「稼ぐ力」を最大化する経営執行体制・経営チームの構築
その② 執行体制強化を促進する監督側からのアプローチ
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
小林 貴之
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
宇賀神 大河
■ サマリー
日本企業においてコーポレートガバナンス改革が進展し、各社の取組み・体制整備は着実な進捗を見せていますが、企業の「稼ぐ力」を高めるには経営チームの実質的な強化が不可欠だと言えます。HRガバナンス・リーダーズでは、経営執行体制・経営チームの構築についてシリーズでメールマガジンを配信しており、本稿はその第二号となります。前号では、「執行強化が求められる背景と課題」について解説しましたが、本号では執行体制強化に対して、監督側からどのようにアプローチをすべきかについて中心的に説明します。
執行体制の整備は本来執行側が主導すべきものですが、旗振り役の不在により進まないケースが多く、これに対して監督側からあるべき方向性を示すことで執行体制強化を促進することができます。
執行側への権限委譲を進めるには、まず監督と執行の定義と役割分担を明確にした上で、執行側が責任を果たせる体制になっているかを監督側が確認するという2段階の検討が必要であり、単なる形式的な役割分担では不十分といえます。
執行体制の要である経営チームは、企業に必要な機能に基づいて社長・CEOを支援するCxOなどの責任者を定めるとともに、意思決定システムとしての会議体も目的に応じて設計し、実効性を確保する必要があります。
執行体制に対するアプローチは、独立社外取締役等が必要性を判断し、取締役会事務局が制度化を支援、最終的な制度反映はCHROなど執行側が担うといった分担が考えられ、監督と執行が連携することで企業にとって最適な体制整備が可能となります。
目次
1.コーポレートガバナンス改革における執行体制強化の位置づけ
1-1 執行体制強化はコーポレートガバナンス改革の重要課題
2015年以降、日本企業ではコーポレートガバナンス改革が本格化し、監督機能の強化が着実に進展してきました。たとえばプライム市場ではほぼ半数の企業が委員会型の機関設計を採用し、同市場におけるほぼすべての企業の独立社外取締役の比率が3分の1を超えるようになるなど、制度面では確かに「モニタリング・ボード」としての枠組みが整ってきたと言えるでしょう。少なくとも形式的には、監督機能の整備は一定の水準に到達していると言えます。
しかし、前号でも述べたように、企業価値の源泉である「稼ぐ力」をどう高めていくかという視点に立つと、コーポレートガバナンス改革の議論はまだ道半ばです。たとえば、経済産業省が主催する「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」では、価値創造ストーリーを実行に移すための“経営チームの実質的な強化”が必要不可欠であることが、改めて強調されています。
1-2 執行体制の強化が進まない理由
執行体制の強化は、当然ながら執行側、すなわち経営陣が自ら主導し、自社が目指す姿を実現するために必要な体制を設計・構築することが望まれます。ところが、本シリーズの第1回でも述べた通り、実際にはそれが思うように進んでいないというのが現状です。
背景にはいくつかの要因があります。まず、コーポレートガバナンス改革が、形式的な監督機能の整備にとどまってしまっているという点が挙げられます。そしてもう一つが、社長を支援し、業務執行間の調整をするなど、執行体制を強化するために率先して旗を振る存在が社内にいない、という組織上の課題です。
こうした状況に対して、今回改めて提案したいのが、「監督側があるべき執行体制について、方向性を示す形で要請を行う」というアプローチです。これは、監督側が果たすべき重要な役割として位置づけるべきものです。
2.監督側による執行体制強化の方向づけ
2-1 監督側が方向づけを行うことの必要性
執行体制は企業の経営戦略・事業戦略に従うもので、監督側が詳細な議論にまで方向づけを行う必要はないという認識もあるかもしれません。しかし、前章でもご説明したとおり、コーポレートガバナンスの文脈における執行体制強化は、社長を支援し社内を調整する旗振り役がいないと執行部門間で責任があいまいになりがちなテーマあり、かつ中長期の成長に責任を持つ取締役会の監督機能にも大きな影響を与えるテーマです。そのため本テーマついては、コーポレートガバナンスの機能発揮・円滑な運用に対して責任をもつ監督側こそが十分議論を尽くす必要があると言えます。
2-2 執行への権限委譲を実現するための2つの検討段階
ここで、コーポレートガバナンスのモニタリングモデル化を進める企業が、監督と執行の役割を明確に区分し、執行側へ権限を委譲していくステップとして大きく2つの段階に整理し説明します。
第一段階は、自社におけるコーポレートガバナンスの基本的な枠組みを明確にすることです。具体的には、監督と執行の役割分担を明確にし、取締役会を監督機関として位置づけ、その役割・責任にふさわしい範囲の議題を設定することが求められます。取締役会が扱うべき議題を「企業価値を大きく左右する重要な経営事項」に限定し、それ以外の事項については法律上可能な範囲で執行側へ委譲していきます。そうすることで、監督と執行の責任範囲が明確になり、執行側の果断で迅速な意思決定を後押しする体制を目指します。表面上では、取締役会の役割・責任の定義、執行の権限規程、取締役会の付議事項といったものに反映されます。
しかし多くの企業では、この段階で議論が止まってしまいがちです。自社における役割分担の原則を確認したことで、あとは執行に任せればよい、という認識に陥ってしまうのです。その結果、監督と執行の役割分担が運用上なされないという弊害がでてくるケースが多くみられます。例えば、役割分担を明確にしたものの、取締役会に細かな業務執行に関する決裁案件が多く持ち込まれ、本来果たすべき中長期的な戦略の議論などに時間を割けなくなっているケースや、意思決定における執行側からの説明が、監督側の視点からは不十分なために、取締役会が細部の業務執行まで確認せざるを得ないケースなどが散見されます。
このような執行への権限委譲の実質化がなされていない状況を打破するためには、第二段階の取組みが欠かせません。それは、監督側が「執行体制が、責任を果たし得る水準にあるのか」を確認し、もし不十分であれば、「どのような体制が必要か」について方向性を提示することです。このプロセスでは、「執行側の責任の所在が明確かどうか」「意思決定と業務モニタリングの仕組みが合理的かどうか」という二つの視点から、経営機能を担う執行役員体制(経営チームのあり方)、及び意思決定システムとしての会議体の設計(経営会議のあり方)の状況を検証し、必要な要請を行っていくことになります。(図1:「執行への権限委譲を実現するための2つの検討段階」)以下では、これらの2つをどのような視点で検討していくかを説明します。
図1
「執行への権限委譲を実現するための2つの検討段階」

3.執行体制の要としての「経営チーム」と「意思決定システム」のあり方
3-1 経営機能を担う執行役員体制(経営チームのあり方)の検討
監督側が執行体制の整備に対して方向性を示すにあたり、最も重要な問いかけは、「執行側が十分に責任を果たせる体制となっているかどうか」という点です。この観点から、まず焦点を当てるべきは、経営の中核を担う執行役員体制、そしてそれを支える意思決定の仕組みです。
まず、経営の中核を担う執行役員体制についての検討ポイントを説明します。執行体制の中核として、企業が自社の経営を遂行する上で備えるべき機能を洗い出し、その機能に応じて適切な責任者と役割を定めていく必要があります。つまり、出発点は、「経営チームとしてどのような機能が必要か」を明確にすることです。その上で、企業横断的な「コーポレート機能軸」と、個別の「事業/地域軸」の双方で責任の所在を明確にしていくことが重要です。
コーポレート機能軸というのは、企業全体で必要とされる主要機能について、誰がその責任を担うのかを明確にするということです。たとえば、グループ経営戦略機能、ファイナンス機能、人財戦略機能、デジタル戦略的機能が経営の機能として重要なものであると定義した場合は、それらの責任を担う役員をそれぞれCSO(Chief Strategy Officer)、CFO(Chief Finance Officer)、CHRO(Chief Human Resources Officer)、CDO(Chief Digital Officer)として定義し、責任の所在を明確にする必要があります。こうしたCxO体制は、単に「肩書き」を設けるのではなく、その役割と責任が戦略に基づき明確に規定されている必要があり、監督側としては各CxOの役割・責任、担う人財像について方針を示すことが求められます。
また事業/地域軸での整理もあります。事業ごと、地域ごとに、誰が事業責任を担っているのかの定義も明らかになっている必要があります。例えば、複数の事業を展開する企業では、事業セグメントごとの体制とセグメントオーナーを明確にする必要があり、グローバルにビジネスを展開している場合は各地域の事業責任者やレポートラインを明らかにし、本社が統率をとれるような体制を整備していることが求められます。特に、事業セグメント長が子会社の社長を兼ねるケースでは、その子会社のトップがどのようにグループの執行役員体制に組み込まれるのかを明確にしておく必要があります。その際、形式のみを整えるケースも散見されるため、それぞれの役位に応じて、責任と権限が合致しているかを確認しておくことも重要です。この定義によって、事業責任の所在がグループ全体の中で一貫して把握できるような状態が達成できれば、権限を委譲する上で望ましい状態といえるでしょう。
さらに経営の果たすべき役割をもとにCxOや事業セグメント長などの体制のあるべき姿が定まれば、それらの執行役員体制を執行役員人事制度として落とし込んでいく必要があります。ただし、この設計や制度化については、執行側の責任範囲でもあるため、監督側は方向性を示しながら、具体化はCHROや人事部門に委ねていくのが実務的な対応となるでしょう。
3-2 意思決定システムとしての経営会議体の検討
次に検討すべきは、執行側が意思決定を行うための「会議体の設計」です。昨今では経営会議の形骸化や過剰な参加者による非効率が指摘されるケースも多いため、監督側としても、会議体が経営の実態に即して合理的に設計されているかを確認する必要があります。
まず着眼すべきは、「委譲された執行権限に基づいて、どのような意思決定(決議事項)があるのか」を明確にすることです。多くの企業を見ていると意思決定には大きく「ヒト・モノ・カネといったグループ全体の資源配分に関する意思決定」と「個別事業ごとの戦略策定や投資案件に関する意思決定」という重要な2つの事項があることがわかります。これらの重要な事項は全社的な性質と個別事業的な性質という異なる面をもっているため、意思決定の会議体も一つの経営会議ではなく、それぞれの目的にあった会議体を分けて設置することが、活発な議論とスピーディな意思決定につながるでしょう。このようにして、会議体の目的とあり方が決まったら、各会議体のメンバーを選定します。全社的な資源配分に関わる意思決定においては全社の機能を統括するCxOは必須になります。また個別事業の意思決定においては、個別事業の事業オーナーとCxOのみで開催し、他の事業オーナーをメンバーには入れないよう限定することで議論の深度を上げるということが考えられます。なお、CxOの期待役割は大きくなる傾向があるため、CHROが人材開発委員会を組成するといった具合に、CxOが目標とするKPIを達成するために、執行側の委員会を組成し、そこに権限を委譲していくことも、実務上の重要な検討ポイントとなります。
このように、意思決定内容に応じて会議体を分け、それぞれの目的・権限を明確に定義することが求められます。そして監督側は、その仕組みが「合理的に議題を検討し、意思決定できる仕組みかどうか」といった観点から確認し、必要に応じて助言や是正の要請を行っていくことになります。
さらに、各意思決定のプロセスの中に「経営の規律」があるかどうかも確認のポイントです。監督側としては、執行側の意思決定がどのような規律にもとづいてなされているのかを確認し、説明責任を果たせる体制かどうかを見極める必要があります。たとえば、「投資案件における継続・撤退の判断基準は明確か」や「事業や業務をモニタリングする際に資本効率やKPIをどのようなロジックで設定しているか」といった点です。こうした点において説明責任を果たせない体制であれば、権限委譲そのものが危うくなるため、監督側としても要請を出すことが重要となります。
4.執行側への要請は誰が検討するのか
4-1 監督・執行側部門それぞれの役割
執行体制の整備に向けて監督側が方向性を示し、場合によっては要請を行うという取り組みが必要であることは前章で述べました。しかし、ここで問われるのは、「実際にその要請は誰がどのように出すべきか」という点です。この問いは、監督と執行の境界にまたがる微妙な領域に位置しており、対応が曖昧になりやすい領域でもあります。もちろん、CEOはこれらの議論に積極的関わる最も重要な立場にあります。監督と執行の役割分担や、執行体制のあり方の具体的な議論においてはCEOが将来のビジョンを示すべきであり、監督側からの要請を検討する際にもCEOのリーダーシップは不可欠です。しかし、執行体制強化の議論の皮切りになり、方向性を示すのは、CEOとは異なった監督側の立場からも行うことができます。
この点において独立社外取締役は、執行を監督する立場から積極的に指摘する役割を担うこともあります。独立社外取締役は株主の代理人として、執行に対する信任を前提に監督の責任を果たす立場にあるため、権限を委譲する際に「この執行体制で本当に大丈夫だろうか」という問いに最も敏感であるべき存在だからです。
しかしながら、実務的にその要請内容をどのように検討し、どのように執行側へ伝えていくかという段階になると、より具体的な作業と調整が必要となります。そこで次に役割を担うのが、取締役会事務局/コーポレートセクレタリーです。取締役会事務局/コーポレートセクレタリーは、社外取締役と執行側の間に立って実務面の橋渡しを行う存在であり、執行体制の在り方に関する議論を制度化・文書化していく機能を担います。たとえば、CxOの役割や事業セグメント長の執行役員としての位置づけについて、全体像をまとめた上でたたき台となる案を作成し、それをもとに取締役会での議論を促進していくといったプロセスが想定されます。
また、その後の実行段階においては、CHROを中心とした人事部門もしくは経営企画などの企画部門が、執行役員制度への具体的な反映を担うことになります。つまり、全体の設計図は監督側が方向づけ、その詳細設計と制度反映は執行側が担っていくという役割分担をすることでスムーズに進めることができるのです。
こうした役割分担を整理すると、以下のようになります
• 独立社外取締役:業務執行が権限委譲に耐えうる体制かを確認し、要請の必要性を判断
• 取締役会事務局/コーポレートセクレタリー:要請案の整理と制度化のたたき台作成および取締役会と業務執行間の調整
• CHRO・人事部門等の執行側の部門:最終的な制度設計と執行への落とし込みを担当
このように、監督と執行の「間」となりがちなテーマは、複数の関係者がそれぞれの立場から役割を果たすことで、多角的な課題をはらむ執行体制強化を推進していけるのです。
5.最後に
今回は監督側の目線で執行体制強化にアプローチしていくポイントについて説明しました。もっとも、議論の前提として、一番重要な監督機能は、執行体制の強化を主導できる社長・CEOの選任であり、継続してそういった社長・CEOを選任できるサクセッションプランを監督することと言えるでしょう。また、執行体制強化に対して監督はどこまで細かい粒度で要請を出していくか、どれくらいのリーダーシップを持つのか、といったことは企業の状況によって異なります。
しかしながら、監督機能の強化と執行体制の強化はコーポレートガバナンスの両輪であるということからもわかるように、監督機能の強化を行う際には執行体制強化の議論は避けられないことは事実です。監督側から出した要請をもとに執行側と活発な議論が行われ、最終的にはその会社にとって最適な体制の構築を実現できることが望ましいと考えます。
\HRGL主催 「CGフェス」開催中!/ HRGLでは、2025年4月30日に経済産業省より公表された「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」を受け、政府や関係機関と連携し、本ガイダンスの普及・実践を後押しするため、「CGフェス」と題し、セミナーやメールマガジンを通じた情報発信を強化しています。本メルマガの「『稼ぐ力』を最大化する経営執行体制・経営チームの構築」シリーズも、引き続きお届けしてまいりますので、各社様のご検討や実践の一助となれば幸いです。 |
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
小林 貴之 Takayuki Kobayashi
その他、取締役会改革を実現する執行体制強化や人的資本経営など企業の変革を組織・制度・人の側面から支援するプロジェクトを担当。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント
宇賀神 大河 Taiga Ugajin
その他、取締役会改革を実現する執行体制強化をはじめとした、監督と執行の双方に関わるガバナンス体制の構築・実装支援に従事している。
