注目の「JPX日経インデックス人的資本100」から読み解く戦略
人的資本で企業価値を高める
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HR ガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー
大石 英翔
HR ガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント
清田 大介
HR ガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント
明田川 頌
■ サマリー
近年、人材版伊藤レポートの発行や有価証券報告書への人的資本情報の開示義務化に伴い、企業の競争優位の源泉として人的資本の重要性が認知されてきています。
今般、株式会社 JPX 総研と株式会社日本経済新聞社は共同で、人的資本に着目した新しい指数として、「JPX 日経インデックス人的資本100」を開発し、本年7月より算出・公表を開始することを発表しました¹。
本指数に採用される構成銘柄は、当該年度のJPX日経インデックス400の構成銘柄を母集団とし、その中で総合人的資本スコアを算出して選定されます。総合人的資本スコアは、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)が提唱するグローバルな評価指標をベースとした評価スコアを提供する ESG Bookの人的資本に関するスコアに、女性管理職比率、従業員平均年間給与の成長率、従業員一人当たり営業利益の成長率の3項目に関して各々の条件に応じて加点処理を行ったうえで算出されます。
本指数を採用した金融商品が提供されることで、人的資本経営の取組みが優れた企業の株価形成に上昇余力が生まれ、持続的な業績向上を支える基盤の強化につながります。換言すれば人的資本の高度化が企業価値の向上につながることが期待されます。
しかし、形式的な対応によって短期的にスコアを向上させることは、本来の人的資本経営の高度化、持続的な企業価値の向上とは相反する可能性があります。本指数を1つの指針とした上で、CHROが経営アジェンダとしてKPIを管理し、自社の価値創造ストーリーに基づいてステークホルダーと対話を重ねながら人的資本の高度化に取り組むことが求められます。
目次
1.背景
1-1 本指数の開発背景とその意味
2020年の人材版伊藤レポートの発行や2023年3月期からの有価証券報告書への人的資本情報の開示義務化に伴い、企業の競争優位の源泉として人的資本の重要性がより認知されてきています。人的資本経営の高度化に取り組む企業は、自社の人的資本をより活かす取組みを採用・高度化して、自社の経営戦略と人材戦略を連動させて経営戦略の実現可能性を高め、経営戦略を実行・実現することで企業価値を創造することを試みています。
一方で、企業の人事関係者及び投資家双方は、人的資本経営に関する取組みについて、各種施策が企業価値向上に本当につながっているのか、明確に表現できない/されていないといった課題感を持っています²。企業の人事サイドとしては、「各人事施策が社員のパフォーマンス向上に寄与し、経営戦略の実現可能性を高めるため、これらの人的資本投資は有効である」と表現したいものの、財務指標への正の影響を定量的に表現することは実証研究の途上であり、人事施策の遅効性の観点を含め現状極めて難しい状況です。また投資家サイドも同様の課題感があるものと推察されます。
そのような背景がある中で、株式会社JPX総研(以下、JPX総研)と株式会社日本経済新聞社(以下、日経)は共同で、人的資本に着目した新しい指数として、「JPX日経インデックス人的資本100」(以下、「JPX日経HC100」)を開発し、2025年7月より算出・公表を開始することを発表しました³。本指数では、人的資本経営に関する評価が高い100社を構成銘柄に採用して指数が算出されます。
本指数とJPX日経インデックス400の過去のパフォーマンスを比較すると、概ねJPX日経HC100はJPX日経インデックス400を上回ることが確認されています(図表1)⁴。この結果は、人的資本経営に関する評価の高い企業の潜在的な企業価値は高く、株価のパフォーマンスにも反映されている可能性があると考えられます。
図表1
パフォーマンス比較(JPX日経HC100vsJPX日経インデックス400)


今後は、機関投資家が本指数に連動する金融商品を開発し、投資家(アセットオーナー)の資金流入による株価上昇が見込まれるため、人的資本経営の推進に積極的に取り組む企業が増えることが期待されます。例えば、従業員の賃上げやエンゲージメント向上施策の実施、研修機会の増加などを実現することで、業績向上につなげていく好循環が生まれる可能性があります。
次項では、本指数の銘柄選定方法についてご説明します。
2.JPX日経HC100の銘柄選定方法
2-1 銘柄選定の流れ
本指数に採用される構成銘柄は、次の選定ステップを経て決定されます(図表2)⁵。
① 当該年度のJPX日経インデックス400の構成銘柄を母集団とします
② 上記の銘柄に、0から100点までの範囲で人的資本スコアを付与します
③ 上記の銘柄に、加点項目の該当状況を勘案した加点スコア(各5点)を付与します
④ ②と③のスコアを合計し、選定対象に対して算出した総合人的資本スコアの上位100社が構成銘柄に採用されます
図表2
銘柄選定の流れ

以下、人的資本スコアと3項目による加点について解説します。
2-2 人的資本スコア
算定ステップ①で母集団としたJPX日経インデックス400の構成銘柄に対して、算定ステップ②で人的資本スコアを0から100点の範囲で付与します。
人的資本スコアは、ドイツに本拠地を置くESG評価会社であるESG Bookが提供する値を採用しています⁶。同社が算出するESG評価指標である“ESG Performance Score Core”は、世界で9,000社以上をカバーしており、各企業の公開情報から、450以上の指標、110以上のチェック項目から、26の“Category Score”ごとに点数付けされ、各企業の所属する産業・セクターごとに重みづけされて合算されることで計算されるスコアです。26の“Category Score”は、SASB(Sustainable Accounting Standards Board: サステナビリティ会計基準審議会)の基準をベースとしています (図表3)⁷。
そして“ESG Performance Score Core”の5つの構成要素の一つであり、本インデックスの銘柄選定にも利用される“Human Capital Score”(人的資本スコア)は、“EmployeeEngagement, Diversity & Inclusion”(従業員エンゲージメント・ダイバーシティ&インクルージョン)、“Employee Health & Safety”(従業員の健康・安全)、“Labor Practices”(労働慣行)という人的資本に関する3つの“Category Score”から構成されています。この3つの“Category Score”はそれぞれ10~12個の“Metric”でさらに細分化されて構成されており、各“Metric”の点数の合計でそれぞれの“Category Score”が算出されます(図表4)。
図表3
ESG Performance Score Core の構成概要

図表4
Human Capital Score を構成する3つの Category Score と主要なMetricの関係

なお各“Metric”の点数は、相対的なパフォーマンスによって点数付けされます。“ESGPerformance Score Core”のデータの母集団9000社以上の企業の中から、同じ“Industry”や“Sector”に属する企業の中での自社の立ち位置が“Metric”の点数に反映されます。よって自社の開示物に変化がない状況であっても、他社の開示状況によって点数が変化する可能性があります。
2-3 3項目による加点
算定ステップ②で人的資本スコアの付与(0~100点)を終えた後は、女性管理職比率、従業員給与の成長率、従業員一人当たり営業利益の成長率の3項目に関して、各々の判定基準に応じて項目ごとに5点の加点スコアが付与されます(図表 5)⁸。
図表5
加点スコアの項目と判定基準

3項目の判定は、基本的にそれぞれ次の情報をもとに計算されて判断されます。女性管理職比率は、基準日の属する年の1年前の4月期決算から直前の3月期決算までの有価証券報告書の「従業員の状況」に記載される連結会社における「管理職に占める女性労働者の割合」の情報が使用されます。
従業員給与の成長率は、定期入替の基準日の属する年の4年前の4月期決算から基準日の直前の3月期決算までの有価証券報告書の「従業員の状況」に記載される「平均年間給与」の情報が使用されます。計算式は下記の通りとなります。

従業員一人当たり営業利益の成長率は、下記の式で算出されます。

営業利益は、決算短信に記載された、基準日の属する年の4年前の4月期決算から基準日の直前の3月期決算までのものが使用されます。従業員数は、同じ期間の有価証券報告書の「従業員の状況」に記載される連結会社における「従業員数」の情報が使用されます。
以上より、JPX日経インデックス400の構成銘柄の人的資本スコア及び3項目の加点スコアが決まり、その合計である総合人的資本スコアが算出されて、上位100銘柄がJPX日経HC100の構成銘柄に採用されます。なお、定期入替については、毎年6月最終営業日を基準日として得られたデータによって構成銘柄の見直し(追加・除外)を行い、毎年8月最終営業日に定期入替後の株価指数の算出が開始されます。
3.JPX日経HC100に対する企業の対応
3-1 構成銘柄に採用されるメリット
本指数の構成銘柄に採用されることのメリットとしては次の3つが考えられます。
1つ目は、長期的な成長期待から株価形成の上昇余力が生まれることです。今後本指数を採用した金融商品が提供されることで、人的資本経営の取組みが優れた企業への投資が活発化することで株価の上昇・下支えに貢献することが期待されます。
2つ目は、ステークホルダーへのアピールになることです。構成銘柄に採用されることは、人的資本経営が優れた企業であるという認知の獲得、企業イメージの向上が期待されます。これにより労働市場での人材獲得の優位性や顧客及び従業員からの信頼の獲得につながると考えられます。
3つ目は、人的資本経営の高度化の促進です。本指数の認知度が上がることによって、人的資本経営に関する経営陣の関心が高まり、他社との比較・競争が促される可能性があります。結果として人的資本への経営リソースの配分が増加され、人的資本経営の取組みが充実していくと考えられます。
3-2 組み入れのためのアクション
構成銘柄に組み入れられるためには、総合人的資本スコアを向上させること、すなわち“Human Capital Score”と、3項目による加点スコアを向上させる必要があります。
まずは自社の“Human Capital Score”と、3つの“Category Score”を構成する10~12個の“Metric”の開示状況を確認して、対外的に見て不足している項目を洗い出します。その中から、現在の取組み状況とデータの有無、自社の経営戦略との関連性等から優先順位をつけて対応を検討します。例えば、取組みをしていてデータもあるものは、対外的な不足感の解消にあたってのハードルが最も低いと考えられることから、開示に向けた準備を進めることが次のアクションとなります。また取組みはしているもののデータがないものは、経営戦略との関連性の高いところからデータの取得を検討することが一案として挙げられます。
上述のとおり、“Metric”の点数は相対的なスコアであり、点数が50点よりも低い項目は他社に比べて相対的に劣っているということを意味しています。第三者の客観的な視点から自社が他社に比べてどのように見られて評価されているかがわかることから、この“Metric”の点数をモニタリングしていくことで、自社の人的資本経営に関する取組みや開示の改善点とその優先順位を判断することができます。
また、加点スコアを構成する3項目については、それぞれの対応が求められます。まず女性管理職比率については、ダイバーシティ計画の点検・見直しにより、女性管理職比率30%達成が現実的であればその早期実現を図るように対応を強化することが有効となります。次に従業員の給与の成長、すなわち賃上げに関しては、長期的な視点が必要になることからその計画を精査して着実に実行に移すことが必要となります。最後に従業員一人当たりの営業利益の成長率は、単なる営業利益の向上だけでなく、労働生産性を上げることも有効になります。例えば、工数管理によって労働生産性指標のデータ集計を細分化して、ボトルネックとなっている部門・業務を特定し改善することが、対策として考えられます。あるいは賃上げによる優秀な人材の確保や従業員エンゲージメントの向上による労働生産性の改善も含め、そうして新たに創出された利益分を給与の原資に充てるという好循環を回すことが求められます。
4. 最後に
総合人的資本スコアの向上を考える際には、単に自社に不足する取組みを実施することや既存施策を表面的に充実させるのではなく、中長期的な視点に基づいて自社の企業価値の向上に資する取組みになるかを考慮する必要があります。
例えば、経営戦略の実現可能性を高めるという本来の目的から離れた形の取組みがなされる場合や、開示情報が充実されるのみで実態が伴わない状況が懸念されます。このような場合には、表面的な取組みに関するコストだけがかさみ経営戦略実現に寄与しないことにより、財務目標が未達になるなどの不具合が生じるリスクがあります。JPX日経HC100の母集団であるJPX日経インデックス400の選定基準には、過去3年の平均ROEや3年累積営業利益などが含まれることから、財務目標が未達になった際に母集団から外れる可能性もあることに注意が必要です。
実際に重要なことは自社の企業価値を持続可能な形で向上させることであり、バッジコレクターのように評価指標に直結する取組みのみを改善して短期的にスコアを向上させることではありません。本指数を1つの指針として位置付けた上で、例えばそのスコアを構成する指標をKPIとして設定し、CHROが責任をもって経営アジェンダとして管理をしていく。進捗が思わしくない場合には人事戦略そのものや人事制度の設計・運用の見直しへと繋げていく。こうした一連のHRマネジメントの取組みを価値創造ストーリーに落とし込み、HCR(Human Capital Report)を通じてステークホルダーに開示して対話を重ねていくことが、本来の人的資本経営における本指数の捉え方であると考えます。
参考文献
- 1 日本取引所グループ webサイト、「JPX日経インデックス人的資本100」の構成銘柄及び算出要領の公表について(2025年5月8日)、https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/0060/20250508-01.html
- 2 HRGLメールマガジン、No.155 人的資本経営の取組み・開示のReboot① 機関投資家から見た課題感を踏まえた取組み・開示 https://www.hrgl.jp/sus-opinion/sus-opinion-12198/
- 3 前掲1 日本取引所グループ webサイト
- 4 日本取引所グループWebサイト、「JPX日経インデックス人的資本100」の構成銘柄及び算出要領の公表について(2025年5月8日) 別紙2 参考資料https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/0060/um3qrc00000193wi-att/j_Appendix_2.pdf
- 5 前掲1 日本取引所グループ webサイト
- 6 同上
- 7 ESG book、ESG Performance Score Methodology 2025、https://www.docs.esgbook.com/docs/marketing/userguides/METHODOLOGY_ESGBook_SCO_EPS_100.pdf
- 8 JPX日経インデックス人的資本100算出要領、株式会社JPX総研 株式会社日本経済新聞社、2025年7月22日版、
https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/0060/um3qrc00000193wi-att/j_Human_Capital_100_Guidebook.pdf
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
HR ガバナンス・リーダーズ株式会社
マネージャー
大石 英翔 Hideto Oishi
として採用や要員計画策定、人材ポートフォリオを実現するためのポジションマネジメント/タレントマネジメントなど人材開発、組織開発に幅広く従事し現職に至る

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コンサルタント
清田 大介 Daisuke Seita
験。現在は、人的資本経営や人事制度改定のプロジェクトに従事

HR ガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント
明田川 頌 Yo Aketagawa
国内大手化学メーカー及びプラントエンジニアリング会社を経て現職
現在は、指名・人財ガバナンス領域にて、人的資本経営推進を中心としたプロジェクトに従事
