インパクト評価を活用したサステナビリティ経営の高度化
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
パートナー
今井 由美子
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント
三上 諒子
株式会社IMPACTLAKE
CEO
関野 麗於直
株式会社IMPACTLAKE
Director
王尾 直暉
■ サマリー
パーパスドリブンな経営の実現においては、重要な課題(マテリアリティ)に対する取組みによって創出される経済価値および社会価値の双方について、定量的に管理し評価することが望まれる。社会価値の評価手法の一つである「インパクト評価」は、機関投資家をはじめとする外部のステークホルダーに対して企業が将来にわたり創出していく価値を伝える際の、ストーリーの確からしさ(論理的整合性)を高めることに寄与する。
インパクト評価において企業の創出価値を把握する際には、企業が中長期的に成長するために解決すべきマテリアリティを考慮すべきである。マテリアリティに係る取組みを推進する企業は、①インパクトの可視化によるモニタリング、②意思決定への反映、③ステークホルダーとのコミュニケーションの3つの視点からインパクト評価を活用することが可能である。
インパクト評価の手法は、その目的や観点に応じて様々な手法が存在する。有用性(実施主体および評価者にとって意味のあるものか)・厳密性(実施主体の実態を正しく反映したものか、評価者にとって納得感のあるものか)・実行可能性(実施主体および評価者にとって実行・検証可能性のあるものか)のバランスを取りながら、インパクト評価を実行していくことが重要である。
インパクト評価は、「インパクト評価対象の選定」「インパクトの可視化」「インパクトの定量化」「活用方針の策定」のステップで実施される。インパクト評価を単なる情報整理ではなく、企業が中長期的に成長するための取組みの一部と捉え、マネジメントサイクルに反映することが肝要である。企業が創出する価値を定点観測するインパクトマネジメントは、企業のサステナビリティ経営をさらに高度化させるだろう。
目次
1.企業の創出価値を定量的に示す「インパクト評価」
企業は、持続可能な企業価値の向上に向けて、社会における自社の存在意義であるパーパスを策定すべきとされている。パーパスドリブンな経営戦略を実行することは、企業を取り巻く多種多様なステークホルダーの意向に応えることにつながり、結果、自社の価値と社会価値の双方の創出が可能となるからである。パーパス達成に向けた経営上の課題は企業により様々であり、企業はそれらの重要な課題(以下、「マテリアリティ」)を特定しマテリアリティの解決に向けた取組みを推進することが肝要である。したがって、マテリアリティに関する取組みは短中長期での経営戦略に統合されたものであり、取組みの進捗状況はマネジメントしていくべきものとなる。すなわち、目標・KPI管理を行う対象となる。こうした「サステナビリティ経営 1」の推進を通じて企業は社会価値および経済価値の創出を図っていくが、創出される双方の価値については定量的に管理し評価することが望ましいと考える。
マテリアリティに係る取組みには機会とリスクの両側面がある。また、取組みは大きく二つに大別される。一つ目は外部の開示基準やガイドライン等で取組み及び開示が要請されるもので、企業が最低限対応すべき規定演技の範疇と考えられる。二つ目は、自社ならではのマテリアリティに係る取組みであり、自由演技の範疇と言えよう。前者においては、昨今国内外で様々なサステナビリティ情報開示基準が整備・公表されており、マテリアリティに関連する指標があれば参照することが可能な一方、後者については、自社独自の指標を採用する必要がある。この自社独自の取組みを評価し実際に創出した価値を測定する方法の一つが「インパクト評価」である(図表1)。
図表1
マテリアリティ解決の取組みに係るインパクトの可視化

企業はマテリアリティを特定する際に、外部環境認識に基づきリスク・機会を可視化するプロセスを経るが、それらを上手くコミュニケーションできていないケースは多い。統合報告書においてはマテリアリティ解決を通じた事業成長の姿を価値創造ストーリーとして表現することが定着したが、その巧拙にはまだばらつきが存在する現状である。企業は将来にわたり創出していく価値の確からしさについて、機関投資家をはじめとする外部のステークホルダーに伝えていく必要があり、そのためには、どのように価値創造しているのかを論理的整合性をもったストーリーで語らねばならない。さらに、財務的側面同様に「その社会的価値の大きさがいかほどなのか=インパクト」を示すことが、ストーリーの確からしさを高めることに寄与すると考える。マテリアリティやサステナビリティ課題に対する取組みは、定量化により、モニタリングしマネジメントに活かしていくことが可能となるとともに、当該企業の社会への貢献度合いも明確に把握可能となる。以上より今後、インパクトの可視化に係る潮流はますます顕著になると考える。
企業におけるインパクト評価の手法は現在までに様々な団体が開発してきており、統一された手法は未だ確立されていないものの、企業がインパクト評価を実施するうえで参照可能なガイドラインも多く存在する。具体的なインパクト評価の手法について解説する前に、インパクト投資および評価手法に関連する国内外の主要な動向を紹介する。
2.国内外におけるインパクト関連の議論
2-1 金融庁による基本的指針の公表、インパクトコンソーシアムの発足
2022年10月に発足した「インパクト投資等に関する検討会(金融庁)」は、2023年3月29日、「インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針」を発表した(図表2)。基本的指針は、投資先・投資主体・アセットクラスに関わらず活用できるものであり、投資先についても業種・規模・上場/非上場・営業地域等を問わないとしている。本指針はインパクト投資に必要な要件を定義しインパクト投資市場参加者がインパクト実現に向けた協働等を進めるうえでの共通方針を示した点に大きな意義があると考えられる。
図表2
4つの要素からなる基本的指針

本指針は、4つの基本的要素(①実現を「意図」する「社会・環境的効果」が明確であること、②投資の実施により、効果の実現に貢献すること、③効果の「特定・測定・管理」を行うこと、④市場や顧客に変革をもたらす又は加速し得るよう支援すること)から構成される。インパクト投資を通じた社会・環境的効果を、投資家および事業者の双方が適切に把握しマネジメントに活かしていくためには、特に「③効果の「特定・測定・管理」を行うこと」が必要不可欠である。また、当該要素は企業のインパクト評価にも通ずるものであると考える。
本指針の基本的要素③によると、インパクト投資のねらいを実現していくには「事前に設定した資金面・非資金面での支援が行われ、事業面での改善が図られ、具体的な効果が表れたか、継続的に測定・管理することが必要」としている。本指針では、客観性を確保する観点から定量的な測定指標を採用することを推奨しているが、特に社会の分野で定量化に馴染まない事業がある場合には、投資家と事業者間で対話・検討を積み重ねることを前提に定性的な指標の採用も問題ないとしている。
インパクト投資は過去の投資実績が十分でないため、その市場は未だ発展途上である。黎明期にあるインパクト投資市場において、本指針は市場関係者が様々な取組みを通じた創意工夫を促すような原則的位置づけであり、インパクト投資市場の発展に向けては参加者による積極的な働きかけが望まれる。そこで金融庁は基本的指針の公表と併せて、日本におけるインパクト投資の確立を目指す官民連携の場としてインパクトコンソーシアムを発足している。コンソーシアムでは「データ・指標分科会」が設置されており、今後インパクト投資実務が蓄積されるにつれインパクト指標(インパクトデータ)が整理・データベース化されていくことが期待できる。
国内では先述の通りインパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針の公表、およびインパクトに係るコンソーシアムの設立があり、サステナブルファイナンスの中でも「インパクト」に対する注目度が以前にも増して高まっている。この波は、サステナビリティ経営を推進する上場企業にも影響を与えると予想される。なぜならば前述の通り、企業が経営課題として特定したマテリアリティに取り組むことでどのような価値を創出するのかという点において、より定量的に捉え、マネジメントしコミュニケーションする必要があると考えるためである。
また、従来のインパクト投資はその歴史的経緯からしばしば「社会的リターンと財務的リターンの関係性」について様々な議論がなされてきた。国内最大の機関投資家であるGPIF(Government Pension Investment Fund・年金積立金管理運用独立行政法人)は受託者責任を遵守した上でインパクト投資を実施する法的な根拠が不足しているとして、これまで明示的なインパクト投資は回避するスタンスをとっている。他方で、インパクト投資を含む責任投資に関する国際的イニシアチブであるPRI(Principle for Responsible Investment)はA Legal Framework for Impactの中で、インパクトに対する意図の度合いを切り口として手段的IFSI(Instrumental IFSI)と目的的IFSI(Ultimate ends IFSI)なる新たな分類を設けることで、受託者責任の範疇においても社会的価値を追求することの法的妥当性を提唱するなど、より幅広い資本が合理的なかたちで同領域に流入するための議論が進んでいるといえよう。
2-2 財務諸表に創出価値を反映させるインパクト会計
企業が社会や環境にどのような影響を与えたか可視化する手法の一つに、ハーバードビジネススクールが開発した「インパクト加重会計(Impact-Weighted Accounts)」がある。2019年にIWAプロジェクトが発足され、現在までに「環境」「製品」「雇用」の3つのカテゴリーで企業が創出するインパクトを会計システムに反映させる手法を開発・公表している。IWAを適用して算出された、事業活動によるネガティブ/ポジティブなインパクトが統合された利益を、自社が創出した最終的な価値として経営の意思決定に反映させる事例もみられる。また、投資家に対する情報開示においても有用であると考えられる。
IWAプロジェクトは、2022年にIFVI(International Foundation for Valuing Impacts)という独立した団体を発足した。当団体は、2021年のG7で設立が合意されたITF(Impact Taskforce)の「インパクト会計の義務化の要請」に応える形でインパクト会計のさらなる主流化と手法の発展を目指しており、Value Balancing Alliance(VBA)、GSG2 、IMP3を主要パートナーとしている。中でもVBAは企業が創出するインパクトの評価手法を従前より開発検討してきた組織であり、IFVIとVBAは「インパクト会計に関する概念フレームワーク」を共同で発行した。当該フレームワークには、インパクト会計の方法論に関する主要な概念、定義、原則が定められている。
当該フレームワークによると、インパクトは「直接的に、あるいは自然環境の状態の変化を通じて、人々のウェルビーイングの1つまたは複数の次元に生じる変化」と定義されている。インパクトが発生するまでの一連の連続した因果関係を整理したものが「ロジックモデル」であり、インプットを起点とし事業者の活動に関連する人々のウェルビーイングの変化に繋がる道筋を示すものとされる。このロジックモデルはインパクト評価の一貫した基礎的なフレームワークとなっており、ロジックモデルの変化の道筋に従って評価者は重要な指標やKPIを特定し、バリューチェーンの上流、下流、自社事業におけるデータ利用可能性を考慮しインパクトの定量化および金銭化を行う(図表3)。
図表3
インパクトが創出される道筋(ロジックモデル)

出典: IFVI “ General Methodology 1: Conceptual Framework for Impact Accounting”よりHRGL作成
企業が創出するインパクトは多岐にわたるため、当該フレームワークではインパクト会計の適用において「インパクトマテリアリティ」の観点から評価対象とするインパクトを決定すべきとしている(図表4)。外部環境および産業別スタンダード等から自社事業に関連すると想定されるトピックを洗い出し、ステークホルダーとのエンゲージメントおよびインパクトの測定・評価を通じて重要性を理解する。この重要性の判断からインパクト会計における評価対象を決定する。インパクト会計の結果は各トピックの重要性を判断するステップの参考情報として用いられることで、インパクト特定から評価、そして活用までの一連のサイクルが構築される。
先述の通り、企業はマテリアリティに対するインパクトを評価し管理することが望ましく、当該フレームワークにおける「特定したマテリアリティにもとづきインパクト評価の対象を決定すべき」という考えと合致している。その意味では、インパクト評価を実施する前段階でマテリアリティが適切に特定されていることが前提である。次章ではマテリアリティを起点とした経営戦略の遂行について再考するとともに、インパクト評価の活用可能性について検討したい。
図表4
インパクト会計の対象とすべき「インパクト」

3.マテリアリティ解決におけるインパクト評価の有用性
3-1 3つの活用ポイント
インパクト評価の活用可能性について、主に3つの観点から検討したい(図表5)。まず一つ目が、企業の取組みによって創出された実際の変化・効果を可視化しモニタリングを行うことである。特定したマテリアリティに関連するKPI・指標を設定し定期的に進捗管理を行っている企業は多数存在するが、それらのKPI・指標はアウトプット(製品やサービスを通じた影響)にフォーカスした内容に留まっているケースが多く、社会にもたらす価値に係るKPI・指標を設定しかつ比較可能な形でモニタリングしている例は、ごくわずかである。特に、パーパスを掲げ長期ビジョンを策定している企業において、その実現に向けた進捗評価を行う際には、アウトプットのみならず、その先のアウトカム(インパクトも含む)までを評価対象とすることが必要なはずである。パーパスの実現や長期ビジョンの達成を「どの程度」実現できているのかを明示的に把握しなければ、その進捗度合は評価できないと考える。それゆえ、マテリアリティ解決に係る取組みはそれらのアウトプット及びアウトカムの双方を定量にてモニタリングすることが肝要であり、社会的なインパクトを定量で可視化することがその手段となると言えよう。
二つ目が、社内の意思決定における評価結果の活用である。上述の通り、インパクト評価の結果は取組みがパーパスや長期ビジョンとアラインしているかを確認する手段となるが、そもそも企業が想定する取組みを行うべきか否かの判断を行うにあたり有効である。対象の取組みが自社にもたらす財務的インパクトはもとより、それらがどのような社会的インパクトを創出することになるのか、ひいては未来の価値創造への投資につながるのかを事前に試算することが望ましい。新規事業が創出すべき社会的インパクトについてあらかじめ一定基準を設けておき、それらを超える場合には事業を遂行する、もしくは投資を実行するなどの判断軸とするなどがこの一例である。それらのプロセスを経ることで、企業として事業と社会価値の創出を明示的に両立していくことが可能になると考える。さらに、パーパスの実現や長期ビジョンの達成に対して、検討対象の取組みがどの程度寄与することになるか事前に把握することで、未来においてよりパーパスドリブンな経営を遂行していくことにつながると考える。
三つ目は、機関投資家を含むステークホルダーとのコミュニケーションにおける活用である。企業の財務的価値を創出するまでの期間、道筋、そして現在地を知りたい機関投資家にとって、マテリアリティ解決に向けた取組みの進捗状況を定量的に示すことのできるインパクト評価は有用であると考えられる。インパクト評価の方法論(重要な仮定、データソース等含む)に関する情報も併せて開示することで、サステナビリティ関連のリスク・機会を踏まえて企業が策定した戦略が実際に社会価値および財務価値を創出しているか、ならびに今後の見通しについての自社の認識を定量的に説明しやすくなる。また、事業を通じて影響を与える可能性があるステークホルダーに対しても、企業として創出する価値がどの程度であるかを開示することで課題の重要度と解決に向けた取組みを効果的に伝えることが可能であると考える。
図表5
インパクト評価結果の活用における3つのポイント

3-2 マテリアリティ見直しとインパクト評価
インパクト評価では現時点の企業による創出価値を可視化することができるが、評価結果は定期的に実施するマテリアリティ見直しのプロセスにも反映されるべきである。経営環境の変化、新たなサステナビリティ課題の発生、ステークホルダーからの期待等を踏まえ、企業は定期的にマテリアリティを見直す必要があるが、企業が社会に与える可能性のあるインパクトの重要度を判断するうえで定量的な情報を活用することができる。
マテリアリティの見直し(特定)を行う際、多くの企業は外部の産業スタンダード、情報開示基準、レポート等を参照しながら自社にとってのリスク・機会を洗い出し将来の財務インパクトに影響を与える可能性のあるトピックの優先順位を付けていくと思われるが、社会・環境に対する影響度としてインパクト評価の結果を活用することで特定プロセスおよび判断基準がより明瞭になる。自社が創出しているインパクトを管理し経営の意思決定のサイクルに組込んでいくことは、サステナビリティ経営を高度化させることにもなる。高度化に向けたインパクトマネジメント体制の在り方について解説する前に、インパクト評価の手法について概要を説明する。
4.インパクト評価の実務的手法
4-1 インパクト評価のプロセス
インパクト評価の活用範囲はモニタリング・意思決定・コミュニケーションなど多岐にわたるが、インパクト評価の手法については、その目的や観点に応じて様々な手法が存在する点は先述の通りである。そうした中でも企業などの実務家にとっては、有用性(実施主体および評価者にとって意味のあるものか)・厳密性(実施主体の実態を正しく反映したものか、評価者にとって納得感のあるものか)・実行可能性(実施主体および評価者にとって実行・検証可能性のあるものか)のバランスをいかに取りながら、インパクト評価を実行していくかが重要なポイントとなる。それらのバランスについては、評価主体の属性(企業、投資家など)やステージ(上場・未上場など)、目的(開示、インナーコミュニケーション、エクイティストーリー、継続的なIMM(Impact Measurement & Management)など)により異なるため一概には言えないが、インパクト関連の各種開示などの範囲からおよそ一般的であると想像されるインパクト評価プロセスについて述べる。
一般に、インパクト評価は「インパクト評価対象の選定」「インパクトの可視化」「インパクトの定量化」「活用方針の策定」のステップで行われる(図表6)。
図表6
検討アプローチ

4-2 インパクト評価対象の選定
まず、インパクト評価対象の選定においては自社のマテリアリティを意識することが主要なフレームワークなどにおいても大前提となる点は第2章で言及した通りであるが、実務的には以下の点を総合的に勘案してインパクト評価の対象を選定することを推奨している。
●重要性:仮にその事業や取組みがなかった場合、同様の成果を生み出せた可能性が大きく下がるような、インパクト創出において貢献度の高い要素であるか
●主体性:その事業や取組みを行う主体、或いはリソース投下などのインプットを行う主体が、インパクトを意識して活動しているか
●継続性・持続可能性:一過性のものではなく、ある一定以上の期間継続されるような性質のものであり、結果として創出されるインパクトもある程度継続性を有するか
●独自性・優位性:他の活動主体のそれと比較してインパクト創出において何らかの独自性・優位性を持っているかどうか
また、自社の取組みについて散発的・恣意的に評価するのではなく、一定範囲について可能な限り網羅的に評価することが重要で、そのためのバウンダリ(評価範囲の境界線)を以下のような観点から設定することが肝要である。
●ステークホルダー軸:直接的な貢献か、あるいはその先にある重要なステークホルダーへの間接的・波及的な貢献か
●事象・効果軸:ターゲットとするインパクトまでの事象の距離感、他の要素と比較した影響の度合い・確度
●時間軸:インパクトに資する活動がいつ行われるか、インパクトがいつ実現するか、どれくらいの期間にわたって創出されるか
4-3 インパクトの可視化
次に、インパクトの可視化を行う。インパクト可視化の手法として一般的であるのはロジックモデルである。企業戦略の文脈では「価値創造ストーリー」などと呼ばれることもあり、投下資本がどのような事業活動につながり、どういった社会的・経済的成果を生み出すかを、その経路も含めて分かり易くツリー形式で示すものである。ロジックモデルは投資家や企業において一定の利用実績があり、インパクト評価手法の一つとして広く受け入れられていると言える。先述のImpact Frontier等の機関からガイドラインを通じてその構築方法や活用方法などが示されているものの、実態としては利用目的や評価主体の想いなどに応じて比較的自由度高く用いられているように見受けられる。とはいえ、然様な状況は投資家などのステークホルダーにとって評価しづらい状況を助長している側面があることも事実である。ここではロジックモデル構築の一例として、一定の網羅性と定量可能性を念頭に置いた、ロジックモデル上の各アイテム設定(インパクト/アウトカム/アウトプット/アクティビティ)の設定方法を紹介する。
●インパクト:最終的に実現したいこと・解決したい課題
●アウトカム:インパクトの実現のための構成要素として網羅的な形にすること(例えば、市場構成・コスト構造などの定量的な内訳や、バリューチェーン・Patient Journeyなどの一般的な枠組み)
●アウトプット:アウトカムにつながるものとしてIWAのフレームワークを今回目的に合わせて拡張したものを切り口として活用する
➤アクセシビリティ(IWA:Access):課題解決・価値創出に対して、アクセシビリティの向上(旧来ある付加価値の拡散や顕在化)をもたらすもの
➤質(IWA:Quality):課題解決・価値創出に対して、質的向上(本質的な付加価値向上)をもたらすもの
➤選択可能性(IWA:Optionality):課題解決・価値創出の選択肢を増やすもの、結果として全体の価値向上をもたらすもの
➤効率性(IWA:Pollutants & Efficiency):使用・利用過程においてより効果・付加価値・成果の実現に対する効率性が高い・コストが低いもの
➤持続性(独自に拡張):使用・利用過程において期待する効果・付加価値・成果がより長く持続性が高いもの
➤速効性(独自に拡張):使用・利用過程において期待する効果・付加価値・成果が早期に発現するもの
➤再利用可能性(IWA:Recyclability):副次的な効果・付加価値、およびその利用可能性が大きいもの
●アクティビティ:企業・事業での取組み(直接的に実施したこと)
4-4 インパクトの定量化
最後にインパクトKPIの設定とインパクト定量化を行う。インパクトKPIは取組みの進捗状況や創出した成果の大きさを定量的に測っていくための指標で、ロジックモデル上のアクティビティからインパクトまで各アイテムに対して個別に設定可能である。今後の取組みによる成果創出の目標値や計画値を決める場合は、アクションKPIをベースにボトムアップにインパクトを推計していくケースが多い。他方で、実際にどの程度最終成果が創出されたかを把握し、当該数値を対外的に開示するような場合は比較的イメージがつきやすい最終的なインパクトに対するKPI(=KGI)が用いられるケースが多い。また、それらと同時に重要なのは、具体的な進捗を示すための中間KPIの設定である。インパクト創出は概して長い時間を要するため、実際に企業などの時間軸でそれらを管理していくためには、この中間KPIを適切に設定しその進捗状況を測ったり、状況に応じた取組み方針の見直しを短中期で実施したりすることが成果創出の肝であるためである。
設定するKPIは一般に、正確性・適合性・明瞭性・汎用性・公共性・連続性・鮮度・信頼性などの観点から総合的に判断し妥当な統計や指標を設定する。さらに、数値取得まで考慮した際には、以下のような点に留意して設定する(図表7)。
図表7
KPI設定の観点

●個社などの個別貢献を示すものであるか、課題全体の変化を示すものであるか
●実測値(直接計測した数値)か、統計的有意な数値か、推計ベースの数値か
●アクション評価は、どの程度の粒度のカテゴリーと進捗状況で評価するか
実務的には、上記の観点に加えて投資家など対外的に開示する指標と社内向けに整理する指標はその目的に応じて異なるものを活用したり、利用可能な情報が社内外双方において少ないことから最小構成のデータで開示・管理したりするなどの調整は一般的である。さらに、アクションKPIは明確であるものの推計ロジックにおける前提情報(とある取組みに対して、単位当たりどの程度の効用をもたらすかに関するエビデンス)の確保が問題となることもしばしばあるため、そのようなデータアベイラビリティに応じて目標設定の範囲を拡張していくなどの工夫も考えられる。いずれにせよインパクト評価とは単なる情報整理にあらず、企業が中長期的に継続していくことになるインパクトマネジメントのプロセスの一部と捉え、その定期的なアップデートに努める必要がある。
5.インパクトマネジメントをサステナビリティ経営の柱に
本稿では、国内外におけるインパクト関連の議論、インパクト評価の有用性、具体的なインパクト評価の手法について述べた。さいごに、企業の創出価値を可視化するインパクト評価は単発ではなく継続的に実施しマネジメントサイクルに取り込むことが望ましい点を強調したい。
企業はマテリアリティの解決を通じて企業価値の向上を実現していくため、中長期的な経営戦略(中長期経営計画)はそれらの解決を目的として策定されるべきと言える。したがって、マテリアリティに係る取組みのモニタリングについても財務および非財務双方のKPI・指標を設定し、進捗管理を行うことが望ましい。また、定期的に結果が取締役会に報告され必要に応じて経営戦略の軌道修正が図られるべきである。以上のようなマネジメントサイクルにおいて、各々の取組みに非財務のKPI・指標を設定し、インパクト評価の結果を活用することが有用と考える(図表8)。
インパクト評価を通じて企業が創出する価値を定点観測できるようになれば、どのような価値がいかなる取組みを通じて創出されたか、より的確に把握可能となる。企業が創出する価値を管理するインパクトマネジメントは、サステナビリティ経営をさらに高度化させる一つの手段となるだろう。
図表8
マテリアリティに紐づく財務・非財務KPIのモニタリング

参考文献
- 1 従業員、顧客、取引先、社会、株主、投資家等、マルチ・ステークホルダーと協働のもと、経営者が、持続的な企業価値向上に向け、社会的責任を重視した経営を行うこと
- 2 「人々や環境によりよい影響をもたらす本質的なインパクトを創出、促進、統合させ、インパクトエコノミーの実現を目指す」ことをミッションとする、インパクト投資を推進するグローバルなネットワーク組織
- 3 インパクトマネジメントの実践を主流化することを目的とした、サステナビリティ情報開示基準およびガイダンスの主要なプロバイダー間のコラボレーション(プラットフォーム)
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
パートナー
今井 由美子 Yumiko Imai
サステナビリティ戦略立案およびマネジメント体制の構築、サステナビリティ関連リスク対応、機関投資家とのコミュニケーションの促進等、当該分野における多数のコンサルティング実績を有する。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント
三上 諒子 Ryoko Mikami

株式会社IMPACTLAKE
CEO
関野 麗於直 Reona Sekino

株式会社IMPACTLAKE
Director
王尾 直暉 Naoki Obi
