HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

価値ある人的資本ストーリー構築における押さえるべきポイント

  • Corporate
    Governance
  • Nomination/HR
  • Compensation
  • Sustainability

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

清田 大介

■ サマリー

人的資本の情報開示義務化から2年目を迎え、3月決算企業の多くが2回目の情報開示を終えており、開示傾向に変化が生じてきている。

2023年度は人事の領域内のテーマを中心とした情報開示が目立ったが、今年度は各社が設定するパーパスやマテリアリティ、中期経営計画で掲げる経営戦略やKPIと紐づけた企業独自の人的資本ストーリーを説明する企業が増えてきた。

投資家の人的資本経営に対する目線にも変化が生じており、経営戦略と人財戦略が連動した取組みを通じて企業価値向上にいかに寄与しているのかという観点から人的資本ストーリーを評価する傾向が強まっている。

人的資本ストーリーを構築するうえで、人的資本の取組みがどのように社会環境価値や経済価値に繋がっているのかを経営目線で整理することが重要。

価値創造プロセスのフレームワークを活用し、人的資本ストーリーや人的資本の指標を整理することが、投資家に向けた説得力ある企業価値向上ストーリーの構築に繋がる。

人的資本ストーリーにおける指標として従業員エンゲージメントが注目されている。社会環境価値(ESG領域)のKPIとして活用でき、事業戦略に繋がる労働生産性を高める要素として企業を総合的に効果測定できる重要指標となりつつある。

目次

目次を閉じる

1.価値創造プロセスを活用した人的資本ストーリー

 

 人的資本の情報開示義務化から2年目を迎え、3月決算企業の多くが有価証券報告書や統合報告書を通じて2回目の情報開示を終えています。2023年度は、人的資本開示元年ということもあり、人事の領域内のテーマを中心として「採用・育成・配置・ダイバーシティ&インクルージョン・健康経営などの人事施策」といった情報開示が目立っていました。一方で今年度は、人事の領域から一歩踏み出し、各社が設定するパーパスやマテリアリティ、中期経営計画で掲げる経営戦略やKPIと紐づけた企業独自の人的資本ストーリーを説明する企業が増えてきた印象です。これらの傾向は、人的資本の取組みが企業価値向上に紐づく主要テーマになり、人事部マターから経営マターに移管して、経営陣が議論すべきアジェンダとして重要度が増してきている事を指しているといえるでしょう。
 また、投資家の人的資本経営に対する目線も変わってきています。経営戦略と人財戦略が連動した取組みが自社の企業価値向上にいかに寄与しているのか、あるいは中期経営計画や長期ビジョンの実現性、企業価値向上につながるKPIへの着目など、人事施策の実効性に加えて人的資本経営のストーリーと企業価値向上への注目がより高まっているのです。 図表1は、弊社が機関投資家向けに実施したインタビュー調査の結果を掲載しています。この結果からも経営戦略と人財戦略の連動性や人的資本ストーリーの進捗度合いを確認するためのKPIの現状ならびに今後の改善目標について機関投資家が注目していることは明らかです。企業価値や経営戦略との繋がり(因果関係)が示されることにより投資判断の好材料として見られるのでしょう。
 このように企業価値向上の観点から、人的資本経営を捉えている投資家に向けた人的資本ストーリーを開示するうえで押さえておきたいポイントがあります。

図表1

人的資本経営に関する機関投資家の意見
出典:HRGLより各社インタビュー調査結果

 そのポイントは、 人的資本の取組みとアウトプットやアウトカムの繋がりを経営目線で整理することです。企業の財務資本や人的資本を含む非財務資本などのインプットが、事業活動を通じて製品やサービスといったアウトプットに繋がり、アウトプットの結果が社内外に向けて社会環境価値や経済価値(財務価値)といったアウトカムをもたらしていく。このような価値創造プロセスにあわせて人的資本ストーリーを捉えるとわかりやすく経営目線で整理することができます。図表2では、上記価値創造プロセスを踏まえた人的資本ストーリーの流れを図式化しております。具体的には、インプットで人的資本に関するリソースや強みを把握し、人的資本における強みと競争優位をもたらす自社の強みを掛け合わせて事業活動を行うことで自社の強みが強化され、効果的なアウトプットに繋がります。さらに人的資本ストーリーをアウトカムに繋げていくには、社会環境価値を高める人事施策と経済価値(財務価値)を高める人財戦略の2つを意識しながら、人的資本の施策を整理し、運用、モニタリングすることが重要です。社会環境価値を高める人事施策とは、ESGのS領域(社会領域)の課題を解決するための人事施策のことです。ダイバーシティ&インクルージョン 、健康、安全といったマテリアリティ設定がよく見られます。経済価値を高める人財戦略とは、中期経営計画を達成するために求められる人財をどのように必要数確保していくのか、すなわち質・量両面において人財をいかに確保していくのかという点を踏まえて事業活動を推進していくことです。上記を踏まえて事業活動を行うことで、効果的なアウトプットやアウトカムに繋がります。このように価値創造プロセスのフレームワークを活用しながら人的資本ストーリーや人的資本の施策や指標を整理することが、投資家に向けた説得力ある企業価値向上ストーリーの構築に繋がっていくといえるでしょう。
 また昨今では、人的資本ストーリーを投資家向けに限らず、社員に向けて浸透させている企業も増えてきています。CEOやCHROが経営戦略を実現するための人財戦略として全社員向けのメッセージとして活用する事例や新入社員研修や階層別研修の一環として社員同士でディスカッションさせてストーリー理解を深めるといった取組み事例もあります。

図表2

価値創造プロセスを活用した人的資本ストーリー
出典:HRGL作成

2.人的資本経営の主要指標としての従業員エンゲージメント

 図表2で紹介した価値創造プロセスのフレームワークの中で、人的資本ストーリーや指標を設定するうえで効果的に活用できる指標があります。それは、社会環境価値を高める非財務指標と経済価値を高める財務指標の共通指標として活用可能な従業員エンゲージメントです。従業員エンゲージメントそのものがESGのS領域のKPIとして活用でき、また事業戦略を実現するうえで必要な要素である労働生産性との相関関係が示されているため重要なKPIと考えます。このように従業員エンゲージメントが、総合的に効果測定を行える指標として昨今、人的資本経営を推進する企業において注目度が高まってきているのです。
 図表3の通り、従業員エンゲージメントを分解すると「やりがい」と「働きやすさ」に大きくわかれ、両面から高めていく必要があります。「やりがい」を高めるには、企業の進むべき方向性(パーパス・経営戦略・人財戦略)に共感した従業員をいかにして増やすかが肝要です。また、自ら働く会社の社会的価値を高めていくことで社会的重要度の高い仕事に従事しているという満足度がやりがいの向上にも繋がっていき、中長期的に企業価値(株式価値)向上にも結びつきます。「働きやすさ」においては、人事評価と報酬、処遇・福利厚生面といった金銭的な報酬面も求められます。
 このように「やりがい」と「働きやすさ」における属性は異なりますが、親和性の高い打ち手を最後にご紹介します。それは従業員向け株式報酬制度です。やりがいに直結する企業価値向上の意識醸成と働きやすさに直結する報酬を連動させた従業員向け株式報酬制度は、従業員エンゲージメント向上の効果が期待でき、企業と従業員が一体となって企業価値向上を目指す効果的な施策であるといえます。

図表3

従業員エンゲージメント向上に必要な要素
HRGL作成

3.おわりに ―次回メルマガのご紹介―

 上述の通り、価値ある人的資本ストーリーを構築するうえで押さえるべきポイントは、人的資本の取組みがどのように社会環境価値や経済価値に繋がっているのかについて、価値創造プロセスを活用しながら整理することです。整理することで投資家・従業員・求職者に向けた説得力ある企業価値向上ストーリーの構築にも副次的に繋がっていきます。その他、人的資本ストーリーにおける効果的な指標として従業員エンゲージメントを活用していくことも重要なポイントであります。
 次回のメルマガでは、従業員エンゲージメントの向上施策として注目を集めている「従業員向け株式報酬制度」について詳しくご紹介いたします。
 従業員向け株式報酬制度の導入意義は、「人財戦略」「資本戦略」「ガバナンス」など多岐にわたりますが、昨今では人財戦略の観点から導入を検討する企業が増加傾向にあります。従業員に自社株式を保有させることで、人財戦略として優秀人財・希少人財の確保や処遇向上に繋がるだけでなく、企業価値向上に向けた意識醸成から従業員エンゲージメント向上といった副次的な効果も生み出します。次号では、従業員向け株式報酬制度の導入意義や導入状況についてご紹介させていただきます。

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Daisuke Seita

大学卒業後、企業向けに福利厚生商材を提供する会社にて福利厚生制度構築や制度改定を通じて、人事課題の解決や従業員エンゲージメント向上に従事。現在は、役員のサクセッションプランや人事制度改定のコンサルティングに従事している。