HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

「稼ぐ力」を最大化する経営執行体制・経営チームの構築

その④ 経営戦略と連動とした執行役員人事制度(グレーディング・評価・報酬)

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    Governance
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  • Compensation
  • Sustainability

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

山本 琢郎

■ サマリー

企業の「稼ぐ力」を高めるためには、経営チームの強化が不可欠です。そこで、HRGLでは経営チームの強化に資するため経営執行体制や経営チームの構築についてのメールマガジンをシリーズで配信しています。本稿はその第4号として「経営戦略と連動とした執行役員人事制度(グレーディング・評価・報酬)」について説明します。※これまでのメルマガのリンクは本稿の末尾をご覧ください。

経営チームを強化するためには、経営メンバーである執行役員の役割と責任を明確にすることが重要です。しかし、多くの企業では、この役割と責任が曖昧な状態にとどまり、その結果、執行役員の成果責任を追及できない等の課題を抱えています。この課題を克服するためには、雇用型執行役員ではなく、委任型執行役員を前提として、必要なポジションの役割と責任を明確にするポジション起点の人事制度が必要となります。この人事制度では、ポジションごとに職責の大きさを評価し格付けします。それにより役割と責任が明確になるため、評価や報酬において適切な運用が可能となります。

執行役員人事制度を設計する最初のステップとして、執行役員のポジションを明確に定め、序列化(グレーディング)していくことから始めます。職責の大きさを合理的な評価軸に基づいて評価し、他のポジションと比較できるように整理します。

この序列化の後に、評価や報酬についても設計します。職責に応じた評価・報酬にすることにより、成果を適切に評価でき、次の再任の決定や報酬への反映について実効的な判断を行えるようになります。評価においては、CEOが業績評価と個人評価を行い、取締役会(または指名・報酬委員会)の審議を経て決定するプロセスを踏みます。報酬においては、固定報酬と変動報酬(STI・LTI)の構成を検討する以外にも、外部市場や内部公平性を踏まえた報酬水準の設定が重要となります。

目次

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1.経営チーム強化のための執行役員人事制度

1-1 これまでのメールマガジン

 シリーズ「『稼ぐ力』を最大化する経営執行体制・経営チームの構築」では、第1号として「執行強化が求められる背景と課題」、第2号として「執行体制強化を促進する監督側からのアプローチ」を説明し、第3号では「経営チームの在り方」について、経営チーム組成の論点やCxOの役割と責任について説明しました。
 今回の第4号では、経営チームの強化に必要となる執行役員人事制度について、企業価値向上と経営戦略実現に向けて望ましい制度の在り方や設計プロセスを説明します。図表1に示す検討項目の全体像のうち、主に委任雇用形態・グレーディング・評価・報酬制度に焦点を当てます。

図表1

価値創造ストーリーを実現する経営執行体制・経営チーム組成の検討項目
出典:HRGL作成

1-2 執行役員制度の潮流

 執行役員制度は経営の効率化や意思決定の迅速化を図るために各企業で導入されてきました。しかし、会社法上の規定がない執行役員は責任が曖昧な状態で運用されることが多く、実態として意思決定の迅速化に反する課題が生じています。例えば、成果を出さなくても執行役員のまま据え置かれる、昇進のために不必要なポストを作るなど執行役員の人数が肥大化した企業では意思決定に遅れが生じかねません。そこで、昨今、この課題を克服するために執行役員の人数のスリム化、執行役員制度の廃止といった動きが見受けられるようになってきました。

図表2

執行役員制度の課題感と昨今の動き
出典:HRGL作成

 そして、執行役員制度を残す企業においても、執行役員の契約形態を雇用型から委任型に切り替える企業が増えています。この委任型執行役員は責任と期間を明確に定めて運用され、業務執行側の高い責務と裁量を持つことが特徴です。従来の雇用型執行役員は従業員として位置付けられ、取締役の下位の役職として置かれる一方で、委任型執行役員は取締役会から権限委譲がなされ、取締役と並ぶポジションに位置付けられます。この委任型執行役員の導入によって責任が曖昧な状態を是正し、さらには執行役員数の削減にまで踏み込んだ企業もあります。他方、委任型執行役員を導入しつつ、雇用型執行役員も残す併用パターンも見られます。例えば、執行役員のうち上位のポジションを委任型に変更し、下位のポジションはそのまま雇用型とする事例があります。そこには若い人財を抜擢登用しやすくする、将来の幹部候補者の育成候補者のプールとして活用しやすくするといった目的があります。
 このように執行役員制度の見直しを図る企業が増えており、見直しの目的により執行役員の契約形態も異なっているのが昨今の潮流です。ただし、単純に雇用型から委任型に切り替えるだけでは不十分です。例えば、執行役員を全員委任型に変えるという形式上の見直しは行ったが、責任を曖昧にしたままであるため責任に応じた制度運用ができていない企業も見受けられます。実質を伴う運用のためには、執行役員の責任を明確にする制度設計が必要です。

図表3

雇用型から委任型または委任型・雇用型併用へ
出典:HRGL作成

2.「人」起点から「ポジション」起点の運用へ

2-1 「人」起点の執行役員人事制度

 多くの企業で強靭な経営チームを組成するにあたり、いくつかの課題に直面することが想定されます。例えば、執行役員の役割と責任が曖昧なため明確な目標設定ができず、成果創出や適切なインセンティブがはたらかない、執行役員の人数が多くなり役位が増えることによって承認プロセスが冗長になってしまい執行側の意思決定スピードが下がる等の課題が見受けられます。これらの課題は、「人」を起点に執行役員人事制度を設計していることが原因だと考えられます。
 「人」起点の人事制度とは、職位がその人の今までの経験や実績、そこから想定される能力に基づいて決まる、という制度です。この背景には、執行役員が会社に属する従業員に位置付けられ、職能資格制度の最上位等級として扱われてきた日本の慣行があります。例えば、会社の売れ筋商品を開発し売上向上に貢献した技術系社員を功績者として執行役員に登用するケースがあります。この場合、登用後もこれまで積み重ねてきた実績や経験値があるため低い評価はつけづらく、任されている責務も曖昧であるため、企業価値向上につながる業務執行ができていない事象が起こり得ます。そして、成果が出せていないとしても、これまでの実績や本人の能力が重視され、解任や降格になかなか踏み切れないことも起こりかねません。

2-2 「ポジション」起点の執行役員人事制度

 一方で、「ポジション」起点の人事制度とは、経営に必要な機能からポジションを定義したうえで、その職責の重さを評価し序列を決める制度です。その職責から役割や成果責任が明確になり、目標を満たさない場合は降給・降格が運用しやすくなるというメリットがあります。報酬面においても、外部市場水準を踏まえながらポジションごとの職責に応じた報酬を設定しやすくなります。厳格な運用を行うことが前提となりますが、経営戦略や事業戦略を踏まえたポジションの序列化や評価、報酬設定が行われるため、執行役員の人数が無秩序に増えることを抑制し、少数精鋭の強靭な経営チームを組成するために適した制度です(図表4)。

図表4

「人」起点の人事制度と「ポジション」起点の人事制度の概要比較
出典: HRGL作成

3.執行役員人事制度の設計

 これ以降は、前述した「ポジション」起点の執行役員人事制度へ変えるための設計プロセスを説明していきます。この設計プロセスでは、従業員人事制度を設計するときと同様に、等級(序列化)・評価・報酬制度のそれぞれを整理していきます(図表5)。

図表5

「ポジション」起点の執行役員人事制度の設計プロセス
出典: HRGL作成

3-1 序列化(グレーディング)

 最初に重要となる点は、ポジションの職責を序列化(グレーディング)していくことです。多くの企業では、専務・常務といった役位をつけて執行役員の序列化を行っていますが、専務と常務の役割の差異や、その役割を設定するロジックが曖昧な状態にあり、結局は執行役員の年齢や在籍年数で序列を決めるケースが多くなっているようです。
 執行役員の序列を決定するにあたり、まずポジションの責務の大きさを明確に定め、ポジション同士を比較することが求められます。例えば、同じ事業部門長であっても管掌部門の重要性は異なる場合が想定され、自社における価値に差異が生じることがあります。事業Bより事業Aのほうが経営戦略上重要であると判断されるなら、事業Aの序列を上に設定することが考えられます(図表6)。

図表6

執行役員のグレード(イメージ)
出典: HRGL作成

 ポジションの序列化においてポイントとなるのは、職責の大きさを合理的に判定するための評価軸を設定することです。社内関係者の同意を得るためには、この合理的な評価軸が必要となります。この評価軸の要素となるのは、「管掌部門の経営戦略上の重要性」「営業目標等の大きさ」「組織規模(何人マネジメントしているか)」「組織の成長性」「求められる専門性」等の項目が候補として挙げられます。
 また部門が異なる場合(例えば営業部門ポジションと管理部門ポジションを評価するケース)、同じ評価軸であっても評価しづらいことがあり得ます。この場合、自社の戦略や特性に応じて評価軸を工夫する必要があります。具体的な工夫の例として、自社の組織を主力事業、戦略事業、コーポレート系の3つのタイプに分類し、評価軸のウエイトをタイプごとに変える設計も考えられます。(図表7)

図表7

序列化の評価軸
出典: HRGL作成

 次に、評価軸に基づいてポジションを評価し点数化することで、他のポジションとの比較ができるよう整理できます。その後、点数に応じて序列を決定することとなります。参考として示している図表8では、点数化した後の序列を4つの段階(グレード1~4)に分けています。段階の数は各社のポジションの差異に応じて決定することになりますが、あまりに細かく段階を分けても煩雑になるだけなので、3~4つ程度が妥当なラインと考えられます。例えば4つに分けるとすると、グレード1(CEO)、グレード2(上席執行役員)、グレード3(執行役員)、グレード4(執行役員)という区分になります。なお、グレード3とグレード4のように、同じ役職であってもポジションの重要性等の差に応じて異なるグレードとして区分する設計も可能です。

図表8

執行役員のグレーディングのステップ1
出典: HRGL作成

 また、職責の大きさだけで執行役員を序列化せず、別の要素を考慮するケースもあります。例えば、比較的若い人財が抜擢人事等で職責の大きいポジションに就くケースにおいて、まだ経験や経営目線に関して成長余地があるケースを想定します。単に職責の大きさだけでその人財の序列を決めると、本人の実際の経験値や期待されるミッションに必ずしも合致しないグレードとなってしまいます。そこで、職責の大きさを基準に序列化した後に、本人のミッション・期待役割を踏まえ一部柔軟に序列を上下できるようにグレードを設計する事例もあります。図表9で図示しているように、A事業部門長は職責の大きさだけでグレーディングした場合グレード3に格付けられますが、本人の期待役割が小さいことを理由にグレードを調整してグレード4に格付けるという運用ができます。なお、職責の大きさではグレード4に相当するポジションをミッション・期待役割に基づいて下方調整する場合、執行役員ではなく部長級として格付けることも想定されます。

図表9

執行役員のグレーディングのステップ2
出典: HRGL作成

3-2 評価

 前述の序列化を行った後に、執行役員の評価制度を設計していきます。求められる期待役割に応じた評価項目を設定し、執行役員の目標設定や評価プロセスを決めていきます。ここでポイントとなるのは、経営戦略(あるいは中期経営計画)に連動した目標設定を行うことです。目標達成することで企業価値向上にどれだけ貢献できるかという観点で、目標を定め、目標が達成できなければ低い評価をつける厳密な運用が求められます。目標を明確にするために、企業によって様々な工夫が見られます。CEOが執行役員の目標を設定する以外にも、例えばCEOから執行役員へ期待役割をあらかじめ伝え、その期待役割に基づき執行役員自身が目標を設定する、設定された目標は取締役会での承認を必要とする等の工夫があります。
 目標設定の後は、CEOが各執行役員との1on1を定期的に行い、進捗を確認し、期末に目標達成の状況を評価します。評価は業績評価と個人評価に分かれ、例えば、自身が管掌する事業の成績だけでなく、リーダーシップやリスクテイク等の経営人財力を評価するケースもあります。評価項目が何であれ、適切な評価のために重要なのは、CEOが1on1で進捗を確認し、各執行役員との強い信頼関係を構築することです。 CEOとの職層間に上席執行役員が入る場合は、その管轄下の執行役員をCEOが直接評価や1on1を行うことはあまりありませんが、CEOはその上席執行役員から当該執行役員の評価報告を受けた上で評価を決定します。そして、CEOは執行役員へのフィードバックとともに取締役会(または指名・報酬委員会)への報告も行います。
 その後、評価結果に応じて、報酬や選解任が決定されます。この目標設定から評価、報酬までの一連のプロセスにおいて、指名・報酬委員会による客観的な視点からの審議を組み込むこともポイントです。このプロセスを整理することによって、各ポジションを担う人財の成果を正当に評価し、次の再任の決定や報酬への反映について実効的な判断を行うことが期待できます(図表10)。

図表10

執行役員の目標設定と評価のプロセス
出典: HRGL作成

3-3 報酬

 報酬設定では、経営チームの責務に見合った報酬体系とするため、短期業績連動だけでなく中長期業績連動を含めた報酬構成を検討する必要があります。図表11のように、各グレードにおける固定報酬、STI(賞与)とLTI(株式報酬)の構成を想定します。基本的に、上位になるほど成果責任が重くなり、成果にコミットさせ短期・中長期に企業価値を向上させるインセンティブを与える目的で、全体に占める固定報酬の割合は小さくなるよう設計します。

図表11

報酬構成の例
出典: HRGL作成

 ここでポイントとなるのが、外部競争性を考慮したうえで報酬水準を設定することです。具体的には外部の報酬サーベイを基にしたベンチマーク結果を活用して、業界全体や競合と比較した時に競争力のある水準となっているか確認しながら設定することが重要です。加えて、報酬レンジを設定する際に、社内の序列を踏まえた公平な報酬レンジとなっているかを踏まえる必要があります。例えば、上席執行役員と執行役員の役割と責任に明確な差を定義できている場合、報酬レンジを重複させず、階差を設ける設定にすることが考えられます(図表12)。

図表12

報酬レンジの例
出典: HRGL作成

4.最後に

 本稿では、経営チームを強化するために求められる執行役員人事制度について説明してきました。執行役員のあり方は各社各様ですが、多くの場合、従業員の内部昇格の延長と捉えられ曖昧に運用されていると考えられます。この状態を脱するために各社において適切な執行役員人事制度を検討する必要があります。そして、本稿で説明した制度を形だけ取り入れるのではなく、自社にとって企業価値向上のために必要な経営チームとは何か、その経営チームを組成するメンバーの役割と責任をどのように定義するかについて考え抜いた上で、執行役員人事制度を検討いただければと存じます。
 HRGLでは、2025年4月30日に経済産業省が「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」を公表したことを受けて、本ガイダンスの普及・実践を後押しするため、「CGフェス」と題し、情報発信を強化しています。本メルマガの「『稼ぐ力』を最大化する経営執行体制・経営チームの構築」シリーズについても、今後継続して発信していくとともに、このシリーズに関連したセミナーも開催する予定です。メルマガとあわせてセミナーでも情報提供してまいりますので、引き続きご確認いただけますと幸いです。

シリーズ「『稼ぐ力』を最大化する経営執行体制・経営チームの構築」

テーマ
第1号執行強化が求められる背景と課題
第2号執行体制強化を促進する監督側からのアプローチ
第3号執行体制強化に向けた執行組織、CxOの在り方

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Takuro Yamamoto

大学卒業後、大手機械メーカーにて、総務人事の実務に従事。採用、評価、育成、労務など幅広く人事領域の実務経験を積む。人的資本経営関連業務に興味を持ち、HRGLへ参画。