サステナビリティ経営における取締役会への期待
-
コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
りそなアセットマネジメント株式会社
チーフ・サステナビリティ・オフィサー
常務執行役員 責任投資部担当
松原 稔
■ サマリー
投資家が企業を長期軸で評価する際、非財務も注目する傾向が多く見られる。この背景には非財務には企業の持続的成長の要であると認識が拡大しているためである。また企業には関係会社、取引先など幅広いステークホルダーに留意することが求められる。
2021 年に報告されたダスグプタ・レポートは需要に対して供給制約が強烈にかかることを指摘している。この強烈な供給制約のもと、企業には「どのような形で人類の需要を賄うことができるのか」という視点が求められる。その視点をビジネスに反映するために、企業は、サステナビリティ課題が企業のガバナンスに完全に統合されている状態、「サステナビリティ・ガバナンス」に舵を切らなければならない。
サステナビリティ・ガバナンスの好事例として、味の素株式会社の第二期サステナビリティ諮問会議を紹介する。味の素は、この諮問会議を通じ、自らの企業価値を真摯に問い直すことで、マテリアリティを「手触り感のあるもの」、「戦略と地続きにあるもの」と位置付けている。
投資家が、企業と対話する際、「企業の現在の姿」だけではなく、「企業の将来の姿」に対して強い関心を持っていることを、最後に、改めて強調したい。
補足:サステナビリティ・ガバナンスについては、弊社・今井、藤井の以下のレポートを参照されたい。
(メルマガ)サステナビリティ・ガバナンスの観点から読み解く「取締役会 5 原則」
目次
1.企業のサステナビリティの取組み期待
1-1 機関投資家の重視する時間軸とフォーカスポイント
ESG を推進する国際的なネットワーク PRI(Principle of Responsible Investment)に
参加する投資家の数は年々増加している。2021 年には運用規模 120 兆ドル(1 京 7400 兆円)
にまで達している。非常に多くの資金を持つ投資家がこのネットワークに参画していること
が理解できる。このような潮流の中、投資家が、企業を対話し評価する際のポイントは以下
(図表 1)となる。
図表1
時間軸とフォーカスポイント

図表1の横軸は時間であり、中期が1~5年、長期が5~20年である。縦軸は「求められる視点」であり、下から売上、利益、キャッシュフロー、ガバナンス、企業文化となる。縦軸は上に行けば行くほど可視的なものから不可視的なものに移行する。
投資家が見たいのは長期的な視点(横軸)、そして不可視的なもの(企業文化)(縦軸)である。投資家は、合理的な判断をするために、時間軸が長くなればなるほど目に見える価値以上に目に見えない価値に注目する傾向がある。
必然的に、長期的な価値を裏付けるものが中期的な価値、中期的な価値を裏付けるものが短期的な価値、というロジックとなる。投資家は、図表1が示すように、長期・中期・短期の価値は「橋渡し」をしながら企業の長期的な競争力を形成すると考える。また、企業から見れば、時間軸が長くなればなるほど、自社だけで取り組むよりは、ステークホルダーを巻き込み取り組むことが必要になることもポイントである。
1-2 なぜ、投資家は非財務に注目してきているのか?
米国のデータを紹介する。企業の無形資産に対する投資は増加している(図表2左)。また企業価値の源泉も無形資産にシフトしている(図表2右)。このことから、企業の無形資産への投資と市場価値における無形資産の割合が同期していることがわかる。この状況を反映し、投資家は、投資判断にて、アナリスト予想、財務報告書よりも、非財務情報を重視する傾向が強まっている。
図表2
なぜ、投資家は非財務に注目してきているのか?/背景 その1

以上を踏まえると、企業にとって今後重要な枠組の一つとして「サステナビリティ・トランスフォーメーション」(SX)を挙げることができる。SXについては以下(図表3)にまとめた。
SXとは「企業のサステナビリティ」と「社会のサステナビリティ」を同期化する枠組である。前者は「稼ぐ力」の持続化・強化を、後者は社会のサステナビリティを経営に取り込むことを意味する。前者については、2025年4月、経済産業省からCGガイダンスが公表されているが、重要なことは、後者を経営に取り込むこと、そのために執行(経営陣)がサステナビリティに関与していくこと、と考えている。これがサステナビリティ経営である。執行(経営陣)がサステナビリティに関与していくこととは、企業が長期の価値創造ストーリーを構築することに他ならない。
なおこのサステナビリティ経営は執行(経営陣)サイドが「Good Business」(善きビジネス)を志向する取組みである。一方、サステナビリティ・ガバナンス(後述)は、より進化したものであり、監督(取締役会)サイドが企業のアイデンティティに基づき企業の「Good Business」と社会の「Good Company」の両義性を追求する取組みである。
図表3
これからの企業にとって重要な枠組みーサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)ー

企業は、社会のサステナビリティをふまえ価値創造ストーリーを構築し、パーパスを規定する。そして、パーパスに「命を吹き込むもの」、換言すれば、「実現するもの」として重要課題(マテリアリティ)を設定する。このマテリアリティを、長期戦略、長期ビジョン、長期経営計画と連動させストーリーを明確にし、ビジネスモデルや戦略に落とし込んでいく。この一連のプロセスが重要である。投資家が、企業のマテリアリティ、長期ビジョン、長期経営計画に強い関心がある背景には、当該企業のサステナビリティについての思考を確認したい、という強い期待がある。
1-3 企業の範囲とは何か?
私が企業と一緒に考えていきたいことは「企業のバウンダリー(範囲)はどこまでであろうか?」というテーマである。従来は企業の単体・連結の範囲で(業績を)把握しておけば十分であった。一方、現在は単体・連結業績よりも、企業のマテリアリティから関係会社、取引先に対する関与、関心を把握することが求められる。例としては、サプライチェーンのリスクマネジメント、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)におけるスコープ3が挙げられる。このように、サステナビリティ経営を考えた場合、企業はバウンダリー(範囲)を、従来よりも拡張して考える必要がある。
サステナビリティ経営を考えていく上で、「企業の範囲とは何か」さらには「企業とは何か」という視点が求められる時代に入っている。
1-4 企業が外部不経済性に取り組む意味
次にマテリアリティについて考察する(図表4)。多くの企業はマテリアリティとして気候変動、人権、生物多様性を挙げている。これらは企業にとって外部性、中でも外部不経済の解決に取り組むことを意味している¹。外部性とは家計・企業の選択(消費・生産)が取引に関わらない第三者の厚生・利得に直接的に影響を与えることを意味する。外部性は外部経済性、外部不経済性に分類される。外部経済性は第三者にプラスの影響を与える(例:予防注射、研究開発)。一方、外部不経済性は第三者にマイナスの影響を与える(例:環境破壊、公害)。この章では企業が外部不経済性である気候変動、人権、生物多様性に取り組む意味について考察する。
図表4
企業が外部不経済性に取り組むことの意味とは?

ここで取り上げたいのはケンブリッジ大学パーサ・ダスグプタ名誉教授のダスグプタ・レポート(2021年2月公表)である²。このレポートは、「人類の需要を満たすためには供給サイドには1.6個の地球が必要である」と報告している。このメッセージは需要に対する供給に強烈な制約がかかることを意味する。この強烈な供給制約のもと、企業には「どのような形で人類の需要を賄うことができるのか?」という視点が求められる。
ダスグプタ・レポートに対する一つの回答として、企業が、外部不経済性を企業内に取り込み、対応し、企業のサステナビリティと社会のサステナビリティの同期を目指すことである。企業が気候変動、生物多様性、人権といった外部不経済に取り組む背景にはこのような現実があることを指摘しておきたい。
1-5 ソフトロー時代における企業が持つべきポイントとは?
上記の事実を認識した上で、これからの企業のあるべきサステナビリティ経営の枠組みを考えたい。従来は企業と各ステークホルダーの関係はハードロー(法規制)という枠組で整理されてきた。一方、現在では、企業と各ステークホルダーとの関係は、コーポレート・ガバナンス・コード、スチュワードシップ・コードなどのソフトローの枠組で整理されている。これは「企業自らが考えよ」という枠組といえる。この枠組では、企業自ら、座標軸を据え、どのステークホルダーに対して、どのように対応していくのか、を決める必要がある。その時の座標軸になるのがパーパスなどの企業のアイデンティティである。
上記のような潮流の中、企業は自らの企業価値について真摯に考えなければならない。そのためには財務と非財務のつながりを強く意識することが一つのヒントになる。サステナビリティをめぐる諸課題へは執行(経営陣)だけで取り組むのではなく、より進化した監督(取締役会)として取り組むことが求められる。次の章ではこのサステナビリティ・ガバナンスについて考察する。
2.サステナビリティ・ガバナンス
2-1 サステナビリティ・ガバナンスの実現に向けて
サステナビリティ・ガバナンスとはサステナビリティ課題が企業のガバナンスに完全に統合されている状態である。具体的には、取締役会にて、サステナビリティに関する課題が議論されていること、である(図表5)。パーパス、グループビジョン、そしてマテリアリティへのストーリー化がされており、かつ、取締役会がこれらの実現に責任を持つこと、これが必要条件である。残念ながら、自分の経験を踏まえると、後述するように、多くの企業の取締役会でサステナビリティ課題の議論が活性化されているとは言い難いのが現状である。
図表5
「サステナビリティ・ガバナンス」の実現に向けて

このことは多くの企業が「As Is」にとどまっていること、サステナビリティと戦略が分離していることの証左であろう。自社のサステナビリティに「命を吹き込んだもの」ともいえるマテリアリティは神棚に飾って拝むものではない。神棚から下ろし、戦略と統合し、そして、長期的な視点を持って、取締役会で取り組むものである。「To Be」を目指すために、取締役会が、時間的制約(多くの外部不経済にかかる課題は時間的に「待ったなし」の状態であること)を強く意識し、社内だけで解決を試みるのではなく、社外の英知を取り込むことを検討することが望ましい。
2-2 サステナビリティ委員会の類型化(イメージ図)
現在、多くの企業がサステナビリティ委員会を設置している。しかし、それらはサステナビリティ・ガバナンスといえるだろうか?自分のこれまでの経験をふまえ、あくまでもイメージ図であるが、横軸を「サステナビリティ委員会の役割」、縦軸を「サステナビリティ委員会の構成員」として類型化した。
図表6
サステナビリティ委員会の類型化(イメージ図)

これによると、多くの企業が左下に集中していることがわかる。これは、多くのサステナビリティ委員会が、まだ執行(経営陣)マターであり、その位置づけも曖昧、執行の諮問助言機関としての役割にとどまることを意味している。サステナビリティの意義に照らして考えた場合、これをサステナビリティ・ガバナンスに昇華させるために、サステナビリティ課題への取組みを、執行(経営陣)マターから監督(取締役会)マターへ「格上げ」することが求められる。具体的には、サステナビリティ委員会に外部の知見を積極的に取り込んでいく、さらにはサステナビリティ委員会を外部メンバーのみで構成していく、などを検討すべきである。
2-3 事例紹介:味の素第二期サステナビリティ諮問会議(取締役会の諮問)
サステナビリティ・ガバナンスの成功事例として、3月まで私もメンバーとして参画した味の素株式会社(以下、味の素社)の第二期サステナビリティ諮問会議(以下、諮問会議)を紹介する(図表7)。この諮問会議は監督(取締役会)マターとして位置付けられている。一方、執行(経営陣)マターのサステナビリティ委員会も存在しており、二層構造となっていることも特徴だ。
図表7
事例紹介.味の素第二期サステナビリティ諮問会議(取締役会の諮問)

諮問会議は、第1回から第4回まで開催されたが、この中でロジックモデルをディスカッションした第3回(2025年10月30日)の内容について説明する(図表8)。
図表8
事例紹介.味の素第二期サステナビリティ諮問会議(取締役会の諮問)

図表8はマテリアリティを起点とし、インプット、アウトプット、アウトカム、そしてインパクト、そしてパーパスが実現された世界を示している。このロジックモデルの意味は、味の素社が「アミノ酸」というコアバリューを中心に据え、活動を拡大していくことを表現している。大事なことは「尊厳ある生活を支える」という究極的な目標を掲げて、そしてそれをバックキャストするという枠組を示していることである。
その枠組は、インプリメンテーション、コミュニケーション、そしてパートナーシップの段階に分けられている。マテリアリティの実効性を強化し(インプリメンテーションの段階)、さらにステークホルダーに対してエンゲージメントをし(コミュニケーションの段階)、そして目指すべき世界観を実現する上でステークホルダーと連携する(パートナーシップの段階)。
大事なことは時間軸を長く採ること、視野を広く採ることである。時間軸を長く採ると、自社だけで取り組むより社会全体で取り組むことのメリットが理解でき、視野を広く採ると、自社の世界観を拡大することで、従来であれば見落としていた機会に気づくことができる。
味の素社は、この諮問会議を通じて、「自らの企業価値とは何か?」、そして「企業価値を構成している社会価値、提供価値、共創価値をどう捉えて、どうやって実現していくか?」を明示した。これにより、マテリアリティを「手触り感のあるもの」、「戦略と地続きにあるもの」と位置付けることができた、と考えている。
2-4 長期投資における対話領域
ここまで説明してきた枠組を、投資家がどういった形で理解しているのか、そのためにどのような対話をするのか、について説明する。長期投資における対話のポイントは、現在の姿ではなくて「企業の将来の姿」である(図9の赤丸部分)。
図表9
長期投資における対話領域

では投資家は具体的にどのような質問をするのか以下に紹介したい。ビジネスモデル、マテリアリティについては図表10、コーポレートガバナンスについては図表11を参照されたい。
図表10
投資家と企業の対話:ビジネスモデル、マテリアリティ

図表11
投資家と企業の対話:コーポレート・ガバナンス

なぜ、投資家は、上記のような質問を企業に投げかけるのか?それは、「企業の将来の姿」を見極めたいからである。これが、私たちの投資判断の基準となることを、改めて、強調したい。
3.おわりに
最後に、オランダの大手総合化学メーカーロイヤルDSM前CEOフェイケ・シーベスマ氏の2020年退任時メッセージ³を紹介し本稿を終えたい。
なぜなら、このメッセージが、サステナビリティ・ガバナンスの意義を的確に説明していると考えるからである。
「十年前には社会的に善いことと利益とは相反していた。現在はそれらを両立させることが可能な時代になっている。そして十年後は、それらが両立できていなければ、誰も働いてくれず、社会から望まれない会社になる」 フェイケ・シーベスマ
参考文献
- 1 佐藤主光, 公共経済分析 I,一橋大学経済学研究科・政策大学
https://www.ipp.hit-u.ac.jp/satom/lecture/pubecon1/2017_pubecon1_note03.pdf - 2 WWF ジャパン, 「日本語版生物多様性の経済学:ダスグプタ・レビュー要約版」, 2021年6月
https://www.wwf.or.jp/activities/data/20210630biodiversity01.pdf - 3 日本経済新聞, 「SDGs はもうからない?蘭 DSM はなぜ稼げるのか」, 2020 年9月14 日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63332260S0A900C2000000/
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
りそなアセットマネジメント株式会社
チーフ・サステナビリティ・オフィサー
常務執行役員 責任投資部担当
松原 稔 Minoru Matsubara