HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

全米取締役協会、アンケート結果に基づく2025年展望の公表内容について

取締役会を取り巻くトレンド、取締役会の改善点、向き合う5つのジレンマ

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コンサルタント

大杉 陽

■ サマリー

2024年12月に全米取締役協会(NACD)は10月から実施していた調査結果をもとに2025年の展望(以下「Outlook」とする)を公表。Outlookでは2025年に自社に影響を与えるトレンドについて①経済状況のシフト、②法的規制、③サイバーセキュリティの脅威、④人材獲得競争、⑤地政学的なボラティリティなど10項目を挙げている

これら諸課題に対処するための取締役会の改善点としてOutlookはa.監督面、b.オペレーション面、c.マネジメント面の側面から調査結果の上位5項目を紹介。監督面の改善点の1位は「戦略の執行」、オペレーション面では「取締役間の率直な対話」、取締役会のマネジメント面では「取締役・経営層間の率直な議論」であった

Outlookはトレンドが取締役会に5つのジレンマ(①攻めか守りか(或いはその両方か)、②社会・政治問題への関与か不関与か、③短期的な世界で長期的戦略にコミットすること、④ガバナンスの範囲拡大のなかで取締役会の焦点を維持する、⑤対象分野の専門知識をとるか・一般的なリーダーシップをとるか)をもたらすと示唆

Outlookは各ジレンマの対処時の考慮事項などを例示しつつ「取締役会自身と組織が、一連の競合するプレッシャーをバランスよく処理できる能力の強化に重点を置く取締役会は、2025 年の課題と機会をうまく乗り切るのに最適な立場に立つことができる」と結論付け

ジレンマのバランスを取るのは他でもなく取締役会を構成する取締役=「人」であると考える。その重要性はトレンド上位に人材獲得競争があることに加え、取締役会の改善点のなかの「人」に関連する複数の項目などに表れている。どのようなガバナンス形態・仕組み・どのようなメンバーで企業経営のためのコミュニケーションをとっていくかという問いは、米国だけでなく我が国にも共通するテーマとなるのではないか。加えて日本においては会社法における組織形態の選択も論点の一つとなり得る

目次

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1.NACD(全米取締役協会)による2025年の展望公表

1-1 自社に影響を与え得る10のトレンド

 2024年12月、全米取締役協会(NACD)は10月21日から11月14日にかけて実施したアンケート調査の結果をもとに2025年の展望(以下「Outlook」とする)を公表しました。Outlookでは、2025年自社に影響を与えるトレンドについて①経済状況のシフト、②法的規制、③サイバーセキュリティの脅威、④人材獲得競争、⑤地政学的なボラティリティなど上位10項目を紹介しています(図表1)。

図表1

NACD調査による「自社に影響を与え得る10のトレンド」
注:回答者は最大5つのトレンドを選択できるという形式で実施した調査の上位10項目
出典:NACD「Governance Outlook Directors Should Prepare to Address Five Board Dilemmas in 2025」https://www.nacdonline.org/all-governance/governance-resources/governance-research/outlook-and-challenges/2025-governance-outlook/preparing-for-five-crucial-board-balancing-acts-in-2025/よりHRGL作成

 Outlookでは、これらの項目についてリンクさせる形で幾つか示唆が述べられています。例えば「経済状況×地政学的なボラティリティ」では、米国はトランプ大統領の就任にあたり、掲げられた保護主義的な政策などが、同盟国・敵対国と米国との関係性に及ぼす変化の不確実性などについて注意深く監視する必要性について述べられていました(一方で、景気後退が差し迫っているとの回答者は10%未満であったということです)。
 次に挙げられたのは、「AI×サイバーセキュリティ」による懸念であり、「AIの採用が加速するにつれ堅牢なサイバーセキュリティ対策の必要性が増している」とのことでした。一部回答者からは「多くの取締役がテクノロジーに関連する概念をしっかりと理解することを困難と感じており、(その結果)一部の取締役が関連する決定について他の一部の取締役に委ねる可能性があるという懸念を引き起こしている」との指摘があると述べています。別の回答者からは「テクノロジーリテラシーは金融リテラシーと同じくらい重要になりつつあり、取締役会のトレーニングと開発の一部と見なすべきだ」との意見もあったということです。
 さらにNACDは「新しいビジネスモデルは、新しい人材1 の検討を促進する」としてトレンドの「人材獲得競争」について「このトレンドの根底にあるのは、回答者のそれぞれ27%と29%が選択した「技術変遷」とそれに伴う「ビジネスモデルの頓挫(混乱)」であって、企業は、製品・サービス・価値の提供方法を再考しており、近年、デジタル・トランスフォーメーションから生じる新たな機会を活用するために、テクノロジーに多額の投資を行っている」との指摘をしています。
 これらの意見などを紹介するとともにNACDは「この調査の回答は、取締役がミッションクリティカルな問題に対する監督が猛烈な変化のスピードに追いつく必要があることをすでに認識していることを示しており、特に回答者の大多数は、戦略策定、サイバーセキュリティの監督、リスク管理に対する取締役会の監督を改善することの重要性を指摘している」とトレンドについてまとめています。
 では、アメリカの取締役たちはどのような対応策・手段をもって、これら10のトレンドほか経営課題に対処すべく取締役会を改善していこうと考えているのでしょうか。以降で確認していきたいと思います。

2.課題の対処のため取締役会の改善に取り組む

2-1 取締役会による監督面・オペレーション面・マネジメント面の改善点

 アメリカの取締役たちは上記10のトレンドなどの諸課題に対処すべく、取締役会の改善点についてa.監督面、b.オペレーション面、c.取締役会のマネジメント面という3つの観点から回答しています(図表2)。
a.監督面の改善点
 まず監督面の改善点としては①戦略の執行(Strategy execution)、②戦略の策定(Strategy development)、③サイバーセキュリティ、続いて④リスクマネジメント、⑤人的資本という順で回答されています。
b.オペレーション面の改善点
 次に、オペレーション面の改善点としては①取締役間の率直な対話(Candor of conversations between board members)、②取締役の後継計画、③取締役会の厳格な意思決定(Rigor of board decision-making)、④取締役の採用プロセス⑤アジェンダ計画が挙げられています。
c.取締役会のマネジメント面の改善点
 3つめの側面、取締役会のマネジメント面の改善点としては①取締役・経営層間の率直な議論、②CEOの後継計画、③取締役・CEO間の関係性④マネジメントからの報告の質、⑤執行役の報酬設計などが挙げられています。

図表2

米国の取締役が考える取締役会の改善点
出典:NACD「Governance Outlook Directors Should Prepare to Address Five Board Dilemmas in 2025」https://www.nacdonline.org/all-governance/governance-resources/governance-research/outlook-and-challenges/2025-governance-outlook/preparing-for-five-crucial-board-balancing-acts-in-2025/よりHRGL作成

 さらにNACDは調査の分析・メンバーとの対話から、2025年に多くの取締役会が直面するであろう「5つの重大なジレンマを特定した」とし、置かれた状況などは各社で異なるものの「すべての取締役会はこれらのジレンマのそれぞれについて(経営陣と)思慮深い審議を行うことで恩恵を受けることができる」と述べています(図表3)。それでは、以下5つのジレンマについてどのようなものか確認していきます。

3.対処すべき5つのジレンマ

3-1 取締役・取締役会はジレンマについて思慮深い審議を

 NACDのOutlookでは5つのジレンマとして①攻めか守りか(或いはその両方か)②社会・政治問題への関与(関与するか・しないか)③短期的な世界で長期的戦略にコミットする④ガバナンスの範囲が拡大するなかで取締役会の焦点を維持する⑤対象分野の専門知識を取るか、一般的なリーダーシップをとるかを挙げています。

図表3

取締役会を取り巻く5つのジレンマ
NACD「Governance Outlook Directors Should Prepare to Address Five Board Dilemmas in 2025」https://www.nacdonline.org/all-governance/governance-resources/governance-research/outlook-and-challenges/2025-governance-outlook/preparing-for-five-crucial-board-balancing-acts-in-2025/よりHRGL作成

 1番目の①攻めか守りか(或いはその両方か)について、NACDは「保護主義、サプライチェーンの混乱、地政学的な混乱の懸念により、多くの企業が成長の機会を模索し、リスクの高い市場を回避することを余儀なくされている。業界や中核的なビジネスモデルが新しいテクノロジーによって破壊されるなか、経営陣や取締役会は、自分たちが置かれた「新しいゲーム」を把握し、効果的に競争する方法を理解するのに苦労するかもしれない」と述べています。そのうえで取締役会の議論が過度にリスク回避的・若しくは過度にアグレッシブとならないよう、対処の際の考慮事項の例として「取締役会は経営陣と協力し、重要なリスク・戦略に関する議論を取締役会全体レベルで統合する必要がある。生産的な議論を可能とすべく、経営陣からのリスクレポートの形式を定期的に見直し、時間と場所を超えたパターンを分析し断片的な視点ではなく継続的な視点を可能にする必要がある」としています。
 ②の社会・政治問題への関与については「ステークホルダーの感情変化や企業の評判に対する潜在的なリスクを考えると、取締役会は企業の声と行動を導く役割を担っている」と述べています。そのうえで、対処の際の考慮事項の例として「取締役会の監督のもと、経営陣は顧客、従業員、投資家などのステークホルダーと関わり、彼らの利益と期待を理解する必要がある。ステークホルダーの価値観と期待を完全に理解することで、経営陣と取締役会は、社会的・政治的発言に関する決定の短期的および長期的な影響を予測し、トピックにどのように対処すべきかを彼らに知らせることができる」と述べています。     
 続いて③「短期的な世界で長期的な戦略にコミットする」に関しては、「取締役会は、短期的なプレッシャーや破壊的なショックに直面するなかでも、組織が長期的な計画にコミットするためのいくつかのステップを検討できる」とし、対処の際の考慮事項として例えば「さまざまな戦略的オプションを頻繁に調査し、圧力テストすることが含まれる。取締役会はシナリオプランニングを使用し、経営陣にさまざまな時間軸にわたる幅広いシナリオを開発させることができる。プレッシャーテストを行うことで、取締役会は長期的な目標に焦点を当てながら、必要に応じて戦略を調整する準備が整う」と述べています。
 そして④「ガバナンスの範囲が拡大する中で取締役会の焦点を維持する」に関しては「取締役会が時間とリソースをどのように配分するかに厳密に焦点を当てることはこれまで以上に重要になっている」述べています。そして対処の際の考慮事項の例として「コーポレートセクレタリーと協力して、取締役会が会議でどのように時間を費やしているかを追跡し、取締役からの意見を収集する。この情報を使用してアジェンダトピックの組み合わせとそれらに割り当てられた時間を定期的に再調整できる」と述べています。
 5番目の⑤「対象分野の専門知識をとるか、または一般的なリーダーシップをとるか」については「従来の取締役会は(CEOやCFOなど)実績のあるリーダーシップ経験を中心に構成を偏らせてきた」とし、加えて「現在の予測不可能なビジネス環境は、レジリエンス、さまざまな利害関係者のニーズに対応してバランスをとる能力、戦略を大幅に転換して危機に対応する能力など、広範なリーダーシップ経験に関連する特性を要求する課題を生み出している。取締役は、暫定的に現職の CEO の代わりを務めるよう求められる場合がある」と述べています。対処の際の考慮事項の例としては「取締役会が、取締役会のスキルミックスの継続的なレビューを含むダイナミックな人材戦略を持ち、その盲点について自己反省する文化を強化すること」、「取締役が特定の専門分野に基づいて部分的に採用される場合、そのような取締役が成功するための準備を確実にし、効果的に貢献を行えるようにすること」、「取締役会が単一問題の専門家の集まりを作るのではなく、新技術や業界の問題といったミッションクリティカルな問題に対する集合的な習熟度を向上させるように取り組むこと」の重要性を指摘していました。
 なお習熟度の向上に関しては「集団学習計画の策定の検討」の必要性と「個々のディレクターが好奇心をもち継続的に学ぶ責任がある」とし、個々の資質の重要性についても触れられていました。

4.Outlookのまとめとオピニオン

4-1 NACDのOutlookの結論

 NACDは2025年のトレンドとそれらから起こり得るジレンマに対し「取締役会自身と組織が、一連の競合するプレッシャーをバランスよく処理できる能力の強化に重点を置く取締役会は、2025 年の課題と機会をうまく乗り切るのに最適な立場に立つことができる」と結論付け、取締役(会)がみずから経営の諸課題に対処するための司令塔としての取締役会を改善・改革していくことによっていっそう強固なものとしていくことがもたらすベネフィットについて述べていました。

4-2 監督も執行も最終的には「人(とその集合体)」によりなされる

 以上見てきたように、アメリカの経営者はさまざまな経営課題のトレンドに対処すべく、攻めか守りかの判断や各ステークホルダー間の利害調整など、様々なかじ取りをしていかねばならないことが確認できました。
 以下は筆者の感想のようなものとはなりますが、Outlookが伝えているのは、即ち企業を経営する「人」の重要性なのではないでしょうか。
 「良い経営のためには有能な人財を集めたほうがよい・そのような人財に働いてもらえばよい」といってしまえば元も子もないように聞こえるかも知れません。しかし、Outlookにおいて、トップトレンドの上位に「人材獲得競争」が含まれていることそれ自体に加え、経済状況などの他の項目にあまりに外部要因が大きいと思われるものが多いなか、人材の獲得競争に関しては、自社がプレーヤーとして工夫できる余地が存在する観点からもその重要性は高いのではないかと思われます。
 もちろん予算などの制約は各社にあるものの、例えば①自社の報酬水準を同業他社水準のなかで競争力のあるものとする、②リスクテイクを促すため、経営目標達成時のインセンティブを効かせリスク選好型の人材を誘引しモチベートする、③日ごろのビジネスでの人脈などを通じて自社に適した人材を探すなど、自助努力による取組み余地が比較的大きいと考えます。
 また、取締役の改善点としてOutlookに挙げられた項目のなかにも「人的資本」や「後継計画」、取締役間や取締役会・経営層との「関係性」・「コミュニケーション」といった人と人の関わりに関連する事項が複数挙げられており、これらは米国の経営者たちが質の高い人財(の採用)と彼らの率直なコミュニケーションにより課題を解決していくことの重要性を強く感じていることによるものなのではないかと思料します。こちらについても自助努力の余地として例えば①(すぐに効果は出ないにせよ)人的資本経営を通じて将来的に経営人材市場に通用する人材を輩出できる仕組みを作る、②会社の文化に通じたアルムナイ人財を活用する、③取締役に多様な分野やコミュニケーションに関する学習機会を提供する、といったものが考えられます。
 このように「企業をより良く経営していくために、どのようなメンバーでコミュニケーションをとっていくか、そのためにどのようなガバナンスの組織・仕組みづくりを行うか」という問いは、アメリカだけでなく我が国にも共通するテーマとなり得るのではないでしょうか。
 また、このテーマを我が国特有の事項に関連付けて考えてみると、どのようなガバナンスの組織・仕組みを構築するかについては、我が国では過去の商法・会社法の変遷を通じて監査役(会)設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社の3類型が認められているところ、その選択も論点のひとつとなるものと思料します。企業経営を行っていくうえでどの類型が望ましいかについては法学や経営学といった学術的観点からも、経営実務者間でも様々な考え方があり、望ましいコミュニケーションの在り方・取締役会や委員会の連携関係も各社の実情に応じて異なるかと思います。いっぽう、経済がグローバル化し海外株主も増えていくなか東証プライム市場においてより海外(米国)の仕組みに近いとされる指名委員会等設置会社の数は日本取締役協会による2024年10月時点の集計によれば81社であり、1600社を超えるプライム市場の企業数に比して僅かな状況にあるのはやや少ないようにも思えます(ガバナンス体制に関し海外投資家にも説明責任を果たすという観点からは海外と同様・類似の仕組みを採用している企業は、システムの理解しやすさという点ではやや利点があるかも知れません)。
 2025年も始まってまだ間もないですが、今後3月決算企業などのなかにも株主総会等の手続きを経て、機関設計変更などを実施する企業も出てくることと思います。海外の動向を把握するとともに、より近しい経済環境におかれた日本企業が、その環境や将来展望に応じガバナンス体制をどのように変化させ、自社にとって望ましい形に実質化していくかについても目が離せないものと考えます。

※本稿の引用箇所については原文の翻訳過程でソフト等も用い可能な限り正確な情報を掲載するよう努めておりますが、その一部について誤訳の発生、意訳などによるニュアンスの相違の発生、翻訳先の再編集などによる情報の陳腐化が生ずることなどにより、必ずしもその内容の正確性および完全性を保証するものではございません。当該情報に基づいて被ったいかなる損害について一切責任を負うものではございません。予めご了承下さい

参考文献

  • 1 本稿では一般的な人にまつわる事柄(労働市場など)について述べる際に「人材」を、個社にとって有能・有用でありパフォーマンスを発揮しうる個人について「人財」を使用させて頂きます

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Akira Osugi

大学の専攻は国際人的資源管理。卒業後、複数企業の経理・財務を経験。在籍物流企業では拠点移転プロジェクトに係る採用・労務管理等にも従事。以後IR・SRコンサルティング会社等でIR関連リサーチ業務等に従事し、当社入社後も各種リサーチ業務を担当。メールマガジンでは「コーポレート・ガバナンス報告書におけるエクスプレインの状況」(2022)、「国内外のインパクト投資にかかる動向」(2023)などを執筆