HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

「稼ぐ力」の強化に向けたCEOの再任・不再任のあり方

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HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

中村 彰吾

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー

鈴木 裕介

■ サマリー

経済産業省が本年4月に公表した「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」の「原則5」において、「取締役会は毎年、CEOの評価を行い、再任・不再任を判断すること」が求められている一方、CEO再任・不再任に関する適切な評価基準と実行のプロセスを確立している日本企業は少ない。

CEOの再任・不再任の基準に画一的な定年制度や連続任期の選任上限を設けている企業が多数を占める中、CEOを監督すべき取締役会と、大胆なリスクテイクにより企業の持続的成長に向けてアニマルスピリッツを発揮するCEOとの適切な緊張感を保ちつつ、株主をはじめとしたステークホルダーに説明可能なCEOの再任・不再任プロセスと実効性のある監督体制を整備することが急務となっている。

CEOの再任・不再任の評価にあたっては、通常、報酬決定に用いられている業績評価だけではなく、中長期の期待役割に対する評価や、CEO人材要件に即した評価など、内外環境の変化を考慮した成果発揮の状況も踏まえ、総合的に判断することで評価の客観性と透明性を高めることが重要である。

CEOの再任・不再任の評価を評価だけで終わらせず、コミュニケーションツールのひとつとしてCEOへフィードバックし、取締役会からCEOに向けてさらなる企業価値向上に向けた動機づけを行うことも重要である。それらをリードする(筆頭)独立社外取締役の役割発揮が期待される。

目次

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1.はじめに

 CEOは、企業経営において、価値創造ストーリーの実現に向けた戦略の実行、組織文化の醸成、後継者をはじめとする従業員の育成とエンゲージメント、そしてそれらを支える経営体制や組織体制などに対して極めて重要な役割を担っています。一方で、近年ではCEOの判断やリーダーシップに起因する企業の不祥事や業績不振が散見されており、株主をはじめとしたステークホルダーはCEOに対し、より一層の説明責任を求めています。また、2025年の株主総会では、議決権行使助言会社によるCEO再任に関する反対推奨が出された事例や、CEOを含む取締役の選任に関する会社提案議案が株主の反対票により否決される事例が発生しました。この背景には、CEOの再任・不再任に関する客観的かつ透明性のあるプロセスの構築と開示が求められていることはいうまでもありません。
 経済産業省が本年4月に公表した「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則¹」では、「原則5」として、「取締役会は毎年、CEOの評価を行い、再任・不再任を判断すること」が強調されています。既にコーポレートガバナンス・コードにおいて経営トップであるCEOの選解任に関する取締役会の役割・責務が明示されている ことに加えて、今回改めて「稼ぐ力」のひとつとして言及された事実は、現在のCEOの再任・不再任プロセスが単に短期的な判断基準ではなく、「稼ぐ力」の強化に向けてサステナブルな成長をするための長期的な企業価値向上に向けた一つの大きなテーマであると捉えるべきでしょう。
 そこで本稿では、CEO再任・不再任に関する現状を概観した上で、HRGLの実際のコンサルティング現場におけるプラクティスも交えながら、CEO再任・不再任プロセスと評価方法について考察します。

2.CEO再任・不再任プロセスの現状

2-1 多面的評価と客観的なプロセスを整備している企業は希少

 CEOの再任評価は通常、指名委員会で審議され、取締役会で決議されますが、再任・不再任に関する多面的な評価と客観的プロセスを確立し、開示している企業は多くありません。HRGLが2024年に実施したサーベイにおいても、CEOの事業年度終了後の事後評価を行っていない企業が全体の約7割(178社/257社)を占める結果となっており(図表1)、実質的なCEOの再任評価に関する仕組み作りはこれからといった状況がうかがえます。また、いくつかの企業の開示事例からは、一般的な解任要件(健康状態に不安がある場合、会社法331条の取締役の欠格事由が発生した場合、CEOに責めを負うべき不祥事案件が発生した場合)に加えて、「3期連続でROEが基準値を下回った場合」や「営業利益が3期連続で赤字になった場合」など、中期的な定量基準を設けた上で再任の判断を行っている事例が見受けられます。さらには「CEO人材要件に照らしてその資質に疑義が生じた場合」などの定性基準を設けている企業も見られますが、このような事例は希少であり、実態として指名委員会や取締役会で適切な議論を行うための客観的な評価基準とプロセスを確立している企業は多くないと考えられます。

図表1

事業年度終了後、社長・CEOの事後評価の実施状況

2-2 定年制度と任期上限で運用している企業が多数

 では、実態として、CEOの再任・不再任の判断にあたって、どのような選解任基準が運用されているのでしょうか。HRGLのサーベイからは多くの企業でCEOの上限年齢(定年制度)、もしくは定められた任期に対して連続して再選される上限を定めていることがわかります(図表2)。特に定年制度についてはCEOの交代に関する基準を特に設けていない企業(120社)を除くと、約75%(103社/137社)の会社が定年制度を設けており、日本企業の一般的な基準として根付いていることがわかります。

図表2

社長・CEOの交代に関する基準

 また、経済産業省の調査³においても、日本企業のCEOの平均在任期間は4~6年が最多(44%)となっており、一方、米国企業は4割を超える企業でCEOの在任期間が10年を超えています。このデータから日本企業は比較的短い在任期間でCEOが交代する傾向がわかります。また、同調査では、CEOの在任期間が「短期」(3~6年)かつ「近似」(現職を除く直近2名のCEOの在任期間において、最長在任期期と最短在任期間の差が2年以下)の企業は、それ以外の企業と比べてPBRが低い傾向も報告されています。このように、結果としての在任期間の傾向からも、定年制度や連続任期上限によるCEO交代の基準が一般的に用いられていることが推察されます。
 定年制度や連続任期の上限を設定することは、客観的な基準を設け計画的な後継者育成が推進しやすいというメリットがある反面、上限年齢や任期上限までは再任される/する、といった暗黙のメッセージと捉えられる懸念や、年齢や任期に関わらず優秀なCEOを継続登用できないといったデメリットもあります。これらをふまえると、改めて、企業価値向上のための最適な経営体制のあり方から逆算したCEOの再任・不再任基準とプロセスの設計が求められていると言えます。

3.CEO再任・不再任のプロセスと評価方法

3-1 全体像の再確認

 CEOの再任・不再任の評価基準とプロセスを整備するために最初に確認しておきたいのが、前提となるガバナンスのグランドデザインとサクセッションの全体像です(図表3)。

図表3

CEOの再任・不再任に関する全体像

 そもそもCEOを監督すべき取締役会がCEOを評価できる体制やプロセスを構築できているかどうか。また、指名委員会においてもCEOの評価について十分に議論できる委員構成や委員長となっているかどうか、という点については改めて確認することが必要です。例えば、取締役会の過半数が独立社外取締役でない場合は、評価の客観性についてより詳細な説明が求められます。また、指名委員会の委員にCEO本人が入っている場合は、客観性・透明性の観点からCEO評価の際には、CEO本人は退席するといった実務的な工夫が必要になります。
 また、CEO評価を行う上では、当該企業の価値創造ストーリーを強烈に牽引するCEOの役割を明確にしておく必要があります。骨太の価値創造ストーリーを取締役会で議論し、それを執行面でリードするというCEOの役割を可視化・言語化することで、取締役会としての目線が揃い、これにより毎年のCEO再任・不再任の評価を実施できる土台が醸成されます。実際にHRGLのクライアント企業からも「各社外取締役のバックグラウンドによって目線が合わず、議論が発散して時間切れになってしまう」や「評価のレベル感を言語化することが難しい」といった課題認識が聞かれることがあります。
 さらに、CEO再任・不再任プロセスと同時並行で進めていかなければいけないのが後継者育成です。当然のことながら、後継者候補が定まっていない場合は、CEOの不再任を決定することはできません。緊急時の対応(エマージェンシープラン)も含めて、後継者を常に準備し、継続的に経営人材を育成する仕組みを構築しておくことは、持続的な企業価値向上に向けて極めて重要な取組みとなります。

3-2 CEO評価と評価プロセス 3つのポイント

 CEOの再任・不再任の評価にあたっては、3つのポイントについて検討します(図表4)。まず、最初のポイントとして「エクイティストーリーと連動した独自の報酬制度」に関する評価が挙げられます。これは主に報酬委員会での個別報酬額の決定プロセスの中で実施されており、ほとんどの企業で既に整備されているものと思われます。ここで重要なことは、単年度のCEOの期待役割を年初に設定し、取締役会と合意しておくことです。各企業によってCEOが担う責任や期待役割は異なりますので、例えば新規事業やM&A、資本政策、従業員エンゲージメントといった、当社として重要かつ短期的な経営課題について2~3つ程度に絞って設定すると良いでしょう。
 2つ目のポイントとなるのが、「再任・不再任の客観性・透明性を高める指名評価」が挙げられます。これは中長期の期待役割に対する成果発揮とCEO人材要件に関するCEOとしての資質に関する評価です。中長期の期待役割については、価値創造ストーリーから設定されたCEOの役割を中期的視点でさらにブレークダウンした項目を設定します。事例としては、後継者育成や事業ポートフォリオの組み換えなどが挙げられます。設定された目標に対して達成レベル(例えば1~4段階)を設定しておくことも重要です。また、CEO人材要件に関する評価については、360度アセスメントを実施するケースや、取締役会での発言や実際の行動を評価する方法、客観性を高めるために外部のインタビューを活用するやり方などが考えられます。
 最後に3つ目のポイントとして「株主への説明可能な委員の責任に基づく指名判断」が挙げられます。ここでは各評価項目をもとにした総合評価を実施します。どの評価に特に重点を置くのか、なぜその評価が重要なのか、といったことについて、内外環境の変化を踏まえ、株主をはじめとするステークホルダーからの期待に応えることができるのか、といった視点で説明可能な再任・不再任の判断を行います。特に重要なのは、中長期視点から見た総合評価を実施することです。CEOの評価は、長期目線で大胆にリスクを取った成長投資を行う経営ができているかという視点で、毎年、評価・判断するのであり、中長期的な取り組みも含めて検証されるべき⁴と考えられます。

図表4

CEO評価および再任・不再任のプロセスモデル

3-3 評価者とフィードバック

 前項で検討した評価項目に従って、客観的かつ透明性の高いプロセスで評価するためには、独立社外取締役が中心となって評価することが求められます。そのためには、独立社外取締役を中心(過半数)とする指名委員会において、各評価内容について十分な議論を行った上で、取締役会に答申し、取締役会での承認を得るというプロセスが一般的です。
 また、CEO評価を再任・不再任の評価だけで終わらせずに、CEOへフィードバックし、さらなる企業価値向上に向けた動機づけを行うことも非常に重要です。そのような効果を実現するためには、取締役会議長が独立社外取締役の場合は議長が担当する、そうでない場合は、あらかじめ筆頭独立取締役を設置し筆頭独立取締役が担当するなど、取締役会での役割を明確にした上でプロセスを実行することが必要となります。

4.さいごに

 本稿ではCEOの再任・不再任に関する現状、及びCEO評価とプロセスについて論じてきましたが、このプロセスがまだ十分に整備されていない日本企業の現状からすると、最初に乗り越えなければいけないハードルは「誰がこのテーマを取締役会に提起するのか」といったことかもしれません。その意味では、第一に、適切な緊張感をもってその任を果たすために、CEO自らが価値創造ストーリーの実現に向けて提起することが考えられます。同様に、CEOの選解任権限を持つ取締役会、とりわけ議長や独立社外取締役から提起することも考えられます。もしくは、取締役会を補佐するコーポレートセクレタリーや経営企画部、総務部などの事務局サイドがCEOや独立社外取締役との連携の中で提起することもあるでしょう。さらには、取締役会の実効性評価の中でしっかりチェックしていくことも考えられます。いずれにしても、日本企業の「稼ぐ力」を強化し、持続的な成長を実現するためには、経営トップであるCEOがアニマルスピリッツを発揮し、果敢にリスクテイクできる仕組みが必要です。
 また、適切なけん制機能を発揮するために、指名委員会は、本稿で考察した総合評価と十分な議論を行った上で、現社長・CEOの再任がふさわしくないと判断する場合は、先延ばしをせずに不再任を決意する責任があります。当該判断を下すにあたっては、指名委員会を構成する独立社外取締役には相当な胆力が求められると考えられるため、その役割を果たしてもらうにふさわしい経験や資質を持った独立社外取締役の選任が極めて重要となります。
 本稿が少しでも「稼ぐ力」の強化に向けたガバナンスの向上にご活用頂けましたら幸いです。

参考文献

  • 1 経済産業省(2025年4月30日)「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則
    https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/earning_power/pdf/20250430_2.pdf
  • 2 東京証券取引所(2021年6月11日)コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版) 補充原則4-3
    ③https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000005ln9r-att/nlsgeu000005lne9.pdf
  • 3 経済産業省(2024年1月)第19回産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会
    https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/019_04_00.pdf
  • 4 商事法務No.2397 「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」と取締役会実務等の変容

Opinion Leader

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マネージャー

Shogo Nakamura

一橋大学大学院国際企業戦略研究科修了。大手総合飲料メーカー、経済産業省、エグゼクティブコーチングファーム、公益財団法人を経て、現職。
ICF認定プロフェショナル・サーティファイド・コーチ(PCC)

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マネージャー

Yusuke Suzuki

事業構想大学院大学事業構想研究科卒業。共同創業、事業会社の新サービス開発、ソーシャルデザインコンサルティング、組織・人財開発コンサルティングを経て現職。現在は、主に、取締役会・指名委員会の事務局支援や、後継者計画の策定と実践の高度化に関するコンサルティングに従事。