経営者と従業員のペイギャップは拡大しているのか
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
早稲田大学商学学術院
教授
久保 克行
■ サマリー
2014年から2023年のデータを分析した結果、日本企業の内部取締役の平均報酬は3876.7万円、従業員の平均賃金は699万円であり、ペイギャップはおよそ5.48倍であった。
ペイギャップはこの時期拡大しており、その背後には取締役報酬の増大があった。
一方、米国における同様のデータを確認すると、トップマネジメントチーム(C-Suite)と従業員のペイギャップは68.6倍であった。比較対象は必ずしも同じではないが、米国よりも日本の方が大幅に低い。
経営者報酬は、経営者にとってインセンティブとして機能するだけではなく、昇進を目指す管理職や従業員にとっても将来の報酬機会として作用しうる。
目次
1.はじめに
本稿では日本の役員と従業員の所得格差(ペイギャップ)に注目する。広く知られているように、諸外国、特に米国と比較して日本のペイギャップは極端に小さいということが指摘されてきた。一方で、1990年代後半から現在にかけて行われたコーポレートガバナンス改革にともなって多くの企業で経営者報酬のあり方が大きく変化している。一般にコーポレートガバナンス改革は2015年のコーポレートガバナンス・コード導入をきっかけに始まったと考えることも多い。しかし、経営者のインセンティブへの注目は、それ以前からはじまっている。特に1990年代後半から、多くの企業が経営者に対してストックオプションを発行する動きがあった。現在では、業績連動報酬の割合が増加し、譲渡制限付株式や株式報酬などの長期インセンティブが導入され、また報酬を決定する際にはROA等の財務項目だけではなく、サステナビリティなどの非財務項目が含められるようになってきている。経営者に企業価値を最大化するインセンティブを付与するという観点から、これらの改革は望ましい方向にあったと考えられる。一方で、これらの経営者報酬改革において、従業員報酬との関係については、あまり議論されてきていない。しかし、現在でも内部昇進の経営者が多いことを考えると経営者報酬も内部の人事システムの一部であると考えられる。その意味で、ペイギャップに注目することは意味があるだろう。本稿では、ペイギャップに関する理論を紹介し、米国の状況を確認したのちに、近年、ペイギャップがどのように変化してきたかについて日本の上場企業のデータを用いて分析した筆者の近年の研究を紹介する(久保、2025)。この研究では、2023年に東証プライム市場に上場している企業で、2014年から2023年まで共通してデータを確認できる890社を対象に分析している。
2.アメリカの例:巨大なペイギャップは正当化できるか
そもそもペイギャップが大きいことは望ましいのだろうか。近年、英国や米国において上場企業が経営者と従業員の報酬格差を公開することが求められている。米国では経営者報酬の開示については主にRegulation S-KのItem 402で定められている。2018年より、上場企業はCEOまたはそれに相当する者の報酬、従業員の年収の中央値、その比率を公開することが求められるようになっている。この規則の背後には、経営者の報酬が従業員賃金から乖離し、その差が大きくなっていることへの懸念がある。なお、日本においては、上場企業はペイギャップ自体に対する開示義務は存在しない。
アメリカのCEO報酬が高額であることはよく知られているが、当然予想できるようにペイギャップは非常に大きい。米国の労働組合AFL-CIOが運営する経営者報酬監視ウェブサイトのCEO Paywatchによると、2024年においてS&P500採用企業におけるCEO報酬の平均値は、およそ1890万ドル(28億4千万円)であり、ペイギャップの平均値は285倍であった。またS&P500採用企業中、最もペイギャップが大きいのはStarbucksであり、CEOは従業員賃金の中央値の6666倍の報酬を受け取っているということになる。
米国の一部の企業のように、数千倍という格差を正当化することは直感的にも容易ではなく、多くの批判がある。有名な経営学者のピーター・ドラッカーは以下のように述べている。
「企業が必要とするチームワークと信頼を損ないたくないのであれば、給与比率は20対1が限界であると、私は経営者たちに繰り返し助言してきた。」(Drucker, as cited in Wartzman, 2011)。
一方、トーナメント理論と呼ばれる理論は、格差が企業価値を増大させるプラスの効果をもつと主張している。トーナメント理論によると、上位の職と下位の職に報酬格差が大きい場合には、下位の従業員は昇格するための強いインセンティブを持つため、より昇格のために働くようになる。この理論によると、競争相手が多い場合にはインセンティブを維持するために格差を大きくする必要がある。また、上位の職になる程、格差を大きくする必要がある。昇進にともなう報酬増加が大きいほど、従業員が熱心に働くインセンティブをもつため企業の業績が向上する傾向にある、と予想される。過去のいくつかの実証研究では、このようなトーナメント理論と整合的な結果が示されてきた (Eriksson, 1999)。
3.日本におけるペイギャップの現状と日米比較
それでは、日本におけるペイギャップについて確認しよう。ここではCEOではなく内部取締役に注目する。これはCEOについては報酬が1億円を超えていない場合には額が公表されていないためである。東証プライム上場企業890社を対象とした2014年から2023年のデータを分析したところ、日本の従業員一人当たり賃金の平均値は約699.0万円(中央値585.7万円)であった。これに対し、内部取締役の一人当たり平均報酬は約3,876.7万円(中央値3,066.7万円)であり、日本におけるペイギャップの平均値は5.48倍(中央値4.64倍)となる。なお、ペイギャップの平均値は、各企業について算出したペイギャップを平均したものである。そのため、この値は、全企業の平均取締役報酬を全企業の平均従業員賃金で割って算出した値とは必ずしも一致しない。
次に、この値について、米国のどの企業、どの役職と比較するかは考える必要があるが、ここでは米国のS&P500企業と比較を行う。これらの企業における2024年の従業員の年収は円安ということもあり、約1281万円と日本のほぼ倍額であった。一方、2020年代のトップマネジメントチーム(C-Suite)の平均報酬は約8.79億円であった。このため、従業員賃金とトップマネジメントチームの報酬格差は約68.6倍ということになる。このことから、比較対象には違いがあることに留意する必要はあるものの、日本のペイギャップは米国と比較すると依然として非常に小さい水準にあることがわかる。なお、これらのデータの詳細については久保(2025)に記述されている。
図表は、2014年から2023年までの日本の内部取締役報酬と従業員賃金の推移を示している。このことから、日本のペイギャップが拡大していることがわかる。この時期、従業員の平均報酬の増加は相対的に小さい一方で、内部取締役報酬は大きく増加している。内部取締役報酬は2014年には平均3170.4万円であったのに対し、2023年には4749.2万円と10年間でほぼ50%上昇している。一方で、従業員賃金は2014年に664.9万円、2023年には736.8万円で上昇は11%に過ぎない。この結果、日本においてもペイギャップが4.8倍から6.2倍に増加傾向にあることがわかる。
4.まとめ
経営者報酬をデザインする際に最も重要なのは、経営者に対して長期的な企業価値を最大化するようなインセンティブを付与することである。長期的な企業価値の成長を適切に計測することは容易ではないため、報酬体系を設計する際には複数の業績指標を用いながら、固定給、年次賞与、長期インセンティブを組み合わせることになる。経営者の貢献度を正しく把握するためにはピアグループとの比較による相対業績評価も必要であろう。また、優秀な経営者が引き続き自社にとどまってもらうためには適切な固定給が必要である。これらを考える際に、従業員賃金との関係を考慮することは後回しになりやすい。しかし、実証研究が示しているのは、経営者報酬は、経営者にとってインセンティブとして機能するだけではなく、昇進を目指す管理職や従業員にとっても将来の報酬機会として作用しうるということである。
図表1
取締役報酬と従業員賃金の推移

参考資料
・久保克行 (2025) 「役員と労働者の格差は広がったのか? 」『日本労働研究雑誌』 (785) 2025年12月 59 – 68
・Eriksson, T. (1999). Executive compensation and tournament theory: Empirical tests on Danish data. Journal of Labor Economics, 17(2), 262-280. https://doi.org/10.1086/209920
・Wartzman, R. (2011, February 17). Comment letter regarding Section 953(b) of the Dodd–Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act [Letter to Mary L. Schapiro]. U.S. Securities and Exchange Commission. https://www.sec.gov/comments/df-title-ix/executive-compensation/executivecompensation-60.pdf
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
早稲田大学商学学術院
教授
久保 克行 Katsuyuki Kubo