HRガバナンス・リーダーズ株式会社

 

サクセッションプランを成功に導くCEO人材要件設計の実践知

~CEOサクセッションプランの実効性強化(2)~

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  • Compensation
  • Sustainability

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアマネージャー

古川 拓馬

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

清田 大介

■ サマリー

これまでの日本企業では、現職のCEOが後継者を指名する選任プロセスを自ら説明する責任が果たされず、そのため次期CEO選任のプロセスがブラックボックス化している状況と指摘されてきました。2018年のガバナンスコード改訂以降、CEOサクセッションプラン(後継者育成計画)の整備が進むも、実態としてはCEOサクセッションプランの“幹”とも言える「あるべきCEO像」についての議論に取組んでいる企業は約45%と限定的な広がりに留まっています。CEOサクセッションプランの実行性を高めるには、「あるべきCEO像」、さらには「経営チームの在り方」といった議論を指名委員会なども踏まえて深めていくプロセスが重要です。

多くの企業では、指名委員会等で「CEOに求められる人材要件」についての議論が十分に深められておらず、これが課題となっています。その結果、人材要件の定義が曖昧なままになり、候補者の選定や指名委員会での議論が不明確になり、サクセッションプラン全体の実効性にも影響を及ぼしています。

CEOの人材要件は、現状ではなく将来の企業価値向上を担う視点で策定する必要があります。また、関係者の意見を反映しつつ、理念やバリューを体現できるかも重視し、経営戦略や外部環境の変化を踏まえて精査・整理していく必要があります。

CEOの人材要件策定する際のポイントは、主に2つあります。1つ目は、企業価値の向上だけでなく、ダウンサイド(リスク)にも着目して定義することです。2つ目は、要件策定を円滑に進めるため、予めコンピテンシー(資質・能力)などをまとめた人材要件の一覧表を準備しておくことです。これにより多角的かつ建設的な議論が可能になるとともに、全体感を持った合意形成がしやすくなります。

CEOの人材要件は抽象的かつ流動的であり、絶対的な正解はありません。重要なのは、指名委員会等メンバーの間でその要件の背景や意図を共有し、共通認識を持つことです。これによりサクセッションプランの育成計画や選定方法を解像度高く設計・検討ができ、実効性が高まり、経産省の提言する透明性ある選任プロセスの実現にもつながります。

目次

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1.これまでのCEOサクセッションの実態

 これまで日本企業におけるCEO選任プロセスは、現職のCEOが後継者を自ら指名する構図が、半ば当然の流れとして定着してきました。特にCEO交代の局面では、取引先や株価への影響といったリスクもあるため、極めて高い秘匿性が求められます。そのため、社内でも限られた関係者のみで進められ、結果として多くの企業で次期CEOの選任プロセスがブラックボックス化していると指摘されてきました。さらに、仮に選任されたCEOに問題が生じた場合であっても、後継者の指名が本人に委ねられていることから、後継者選定が進まず、CEOの解任の判断も適切なタイミングで行えない、こうしたガバナンス上の問題も長らく指摘されてきました。
 こうした背景を受け、2018年のコーポレートガバナンスコード改訂では、CEOサクセッションプラン(後継者育成計画)の整備が強く求められるようになりました。これを契機に、上場企業を中心に体系的なCEOサクセッションプランへの関心が高まり、導入が徐々に進んでいます。
 「タフアサインメント経験により育成する能力・資質の考察~CEOサクセッションプランの実効性強化(1)~」1でも触れておりますが、サクセッションプランの策定ステップは、ロードマップの立案、あるべき社長・CEO像の策定、育成計画の策定・実施、候補者の評価・絞込み、入替えなど7つのステップに分類することができます(図表1参照)。この策定ステップの初期ステップである「あるべき社長・CEO像」の策定が、その後の後継者選出や育成方針の判断軸となる、極めて重要な要素です。いわばCEOサクセッションプランの“幹”とも言える重要な要素であります。

図表1

後継者計画の策定・運用に取り組む際の7つの基本ステップ
出典:経済産業省 第7回 「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会(2025年3月13日開催)資料7「稼ぐ力」の強化に向けたCGガイダンス(仮称)(案)36ページ 007_07_00.pdf、経済産業省「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針-コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)別冊-CGSガイドライン」(2022年7月19日)separate_guideline2022.pdfを参考に作成

 しかし、実際にこの「あるべき社長・CEO像」を定め、議論のテーマとして具体的に取り組んでいる企業は、経済産業省の報告書(図表2参照)によれば全体の45%にとどまり、過半数を下回っています。つまり、コーポレートガバナンスコードに沿った形式的・表層的なCEOサクセッションプランの整備は一定程度進んでいる一方で、その根幹の「あるべき社長・CEO像」の設定にまで踏み込めている企業は一定の割合にとどまっており、CEOサクセッションプランの本質的な取組みにまで至っている企業は、限定的であるのが実態です。
 今後、日本企業が持続的に成長していくためには、CEOサクセッションプランについては「属人化」や「不透明な慣習」から脱却し、ガバナンスの視点を持った透明かつ戦略的なプロセスへと進化させていく必要があります。その第一歩として問われるのが、「自社にとってあるべき社長・CEO像とは何か」という問いに向き合うことです。まさに今、それが本質的なCEOサクセッションプランに求められている姿勢ではないでしょうか。
 なお本オピニオンでは、以降、「あるべき社長・CEO像」を「CEO人材要件」として説明いたします。

図表2

「あるべき社長・CEO像」の取組に関する議論状況
出典:経済産業省「日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査 報告書」よりHRGL作成

2.CEO人材要件がなぜ必要なのか

2-1 CEO人材要件を設定する課題

 前項では、CEOサクセッションプランにおいて「CEOの人材要件」が根幹をなす重要な要素であるにもかかわらず、実際にはそこまで踏み込めている企業が一定の割合にとどまっている点を指摘しました。一方で、CEOの人材要件の策定に取り組んでいる企業であっても、なお解決すべき課題が残されています。
 近年、サクセッションプランの文脈でCG報告書や統合報告書においてCEO人材要件を情報開示している企業も見られますが、人材要件の設定をどのように進めるべきか迷いながら取り組んでいる企業が相当数存在しているのが実態です。サクセッションプランに関するアンケート調査2では、サクセッションプランに取り組む上で感じる課題として「人材要件が曖昧であること」と回答した企業が約71%にのぼり、最も高い割合を占めています。
 これらの背景には、自社のCEOに求められる「CEO人材要件」について、指名委員会等で十分に議論し、検討することができていないことが影響していると考えられます 。つまり、企業としては、CEO人材要件を設定する必要性は認識しているものの、「どのような要件を設定すべきか」、「どのような視点や要素を組み込むべきか」といった具体的な議論まで出来ていないために、形式的な人材要件の確認にとどまっているという状況です。その結果、CEOサクセッションプラン全体が実効性を欠く実態に陥っているとも言えます。

2-2 CEO人材要件の設定はサクセッションプランにおいて重要なプロセス

 CEOサクセッションプランは、将来のCEOとして「どのような人材」を「どのような方法で」「どこから選抜」するのかといったプロセスを明らかにしていく取組みです。繰り返しになりますが、そのプロセスの中で重要な要素となるのが「どのような人材」、すなわちCEO人材要件を明確にすることです。しかし、サクセッションプランの実効性を高めるためには、人材要件をただ定義するだけでは不十分です。大切なのは、自社の未来を見据えたうえで、組織全体を正しくリードできるCEO像を描くことです。
 まず、CEO人材要件は、単なる理想像ではなく、企業の戦略や今後の成長シナリオと密接に結びついている必要があります。言い換えれば、「どのような未来に進もうとしているのか」「その実現には、どのようなリーダーシップが必要なのか」「どのような経営課題に対応できる人がふさわしいのか」といった問いを、具体的に言語化したものがCEO人材要件です。仮に人材要件の中に「ビジョニング」という項目がある場合、それをただ表面的に掲げるだけでなく、「この候補者が過去にどのようなビジョニングを発揮してきたか」といった具体的な実績や行動に即した議論を行うことができます。
 また、人材要件が曖昧なままでは、次期CEOの候補者を選ぶ際に議論が建設的に進まないリスクもあります。実際に、社外取締役などが参加する指名委員会での議論において、明確な基準がないため、各委員がそれぞれ過去に在籍した企業や個人的なCEO像に基づいた持論を述べることになり、議論が発散するだけで、収束せずに終わってしまうケースも少なくありません。より建設的な議論を指名委員会で行うためにも、CEOの人材要件が明確にされていると、その基準を土台とした議論をすることができ、議論の方向性が発散せずに建設的な議論になります。
 ガバナンス視点では、明確な人材要件を設定することで、後継者候補に対する育成方針の明確化や選定プロセスの透明性向上、そしてステークホルダーへの説明責任の果たしやすさにもつながります。逆に、人材要件が曖昧なままだと、「なぜこの人物が選ばれたのか」が説明できず、場当たり的な意思決定とみなされて、企業のガバナンスへの信頼を損なうリスクにもなりかねません。
 これらのことからも、CEO人材要件の設定は単なる形式的な作業ではなく、サクセッションプランの出発点であり、成功の鍵を握る重要プロセスだといえるのです。

3.求める人材要件の検討方法

3-1 CEO人材要件策定のプロセス

 ここからは、具体的にどのようにCEOの人材要件を策定していくのかについて説明します。策定プロセスとして、現任のCEOや、社外取締役、その他自社の業界に精通する専門家等の意見を反映しながら図表3で示すように5つのステップで進めていくことが重要となります。まずは、①企業が向かう方向性といった前提条件を押さえた上で、②一般的に指名委員会の事務局が各関与者に対してインタビューやアンケートを実施し、③CEOの人材要件として相応しい要件を吸い上げながら整理し、④複数回のディスカッション通して精査・絞込みを行っていき、最後に⑤取りまとめを行っていくことになります。
 この人材要件を具体的に検討する前提認識としておさえておかなければいけないことは、当たり前のことですが、現在の事業や組織を牽引していくことができる人材ではなく、自社の「将来の企業価値」を上げていくことができる人材とはどのような人材なのかという観点です。要するに、人材要件を検討する起点は「現在」ではなく「未来」にあるということを踏まえ、自社が置かれている経営環境と将来の外部環境変化を踏まえた経営戦略の方向性や、株主・投資家から期待されていることは何か考える必要があります。
 加えて、自社が創業期から大事にしているパーパスや企業理念、バリューといった経営環境やビジネスモデルが変化しても普遍的に大切にしている考え方も重要です。CEOが、いかに企業理念やバリューを理解し、職務遂行の中で実践している・できる人材であるかは企業のレゾンデートル(存在価値)にかかわる問題です。そのため、いくら事業に精通し、ビジネスをリードすることができる人材であっても、通奏低音として会社が大事にする考え方を体現できる人材でないとCEOとしてふさわしくないといえます。

図表3

CEOの人材要件策定の一般的プロセス
出典: HRGL作成

3-2 CEO人材要件策定時のポイント

 前項の人材要件策定時の前提条件を踏まえ、人材要件策定時に重要となるステップ2「インタビュー」、ステップ3「人材要件の整理」を行っていく時の2つのポイントについて解説します。
 1点目は、先ほどCEOは将来の企業価値を上げることができる人材をベースとして検討すると述べましたが、企業価値は上がることもあれば、下がることもあるということを考慮する必要があるということです。投資家の観点に立って考えるとより理解を深められますが、投資先の選定をする際には、企業の将来の成長面だけでなく、業績悪化の面も同時に考慮した上で、総合的にリスク(=ボラティリティ)の大きさを見極めて投資判断を行います。アップサイドだけでなくダウンサイドについても考慮する必要性を踏まえると、CEOの人材要件においても、企業価値を上げるためのアップサイドの要件のみならず、ネガティブ性を排除するためのダウンサイドの視点も併せて人材要件に設定することがポイントです(図表4参照)。

図表4

CEO人材要件検討時の2つの条件
出典: HRGL作成

 2点目は、人材要件の各要件を検討する際には土台となる人材要件(コンピテンシー等)の一覧表をあらかじめ準備しておくということです。これは、指名委員会等で人材要件を検討する際に事務局が準備する資料であり、一見すると事務的・技術的な準備に見えるかもしれませんが、議論の質と効率を左右する重要な要素です。インタビューを通じて人材要件の叩き台を作成し、これを基に、ディスカッションの中で見直していくなど検討プロセス自体はシンプルですが、実際に行うとなると難しく感じられる企業が多いのが実態です。
 その理由としては、CEOに求められる要件を言語に落し込んでいく時に、要件を定義する「言葉」が多様であることと、数ある人材要件の中から、果たしてそれが自社にとって妥当な要件かどうかを、多角的かつ網羅的な観点から検証することが難しいことが挙げられます。
 例えば、現CEOや社外取締役等にインタビューを実施し、人材要件をヒアリングした場合、その時にインタビュー対象者が思いついた要件を挙げるだけで全体感を俯瞰したものではなく、部分的なものになることがあります。また、人材要件の妥当性について議論する場合でも、人によって重要と感じる要件が違ったり、同じような内容でも言葉がバラバラだったりすることは枚挙にいとまがありません。そのため、ゼロベースで人材要件を策定しようと試みて合意形成が不可能であったり、全体感を踏まえた上で合理的な要件となっているのかが判断できなくなってしまう傾向が見られます。
 このような状況に陥らずに建設的な議論をし、全体感を持った人材要件を策定するには要件を議論する基盤となる、人材要件の項目インベントリー(ディクショナリー)を準備した上で自社に合った人材要件を策定していくことが肝要です。
 例えば図表5のような人材要件のインベントリーを基に議論すると、円滑に進むことが多くあります。インベントリーに記載された要件の中から必ず選定していくということではなく、インベントリー全体から「求められる要件は何か」を検討することで、「自社のCEOに求められる要件として重要な要件は何か」についてより議論がし易くなります。また、個別要件の定義解釈についても認識齟齬が生じにくくなります。加えて、複数の要件を組み合わせて新たな要件を設定したり、インベントリーには記載がない新たな要件を設定したりと拡張性も高くなります。インベントリーを用意すると特定の「型」にはまってしまうのではないかと懸念される企業も多いですが、実際は逆で人材要件を検討する際の発想や議論円滑化のツールとして非常に有用です。

図表5

人材要件インベントリー(例)
出典: HRGL作成

3-3 人材要件の正しさよりも検討プロセスが重要

 これまでCEOの人材要件の策定方法について述べてきましたが、CEOに求められる要件は、スキル等を具体的に定義できる高度専門人材とは違い、どこまでいっても、ある程度、抽象度が高い要件になってしまいます。詳細に細かい要件を突き詰めても絶対的な解は存在するものではありません。また、要件は外部環境等の要因によって変化していくため流動性があります。
 CEOの人材要件策定において最も重要なことは、人材要件を検討する指名委員会等の各メンバーが自社の人材要件がなぜこのような要件にしているのかの共通理解・認識を持つことです。検討のプロセスの議論の中で検討メンバーの意識の共通化がなされることで、CEOサクセッションプランの育成計画や選定方法といったステップをより解像度高く設計・検討していくことが可能になります。

4.さいごに

 2025年4月に経済産業省が発表した『「稼ぐ力」を強化する取締役会5原則』でも指名・報酬の実効性の確保が謳われており、最適なCEOを選任するための客観性、透明性のあるサクセッションプロセスを整備する上でCEOの人材要件の策定は、強靭な経営チームを組成するための出発点として極めて重要な最初のプロセスの一つです。加えて、現任CEOの再任・不再任の判断を行うためのCEO評価にあたり、業績や資本市場からの評価だけでなく定性面での評価を行う上でも人材要件を活用することが可能です。
 企業の「稼ぐ力」の強化と中長期的な企業価値向上に向けて、この機会に、CEO候補者の選出、育成、絞込み、選任、再任、不再任の実効性を強化し、自社のCEO人材要件について見直しをされてみては如何かと考えます。

参考文献

Opinion Leader

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
シニアマネージャー

Takuma Furukawa

法政大学大学院政策創造研究科修了。国内独立系人事コンサルティング会社を経て現職。現在は人的資本経営推進、後継者計画の策定、人事制度設計等のプロジェクトを中心に従事。

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
コンサルタント

Daisuke Seita

大学卒業後、企業向けに福利厚生商材を提供する会社にて、人事課題に応じて福利厚生制度のコンサルを経験。現在は、人的資本経営や人事制度改定のプロジェクトに従事。