HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

投資家の行動原理・思考回路から考える、投資家目線を踏まえた取締役会での議論の在り方

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HRガバナンス・リーダーズ株式会社
プリンシパル

柏櫓 洋之

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

花井 美穂

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

宇賀神 大河

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

加藤 優実

■ サマリー

会社の規模が大きくなるにつれ、多数の株主が分散して株式を保有するようになると、所有と経営の分離が進む。株主が分散した状態は、調和が重んじられるため、調和に重心を置きすぎて、無責任や不作為、忖度が発生しないように、ガバナンスを効かせる必要がある。

投資家は取締役との対話の中で、取締役会は実効的に機能しているか、取締役会にて企業価値向上に資する議論が行われているか、株主の声は取締役会に届いているかを知りたいという意向がある。社外取締役と投資家の対話は今後ますます投資家からのニーズが高まることが予想される。

機関投資家について幾つかのタイプに分けられるが、中長期視点の機関投資家は中長期業績予想や中長期リスクから企業価値を算出するため、企業側と企業価値向上に繋がる対話をすることが可能である。株主と企業価値向上に関する対話を行いたいのであれば、企業側は中長期視点の機関投資家を対話先として重視することが望ましい。

価値創造ストーリーを開示しているものの、資本市場に成長戦略がうまく伝わっていないことに課題を感じている企業が多い。価値創造ストーリーについては、その開示の工夫に留まらず、投資家目線を踏まえた議論を取締役会で行うことが望ましい。

企業側が、実質を伴わず、形式的な開示の工夫のみで投資家に寄り添っているアピールをしているならば、投資家からは浅薄に見えることが多い。実際に中長期視点の投資家が何を知りたいのかを意識した議論を取締役会で行うことが最も重要である。

目次

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1.コーポレートガバナンスの原点「所有と経営の分離」

 会社の規模が大きくなるにつれ、多数の株主が分散して株式を保有するようになると、個々の株主が経営に関与するのは実質的に困難となり、経営ノウハウを持つ経営者が経営を担う方が効率的になります。これがいわゆる「所有と経営の分離」の概念です。所有と経営の分離により、株主(プリンシパル)と経営者(エージェント)の間で利害が一致しない可能性、いわゆるエージェンシー問題が発生するため、経営者に株主の利益に合致した経営をさせる必要があります。どのようにして経営者に株主の利益に合致した経営をさせるか、規律付けるかがコーポレートガバナンスの考え方の原点と言えます。

図表1

所有と経営の分離
出典:HRGL作成

 日本取締役協会の「独立社外取締役の行動ガイドラインレポート 2~「稼ぐ力」の再興に向けて」によれば、所有と経営の分離が進み、株主が分散した状態は、調和が重んじられるため、調和に重心を置きすぎて、無責任や不作為、忖度が発生しないように、ガバナンスを効かせる必要があると書かれています。

2.投資家が取締役に期待していること・対話を通じて知りたいことは何か

 投資家は投資に対するリターン獲得のため、企業価値向上に資する経営執行の役割を経営陣に期待し、執行を監督する役割を取締役に求めています。特に社外取締役に対しては、企業側の「発信者」ではなく、株主の「代弁者」や経営者と株主の間の「橋渡し役」の役割を求めます。投資家は取締役との対話の中で、取締役会は実効的に機能しているか(無責任、不作為、忖度が発生していないか)、取締役会にて企業価値向上に資する議論が行われているか、株主の声は取締役会に届いているかを知りたいという意向があります。

図表2

投資家が期待する各取締役の役割・投資家が取締役との対話から知りたいこと
出典:HRGL作成

 コーポレートガバナンス・コードにおいても、原則4-7.「独立社外取締役の役割・責務」に、「経営陣・支配株主から独立した立場で、少数株主をはじめとするステークホルダーの意見を取締役会に適切に反映させること」と明記されており、社外取締役は少数株主の意見を取締役会に適切に反映させることがその役割と記載されています。また、基本原則5「株主との対話」において、「経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである。」と定められている通り、社外取締役を含む取締役は株主と建設的な対話を行う必要があると言えます。社外取締役と投資家の対話は年々増加傾向にあり、今後ますます投資家からのニーズが高まることが予想されます。

3.投資家のタイプ別行動・思考回路

 次に、投資家のタイプ別行動や思考回路について考えてみます。時間軸で区切って考えてみると、機関投資家にも短期視点の機関投資家と中長期視点の機関投資家がいます。短期視点の機関投資家は、四半期業績がコンセンサス予想を上振れるか、下振れるかを重視して投資するため、長期戦略には関心が薄いと言えます。一方、中長期視点の機関投資家は中長期業績予想や中長期リスクから企業価値を算出するため、企業側と企業価値向上に繋がる対話をすることが可能です。株主と企業価値向上に関する対話を行いたいのであれば、企業側は中長期視点の機関投資家を、その対話先として重視することが望ましいと考えられます。

図表3

【相違点】短期視点/中長期視点の機関投資家
出典:HRGL作成

 中長期視点を持つアクティブ投資家の中でも、大きく分けてバリュー投資家とグロース投資家がいます。バリュー投資家、グロース投資家ともに、中長期の業績予想や中長期のリスクから企業価値を算出する点は共通ですが、バリュー投資家は現在確実に見える資産や利益を重視する一方、グロース投資家は将来の成長を重視して投資を行う点に違いがあります。

図表4

バリュー投資家/グロース投資家の投資イメージ
出典:HRGL作成

 バリュー投資家、グロース投資家ともに失敗パターンを避けたいという思考回路に基づいて、対話の機会に企業側に確認することが多いと言えます。バリュー投資家にとっての重要な考え方は「平均回帰」(株価が適正水準に戻る)です。バリュー投資家は、PERやPBRといったバリュエーションが市場で低く評価されているとの懐疑的な考え方を持ち、バリュエーションも平均回帰すると考えます。バリュー投資家にとっての失敗パターンは、本来の企業価値が見直されるまでに時間が掛かりすぎること、または構造変化を見誤ることです。構造変化を見誤ることとは、本来の企業価値に株価が戻ると思って投資したものの、本業の市場自体が縮小し、バリュエーションが切り下がる(平均回帰しない)といったパターンを指します。バリュー投資家にとっては、対話の中で、業績や株価が落ち込んだ要因が構造要因なのか、一時要因なのか(平均回帰ができるのか)を確認したいという思考回路を持っています。その一方、グロース投資家はPERやPBRといったバリュエーションの拡張について、楽観的に考える傾向があります。グロース投資家の失敗パターンとしては、高すぎるバリュエーションが付いた企業に投資し、その後バリュエーションのさらなる拡張を期待したものの、成長鈍化リスクを見誤り、バリュエーションが低下してしまうケース(具体的にはPER25倍の企業について、30倍になることを期待して投資したものの、成長鈍化が起こり、20倍に低下する)が挙げられます。グロース投資家はこういった失敗を避けるために、中長期の成長戦略が実現可能なのかについて確認したいという思考回路を持っています。

図表5

【相違点】バリュー投資家/グロース投資家
出典:HRGL作成

4.投資家目線を踏まえた価値創造ストーリーとは何か

 次に、投資家目線を踏まえた価値創造ストーリーについて考えてみます。価値創造ストーリーとは、企業が有する各種資本を基盤として、事業活動を通じて社会的価値と経済的価値を創出し、企業価値を高めていくプロセスを一貫した論理で示したものを指し、多くの企業が統合報告書で開示しています。価値創造ストーリーを開示しているものの、資本市場に成長戦略がうまく伝わっていないことに課題を感じている企業は多く見られます。投資家が企業の価値創造ストーリーを納得するために必要な構成要素について、下記の3つに整理しました。

図表6

投資家目線を踏まえた価値創造ストーリーの構成要素
出典:HRGL作成

 価値創造ストーリーについては、その開示の工夫に留まらず、投資家目線を踏まえた議論を取締役会で行うことが望ましいと考えられます。統合報告書でのよくある記載事例をもとに、資本市場からの納得感について考えてみます。
 ある会社では、「競争優位性」として、社会資本、人的資本、知的資本等のインプット、特長、強化のための取組みおよび、そのアウトプット、アウトカムを記載していました。「幅広いサービスメニュー」、「高い技術力」、「豊富な経験・ノウハウ」等が特徴として記載されていましたが、外部者である投資家は、これらの情報から企業の競争優位性について判断できるでしょうか。投資家は、同業他社との差別化要素や業界内のポジショニングから、その企業の競争優位性を判断するため、「高い技術力」や「豊富な経験・ノウハウ」といった定性的な表現からは、競争優位性を判断することは難しいと言えます。
 また、戦略事業の売上高構成比を拡大していく方針が明示されており、その理由としては「持続的な成長」を実現することが掲げられていました。投資家は、戦略事業の売上高構成比が拡大することで、将来業績予想にどう変化が生じるのかを予想する材料としたいため、戦略事業構成が拡大していくことで達成できるのは売上成長だけなのか、その売上成長は市場成長並みの成長なのか、または市場シェアを拡大することで市場成長以上の成長が実現可能と考えているのか、収益性はどう変化するのか、収益性が改善しないとしたら利益の安定性確保のために戦略事業構成を拡大したいのか等に関心があります。投資家目線を踏まえると、戦略事業の売上高構成比の拡大の理由は「持続的な成長」だけでなく、他にも伝えるべき観点があることが見えてきます。

5.最後に

 企業側は、開示の工夫に留まらず、中長期視点の機関投資家が何を知りたいのかを意識した議論を取締役会で行う必要があります。投資家は決算説明会やIR面談、取締役との対話、議決権行使等、あらゆる企業とのコミュニケーション機会を通じて、取締役会は実効的に機能しているか(無責任、不作為、忖度が発生していないか)、取締役会にて企業価値向上に資する議論が行われているか、株主の声は取締役会に届いているか等を確認しようとします。企業側が、実質を伴わず、形式的な開示の工夫のみで投資家に寄り添っているアピールをしても投資家には見透かされます。実際に中長期視点の投資家が何を知りたいのかを意識した議論を取締役会で行うことが最も重要です。特に、価値創造ストーリーについては、外部者である投資家から見て納得できる内容になっているか、WhatだけでなくWhyやHowについても検討できているかについて、取締役会で議論することが重要です。取締役会での実質的な議論を経たうえで、その議論が正しく理解されるようにステークホルダーに向けて開示を行うことが求められます。

図表7

 取締役会での議論とステークホルダーへの開示
出典:HRGL作成

 投資家との対話においては、中長期視点の投資家が知りたいことを意識し、特に社外取締役においては、株主の懸念を取締役会に伝達し、独立した立場で、厳しく経営陣をモニタリングしていることを意識して対話に臨むことが望ましいと言えます。バリュー投資家は平均回帰するか否か、グロース投資家は中長期の成長戦略が実現可能か否かについて知りたいということを念頭に置き、業績悪化局面はバリュー投資家、業績が堅調な局面はグロース投資家を意識したコミュニケーションを行うことも手段の一つです。本メルマガが企業の対話の質向上に貢献することを祈念しています。

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
プリンシパル

Hiroyuki Kashiyagura

中央大学法科大学院卒。外資系・会計系コンサルティングファームにてコーポレートガバナンス、リスクマネジメント、プライバシーデータガバナンスに関するコンサルティング業務に従事。
現在、取締役会改革に関するデザイン・実装を中心とした上場企業のコーポレートガバナンス改革コンサルティングに従事している。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

Miho Hanai

一橋大学法学部卒。メガバンクを経て、2010年からアセットマネジメントにてESGファンドのファンドマネージャーおよび日本株のバイサイドアナリストとして従事。バイサイドアナリストとして担当した業種は、自動車部品、ガラス土石、化粧品トイレタリー、小売り、住宅住設。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)、国際公認投資アナリスト(CIIA)。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

Taiga Ugajin

あるべき取締役会の実現を通じた企業価値の向上に向けて、グランドデザインの策定・機関設計の変更・指名委員会の機能高度化等の支援を担当。その他、執行体制強化等を含め、監督と執行の双方に関わるガバナンス体制の構築・実装支援に従事している。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアコンサルタント

Yumi Kato

前職にて上場企業に対する機関投資家向けIR・SRアドバイザリー、サステナビリティ情報開示等を経験後、HRGLにて取締役会改革に関する領域全般を担当。