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EUコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令の概要と日本企業への影響

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HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

野中 美希

■ サマリー

EUコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)が、2024年7月25日に発効された。今後2年以内にEU加盟各国にて法制化され、2027年以降、EU域内外の対象企業に事業規模等に応じて段階的に適用される。

CSDDDにより、企業は、自社や子会社の事業、ビジネスパートナーが行う事業に関して、人権・環境に関するデュー・ディリジェンス(DD)を実施し、実際に発生している人権・環境への負の影響はもとより、潜在的な影響にも対処する義務を負うことになる。

CSDDDではDDのプロセスや想定すべきリスクの内容等が具体的に定義されており、それらは法的義務として課されるようになる。これまで人権DDに取り組んできた企業においても、現在の取組みがCSDDDの要求事項を満たしているか確認し、不足する点があれば早期に対応に着手する必要がある。

EU域内企業だけでなく、EU域内での一定の売上があるEU域外企業にも適用されるほか、CSDDD対象企業と取引のある企業に影響を及ぼす。自社が直接的な規制対象ではなくともCSDDDで求められるDDの義務事項を把握し、段階的に取組みを進めておくことが、リスクマネジメントの観点から推奨される。

目次

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1.はじめに

 EUコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive、以下、「CSDDD」という。)が、2024年4月に欧州議会、5月にEU理事会の承認を得て、7月25日に発効された。CSDDDにより、企業は、自社や子会社の事業、ビジネスパートナーが行う事業に関して、人権・環境に関するデュー・ディリジェンス(以下、「DD」という。)を実施し、実際に発生している人権・環境への負の影響はもとより、潜在的な影響にも対処する義務を負うことになる。
 CSDDDは、EU域内企業だけでなく、EU域内での一定の売上があるEU域外企業にも適用されるほか、CSDDD対象企業と取引のある企業に影響を及ぼす可能性があることから、日本企業にも影響が及ぶと考えられる。
 今後は、CSDDDを踏まえつつ、EU加盟各国において、2年以内に法制化される。加盟各国により求められる内容や水準等が変わってくる場合もあるが、CSDDDが最低基準となることから、企業にとっては現段階から準備を進めておくことが有効である。そこで、本稿では、CSDDDで定められている内容は多岐にわたるが、人権・環境DDの義務化の内容に焦点をあてて概要を示すとともに、日本企業への影響可能性について概説する。

2.EUコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令の概要

2-1 CSDDDの対象企業と適用スケジュール

 CSDDDの対象となる基準は、EU域内企業、域外企業で異なり、それぞれ、図表1のいずれかの要件を2年連続で満たす企業である。
 EU域内に拠点がなくても、企業単体又は連結でEU域内の売上が€4億5,000万を超える場合には、本国の親会社が規制の対象となるため、直接適用となる日本企業も一定数あると想定される。

図表1

EU-CSDDD適用対象企業の要件(第2条2項)
出典:EU, Directive (EU) 2024/1760 of the European Parliament and of the Council of 13 June 2024 on corporate sustainability due diligence and amending Directive (EU) 2019/1937 and Regulation (EU) 2023/2859よりHRGL作成

 また、図表2に示す通り、売上規模等により段階的に適用される予定となっている。

図表2

適用開始時期(第37条1項)
出典:EU, Directive (EU) 2024/1760 of the European Parliament and of the Council of 13 June 2024 on corporate sustainability due diligence and amending Directive (EU) 2019/1937 and Regulation (EU) 2023/2859よりHRGL作成

2-2 デュー・ディリジェンスの実施範囲

 DDの実施範囲には、自社並びに子会社の事業活動のほか、バリューチェーン上の直接的又は間接的なビジネスパートナー1 の事業活動が含まれる(図表3)。
 特に留意すべきは、バリューチェーン上流は、原材料、製品や製品の一部の設計、採掘、調達、製造、輸送、保管、供給及び製品又はサービスの開発等に関連するビジネスパートナーの事業活動全般が実施範囲とされ、1次取引先に限定することなく、2次取引先以降にもDDの実施義務が生じる点である。
 一方で、バリューチェーン下流は、製品の流通、輸送、保管のみが実施範囲とされており、製品の使用や廃棄(リサイクルや解体等を含む)、輸出管理対象製品のほか、サービス全般は除外されている。また、金融業は、バリューチェーン下流は対象外とされた。ただし、金融業におけるDDの追加実施の必要性等について今後2年以内に欧州委員会にて検討、報告予定とされており、金融業においてもバリューチェーン下流のDDが義務付けられる可能性がある点には留意する必要がある。

図表

デュー・ディリジェンスが求められる範囲(第1条、3条)
出典:EU, Directive (EU) 2024/1760 of the European Parliament and of the Council of 13 June 2024 on corporate sustainability due diligence and amending Directive (EU) 2019/1937 and Regulation (EU) 2023/2859よりHRGL作成

2-3 デュー・ディリジェンス実施義務の概要

 CSDDDに基づくDDに関する主な実施義務は、図表4に示す7項目に整理される。
基本的なDDのプロセスや義務事項は、国連「ビジネスと人権に関する指導原則(以下「UNGP」という。)」やOECD「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンスガイダンス」の基本的な考え方に依拠しており、リスクが発生した場合の深刻度や発生可能性に基づくリスクベースでの実施が求められている。
 ただし、UNGPやOECDのガイダンスは、原則や考え方の整理が中心であり、具体的な内容に言及がない部分も多かった。一方、CSDDDでは実施事項が明文化され、法的義務として企業に課されることになった。
 また、CSDDDでは、リスクの高いところから優先順位をつけて計画的に取り組むことが明示されているが、このことは、どのようにリスクアセスメントを行い、優先順位付けをしたかについて、企業として説明可能でなければならないと解釈できる。業種や自社の事業の展開地域、事業規模、サプライヤーの事業・所在地等、様々な要素を考慮して、DDを実施する必要があると言えよう。
 なお、EUは加盟国と協議の上、共通ガイドラインやセクター別ガイドラインなどの参考文献を2027年までに作成予定としている(CSDDD第19条)。より詳細な法的義務について把握するため、ガイドラインの策定状況を注視していく必要がある。

図表4

デュー・ディリジェンスにおいて求められる義務事項の概要(第5条~16条)
注:「ステークホルダー」とは、自社の従業員、子会社の従業員、労働組合および労働者の代表者、消費者、その他、自社、子会社、ビジネスパートナーの製品、サービス、事業によって権利や利益が影響を受ける、または受ける可能性のある個人、団体、地域社会、事業体を意味し、自社のビジネスパートナーの従業員、その労働組合および労働者の代表者、各国の人権・環境機関、環境保護を目的とする市民社会組織、およびこれらの個人、団体、地域社会、事業体の正当な代表者を含む(第3条1項(n))。
出典:EU, Directive (EU) 2024/1760 of the European Parliament and of the Council of 13 June 2024 on corporate sustainability due diligence and amending Directive (EU) 2019/1937 and Regulation (EU) 2023/2859よりHRGL作成

2-4 DDの対象として考慮すべき人権・環境リスク

 CSDDDでは、DDの対象として考慮すべき人権・環境への負の影響を、国際条約や規範等に基づいて明確に定義づけており、CSDDDのAnnexで詳述している(図表5)。
 これまでは、どのようなリスクを対象とすべきか曖昧な部分もあり、手探りでリスクアセスメントを進めてきた企業もあるのではないかと推察される。今後は、自社やサプライヤーの業種や展開地域など、定義に基づく様々な要素を考慮してリスクアセスメントを行う必要がある。

図表5

人権・環境へ負の影響
出典:EU, Directive (EU) 2024/1760 of the European Parliament and of the Council of 13 June 2024 on corporate sustainability due diligence and amending Directive (EU) 2019/1937 and Regulation (EU) 2023/2859よりHRGL作成

2-5 CSDDD違反時の制裁や企業の責任

 CSDDDに則ってEU加盟国の国内法が制定された後、当該国内法に違反した場合には、企業に制裁が科されることになる(第27条)。
 制裁の内容は、加盟国の国内法により規定されることになるが、少なくともグローバル売上高の最大5%以上を罰金の上限としなければならないとされている。さらに、罰金命令に従わない場合には、企業名と違反内容が最低5年間公開される旨が定められている。
 このほか、故意または過失により DD義務に違反したことにより損害が発生した場合、当該損害に対する民事責任が発生する旨も規定されている(第29条)。ただし、その損害が、バリューチェーン上のビジネスパートナーのみによって引き起こされた場合は、自社は損害賠償責任を負わないでよいとされている。

3.日本企業への影響と備えの必要性

 

 CSDDDで法的義務が課されているDDの義務事項は多岐にわたり、人権のみならず環境についても必要に応じてリスクアセスメントの際に考慮していく必要があるなど、留意すべき点が多数ある。
 まずは自社やグループ会社がCSDDDの直接的な規制対象であるかを確認する必要があるが、直接の規制対象ではなかったとしても、取引関係を通じて間接的にCSDDDに対応していかなければならないことを想定しておく必要がある。
 CSDDDの義務事項は多岐にわたり、対応には相応の時間が必要となる。早期に準備を進め、できるところから着手し、取組み計画を立て、順次対応していくことが望ましい。
 既に人権DDに取り組んでいる企業においても、現在の取組みがCSDDDの要求事項を満たしているかを確認するとともに、不足の有無に応じた対応が肝要となる。
 筆者が、日本企業の状況について、開示情報により把握可能な範囲で見る限り、社内のリスク認識やサプライヤーアンケートのみでリスクの洗い出しを行っていると懸念されるケースがある。しかし、それらのリソースのみを用いたプロセスでは、潜在リスクを把握することは困難である。UNGPはもとより、CSDDDにおいても、まずは潜在的なリスクを特定するとともに、リスクの高いところから優先的に対応していくことが求められている。したがって、まずは潜在リスクの把握の実施に向けて、自社の事業内容や展開地域、事業規模、サプライヤーの所在地等、様々な要素を考慮しつつリスクアセスメントを行うことが肝要である。そのうえで、実際のリスクインパクトがどのようであるか把握するというプロセスを踏むことが望ましい。もし現在のDDのアプローチに改善余地があると考えられる場合には、早めに取組み方法を再構築しなければならないと考える。
 なお、本稿では、CSDDDの主要事項である人権・環境DDの義務化内容に焦点を当てたが、CSDDDでは、気候変動対策に関する移行計画の策定も企業に対して義務付けられている。DDに関するガイドラインと合わせて、気候変動に関する移行計画に関する実務指針も策定される予定であることから、今後EUより公表される情報を注視し、規制に対応できるよう備えておくことが、リスクマネジメントの観点から推奨される。

脚注

  • 1「ビジネスパートナー」とは、企業がその事業、製品またはサービスに関する商業契約を締結しているか、chain of activities(バリューチェーン)で企業がサービスを提供している取引先(直接的ビジネスパートナー)、または、直接的ビジネスパートナー以外で、企業の事業、製品またはサービスに関連する事業活動を行っている者を意味する(第3条1項(f))。

参考文献

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

Miki Nonaka

大手金融機関にて受託財産管理業務に従事。その後、シンクタンクにて、福祉・労働分野を中心とした官公庁からの受託調査研究、民間企業向けコンサルティング業務、官庁への出向を経験。現在は、サステナビリティ領域を中心にガバナンスコンサルティングに携わる。慶應義塾大学商学部卒。