Interview

クライアントとの共創活動:メルカリ様

メルカリの目指すモニタリングボードへの進化
– 指名委員会等設置会社への移行 –

 指名委員会等設置会社の数は2024年10月24日時点で95社、東証プライム市場に上場している企業の中でも5%程度である中、メルカリは、2023年9月28日開催の第11回定時株主総会での承認をもって、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行されました。
 創業10周年を迎え、市場からも更なる成長フェーズを期待される中での機関設計変更について、どのような背景や挑戦があったのか、同社のプロジェクト担当者であった近藤氏、関氏、本プロジェクトの支援にあたったHRガバナンス・リーダーズ(以下、HRGL)の鈴木啓介、鈴木裕介とともにこの取組みを振り返り、今後について展望しました。

株式会社メルカリ
Legal & Governance and Board of Directors Office
ディレクター 近藤 雅史氏(写真左中央)
Board of Directors Office
マネージャー 関 泰正氏(写真左端)

HRガバナンス・リーダーズ株式会社
パートナー 鈴木 啓介(写真右中央)
マネージャー 鈴木 裕介(写真右端)

※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです

コーポレートガバナンス全体を統合的に検討したい

鈴木啓:

 メルカリ様は2023年、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行され、HRGLも一緒に伴走させていただきました。プロジェクトが立ち上がった2022年当時、社内でどのような議論や背景があり、機関設計の変更に至ったのか教えていただけますか。

近藤:

 指名委員会等設置会社への移行に向けて「PJ Pilgrim(巡礼者、旅人)」というプロジェクトを立ち上げ、2022年の8月から社内で本格的に検討が始まりました。創業10周年を迎えるにあたり、新しいグループミッション「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性をひろげる」を定めるための議論の中で、「ミッション達成にむけて永続的に会社が成長していける仕組みを作るべき」という創業者の山田の思いと、当時マテリアリティの中に「コーポレートガバナンスの実効性向上」を掲げていたことが重なり、移行検討に対する気運が一気に高まりました。

メルカリ 近藤 雅史氏

鈴木啓:

 創業10周年という大きな節目であり、かつ、指名委員会等設置会社を選択する企業がまだ限定的な中での機関設計変更は大きなご決断であったと考えております。その検討やプロジェクトを進めるにあたり、外部パートナーとしてHRGLを選定いただいた理由や背景、どのようなことを期待されていたかお伺いさせてください。

近藤:

 プロジェクトマネージャーとして、2つの段階に分けて本プロジェクトを進めようと当初考えておりました。指名委員会等設置会社への移行の有無について議論をするフェーズ1、意思決定後の移行に向けた準備を進めるフェーズ2、このように全体を切り分けて、各フェーズの難易度について考えました。フェーズ1については、単に結論を出すだけではなく、そこに至るまでの議論の積み重ねがその後の取締役会の設計に大きく影響していくと考えており、議論のプロセス、アジェンダ設定など、プロジェクト全体をデザインしていくには事務局メンバーだけでは限界があると考え、外部アドバイザーの知見を借りることといたしました。アドバイザー選定にあたり、他のアドバイザーともお話をさせていただきましたが、得意とする専門分野が特定領域に限られている印象を持ちました。一方HRGLの場合は、取締役会のあり方のグランドデザインに加え、指名・報酬領域を統合的に支援することが可能であり、メルカリのあるべきコーポレートガバナンスについて一緒に議論ができるベストなパートナーだと判断し、HRGLを選定させていただきました。

鈴木啓:

 ありがとうございます。HRGLは、企業の成長ストーリーを描くコーポレートガバナンスの“かかりつけ医”になるというパーパス(存在意義)を掲げており、社会・クライアントとの共創活動の基本方針としたうえで、コーポレートガバナンスの各テーマを統合的にご支援しております。そういった部分をご評価いただき、当社をご選定くださいましたことを大変嬉しく思います。

(左から)
HRガバナンス・リーダーズ 鈴木 裕介、鈴木 啓介
メルカリ 近藤 雅史 氏、関 泰正 氏

スピードと質の両方を求めていく

鈴木啓:

 続きまして、PJ Pilgrimの社内メンバー選定や、体制作り、プロジェクト期間等についてどのように進めてきたかお伺いさせてください。

近藤:

 検討を十分重ねることが重要である一方、単に長く時間をかけることは得策ではないと考えていた為、2022年8月から準備を始めて、同年中には結論を出そうと動いておりました。フェーズ1の指名委員会等設置会社への移行の有無やガバナンス全体の議論については、社外取締役の方になるべく多く入っていただきたいと考え、任意の指名報酬委員会の場を活用し、議論を進めて参りました。事務局もミニマムな体制で、HRGLの皆さんと協働しながら、議論のステップやプロセス構築、アジェンダ設定等のプロジェクト全体をデザインしておりました。その後のフェーズ2においては、方針決定後の移行に向けた制度の変更や各種検討事項の推進等、一定の人数が必要であった為、社内でプロジェクトマネジメントオフィス(以下、PMO)を立ち上げました。検討すべき内容が、取締役会運営体制の構築、役員人事・報酬制度やグループ監査体制の整備、社内実務の見直し等、非常に多岐にわたるため、cross-functionalなチーム編成となるよう、グループガバナンス、経営戦略、政策企画、評価・報酬の各チームからバックグラウンドの異なるメンバーに参加してもらいました。本日参加している関もPMOメンバーの1人です。彼らを中心に、8つのワーキンググループを立ち上げて同時並行で検討を進めておりました。

参照:mercan 指名委員会等設置会社への移行実現に向けたプロジェクトの全容を公開―PJ Pilgrimの挑戦より抜粋
(参考URL:https://careers.mercari.com/mercan/articles/40401/

鈴木啓:

 極めて短い検討時間の中で非常にスピード感をもたれてプロジェクトを推進する一方、必要な議論はし尽くすという、スピードと質の両方を求めていくというのは、メルカリ様のビジネスカルチャーの表れなのだと考えております。頻繁にアジェンダが行き来する8つのワーキンググループのマネジメントは、大変なご苦労もあったかと思いますが、どのような点に注意をして進めておられましたでしょうか。

近藤:

 リモートでのプロジェクト推進でしたが、PMO各メンバーとは密にコミュニケーションを取りながら進めておりました。週1回のPMO会議では、各メンバーがイニシアティブをとりながら向こう1週間でやるべきことを確認し、プロジェクトマネージャーとして最終的な方針を決定していきました。チームが非常に良く機能したと思います。

鈴木啓:

 近藤さんが個人で感じたプロジェクトマネージャーとしての難しさはどのようなところがありましたか。

近藤:

 私は新卒で入社した会社が指名委員会等設置会社であった為、モニタリング型を実現したいのであれば、指名委員会等設置会社への移行が最適だろうと心の中で思っていましたが、最初から結論ありきでは必要な議論はし尽くせないと考え、事務局として中立性を保つことを意識した資料作りや運営をしておりました。

鈴木啓:

 私もプロジェクトの中で、近藤さんが事務局として中立性を保ちつつプロジェクトを推進するというバランス感覚を非常に重視されているという印象を持っておりました。また、各メンバーのイニシアティブという点について、当時、PJ Pilgrimに参加されている皆様それぞれが、強い当事者意識や課題感を持ち、本プロジェクトを成功させるのだという強い思いで、HRGLに対して多くのご質問されていたということも、強く印象に残っています。検討内容一つ一つを最終的にストーリーとして束ねていきましたが、このスピード感の中でも、質を落とさない形でメンバー一人ひとりがプロジェクト推進に尽力されている姿は本当に素晴らしいなと感じました。これは何がポイントであったのでしょうか。

HRガバナンス・リーダーズ 鈴木 啓介

近藤:

 プロジェクトマネージャーとして、PJ Pilgrimのメンバー選びには多くの時間を掛けました。当時の上司に相談をしながらメンバー候補を選んでいき、一人ひとりと面談をしてプロジェクトの目的を共有しながら、本人のWillを確認していきました。加えて、当社メンバーはメルカリの3つのバリュー(Go Bold、All for One、Be a Pro)を体現するのが日々の業務の中で染みついていることもあり、スピードが求められるプロジェクトにおいて、一致団結して課題に立ち向かう大きな原動力になったと考えています。Go Boldな意思決定をし、決まったことに対してAll for Oneで一丸となって取り組んで参りました。また、ガバナンスにおける知識や経験の違うメンバーの中、一人ひとりが付加価値を出そうとプロフェッショナル意識をもって貢献していこうとするBe a Proの姿勢が成果に繋がったと考えております。

メルカリらしいガバナンスの在り方を描く

鈴木裕:

 指名委員会の運用設計において、当初課題としていたこと、当社に対する期待感、進めていく中での気づきはございましたでしょうか。

近藤:

 HRGLに期待していたことは2つでした。1つ目はコーポレートガバナンスガイドライン作りのサポートです。海外の事例も参考にしながら東証のガバナンスコードの対応に留まらない本質的なガイドライン作成を進めていこうと考えておりました。2つ目は、取締役の評価のあり方の検討です。国内事例が多くないこともあり、海外事例も参考にしながら進めていきたいと考えておりました。自社調査のみで収集できるプラクティスには限界があるため、海外も含めた他社事例を提供していただくことで、議論を深めたいと考えておりました。いずれも、期待通り進めることができたと考えております。加えて、コーポレートガバナンスガイドライン作成を検討していくにあたり、当社らしいガバナンスの在り方について、深く考える良いきっかけとなったと考えております。

鈴木啓:

 報酬委員会についてはいかがでしょうか。

近藤:

 監督と執行が分かれ、取締役と執行役という2階層の役員体系になるうえで、もともとあった報酬制度を作り直す必要がありました。加えて、CEOの山田自身が経営チームをモチベートする為の報酬制度作りの重要性を強く感じていたため、CEOの意向を汲みつつ、指名報酬委員会において社外取締役を中心に検討しながら進めていく必要がありました。HRGLには、当社の様々な意向を汲み取っていただきながら報酬設計における論点を取りこぼすことなく検討し、各論点の繋がりを意識しながら議論を進めていただけたと考えております。

鈴木啓:

 経営チームの力を高め、正しく動機づけしていく為の報酬水準や、インセンティブ報酬について、山田CEOは1つの大きなストーリーを持たれているように感じました。その結果、プラクティスドリブンではない、メルカリ様らしいガバナンスの体制構築が図られたのかなと感じています。PJ Pilgrimによる指名委員会等設置会社への移行によって、社内で起こった変化などがあれば教えてください。

近藤:

 PJ Pilgrimは従業員一人ひとりに直接関わるテーマではなく、プロジェクト内容を理解してもらう難しさがあり、本移行が会社にとって価値のあることだと伝えるには非常に苦労いたしました。ポジティブな変化としては、移行プロジェクトでの議論を通して「監督とは何かについて理解ができた」と、多くの取締役の方からコメントを頂き、その結果、指名委員会等設置会社移行後においても、取締役各々が共通のマインドセットをもって、モニタリング型の取締役会として立ち振る舞うことができるようになりました。

鈴木啓:

 マネジメントボードからモニタリングボードへの移行については、総論賛成・各論反対といった意見が噴出した結果、実態としてはモニタリングボードとマネジメントボードの間をとった形となり、良く言えばハイブリッド型、悪く言えば各取締役の目線が揃わない中途半端な移行になるという事例も伺っております。「取締役一人ひとりが同じマインドセットを持つ」というのは、取締役会の実効性向上にはきわめて重要であり、今回の機関設計変更における一つの大目的を果たされた瞬間であったのだと考えます。

関:

 機関設計を変更してから、「以前よりも取締役会での議論が活性化した」というコメントをいただくことが増えております。これには主に2つの観点で機関設計変更が大きく影響していると考えます。 1つ目は、監督と執行の分離を意識したアジェンダ設計を進めたこと。2つ目は、取締役会への参加者を再定義したことです。1つ目は、取締役会で扱うアジェンダを、より骨太の経営の大方針を中心とし、社外取締役の知見や経験を活かせる場面を増やしながら議論の焦点を絞るようにしたこと。2つ目は、従来は多くの業務執行を担う役員が取締役会にオブザーブ参加していたところ、各執行役が参加する場面を説明者として直接関わるアジェンダに限定した点です。これによって、取締役会の場における取締役と執行役の役割分担を強調し、取締役会は社外取締役が中心となって執行側をモニタリングする場であることが参加者にとって明確になり、積極かつ活発な議論につながるようになりました。こうした点も含めて、結果として執行のスピードも向上してきたと考えています。

メルカリ 関 泰正氏

鈴木啓:

 取締役会は徹底して戦略のモニタリングに注力をし、執行に大胆に権限委譲をするという役割が明確化されたのだと思います。指名委員会等設置会社への移行前後の変化ということで、意思決定のスピードや質があがったとの認識でしょうか。

近藤:

 冗長性がなくなった結果だと思います。決定権限が執行側に移譲され、経営会議で議論した内容を再度、取締役会に附議して承認を得るというプロセスがなくなることで、決定スピードはあがったと思います。

鈴木裕:

 執行側への権限委譲において、他社では、執行側が期待通りに育たないから委譲できないといったお悩みもお伺いすることがありますが、メルカリ様はいかがでしょうか。


近藤:

 移行前からある程度、執行側への権限委譲がなされている状態であった為、そういった話はありませんでした。執行側に権限委譲し、取締役会はリスクテイクを促しつつ監督することで、経営スピードをあげていくというスタンスを大事にしています。

HRガバナンス・リーダーズ 鈴木 裕介

関:

 近藤がお伝えしている通り、権限移譲については以前からある程度進んでいました。あえて付け加えるとすれば、今回の移行を期に、取締役会は「より大胆な戦略を議論する場」であり、「執行側がスピード感もって意思決定した施策の実行状況をモニタリングする場」である、という取締役の意識が非常に高まったという変化を感じています。

鈴木啓:

 メルカリ様においては、従来からの意思決定のスタイルを、移行を通じて構造的にもよりシャープにしていくことで、監督と執行の役割分担がさらに明確になり、経営スピードの向上という形で成果が結実されたのだと感じました。

一度決めたやり方にこだわり続けない

鈴木啓:

 ガバナンスは一度体制を整理すれば終わりではなく、むしろこれからが大事になってくるかと思います。メルカリ様のコーポレートガバナンスにおける今後の強化ポイントや展望があればお伺いをさせてください。

近藤:

 ガバナンスはゴールがない取組みだと考えています。その中で大事にしなければいけないのは、取締役自身がガバナンスについてどう考えるかであり、取締役会実効性評価で得られた取締役からの意見や示唆を取締役会運営に反映しブラッシュアップし続けていくことだと思います。また、既存の方法に囚われないことも大事だと考えており、一回決めたやり方にこだわり過ぎず、何が当社にとってベストなのかを常に考えながら進めていくことが大切だと考えています。形式に固執することなく、実効性をもった監督機能の実現に向けて、これからも事務局運営に努めてまいりたいと思います。

関:

 「移行後の1年は監督と執行の分離について試行錯誤の期間であった」と山田自身も振り返っております。特に、監督と執行の境界線をどこに定めるのか、何を持って権限委譲した執行側を監督していくのかなどについては、引き続き議論を続けていく必要があると考えています。実効性をより一層高めていく為に、各取締役が目指すガバナンスのあり方や他社のプラクティスも踏まえて、継続して大胆にトライ&エラーを続けていきたいと考えております。また、日本発グローバルテックカンパニーを目指している会社として、「メルカリらしいガバナンスの在り方」を確立し、それ自体がベストプラクティスとして社外にも提示できるようにしていきたいと考えています。

鈴木啓:

 「形式から実質へ」と様々なガイドラインで謳われていますが、メルカリ様の場合は、内発的にご議論が喚起されているところが素晴らしいと感じました。また、「こだわりすぎない」というお言葉からも、アジリティの高さや意思決定における覚悟のようなものを感じることができました。また、ガバナンスの在り方は、CEOの色が大きく反映されることが多いのが一般的で、PJ Pilgrimにおいても山田CEOのお考えや色が従業員の皆様にも浸透しているように思います。

近藤:

 山田自身、Think Big というスタンスを持ち、グローバル視点で物事を捉えております。ガバナンスを検討する上でも、ベストプラクティスがあるのであればそれにチャレンジをしつつ、一度決めた方法に固執し過ぎないという姿勢を大切にしています。

鈴木啓:

 ありがとうございます。HRGL代表の内ヶ﨑も「コーポレートガバナンスはネバーエンディングストーリー」だといつも申しております。PJ Pilgrimとしての旅は、まさにこれからが本番であり、長い旅路が始まったのだと感じております。我々も是非、この旅路にこれからも伴走させていただきたいと考えております。本日は貴重なご機会をいただき誠にありがとうございました。

(左から)メルカリ 近藤 雅史 氏、関 泰正氏

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