「生物多様性・自然資本保全と持続的な経済成長の両立に向けた提言」の概要
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コーポレート
ガバナンス Corporate
Governance - 指名・人財 Nomination/HR
- 報酬 Compensation
- サステナビリティ Sustainability
経団連自然保護協議会 事務局次長
(HRガバナンス・リーダーズより出向)
水谷 晶
■ サマリー
経団連と経団連自然保護協議会は2025年11月18日、「生物多様性・自然資本保全と持続的な経済成長の両立に向けた提言」を発表した。本提言は、CBD・COP17のグローバルレビュー後の施策展開を見据え、①「生物多様性・自然資本保全を新たな成長の源泉とすること」と、②「気候変動対策等との統合的取組みを促進すること」を二本柱として、具体的施策を提言するものとなっている。
①については、新たな成長分野として位置づけ、さらなる投資を促進するための課題として、「生物多様性・自然資本保全を成長につなげるための基盤整備」、「自然関連情報の把握と取組み効果の可視化」、「国際的な認知度向上と国際標準への反映」、「経営戦略への位置づけ」をあげている。これら課題に対する問題意識から、成長に向けた施策として、「生物多様性・自然資本保全の取組みを通じた企業価値向上と市場創出」(成長戦略への位置づけ、経営戦略への組み込み等)、「データ基盤の整備とトレーサビリティの確保、国際ルール形成への参画」(公共データの集約・統合管理、官民連携での国際ルール形成への参画等)、「NbSとOECMの推進を通じた地域経済活性化と国際展開」(手続き簡素化、地域主導や情報発信強化等)を提示している。
②については、現状、生物多様性・自然資本と気候変動は相互に深く関係しているため、両者を統合的に捉えシナジーを最大化するアプローチが国際潮流となっている。その一方で、再生可能エネルギー導入等に伴うトレードオフも指摘されている。また資源採取・加工が生物多様性損失の主要因であることから、資源循環との統合も重要性が増している。そうした中、シナジーの最大化とトレードオフの最小化を図ることを目指して、政府・自治体・企業が連携し、生物多様性・自然資本保全との統合的アプローチ(省庁横断的な総合的な政策、部門横断的な体制整備・人材育成、自然資本への投資拡大等)に取り組むべきとし、またデータ基盤の構築や技術・ソリューションの国際展開により統合的アプローチの実効性を高めることも求めている。
目次
1.はじめに
世界の生物多様性・自然資本は、かつてない速度で劣化している。森林破壊、生態系の分断、海洋環境の悪化は、単なる環境問題ではなく、食料供給の不安定化、水資源の枯渇、防災機能の低下、健康リスクの増大といった形で、社会経済活動の基盤を揺るがしている。企業にとっても、原材料の調達リスクや操業停止リスク、地域社会との摩擦といった経営上の課題として顕在化しつつある。こうした危機感のもと、2022年の生物多様性条約第15回締約国会議(CBD・COP15)では、「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」が採択された。GBFでは2030年に向け「ネイチャーポジティブ(自然再興)」という考え方が掲げられ、自然の損失を止め反転させることが国際社会の共通目標となっている。
日本政府もこの流れを受け、「生物多様性国家戦略2023–2030」や「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」、同ロードマップを策定し、ネイチャーポジティブを環境政策にとどまらず、経済成長と企業の競争力強化のための重要な柱として位置づけている。一方で、昨今は欧州では環境規制の合理化・簡素化が進み、米国では反ESGの動きが見られる等、必ずしも国際社会の足並みがそろっているわけではない。
いま日本経済界に求められているのは、将来の企業の競争力の源泉となる生物多様性・自然資本保全に係る対応力を着実に高めていくことである。こうした問題意識のもと、一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)と経団連自然保護協議会は、2025年11月18日、「生物多様性・自然資本保全と持続的な経済成長の両立に向けた提言¹」を発表した。2026年10月開催予定のCBD・COP17におけるグローバルレビュー後の施策展開を見据え、「生物多様性・自然資本保全を新たな成長の源泉とすること」と、「気候変動対策等との統合的取組みを促進すること」を二本柱として、具体的施策を提言したものとなっている(図表1)。
図表1
ネイチャーポジティブを巡る国際的・国内的な潮流および提言の位置づけ

2.ネイチャーポジティブ経済への移行による成長の実現
2-1 成長の実現に向けての現状認識
本提言の最初の柱として、「生物多様性・自然資本保全を新たな成長の源泉とすること」を取り上げる。世界経済フォーラムによると、ネイチャーポジティブな食料生産、土地利用、インフラ、エネルギー利用等社会経済システムを変革することにより、年間最大10.1兆ドルのビジネス機会が創出されると試算されている(図表2)。生物多様性・自然資本はあらゆる経済活動の基盤であり、その劣化は調達不安や価格変動として企業経営に直接影響する一方で、自然の保全・回復を前提としたビジネスモデルは、新市場の創出や企業のレジリエンス強化につながる可能性を持つ。
そうした中、日本政府は、NbS(Nature-based Solutions、自然を活用した解決策)の推進、自然関連データの整備と情報開示の促進、消費者の行動変容を促す取組み等を進めており、また日本企業についても、経団連および当協議会が実施した「企業の生物多様性への取組に関するアンケート結果<2024年度調査>²」によると、GBF関連の取組みを実施している企業は87%に達している。昨今では特に、自然共生サイトを通じたOECM(Other Effective area-based Conservation Measures、保護地域以外で生物多様性の保全に資する地域)登録や、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)提言への対応が進み、TNFDアダプター数に至っては日本企業が圧倒的な世界トップとなっている。
図表2
ネイチャーポジティブ分野の成長機会

2-2 成長の実現に向けた課題整理
政府による施策や企業の取組みが進む中、生物多様性・自然資本保全を成長分野として位置づけ、さらなる投資を促進するためには、次の四つの課題がある(図表3)。
第一に「生物多様性・自然資本保全を成長につなげるための基盤整備」である。生物多様性・自然資本保全に関する公共データの連携基盤や測定指標等が十分に整備されておらず、今後の整備が重要である。第二に「自然関連情報の把握と取組み効果の可視化」である。生物多様性・自然資本保全は地域性が高く、各地の取組みを国・地域レベルで集約・評価できる指標や手法が必要である。第三に「国際的な認知度向上と国際標準への反映」である。グローバルに活動する企業にとって、国内での保全活動が国際的に認知・評価されることが重要であり、国内で標準化を進めつつ、官民で国際ルール形成に参画し日本の知見や考え方を反映させることが必要である。最後に「経営戦略への位置づけ」である。企業は、経営戦略に生物多様性・自然資本を組み込み、投資とイノベーションを通じて、生物多様性・自然資本保全と成長の両立を主体的に実現していく必要がある。
これらの構造的な課題に対する成長に向けた施策として、①生物多様性・自然資本保全の取組みを通じた企業価値向上と市場創出、②データ基盤の整備とトレーサビリティの確保、国際ルール形成への参画、③NbSとOECMの推進を通じた地域経済活性化と国際展開の三つの視点を示している。
図表3
生物多様性・自然資本保全を成長分野として位置づけ、さらなる投資を促進するための課題整理

2-3 成長の実現に向けた施策展開
各視点の施策は図表4をご参照頂きたい。まず①について、政府には、生物多様性・自然資本保全を「持続可能な成長を支える新たな成長分野」として成長戦略に明確に位置づけ、省庁横断で技術開発や実装、海外展開を後押しすることが求められる。あわせて、国際ルール形成への参画、国民の理解醸成と行動変容の促進等も重要である。企業には、生物多様性・自然資本保全を経営戦略に組み込み、地域連携や事業創出を通じた競争力強化を図るとともに、投資家との対話や人材育成を通じて、ネイチャーポジティブ経営を全社的に推進することが求められる。
次に②について、政府には、自然関連データ基盤の整備と指標・評価手法の開発を喫緊の課題として、省庁横断で公共データとして集約・統合管理し、民間による二次利用を促進することが求められる。あわせて、国際ルール形成に官民連携で参画し、日本の技術や実態を反映させるとともに、諸外国政府と連携してサプライチェーン全体のトレーサビリティ確保を進めることも重要である。企業には、グローバルサプライチェーンレベルでの情報連携体制を構築し、共通フォーマットによる情報共有を進めるとともに、国際ルール形成への主体的な参画と、それを担う専門人材の確保・育成に取り組むことが求められる。
最後に③について、政府には、NbSの社会実装を進めるため、関係省庁間連携を強化し、手続きの簡素化やインセンティブの充実、人材育成支援を通じた横断的な支援策を講じることが求められる。あわせて、NbSやOECMの好事例を国際的に発信し、GREEN×EXPO 2027を契機に機運醸成を図ることも重要である。地方自治体には、地域の自然資本を活かした独自のNbSを企画・実装し、多様な主体を巻き込んだ連携の主導や、地域課題を踏まえた戦略的目標の設定が期待される。企業には、NbSプロジェクトや自然共生サイトへの参画を通じた共創型の価値創出と、国内外への情報発信の強化が求められる。
図表4
成長の実現に向けた施策展開

3.生物多様性・自然資本保全と気候変動対策等の統合的アプローチと事例のポイント
3-1 統合的対応と求められる取組み
本提言の次の柱として「気候変動対策等との統合的取組みを促進すること」を取り上げる。生物多様性の喪失と気候変動は相互に深く関係しており、いずれか一方のみへの対応では十分な効果が得られないことが、国際的な科学的知見により示されている。近年は、両者を統合的に捉え、シナジーを最大化するアプローチが国際潮流となっている一方で、再生可能エネルギー導入等に伴うトレードオフの存在も指摘されている。加えて、資源採取や加工が生物多様性損失の主要因であることから、資源循環との統合も重要性を増している。
提言では、政府・自治体・企業が連携し、生物多様性・自然資本保全、気候変動対策、資源循環を一体的に進めることで、シナジーの最大化とトレードオフの最小化を図る姿を目指している。そのためには、グローバルサプライチェーンでの影響把握に活用可能なデータ基盤の構築や、産官学連携による技術・ソリューションの国際展開を通じ、統合的アプローチの実効性を高めることが求められる。
政府に対しては、国際条約間の整合性強化を進め、生物多様性と気候変動の双方を踏まえた政策立案を各国で促す役割が期待されている。国内では、省庁横断で統合的な政策を推進し、相乗効果の高い施策展開を図るべきである。さらに、生物多様性クレジット等のネイチャーファイナンスの国際動向を踏まえ、日本の環境特性に即した評価手法の検討や、国際議論への積極的な参画が重要である。あわせて、国民の理解醸成と気候変動適応策の充実を進め、生態系を活用した適応等の維持コストを抑えつつ効果が期待できる取組みを拡充していく必要がある。
企業に対しては、生物多様性・自然資本保全への取組みに、気候変動対策や資源循環等にも効果が見込まれる活動を整理し、統合的に推進することを検討すべきである。その際には、NbSの考え方を取り入れ、自然資本を活用した適応策も含めて検討するとともに、全社的・部門横断的な体制整備と人材育成を進めることが重要である。また、地域社会がもつ自然資本への投資の拡大を通じて、地域のウェルビーイング向上と企業価値向上の好循環を生み出すことや、バイオマス活用や海洋プラスチックの再生利用等、資源循環との統合的取組みを進めることが期待される。
3-2 統合的取組みの事例
本提言とあわせ、植林・森林再生、都市緑化、海洋、バイオマス資源の活用等、気候変動対策等と生物多様性保全を同時に実現する78件の事例を掲載した「生物多様性・自然資本保全に関する統合的取組み事例集³」も発表している(図表5)。これらの取組みに共通するのは、生物多様性・自然資本保全を単独の環境施策として捉えるのではなく、水源涵養や防災・減災、気候変動対策、資源循環、地域振興、人材育成等と結び付け、統合的に設計されている点である。多くの事例において、在来種を活用した森林・里山・湿地・藻場の再生や、自然の機能を活かしたグリーンインフラの整備が進められ、生態系の回復と同時に、CO₂吸収源の拡大や水質改善、暑熱対策といった効果が確認されている。また、自治体、地域住民、NPO、学術機関、教育機関等の多様な主体との連携を通じて、環境教育や地域コミュニティの活性化、新たな雇用や価値創出につながる取組みも紹介されている。これらの事例を通じて、生物多様性・自然資本保全をコストではなく、企業や地域のレジリエンス向上や持続的な成長を支える基盤として位置づけ、気候変動や資源循環への取組みと一体で進めることの重要性と可能性が示されている。
図表5
生物多様性・自然資本保全に関する統合的取組み事例

4.おわりに
経団連および経団連自然保護協議会は、経団連自然保護基金を通じた支援、政策提言、アカデミアや企業等の関係者間の知見共有等を通じて、ネイチャーポジティブ経営の社会実装を後押ししている。本提言は、これからネイチャーポジティブに取り組む企業の実務に携わる方にとっても、自社の次の一手を考えるためのご参考となれば幸いである。
参考文献
1.経団連・経団連自然保護協議会「生物多様性・自然資本保全と持続的な経済成長の両立に向けた提言」(2025年11月18日)参照
2.経団連・経団連自然保護協議会「企業の生物多様性への取組に関するアンケート結果<2024年度調査>」(2025年11月18日) 参照
3.経団連・経団連自然保護協議会「生物多様性・自然資本保全に関する統合的取組み事例集」(2025年11月18日) 参照
Opinion Leaderオピニオン・リーダー
経団連自然保護協議会 事務局次長
(HRガバナンス・リーダーズより出向)
水谷 晶 Akira Mizutani