「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートセクレタリー・取締役会事務局の在り方
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー
善本 聡
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント
伊東 克晃
■ サマリー
近年、コーポ―レートガバナンスの高度化や、その中核として取締役会の実効性の向上が求められる中、コーポレートセクレタリー・取締役会事務局(以下「取締役会事務局」という。)の機能が注目されている。
経済産業省が公表した「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」(以下「「稼ぐ力」のCGガイダンス」という。)や、金融庁が公表した「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」(以下「アクション・プログラム2025」という。)においても、取締役会事務局の重要性や強化の必要性について強調されている。
今後、企業がコーポレートガバナンスの高度化に向けた取組みを更に進め、「稼ぐ力」の強化、ひいては「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」に結び付けていくためには、取締役会事務局がその機能を適切に発揮していくことが必要となる。
取締役会事務局の機能強化や体制構築を行う上では、CEOら経営陣や社外取締役がその重要性を十分認識していることが必要不可欠であり、取締役会事務局が担うべき役割を言語化し、取締役会及び経営陣との間で合意形成を行うことが重要である。
取締役会実効性評価の効果を高めていくためには、手段が目的化しないように留意しつつ、自社としての監督機能の在り方(どのような取締役会・各委員会を目指しているのか)や実施目的(何のために実施するのか)の観点から、取締役会実効性評価の在り方を見直す必要がある。
目次
1.はじめに
近年、コーポ―レートガバナンスの高度化や、その中核として取締役会の実効性の向上が求められる中、コーポレートセクレタリー機能(取締役会・各委員会の事務局機能等)が注目されています。
経済産業省が公表した「「稼ぐ力」のCGガイダンス」においては、「取締役会事務局は、取締役会の円滑な運営(取締役との連絡や調整等)等の役割だけでなく、コーポレートガバナンスや取締役会の実効性の担保・向上に関しても重要な役割を担う」とされています。
また、金融庁が公表した「アクション・プログラム2025」¹ においても、取締役会が役割を果たすためには、「執行側のみにおもねることなく自律的に機能し、議長や独立社外取締役を含む取締役をサポートする取締役会事務局が重要な役割を果たす」とされています。
その背景には、2015年のコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という。)の公表を契機に、企業において、社外取締役の選任や任意の指名・報酬委員会の設置といった“形式的”なコーポレートガバナンスの取組みは進んだものの、CGコードのコンプライが目的化しているのではないかと指摘されていることがあります。
コーポレートセクレタリー機能は、取締役会と各委員会、取締役会・各委員会と執行側を適切につなぐこと等を通じて、取締役会の実効性向上に重要な役割を担います。
今後、企業がコーポレートガバナンスの高度化に向けた取組みを更に進め、「稼ぐ力」の強化、ひいては「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」に結び付けていくためには、取締役会事務局がその機能を適切に発揮していくことが必要となりますが、現状においては、その機能がいわゆるオペレーション中心となっている企業も少なくないとみられます。
こうした背景を踏まえ、コーポレートセクレタリー機能の1つである取締役会事務局機能の強化及び取締役会事務局体制構築の在り方について考察します。
2.稼ぐ力強化に向けたコーポレートセクレタリー・取締役会事務局の機能
日本における取締役会事務局に関連し、CGコードの【原則4-13. 情報入手と支援体制】では、「取締役・監査役は、その役割・責務を実効的に果たすために、能動的に情報を入手すべきであり、必要に応じ、会社に対して追加の情報提供を求めるべきである。また、上場会社は、人員面を含む取締役・監査役の支援体制を整えるべきである。取締役会・監査役会は、各取締役・監査役が求める情報の円滑な提供が確保されているかどうかを確認すべきである。」とされています。
「「稼ぐ力」のCGガイダンス」において、取締役会事務局の役割を明確化し、その重要性も含め、CEOら経営陣も含め社内で十分に認識共有することについて言及されているとおり、日本において、取締役会事務局の位置づけや役割・機能等についての認識は必ずしも統一されておらず、それぞれの企業が、実情に合わせて定めていく必要があります。
「アクション・プログラム2025」では、今後の方向性として、企業の担当者や様々な関係者が実務上の課題・対応について議論・共有する場として、コンソーシアムの構想が述べられる等、今後、こうした取締役会事務局の機能に対する注目が更に高まり、多くの企業が、取組みを進めていくことが考えられます。
取締役会の役割や構成が大きく変わっていく中で、それに応じて取締役会事務局についても進化し、コーポレートガバナンスの高度化や各委員会との連携・執行との橋渡しの担い手として適切に機能発揮できるよう、機能強化や体制構築が必要な環境となっています。
3.「稼ぐ力」の強化に資する事務局体制と取締役会実効性評価
3-1 「稼ぐ力」の強化に資する事務局体制の構築
取締役会事務局が抱える課題は、例えば、コーポレートガバナンスの取組みに関する役割責任が曖昧、取組みに一貫性がない、リソースが不足している等、多岐にわたります。こうした課題の解決に向けては、取締役会事務局の役割を踏まえて、その機能強化や体制構築を意識的に行っていく必要があります。
具体的なアプローチとして、「STEP①:役割定義」、「STEP②:業務整理」、「STEP③:位置付け・体制検討」、「STEP④:体制構築準備」の順(図表1)で進めていくことが考えられ、特に最適な体制構築やリソース確保の観点からは、「STEP①:役割定義」が重要となります。
図表1
取締役会事務局の機能強化に向けたアプローチ案

ここでは、自社において、取締役会事務局が担うべき役割を言語化(図表2)し、取締役会及び経営陣との間で合意形成を行います。実際に事務局機能を強化していくためには、体制構築の段階でリソースを十分確保する必要があり、その際、CEOら経営陣や社外取締役がその重要性を十分認識していることが必要不可欠となりますが、こうした合意形成の過程を通じて、事務局の重要性についての共通認識を持つことが可能となります。
図表2
HRGLが考える取締役会事務局の役割

「STEP②:業務整理」においては、取締役会事務局の役割を踏まえ、監督機能全体について、共通業務と各々の固有業務が分かるように業務整理を行っていきます。
次に、「STEP③:位置付け・体制検討」では、取締役会事務局としての業務スコープをどこに置くか(取締役会と各委員会のどの範囲の事務局を担うか)、組織設計をどうするのか(バーチャル型or専属部署(執行部門傘下)or専属部署(取締役会直下)等)、人材配置などが主な検討事項となります。
業務スコープの検討の際には、取締役会事務局の役割をもとに、どのような視点で検討するか(監督機能を支援する組織としてどうあるべきか、取組みの一貫性の確保、実効的・効率的な社外取締役のサポート等)を整理し、どこを業務スコープとするのが望ましいのかを検討します。
この際、コーポレートガバナンスの高度化等の観点からは、取締役会、指名委員会、報酬委員会を1つの事務局が担当することも有力な選択肢であると考えられますが、同時に執行機能等との円滑な連携を確保するための仕組みの整備も必要となります。
組織設計については、大きく分けると専属部署とバーチャル型の組織設計が考えられますが、取締役会事務局の役割及び業務スコープを踏まえて検討していきます。
一般的には、独立性の確保やコーポレートガバナンスの高度化の観点からは専属部署化が望ましいと考えられますが、それぞれのメリット・デメリットを比較し、検討する必要があります。
また、「STEP③:位置付け・体制検討」では、人材配置も重要な論点となります。取締役会事務局という特性(社外取締役/社長を含む経営陣といったカウンターパート、企業価値を左右する重要な経営アジェンダ等を取扱うといった業務特性等)を考慮し、人員構成(事務局長・事務局メンバー)をどうするか、キャリアパスをどう考えるか、人材育成・評価の仕組みをどう作っていくか等の検討が必要となります。
しかしながら、実際に、事務局の機能強化や体制構築を進めていく上で、業務スコープや組織設計等を大幅に見直していくには、様々なハードルがあることが想定されます。
そうした場合には、可能なところから段階的に移行していく方法が考えられます。例えば、バーチャル型の組織設計から専属部署(取締役会直下)に移行する際には、一旦、執行部門傘下に専属部署を設置しつつ、担当者は兼任者中心とし、その後、取締役会直下に移すとともに、人員構成も見直していくという進め方も考えられます(図表3)。
図表3
バーチャル型から専属部署(取締役会直下)への移行の進め方(例)

このように、事務局の機能強化や体制構築において、時間軸も意識しながら進めることで、より実態にあった取組みが可能となります。
3-2 取締役会実効性評価の在り方と事務局の期待役割
「稼ぐ力」のCGガイダンスでは、「稼ぐ力」強化の全体メカニズムとして、「①価値創造ストーリー(長期戦略等)の構築」、「②その実現に向けた業務執行(事業PFの組替え、成長投資の実行)」、「③評価・検証」が示されており、こうした全体メカニズムが実効的に機能するコーポレートガバナンスの構築が重要とされています。
取締役会実効性評価は、この全体メカニズムの中で、「③評価・検証」の1つに位置付けられており、そうした観点から取締役会実効性評価の主なポイントが示されています。ここでは、取締役会実効性評価は、目的のための手段であり、関係者間で何のために実施するか、また実効性が高いとはどういう状態を指すのか、について認識を共有することの重要性が言及されています。こうしたことも踏まえて取締役会実効性評価の在り方について検討する必要があります。
現状、多くの企業が取締役会実効性評価を実施しているものの、取締役会の実効性向上への寄与が実感できていない企業も多いと考えられます。
実際に企業からの声として、「CGコードを形式的に参照した“チェックリスト”のようになっている」、「“自社として”の視点に立てていない」、「評価結果を踏まえて施策を講じても効果が実感できない」が寄せられています。
こうした課題を解決し、本来の趣旨に沿った取締役会実効性評価を行うためには、手段が目的化しないように留意しつつ、自社としての監督機能の在り方(どのような取締役会・各委員会を目指しているのか)や実施目的(何のために実施するのか)の観点から、取締役会実効性評価の在り方を見直す必要があるものと考えます。
具体的な内容として、自社としての監督機能(つまり取締役会・各委員会)の在り方を評価基準として、取締役会実効性評価を実施することが考えられます。
例えば、取締役会実効性評価を、自社としての監督機能の在り方の実現に向けた“精密検査”と位置づけ、重点テーマの設定とインタビューの活用により課題を深堀りするとともに、実効性評価の結果をその後の施策に反映し、取締役会の実効性向上につなげる例もあります。
図表4
HRGLが提唱する取締役会実効性評価の在り方(全体コンセプト)

実際に、取締役会実効性評価を進める際には、「STEP1:評価方針の決定」、「STEP2:アンケートの検討・実施」、「STEP3:インタビューの検討・実施」、「STEP4:評価の決定・活用」の順(図表5)で進めていくことが考えられます。
図表5
HRGLが提唱する取締役会実効性評価の在り方(実施プロセス)

はじめに、「STEP1:評価方針の決定」では、評価目的とそれを踏まえた評価内容/プロセス、そして重点評価テーマ等を決定します。次に「STEP2:アンケートの検討・実施」では、STEP1で決定した内容を踏まえてアンケート項目を設定し(図表6)、アンケートの実施・取りまとめを行います。そして「STEP3:インタビューの検討・実施」では、重点評価テーマ及びアンケート結果を踏まえ、監督機能の課題を深堀りするためのインタビュー内容を設定し(図表6)、取締役へインタビューを行います。その際、第三者がインタビュアーを担うことで、取締役の本音を引き出しやすくなる場合もあります。
図表6
アンケート/インタビュー項目の設定(イメージ)

最後に、「STEP4:評価の決定・活用」では、まずアンケート及びインタビュー結果を分析し、評価を決定します。インタビュー結果の分析としては、インタビュー内容に係る各取締役の考え方の共通点及び相違点を可視化することが考えられます(図表7)。それらの分析後は、その結果を踏まえた今後の取組み方針を定め(図表8)、その方針に則り各種取組みを進めることで、コーポレートガバナンスの高度化を図ります。
この前提として、取締役会において「自社としての監督機能の在り方」について言語化されていない場合や共通認識が十分ではない場合には、前もって言語化し、合意形成を図る必要があります。
取締役会事務局はこうした実効性評価の取組みの中で、実施目的を踏まえて各種案を作成し、議長や取締役会へ能動的に提案していきます。この際、第三者機関を活用することで、客観性を担保しつつ、より実効性の高い実効性評価が可能となります。
こうした取締役会実効性評価は、「STEP1:評価方針の決定」から「STEP4:評価の決定・活用」まで約半年間を要しますが、より効果の高い実効性評価を行っていくためには、自社の実状を踏まえつつ、こうした形で必要な工程を踏みながら進めていくことが望ましいと考えられます。
図表7
インタビュー結果の分析(イメージ)

図表8
分析結果を踏まえた今後の取組み方針(イメージ)

4.おわりに
コーポレートガバナンスの高度化を進めていく上で、取締役会等を支える取締役会事務局は欠かせない存在であり、今後、その重要性はますます高まるものと考えられます。
しかしながら、コーポレートガバナンスの在り方と同様に、全ての企業に適した定型の取締役会事務局の体制があるわけではなく、また、環境に応じてその在り方も変化していきます。
そうした中で、取締役会事務局がその役割を果たしていくためには、取締役会の運営方針や事業の状況、業務執行体制などを踏まえながら最適な体制を検討し、その実現に向けた取組みを行っていく必要があります。
なお、英国では、会社法において、上場会社について、コーポレートセクレタリー機能を担う「総務役」(カンパニー・セクレタリー)の設置が義務付けられており、CGコードや「「稼ぐ力」のCGガイダンス」においても、その位置づけや役割について言及されています。今後、日本においても、各企業における多様なコーポレートセクレタリー機能の在り方があることを尊重しつつ、CGコード改訂等を通じてその位置づけや役割が明確となることを期待しています。
本稿が、皆様が取締役会事務局の在り方について改めて考えるきっかけとなり、その機能強化と体制構築を進めていくうえでの一助となれば幸いです。
参考文献
- 1 金融庁, 「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム 2025」,2025 年 6 月 30 日
https://www.fsa.go.jp/singi/follow-up/statements_8.pdf
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー
善本 聡 Satoshi Yoshimoto

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント
伊東 克晃 Katsuaki Ito
都市銀行に入行し、法人融資等に携わったのちにHRGL入社。
金融業界をはじめとする上場企業向けに、取締役会改革や人的資本経営に係るプロジェクトに従事。
