HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

サステナビリティ・ガバナンスの本質と日本企業の到達点

  • Corporate
    Governance
  • Nomination/HR
  • Compensation
  • Sustainability

高崎経済大学学長 
HRガバナンス・リーダーズ顧問

水口 剛

■ サマリー

サステナビリティ・ガバナンス には二つの見方がある。「サステナビリティに関するガバナンス」、および「サステナビリティ経営のためのガバナンス」という見方である。

人々の多様な価値を意味する価値観(Values)があって初めて経済的な価値(Value)が生まれる。経済活動とは市場を通じて価値観を価値に転換する行為と言ってよい。

今、経済活動の基盤となる社会共通の価値観がシステミックリスクに曝されている。これは経済システムが社会や環境システムに与える影響が他のシステムに連鎖的に伝播し、それらがめぐって経済システムに悪影響を与えるというリスクである。

市場全体の動き(市場平均リターン)は変えられないと考えて、個別の利益(α)だけを追求しがちだが、システミックリスクを考慮して行動することで市場全体の底上げ(β)を実現することができる。それがサステナビリティ経営であり、「株主資本主義」からパーパス経営、「ステークホルダー資本主義」への移行を意味する。

「稼ぐ力」はもちろん重要である。しかし同時に私たちは「稼ぐ力」だけを追求することのリスクを考える必要がある。稼ぐ力の前提となる経済活動の基盤、すなわち「稼ぐ力を支える社会システム」を守らなければ、自社の稼ぐ力も守れない。
そのためには「サステナビリティ経営のためのガバナンス」が重要になる。

最後に、2025年度のHRGLコーポレートガバナンス・サーベイの結果を紹介する。取締役会でサステナビリティに関し恒常的に議論している企業は全体の10%と低い水準にとどまる。今後、少しでも多くの企業がサステナビリティ・ガバナンスをより高度化し、経営や戦略にうまく統合していくことに期待する。

目次

目次を閉じる

1. サステナビリティ・ガバナンスと価値観

1-1. サステナビリティ・ガバナンスとは何か

 サステナビリティ・ガバナンス¹には二つの見方がある。一つは「サステナビリティに関するガバナンス」という見方、もう一つは「サステナビリティ経営のためのガバナンス」という見方である。「サステナビリティに関するガバナンス」という見方では、サステナビリティ・ガバナンスは報酬ガバナンスや指名ガバナンスと並ぶガバナンスの一つの領域と位置付けられる。この場合の関心事は、GX対応や人的資本経営などをいかに企業価値向上につなげるかということになるだろう。
 一方、「サステナビリティ経営のためのガバナンス」という見方では、「サステナビリティ経営」という概念が先にあり、それをいかに実現するかが問題になる。この場合、サステナビリティ・ガバナンスの対象は、ビジネスモデルや戦略を含む経営の全体ということになる。

1-2. 企業価値とは何か

 企業価値についても二つの見方がある。まず通常のファイナンス理論で考える企業価値の見方である。「企業の経済的価値」という考え方だ。これは当該企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの現在価値である。「稼ぐ力」もこの見方に近い。しかしこの考え方に納得する人はどのくらいいるのだろうか。
 もう一つは「企業の社会的存在価値」を企業価値と捉える見方である。「企業価値は経済的価値だ」と聞くと、会社の経営に関わる人の多くは「いや、企業価値は単なる経済的価値よりも広い概念だ」と思うのではないか。企業は社会に対してさまざまな価値を生み出している。例えば「働く人々の生活の場や成長の機会の提供」、「コミュニティへの貢献」、「イノベーションの創出」、「社会の豊かさへの貢献」などだ。これらは企業の社会的な存在価値であり、その全体が企業価値だと考える見方である。多くの企業はパーパスという形で自社の社会的存在価値を発信している。
 企業は経済的な主体なので、パーパスとその追求のための取組みが市場で評価されなければ、企業として存続できない。逆に、市場において存在し続けている企業はそのパーパスが市場で評価されていると言える。それはその企業の社会的存在価値が消費者や投資家に何らかの形で評価され、プレミアムが支払われていることを意味する。では、この「社会的存在価値にプレミアムが支払われる」とはどういうことなのか。

1-3. 価値観(Values)と価値(Value)

 その意味は「価値観(Values)」と「価値(Value)」という視点を持つと見えてくる。複数形のValuesとは多様な価値を意味し、価値観と訳される。世の中では様々な人が多様な価値観を持って生きている。それは人が何を大事と考えるのかという個人の価値意識である。衣食住といった人間の基本的な欲求を満たすことも価値観である。さらに「美しいものを見たい」、「自然環境を守りたい」、「社会の人々を助けたい」など様々な価値観が存在する。
 一方単数形のValueは経済的な価値を意味し、単に価値と訳される。人々の多様な価値観の中で、市場で取引されるものが価値に転換される。経済活動とは市場を通じて価値観を価値に変える行為と言ってもよいだろう。一方、市場で価格がつかなくても、社会全体で大事だと合意される価値観²は社会規範として守られてきた。企業も気候の安定や人権の保護など社会が共有する価値観に貢献するならば、消費者や投資家からより積極的に選ばれる可能性がある。これが1-2節で述べた「社会的存在価値にプレミアムが支払われること」の意味である。
 価値観があって初めて価値が生まれる。価値観のないところに価値は生まれない。私たちは価値観をもとに価値をいかに生み出していくかを考える必要がある。
 そして今、安定した気候や豊かな社会など、私たちの社会が有する共通の価値観がシステミックリスクに曝されている。これはどういうことか。

2.価値観とシステミックリスク

2‐1 システミックリスクの構造

 システムとは、複数の要素が結びついて相互に影響し合う全体のことをいう。例えば経済システムは、生産、雇用、消費などが互いに結びついた一つのシステムである。経済システムは単独で成り立つわけではなく、その外側にはより大きな社会というシステムがあり、そのさらに外側には自然環境のシステムが存在する。
 システムを構成する要素は相互に影響し合うため、システムの一部で生じた変化が次々に波及して、システム全体の機能が損なわれることが起こり得る。これをシステミックリスクという。かつてサブプライムローンの破綻が金融システム全体の不安定化を招いたのは、典型的なシステミックリスクの顕在化であった。今、経済システムが環境や社会に影響することでより大きなシステミックリスクが懸念されている。
 例えば、経済システムは気候システムに影響し、生物多様性や生態系に影響する。それが気象災害のコストや原材料調達不安などの形で経済システムに跳ね返ってくる³。また、経済システムの中で格差が拡大すると、それが社会の分断につながる⁴。社会の分断が進めばポピュリズムや自国中心主義が蔓延し、そのことが経済システムに跳ね返ってくる⁵。さらに社会的な格差が広がることで人口減少が進行すれば、結果的に人的資本の減少につながり、経済システムに跳ね返ってくる⁶。このように現代の経済システムが環境や社会に及ぼす影響は、「私たちの社会が共有する価値観」をシステムレベルのリスクにさらしている。
 このようなシステムレベルのリスクはシステムの働きそのものに起因するので、システムを構成する私たちの行動自体を変えなければ本質的な解決は難しい。逆にシステミックリスクを解消する行動を取ることは、社会共通の価値観を守ることで経済活動の基盤をも守ることにつながるのではないか。

2‐2 システミックリスクに対する投資家の対応

 投資の分野では既にこのことは理解され始めている。2021年にジョン・ルコムニク⁷とジェームス・P・ホーリー⁸は「『良い投資』とβアクティビズム:MPT現代ポートフォリオ理論を越えて」⁹という書籍を発表し「βアクティビズム」という考え方を提唱した。
 現代ポートフォリオ理論では分散投資によって個別銘柄固有のリスクを低減することが可能とされている。一方、ポートフォリオ全体に影響する市場平均リターンは所与とみなされ、機関投資家は市場平均リターンを超える部分(α)を獲得することに注力してきた。
 しかし、ルコムニクとホーリーは、以下のように述べる。1) 投資成果の大部分は市場平均リターンによって左右され、それは経済・社会・環境システムが連鎖するシステミックリスクにさらされている、2) 大規模な機関投資家は企業へのエンゲージメントや政策への働きかけを通じこれら経済・社会・環境システムに影響を与え得る、すなわち市場平均リターンは所与ではない、したがって3) αを追求するだけでなく、システミックリスクの低減に寄与し、βに関わる市場平均リターンの向上も意図することが合理的だ。彼らはこの考え方をβアクティビズムと呼ぶ。

2‐3 どういう資本主義を選ぶのか

 βアクティビズムは資本主義のあり方に示唆を与える。市場の自由を重視し、私的利益のみを追求するタイプの資本主義は「株主資本主義」と言える。これはいわばαを追求するタイプの資本主義である。しかし、近年、株主資本主義はうまく機能しないことがわかってきた。株主資本主義を最も先鋭的に追求してきたのはアメリカである。その結果アメリカ社会に何をもたらしたのか。それは社会の分断と混乱である。これは個々の利益を追求するあまりシステミックリスクが拡大してしまった結果といえる。
 そこで市場や自由を重視しながらも社会的利益を同時に考慮する「ステークホルダー資本主義」という選択肢が注目されている。いわばβアクティビズムである。これは、市場と自由を追求しながら、同時に社会共通の基盤、つまり私たちの社会が共通に保有している価値観を守っていこうという考え方である。パーパス経営やサステナビリティ経営もここに位置する。

3.サステナビリティ・ガバナンスと日本企業の到達点

3‐1 稼ぐ力とあるべきサステナビリティ・ガバナンス

 「稼ぐ力」はもちろん大事である。それは個別企業として利益を追求することであり、投資におけるαの追求に相当する。しかし同時に私たちは「稼ぐ力」だけを追求することのリスクを考える必要がある。
 企業は個々の利益を追求する過程で、社会や環境に対して様々なインパクトを与える。そのインパクトが、経済・社会の基盤に影響を与え、結果的に「稼ぐ力を支える社会システム」にも影響する。経済や社会の基盤が壊れ、社会がサステナブルでないのに、自社だけが利益を上げ続けることができるだろうか。言い換えれば「稼ぐ力を支える社会システム」が悪化する中で、自分の会社だけが稼ぐ力を高める、ということはあり得るのだろうか。例えば、労働人口が減少し社会全体として人的資本プールが縮小する中、自社だけが人的資本経営を推進することは可能なのか。
 このように考えると、個々の企業にも「稼ぐ力を支える社会システム」を重視した企業行動をとることが必要ではないだろうか。そのことが結局は自社の稼ぐ力を守ることにもつながる。それがサステナビリティ経営である。サステナビリティ経営は市場全体の利益水準を底上げする。この構図は投資におけるβアクティビズムと同じである。
 ここで改めて本稿1-1節に戻り、自社の取るべきサステナビリティ・ガバナンスについて考えてほしい。サステナビリティ・ガバナンスには二つの見方がある。一つ目の「サステナビリティに関するガバナンス」では、脱炭素、人的資本、情報開示への対応など、個別の課題が焦点となる。この見方ももちろん重要である。しかしそれだけでなく、「稼ぐ力を支える社会システム」を守るためには、二つ目の「サステナビリティ経営のためのガバナンス」も重要だ。それはビジネスモデルや戦略など経営のあり方全体を考えることであり、パーパスの実現にもつながる。そのようなサステナビリティ・ガバナンスが、今、求められている。

3‐2 日本企業の到達点

 最後に、2025年度のHRGLコーポレートガバナンス・サーベイ結果を振り返り、今、日本の企業はどこまで進んでいるのか確認する。
 昨年度の調査にて、中期経営計画にマテリアリティを統合している企業は75%、そして長期の経営戦略にマテリアリティを統合している企業は44%存在することが判明した。しかし、投資判断(事業、R&D、M&A、人財等)でマテリアリティを考慮している企業は23.9%と低い水準にとどまる。この割合が増えていくと、「サステナビリティ経営のためのガバナンス」が浸透していくと考える。
 また、取締役会においてサステナビリティにどう対応しているのかを見てみると(図表)、サステナビリティに関し恒常的に議論している企業は全体の10%である。一方、サステナビリティ委員会などから上申・報告され、必要に応じて議論する会社が71.2%である。後者のような会社は、サステナビリティ・ガバナンスをまだ個別の領域として捉えている可能性が高い。サステナビリティ・ガバナンスが経営そのものであるならば常に取締役会で議論される必要がある。今後、少しでも多くの企業がサステナビリティ・ガバナンスをより高度化し、経営や戦略にうまく統合し、「サステナビリティ経営のためのガバナンス」を実現することに期待する。

図表

日本企業の到達点(2025年度HRGLコーポレートガバナンス・サーベイ結果より) 
出典:「サステナビリティガバナンスの本質と日本企業の到達点」(高崎経済大学 学長 水口剛)プレゼン資料より抜粋

参考文献

  • 1.「サステナビリティ課題が企業のガバナンスに完全に統合されている状態であり、それらサステナビリティ課題を企業が認識し、その課題解決を通じて企業価値を長期的・持続的に創出することによって、様々なステークホルダー(利害関係者)への利益を保証するための統合ガバナンス体制」(内ヶ﨑茂・川本裕子・渋谷高弘(2021)『サステナビリティ・ガバナンス改革』日本経済新聞出版)
  • 2.サステナビリティ、人権、SDGsなど
  • 3.「海面水温の急激な変化、100年前より頻度高く 漁獲量に影響 東大」(日本経済新聞2026/6/5)
  • 4.「米国社会の分断『最悪』に 中間層衰退とSNS普及が共振」(日本経済新聞2024/11/11)
  • 5. [FT]「ポピュリズムという泥沼 経済に重荷、法の支配に打撃」(日本経済新聞2025/10/29)
  • 6.「[社説]出生数の急減に社会の変革で歯止めを」(日本経済新聞2026/6/3)
  • 7.シンクレア・キャピタルのマネージング・パートナー。ケンブリッジ大学ジャッジ・ビジネススクール客員教授。
  • 8.カリフォルニア・セントメリーズ大学教授
  • 9.日経BP日本経済出版社

Opinion Leader

高崎経済大学学長 
HRガバナンス・リーダーズ顧問

Takeshi Mizuguchi

筑波大学卒。商社、監査法人等の勤務を経て、1997年高崎経済大学経済学部講師。2008年教授、2017年副学長を経て、2021年より現職。環境省「グリーンファイナンスに関する検討会」座長、金融庁「サステナブルファイナンス有識者会議」座長等を歴任。主な著書に『ESG投資-新しい資本主義のかたち』(日本経済新聞出版社)、『責任ある投資-資金の流れで未来を変える』(岩波書店)、『サステナビリティ基準がわかる』(共著、日本経済新聞出版社)、『意図をもつ金融-インパクトファイナンスのすべて』(監修、きんざい)など。