表1)。まず短期的には、企業が不平等・社会関連のインパクト、依存関係、リスク、機会を認識、評価、報告し、リスク低減と機会獲得のために適切に行動できるようにすることを目指しています。つづいて中期的には、政策・基準策定者に働きかけることで、TISFD提言を任意および義務的な基準に組み込む方針が示されており、グローバルな不平等・社会関連開示基準の策定に関与する意図が示されています。最後に長期的には、企業による開示提言の適用の推進を通して、市民社会や評価機関、政策決定者などによって情報やデータが活用されること、そして企業自身が不平等・社会関連のリスクおよび機会に対応するために行動できるようにすることを目指しています。
図表1
TISFDが掲げるビジョン

注2:マクロ・プルーデンスとは、金融システム全体の安定を目的とし、金融システム全体のリスクの状況を分析、評価し、それに基づいて制度設計や政策対応を図る考え方のこと
出典: TISFD, “People in Scope- An overview of the proposed scope, approach, governance structure, and work plan of the Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures” (2024年9月)よりHRGL作成
スコープとアプローチ
TISFDが対象とするスコープは、自社の従業員、バリューチェーン上の労働者、コミュニティ、消費者・エンドユーザーです(図表2)。TISFDは、企業はこれらの人々に対して、良い影響も悪い影響も与えており、それは直接的だけでなく間接的に与える場合も、また、企業が意図した影響だけでなく意図されずに生じるケースもあると伝えています。
TISFDはフレームワークの開発に当たって、アプローチと開発原則も示しています。
フレームワーク開発のアプローチの特徴としては、①統合的かつ首尾一貫したアプローチをとること、②あらゆる側面から不平等を考慮することの2つが挙げられます。1つ目の統合的かつ首尾一貫したアプローチのイメージは、図表3のとおり、人権を尊重する組織の責任、ウェルビーイング向上への努力、人的・社会的資本への投資、これら全ての要素が相互補完的であり、また、不平等を横断的な社会現象として捉え、不平等・社会関連の問題の全体をカバーすることを表しています。また、2つ目の不平等へのあらゆる側面からのアプローチは、たとえば、水平的不平等(性別、人種、年齢などに基づく人々のグループ間の差)や垂直的不平等(賃金や平均余命などにおける恵まれた人々と恵まれていない人々との差)、地域による不平等(国内および地域内、国家間、世界全体による差)などの様々な不平等の側面を考慮することを表しています。
開発原則については、様々な規範や報告基準、その関連機関との関係性、利用可能な範囲などを示しています。IFRSやGRIなどの既存の基準設定機関との協力や、そこから公表されている報告基準との統合、また、国連や国際労働機関(ILO)などの企業行動規範との整合性を挙げています。既存の報告基準や枠組みと今回TISFDで開発予定のフレームワークの共通点や違いなどについては、3章において後述しています。利用可能な範囲については、企業だけでなく、政策立案者や市民社会、労働団体などのあらゆる主体が利用でき、また、特定地域ではなくグローバルにおいて利用可能なフレームワークの開発を原則としています。最後に、残る1つの開発原則である人類と地球のつながりについて説明します。昨今、非財務情報の開示については、気候変動や生物多様性などの環境関連の開示の取組みが進んでいます。TCFDやTNFDによる開示フレームワークに加え、気候変動では、国際サステナビリティ基準委員会(以下、「ISSB」という)によるIFRS S2号が策定され、それに基づき、日本でもサステナビリティ基準委員会(以下、「SSBJ」という)による気候関連開示基準の公開草案が公表されました。こうした環境問題に対処するための取組み・開示の動きは不平等・社会関連の問題に先行して進んでいますが、環境問題の解決や対策の実施は、私たちの経済・社会に大きな影響を与え、不平等・社会関連の問題と切り離すことのできないものです。例えば、脱炭素社会への移行に対し、化石燃料関連産業の雇用は失われる一方で、再生可能エネルギー関連産業では雇用が創出されます。そうした雇用の移行に対し、労働者や地域も取り残されることなく、移行されるようにしなければいけません。こうした考えが「公正な移行(Just Transition)」です。これまで環境関連の開示枠組みが先行していましたが、TISFDでは、TCFDとTNFDの提言を基盤として、社会と環境が統合され相互運用可能な枠組みの構築を目指すとしています。
図表2
TISFDが対象とするスコープ・開発成果物・開発アプローチ

図表3
社会問題にアプローチするための全体像(統合的かつ首尾一貫したアプローチ)

ガバナンス構造
TISFDは、不平等の是正という活動目的にもとづき、その組織構造・成果物・決定に多様な主体を関与させることが極めて重要であるとの立場をとっています。多様な主体には、たとえば、市民社会、労働団体、影響を受けるまたは受ける可能性のある地域社会の個人、中小・零細企業などが含まれます。
そして上記方針のもと、5つのガバナンス原則を掲げ、運営委員会、事務局、ワーキンググループ、アライアンス、スチュワードシップ協議会から成るガバナンス体制を構築しています(図表4)。
TISFDの開発主体は、事務局と、運営委員会が事務局とアライアンスとの協議の上設置されるワーキンググループです。事務局ではTISFDの戦略の策定や実施、技術調査、メディアやステークホルダーなどとのエンゲージメントなどを、ワーキンググループが、フレームワークなど開発の特定の任務を担います。
アライアンスは、TISFDのミッションを支援するグローバルなマルチセクター協議グループとして位置づけられており、アライアンスメンバーは、TISFDの研究や提言に意見を出したり、TISFDの知識や教訓を共有する機会が与えられます。アライアンスのメンバーシップは幅広い組織に開放され、2025年には専門知識を持つ個人にも開放されるとしています。また、作業プログラム全体を通してコンサルテーションを行い一般市民から意見を求める予定と記されています。
図表4
TISFDのガバナンス原則と体制

今後の作業計画
TISFDが公表している今後の作業計画を図表5にまとめています。今後、前節でお示ししたガバナンス体制に沿って各組織が立ち上げられ、各組織の連携のもと、外部のステークホルダーともエンゲージメントを行いながら、開示フレームワークの公表に向けて準備が進められる予定です。
また、TISFDは、今後の活動を通して5つの成果物を公表する計画を明らかにしています。具体的には、グローバルな情報開示フレームワーク、その適用のためのガイダンスと提言、教育・能力開発のためのリソース、概念的基礎、一連のエビデンスです。
上記の成果物の開発に向けたラフなスケジュールとしては、2025年中に概念的基礎の開発やリスクに関する一連のエビデンスの収集、既存の社会関連開示フレームワークで使用されている指標の評価が行われ、この作業をもとに同年後半以降に開示フレームワークのベータ版が開発されることになっています。この後、企業によるパイロットテストを経て、最終版のフレームワークおよび適用のためのガイダンスと提言が2026年末に公表される見通しです。最終版フレームワークの公表後も、TISFDは、その提言が各法域の基準や規制に組み込まれるよう基準策定者らと協働するとともに、企業による提言の適用を支援するために、追加ガイダンスの開発も含めて活動を継続することとしています。
図表5
TISFDの今後の作業計画

3.社会関連開示をめぐる動向
近年、TISFDの動きの他にも、人権や人的資本をはじめとする社会関連課題への注目が高まっており、関連するグローバルな開示フレームワークの開発が進んでいます。また、EUでは法規制による取組みや開示の義務化が進んでいます(図表6)。本節では、こうした社会関連開示をとりまく動向について概観します。
社会関連開示基準の開発、規制の導入が進む
社会関連開示のグローバル基準策定の動きのひとつとしては、ISSBによる活動が挙げられます。ISSBは2024年4月に、自然と人的資本関連のリスクおよび機会についてのリサーチプロジェクトの開始を公表しました4。今後の動向を注視する必要がありますが、将来的に、気候変動に続くテーマ別基準として人的資本に関する基準が策定される可能性があります。ISSBによる基準はグローバルの各法域における開示規則のベースとなることが見込まれるため、人的資本関連の基準が策定された場合には企業における開示対応の実務に大きな影響を与えると考えます。
EUでは、2024年1月から一部の企業を対象に企業サステナビリティ報告指令(以下、「CSRD」という)の適用が始まっており、適用対象企業においてはすでに社会関連開示が義務化されています5。適用対象企業は、欧州財務報告諮問グループ(以下、「EFRAG」という)が策定する欧州サステナビリティ報告基準(以下、「ESRS」という)に基づきサステナビリティ報告を行う必要があり、社会領域については4つのトピック別ESRS(「S1 自社の従業員」、「S2 バリューチェーン内の労働者」、「S3影響を受けるコミュニティ」、「S4 消費者およびエンドユーザー」)に基づく報告が求められています6。今後域外の企業を含めて段階的に適用企業が拡大される見込みであり、日本企業でも対応が急務となっています。
EUではさらに、2024年7月にEUコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(以下、「CSDDD」という)が発効し、2027年以降段階的にEU域内外の企業に適用される見通しとなっています7。CSDDDは、企業に人権・環境に関するデューデリジェンス(以下、「DD」という)の実施、人権・環境への負の影響への対応、DDの実施状況の開示を義務づけるもので、上記のCSRDで開示の対象となるDDの取組みを補完するものと考えられます。
以上のように、社会関連開示をめぐってはグローバルで様々な動きがありますが、今後の全体的な方向性としては、各基準間での相互運用性を確保する形で開発が進むことが予想されます。たとえば現在、ESRSとISSB基準との間の相互運用性の向上に向けた協働が行われています8。こうしたなか、TISFDも、ISSBやEFRAGと協働しながら開示フレームワークを開発し、グローバルな開示基準の整合に貢献する方針を明らかにしています。マテリアリティ評価の観点でも、TISFDは財務マテリアリティとインパクトマテリアリティの双方のアプローチに整合する形で開示フレームワークを開発するとしています。これにより、財務マテリアリティのアプローチをとるISSB基準だけでなく、ダブルマテリアリティのアプローチをとるESRSとの相互運用性が確保される見通しです。
図表6
社会関連開示基準および規制の動向と比較

4.おわりに
社会関連開示のフレームワークのひとつであるTISFDは、現時点ではそれ自体が義務的な開示基準になる見込みは高くありません。しかしながら、上述のとおり、TISFDはその提言が各法域の基準や規制に組み込まれるようISSBやEFRAGに働きかけていく方針であり、将来的に義務的な開示基準の中に同提言の要素が組み込まれる可能性があります。このことを踏まえると、TISFDによるフレームワークの開発は企業の開示実務にも影響を及ぼす可能性があり、今後の開発動向を引き続き注視する必要があると考えます。
TISFDが示しているように、企業がサステナブルな経営を実現するためには、自社の従業員にとどまらずバリューチェーン全体における人々に対するインパクトおよび依存関係、それによるリスクと機会を把握し、対処することが重要です。そのためには自社およびバリューチェーンにおける人権DDの実施がひとつの有効策だと考えられます。今後取組みを開始する企業、すでに取組み中の企業を含め、現段階の課題を整理したうえでスケジュールと計画を策定し、優先順位の高い課題から対応に着手していくことが求められています。
参考文献
- 1 TIFD(Taskforce on Inequality-related Financial Disclosures)は、企業と投資家が経済(所得等)、ジェンダー、人種、民族などの様々な不平等に関連するリスクを把握し開示するためのフレームワークを開発するために立ち上げられた組織。アルゼンチン国際協力ネットワーク(RACI)、事前分配イニシアチブ(PDI)、Rights CoLab、南部不平等研究センター(SCIS)をはじめとする多くの国際NGOや国連開発計画(UNDP)が事務局を務めていた。
- 2 TSFD(Taskforce on Social-related Financial Disclosures)は、社会関連開示基準全体の一貫性と比較可能性を確保するための開示フレームワーを開発するために立ち上げられた組織。ユニリーバ、ダノン、日立製作所など、世界大手企業30社程度が参加するイニシアチブ「インクルーシブな成長のためのビジネス(B4IG)」がOECDの協力を得て推進してきた。
- 3 TISFD, “People in Scope- An overview of the proposed scope, approach, governance structure, and work plan of the Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures” (2024年9月) 66ef2a93df9d4c640372aaad_People in Scope Sept 2024.pdf (website-files.com).
- 4 IFRS財団, “ISSB to commence research projects about risks and opportunities related to nature and human capital” (2024年10月7日アクセス) IFRS - ISSB to commence research projects about risks and opportunities related to nature and human capital.
- 5 初年度の適用対象となっている企業は、2024 年1月1日以降に開始する会計年度について、2025 年以降に報告する義務がある
- 6 EU, Commission Delegated Regulation (EU) 2023/2772 of 31 July 2023 supplementing Directive 2013/34/EU of the European Parliament and of the Council as regards sustainability reporting standards, Delegated regulation - EU - 2023/2772 - EN - EUR-Lex (europa.eu).
- 7 CSDDDの詳細については、HRGLメルマガNo.132 「EUコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令の概要と日本企業への影響」をご参照ください
- 8 その他の社会関連の開示フレームワークにはGRIスタンダードがあり、現在人権や労働慣行などの社愛関連課題に関する透明性向上のための基準改定が進められている。相互運用性の確保の観点では、GRIスタンダードとESRSの間でインパクトの報告における高水準の相互運用性が認められている。
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